kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

自民党内非主流派時代に「防衛増税」に反対しながら首相になると軍拡のための所得税増税を言い出す高市早苗もひどいが、軍事費も消費税から賄えという「蓼丸ガネメ」やそれを肯定的に紹介した「駅前は朝の七時」はもっとひどい究極の「トンデモ新自由主義極右」だ

 高市軍拡と増税の関係について批判したいが、今朝は悪夢を見たせいかあまり気力が出ないので、AIの回答を使った手抜きの記事になる。

 首相・高市早苗は岸田政権時代には「軍備増強の財源は『防衛国債』で賄え」という立場だった。周知の通り岸田が打ち出したのは直接税(主に所得税法人税)の増税だったので、高市は下記のように公然とそれに反旗を翻していた。2022年のことだ。

 

 

 

 しかし高市はいざ自分が総理大臣になったら岸田と同じ政策をとることになった。

 ところが反政権のはずの右派民主・民進系から高市を「評価」するトンチンカンな意見を言い出している人たちがいる。そのうちの一人が例の「駅前は朝の七時」だ。

 

 

 なんとこの人は、高市の「軍拡のための増税」を公然と支持している。

 これなんかもっとひどい。

 

 

 「駅前は朝の七時」が好意的にリンクしているのは下記X。

 

 

 この「蓼丸ガネメ」というアカは典型的な「新自由主義右翼」だろう。いやその程度の言い方では甘すぎる。「トンデモ新自由主義極右」だ。

 消費税には景気に左右されない税収という性格があるところから、社会保障のために用いられるというのが世界的な標準で、だから北欧の社会民主主義国では間接税の税率が高いのだろうと私は思っている。面倒なのでAIに聞いてみたら下記の答えだった。

 

 

 ところが「蓼丸ガネメ」はそれすらも「消費税で賄え」と言い、それを民主・民進系右派支持層の「駅前は朝の七時」が肯定的に紹介する。

 軍事費は平和な世界ならば不要で、冷戦時代でさえGDP比1%未満に抑える政策でやっていけたのに、トランプの言いなりになってドラスティックな軍拡を目指す岸田や石破や高市らの政治に私は大反対だが、それでも彼らはまだ直接税でそれを賄おうとしている。かつての戦争中にも極端な累進課税などで戦費を賄った。所得税ではなく法人税の話だが、AIは下記のように答えた。

 

 

 歴史的には戦争のための費用は主に直接税で賄われてきた。だから戦時には持てる者とそうでない者との格差が縮小するのが常だった。それに対し、平時ではどうしても富裕層や地主、大企業などの発言力が強いために格差が拡大する。その歴史的分析を踏まえて、平時でも格差が縮小するようなシステムを目指すのがトマ・ピケティらの考え方だ。

 それに対して、「蓼丸ガネメ」のXやそれを肯定的に紹介する「駅前は朝の七時」は、戦時であっても格差を縮小させないトンデモ社会を目指しているようにしか私には見えない。労組系の人であるらしい「駅前は朝の七時」はともかく、「蓼丸ガネメ」とはどんな階層(階級)に属する人間なのだろうかと思ってしまう。

 これでは高市よりもさらにひどい「トンデモ新自由主義極右」としか言いようがない。

 反政権勢力の中にはそんなどうしようもない人たちもいるということだ。

高市内閣支持率がピークアウトか

 前回82%というとんでもない高支持率を叩き出したJNN調査の内閣支持率が76%に落ちた。まだまだ論外の高さではあるが、異常極まりない「高市バブル人気」もピークアウトした可能性がある。

 以下三春充希氏のXより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の方でリンクした「リアルタイム得票数推定」や「リアルタイム議席数推定」などを見ると、自維政権が何かやらかすたびに「ゆ党」の参政党や民民の勢いがやや下がり、立民が「野党第一党効果」で相対的に野党間では突出する傾向がある。しかし立民代表の野田佳彦高市に対して妙に親和的で、議員定数削減の話が特に顕著な例だけれども、基本的なところで野田が高市や維新に同調したりしているので、どうしても立民に勢いが出ない。

 繰り返すが、自民は高市を、そして立民は野田を、それぞれ一日も早く党首の座から下ろすべきではないだろうか。

「衆院定数削減 憲政の常道に反する暴論だ」(読売社説)/高市早苗、維新、野田佳彦はどう反論する?

