kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

あの「憎むべきアエニキ」が「2017年民主系が希望で一本化されていれば2024年には楽勝で政権交代を果しており今頃自民は解党済の可能性が非常に高かった」というトンデモXをポストしていた(怒)

 あの「憎むべきアエニキ」がまたぞろXアカウントを変えて以前の発信を消した上で、新しいアカでトンデモポストを連発していることを知った。

 

https://x.com/aenk20251029/status/2078274773982036291(注:リンク切れ)

 

 当該ポストは既に削除されているが、これが「アエニキ」の本音だ。以前このアカを持ち上げた人たちは自らの不名を恥じるべきだ。弊ブログは一貫して「アエニキ」を批判・罵倒してきた。

 

 

 上記Xはコメント欄で言い合いになっている。

 

 

 

 

 アエニキとはこういうアカだ。弊ブログがアエニキを敵視してきたのは衆院東京15区関係で看過できないポストを見たことがあったからだが、その点では「駅前は朝の七時」と共通している。

 これらのアカは、弊ブログにとっては「向こう側」の陣営にいるということだ。

 なおアエニキは野田佳彦を熱烈に応援していた。今もそうだろう。

「極中道」とは生半可な極右よりもよほど強烈な、究極の「極に触れた」政治思想だった。中道改革連合はそのことをよく感得させてくれた

 naoko氏と安積明子氏の意見を比較すると、「極中道」は右翼より過激で極端だという意見が的を射ていることを痛感する。

 

 

 めんどくさいから上記Xの全文や背景その他の説明は省略するが、上記naoko氏のポストよりもフリーの右翼的ジャーナリストだと私が認識している安積明子のポストの方が納得できる。

 

 

 そうだな。

 中道改革連合は自分から「大政翼賛会の一員」であることを強くアピールした。

 なんといっても、付帯決議案高市に蹴飛ばされたにもかかわらず中改連は賛成票を投じた。中改連からは4人の棄権者と、おそらくわざと採決が予想された日に出張のスケジュールを入れたであろう西村智奈美参院議員が欠席しただけで、あとは「敗北だ」などと白々しくも言い放ちやがった野田佳彦を含めて、代表の小川淳也も、最近になってようやく一部の立民支持層にも「強烈な『男系』論者」であると認識されるようになった泉健太も、みんな賛成した。

 

 

 泉は(小川淳也もだが)「希望の党」政局で「希望」を選んだだけのことはあった。もっとも、泉や小川よりもっと悪質なのが、恥知らずにも未だに「私にとっては敗北だ」などと言い訳している野田佳彦であることはいうまでもない。

 ともあれ「踏まれてもついていきます下駄の雪」は、この猛暑にもかかわらず、下駄から離れなかった。こんな政党を熱烈に支持する人たちがいること自体、私には大きな驚きだ。

 「極中道」(エクストリームセンター、エキセン)は、やはり生半可な極右よりもよほど強烈な、究極の「極に触れた」政治思想だった。

 今回このことを痛感した。理屈としては既に聞き知っていたが、これがその正体かと感得できた。その意味で、「中道改革連合」は私にとって絶好の教材だった。

 「極中道」とは、字面も「極道」を思わせる。それこそ普通の極右よりももっと性質が悪い。

「悠仁氏は天皇になるために生まれてきて、そのように育てられた」というドグマ自体を疑う必要があるのでは?

 2日間政治のことをほとんど書かなかった間に、時事通信の世論調査が出て高市内閣支持率が5割を切った49%だった。三春充希氏の集計では平均57.3%と、また少しだけ下がった。

 

 

 時事通信の調査は面接方式なので強い支持/不支持が出やすい。支持:不支持:どちらでもないがおよそ2:1:1という結果だった。

 

 

 今月の皇室典範「改正」は特に筋の悪い法案だから、先月に今月くらいの内閣支持率低下の数字を出しておけば、今月は与党が強硬に成立を狙ったら内閣支持率