 自維政権(高市早苗と維新)や立民の無能な代表・野田佳彦らが「衆院議員定数削減」ありきで暴走しようとしているが、日本の代表的な保守系新聞である読売新聞が社説や幹部記者の署名記事で定数削減ありきで暴走する国会を強く批判した。既に毎日と朝日が同法案を批判しているので、この法案に関してはかつての三大紙が揃って政権を批判していることになる。

 

 

 このように読売の社説は、維新が言い出して、それに高市がいとも簡単に乗っかった、45議席の期限付き強制削減の「イキり法案」を強く批判した。

 

 

 吉田晴美は消費税に関して江田憲司分派に乗っかった点は評価しないが、定数削減反対に対しては野ダメとは違ってまともな主張をしているようだ。

 

 

 「議員定数削減は私の政治家としての悲願だ」とか抜かしていた野ダメは読売の議員定数削減批判にどう反論するんだろうね。

『混沌の時代の自由討論会』の新着記事「現代と昭和初期の政治比較 ― れいわ新選組は社会大衆党の轍を踏むな」(佐藤周一さん, 12/7)、「漂流労組 〜総同盟と産業報国会を乗り越えて」(レバ子さん, 12/7)

 『混沌の時代の自由討論会』に昨日 (12/7)、下記2件の記事が公開されました。執筆者は下記リンク1件目が佐藤周一さん、同2件目がレバ子さんです。

 

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選挙制度改革の議論で後手後手に回り、何をやりたいのかがはっきりしない野田佳彦に呆れる

 高市早苗政権と立民の野田佳彦(野ダメ)執行部はともに無能もいいところで、与党と野党第一党がこの惨状では日本の政治も経済も滅茶苦茶になる。そういう強い危機感を私は持っている。

 高市早苗は大学を卒業するまでの学業では優秀だったに違いなかろうし、その後テレビに出まくった経験から視聴者に媚びる技術は身についているし、処世術では自らの力を恃みつつ権勢に強い者には臆面もなく媚びまくる生き方をしてきた。いわゆる「おじさまキラー」というやつだ。私が昔よく見ていたプロ野球では、星野仙一の生き方によく似ていると思う。特に星野が1982年に引退して1986年のシーズン終了後に中日の監督になるまでの期間に、星野は「おじさまキラー」ぶりを発揮して川上哲治を代表とする「おじさま」たちを籠絡していった。似たような行き方はサラリーマンでも上昇志向の強い人たちにしばしば見られる。社内の特定の権力者の心を掴み、その引きで出世するるやり方だ。星野にとっての川上に対応する人間が、高市にとっては安倍晋三だった。安倍は一時期は稲田朋美を「ともちん」と呼んで入れ込んだりしたが、稲田が社会の流れをある程度読んで、一時期のネトウヨに方向性から転換して以来、安倍の寵愛の対象は稲田から高市へと移った。高市は安倍の心を掴むまでは一般には「終わった政治家」とみられていたが一転して歳をとってから総理大臣候補に急浮上したのだった。

 その安倍も高市に「政治は一人ではできない」と助言したらしいが、上の者に媚びることには熱心だったが群を作ってボスになるやり方は好まなかった高市が安倍の助言を受け入れなかったために、最晩年には「あれは総理大臣にしてはならない人間だ」と認識を改めたという説がある。おそらくその通りだろう。しかしそんなさなかに安倍は銃殺された。「安倍に見込まれた高市」という安倍自身が作り上げた印象を覆すことができずに安倍はあの世に行ってしまった。最近では、高市に籠絡されたばかりとみられる麻生太郎高市の強情さに苛立ちを隠せない様子が報じられている。

 安倍は52歳で総理大臣になり、53歳で一度退陣を余儀なくされる憂き目を見たあと政界遊泳術を研究して再起し、長期政権を築いた。また高市が敬愛するというマーガレット・サッチャーは54歳で首相になって最初の3年間ほどは政権運営に苦労したが、フォークランド紛争(実質的には戦争)の強硬手段で人気を得て長期政権につなげた。高市は台湾有事でサッチャーの再現を狙っているのがありありだが、kazukazu氏が指摘した通り高市が似ているのはアルゼンチンで軍事政権を率いたレオポルド・ガルチェリであってサッチャーではない。サッチャーに似ているのは習近平だとはこの前に書いた。

 高市は経済政策もひどい。何しろ総理大臣になる前には少し前まで左右双方を影響しまくっていた日本版MMTの潮流に乗っかっていた。今でも高市は経済問題ではよく高橋洋一に相談するという。だから高橋の高市に対する評価は滅茶苦茶に甘く、高市を絶賛し続けている。著書などでその高橋をろくに批判できずに今まできているのが松尾匡であることはよく認識しておいた方が良い。その松尾が山本新選組をダメにしたと私は考えている。新選組は今年3月までは日の出の勢いだったが、経済政策の根っこの一部を参政党や高市一派と共有していたのが仇となってその後大きく失速し、先月の葛飾区議選では定数40に対して1人の候補者を立てたものの当選させることができなかった。その前の6月の都議選でも、23区西部のいくつかの区で議席が獲得できるのではないかとみられていたが、結局獲得議席はゼロで、都議選での議席獲得は難しいと見られていた参政党が3議席を獲得した。MMT政治勢力の中心は新選組から参政党へと移るとともに、自民党内でMMT系人士とのつながりがある高市が総理大臣になったというのが今年の政治の流れだ。

 その新選組公明党ともども、選挙制度として都道府県単位の比例代表制を考えているらしい。以下は玉木雄一郎のX。

 

 

 玉木がリンクした読売の記事から以下に一部を引用する。

 

中選挙区制」に与野党の支持広がる…衆院選挙制度の「抜本的見直し」目指す超党派議連で「連記制」などの案

12/6(土) 8:02配信

 

(前略)議連幹事長を務める有志の会の福島伸享衆院議員は5日の国会内での会合後、記者団に議論加速への期待を示した。8党派が意見表明した会合では、国民民主、共産両党と衆院会派「減税保守こども」が党派としての案を、ほかは参加者の私案を提示した。自民、維新、立憲民主、国民民主、減税保守こどもの5党派が中選挙区制を掲げた。

 現行の衆院小選挙区比例代表並立制は、2大政党制の実現や「政治とカネ」の問題の解消を目的に1994年に移行が決まり、96年衆院選から導入された。選挙区で1人しか議席を得られず、議席に反映されない「死に票」が多いとの課題が指摘されてきた。

 中選挙区制は1選挙区で3~5人ほどが当選するため中小政党も議席を得やすい。複数政党の候補が当選でき、連立構想が描きやすくなると見る向きもある。会合で立民の津村啓介衆院議員は「連立政権の枠組みを選択できる」と訴えた。

 公明とれいわ新選組都道府県や政令指定都市などを選挙区の単位とする比例代表制を唱えた。公明の岡本政調会長は「政党名でも投票できる区割りのいらない中選挙区制とも言える」と説明した。

 現行制度に移行前の中選挙区制は、1人の名前を書く「単記制」だったが、超党派議連では「連記制」派が目立つ。中選挙区時代は政党内で争うため、自民は派閥間の対決が主流だった。利益誘導を競い合う傾向が強まり、「金権政治の温床」との批判も浴びた。国民民主の玉木代表は連記制により「(同一政党の候補が)協力する戦術もとれる。派閥の弊害を最小にできる」と語る。

 もっとも、立民の野田代表が「中選挙区は明らかにお金がかかった」と指摘するなど、慎重な意見も少なくない。議論の活性化に向け、議連は来週にも、衆院議長の下に設置された与野党の「衆院選挙制度に関する協議会」で各党の正式案を議論するよう求める提言を額賀議長らに提出予定だ。

 

(読売新聞オンラインより)

 

URL: https://news.yahoo.co.jp/articles/fe9a4550582cbe0c3820c2379891c5057795893e

 

 記事を見ると、立民の中にも中選挙区制を言い出した議員がいるらしい。野田佳彦の意見は少数意見として取り上げられている。

 野田は下記のXをポストしていた。

 

 

 野田のXの全文は下記。

 

与党が進めようとしている定数削減の乱暴な議論に際して、にわかに中選挙区制が注目されています。中選挙区制での選挙を経験した数少ない現職議員の1人として、私は実感として、その導入に極めて慎重な立場です。

 

同じ選挙区から同じ政党の公認候補が複数立候補するため、地元活動では、お葬式やお祭りなど、日常の些細な事まで競争が起こり、永田町では派閥政治が横行しました。選挙区が広くなる分、政治活動の費用もかさみ、組織票への依存が強まるため、政治とカネの問題が生じやすくもなります。

 

直近の衆参の選挙で、与党が過半数割れとなったことは、政治改革を求める国民の大きな声があったからです。金権政治や派閥政治が横行したあの時代へ巻き戻してはいけません。政治改革を前に進めるためにも、中選挙区制よりは、現行の小選挙区制を軸に議論を進めていくべきです。

 

URL: https://x.com/NODAYOSHI55/status/1996913674779500983

 

 自民党の魂胆にあるのは定数3で2人に投票する中選挙区連記制で、これは現行の小選挙区比例代表並立制よりもさらに自民党に有利な制度である。これを阻止すべく公明や新選組は「都道府県や政令指定都市などを選挙区の単位とする比例代表制」を唱えているという。具体的な内容は知らないが、とりあえず方向性は示している。

 それに対して、野田佳彦はいったいどのような制度を目指しているのかがよくわからない。この前はおそらく幹事長の安住淳に指示して「議席削減が比例だけだったら小選挙区とのバランスを考慮した対案を出す」と言わせていたが、実際に自維が小選挙区25、比例20の削減案を出してきたら、立民は「議論がまとまらなかったら1年後に45議席を自動削減」の部分のみ反対だとの主張に変わった。これでは自維案との距離はそんなにないことになる。

 こうした定数削減についての野田の反応には、あの右翼の「駅前は朝の七時」までもが呆れて下記のXをポストした。

 

 

 参院選後に野田を降ろすべきだったというのには同感だが、「駅前は朝の七時」の本命は泉健太であり、その泉のカムバックにも私は反対だ。

 野田のよくわからない態度には、親野田とみられる軍畑先輩も批判のXをポストした。

 

 

 実際高市政権に代わってからの野田は実にひどい。高市のアシスト役を務めているようにさえ見える。

 野田のシンパたちは少し前まで、昨年の自民党総裁選で高市早苗が選ばれることを想定して、高市に対しては安定感のある野田が一番良いと思って野田を選んだのに、立民との差異が高市より小さい石破茂が総理総裁になったから野田はやりにくかった、でも高市に代わったから今後は野田の本領が発揮できるはずだ、などと言っていた。

 しかし高市政権成立後の展開を見ると、石破よりも高市の方が野田との距離が元々近かったのではないかと思える惨状を呈している。野田と高市とは、もともと松下政経塾の先輩後輩の間柄であり、同塾で高市の面接をやった野田が高市に二重丸をつけた、などと嬉しそうに言っているのを見て私は猛烈に腹が立った。

 立民は今からでも遅くないから野田佳彦を代表の座から下ろすべきではないだろうか。

 なお私は公明や新選組の「中選挙区比例代表制」が具体的にどのようなものかに少し興味がある。

 最近の高市政権の異常人気を含めて、民意が大きく危険な方向に偏ることが増えてきたこともあって、これまでずっと唱えてきた小選挙区比例代表併用制またはそれに準じる制度を、という弊ブログの主張が少し揺らいでいるのが正直なところ。

『混沌の時代の自由討論会』の新着記事「「小川晶」案件をどう見るべきか」(lavenderkunさん, 12/5)、「「ラブホ行き過ぎ市長」こと小川晶前橋市長をどう考えるか」(宮武嶺さん, 12/5)

 ブログオーナーの独断で、共用ブログ『混沌の時代の自由討論会(仮称)』から「(仮称)」を外しました。高市早苗と維新のせいで本当にひどい「混沌の時代」になったと判断したためです。

 その『混沌の時代の自由討論会』に昨日 (12/5)、下記2件の記事が公開されました。いずれもスキャンダルで辞意を表明した群馬県前橋市の小川晶市長に関する記事で、執筆者は5日0時10分公開の1件目がlavenderkunさん、同13時29分公開の2件目が宮武嶺さんです。

 

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 なお私(古寺多見、kojitaken)の個人ブログでは昨年の前橋市長選は取り上げませんでしたが、前橋にはその前年の2023年秋に赤城山に登りに行っていて、翌日には市内観光をしました。群馬県を含む北関東はとんでもない保守王国とのイメージが強烈なだけに、あんなところで野党系候補が市長選で勝つとはたいへんな流れだなと思っていましたが、スキャンダルでの退陣とは非常に残念、でもやってしまった以上職を退くのは仕方ないなあという程度の認識です。市長を無理に弁護しようとは思いませんが、市政の問題ではなく下半身の問題である場合、政治そのものに問題がある政治家(たとえば今の国政なら高市早苗とか麻生太郎とか維新の政治家など)と同等に厳しい対応は、弊ブログはとりません。それは保守政治家に対してであっても同じ姿勢で、たとえば玉木雄一郎に対しては小泉某氏とのスキャンダルよりも政策や政治に対する姿勢を主に批判しているはずです。もちろん玉木のスキャンダルを批判していないとは言いませんけど。

「イキり」同士の高市早苗と維新の悪魔合体が「30年前に否定された旧姓使用法制化」「衆院45議席の時限強制削減」などのトンデモ政策を招いた。高市の「高転び」はあるか

 高市早苗は昔から私にとってもっとも嫌いな類型に属する人間だ。だから2003年に衆院選奈良1区で高市が比例復活もできずに落選した時に祝杯をあげたとはこれまでに何度も書いた。しかしあろうことかそんな人間が総理大臣になり、高い支持率を誇っている。

 私と同様の高市嫌いは世に少なからずいたに違いない。たとえば公明党の人たちがそうだし、石破茂を含む少なからぬ自民党の人たちも同じだろう。だから2003年衆院選では公明党高市を推薦せず、同党の票が乗らなかったから高市は比例復活もできなかった。それを多くの自民党候補に対して再現できるかどうかが次の衆院選における野党の課題になっている。また昨年、2024年の自民党総裁選で党員票1位だった高市を決選投票で石破が逆転した時には胸をなで下ろしたが、それも1年後にはぬか喜びに終わった。

 「イキる」というのは私の認識では半世紀くらい前の関西の若者言葉で、私の親の世代はそんな言葉は使わなかった。生粋の浪速っ子だった母親に「イキるって何やねん」と言われた記憶がある。間違っても良い意味で使われる言葉ではない。

 ネット検索をかけたら、やはり思っていた通りだったようだ。

 

nlab.itmedia.co.jp

 

URL: https://nlab.itmedia.co.jp/cont/articles/3269055/

 

 「イキる」は平板に発音するので「生きる」と区別される。「イキって」と言う時には「イ」を高く発音する。活用も「生きる」とは異なる。「生きる」はカ行上一段活用だが、「イキる」はラ行五段活用だ。

 

 

 その通り。

 そんな「イキり」が最近の政治の話題でしばしば出てくるようになった。私が「イキる」という言葉を知ったのは関西在住期後半の神戸市在住時代だが*1、奈良でも使われていたかどうかは知らない。もっとも高市神戸大学卒だから、「イキる」という言い方には確実になじみがあったはずだ。

 そして高市こそ「イキり」の見本のような人間だ。

 たとえば高市の私案だという旧姓使用法案にしてもそうだ。

 

 

 そういう過去の知見を無視して、さも自身のオリジナルな発想に基づく素晴らしい法案であるかのように装って出そうとするあたりが「イキりの政治」そのものだ。

 「イキり」は何も高市の専売特許ではない。維新の政治家たちも同じだ。たとえば吉村洋文のイキりっぷりは高市に一歩もひけをとらない。

 そんな高市と維新とが「悪魔合体」したものだから、1年以内に議論がまとまらなかったら自動的に小選挙区が25議席、比例ブロックが20議席削減されるとかいうとんでもない「イキり法案」がまとめられようとしている。この「自動的に45議席削減される」というのは、下記日経の有料記事の無料部分からも明らかなように、維新の発案である。

 

www.nikkei.com

 

議員定数の「自動」削減、公選法改正が必須 高市首相は維立公に目配り

2025年12月3日 2:00

 

自民党日本維新の会は週内にも衆院議員の定数削減に向けた関連法案をまとめる。高市早苗首相は結論が1年間出ないと自動的に45議席減らす維新の主張を受け入れた。代わりに小選挙区を削減対象に加え、立憲民主党公明党に目配りした。定数削減には公職選挙法の改正が不可欠で法案は実効性に乏しいとの見方もある。

自民党と維新は2日の実務者協議で、定数削減の関連法案の内容を詰めた。衆院議長のもとに置く与野党協議会...

 

日本経済新聞より)

 

URL: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0226J0S5A201C2000000/

 

 立民の安住淳が言い出した「比例ブロックだけを狙い撃ちにするなら小選挙区と比例のバランスを考慮した対案を出す」とかいう寝言は、高市にとっては「飛んで火に入る夏の虫」だった。安住は高市の術中にまんまと嵌った。

 弊ブログにも安住と同様に高市の罠に嵌った人間から変なコメントをいただいた。

 

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 shinoshi2013

小選挙区も削減する様になったみたいですね。
ただし、私が言うには、
小選挙区30
・比例15
ぐらいの削減にした方が、より中小政党に配慮した内容になります。

 

 そういう問題ではない。議席数の削減自体が間違っているというのが弊ブログの主張だ。このコメンテーターはいったい何を考えているのか。

 もっとも高市と維新の「イキり政治」がいつまでも続くとは思えない。

 

 

 辻元清美高市人気を助長した一人だが、今になってこんなことを言い出した。もっと早く言えよ、と思う。

 そりゃ姓が「高市」だから高転びするしかないが、私は高市は人気が高い状態のままコケると予想している。1994年の細川護煕がそうだったように。

 

 

 そうならないために古くは公明党高市衆院選当選を阻止したし、昨年は石破らが高市自民党総裁戦当選を阻止したが、その度に高市は再起してきた。10月の政局でも立民が本気を出すなら首班指名玉木雄一郎から斉藤鉄夫に切り替える手だってあったのに野ダメ執行部はやろうとしなかった。あるい2022年秋のイギリスがトラスを49日で下ろした前例もあるのに日本国民にはそれができなかった。高市を選んでしまった以上「巻き添えを食わされる」ことは避けられない。

 高市は軍事費増額の前倒しを既に発表しているが、財源は最初に大規模な軍事費増額を言い出した岸田文雄に倣って所得税だとしている。あまりにも当然予想された流れだが、増税が言い出された時点でやっと右翼が反応したことも2022年の岸田の時と同じだ。人間、なかなか進歩しないものである。

 

 

 いや、新自由主義者という括りで言えば高市と同じネオリベの範疇に属する古賀茂明にだってこの程度の予想はできたということだよ。私は古賀も大嫌いだが、もちろん高市ほど超大嫌いではない。以下にスクショを転機する。

 

 

 昨年のAERAの記事全体は下記のリンクから読める。

 

dot.asahi.com

 

 

 

 そうそう。こうなるのがわかっていたからこれまでも随所で高市を止める動きが起き、一時はそれに成功していたのだった。しかし今回ついに堤防が決壊してしまった。

 覆水盆に返らず、ですかね。It's no use crying over spilt milk.

 でもその crying over ってのは高市の得意技でもあるけどね。「ぴえん芸」とかいうやつだ。

*1:神戸に移る前の大阪府在住時代や阪神間在住時代、たとえば小学生の頃には言ったことも聞いたこともなかった。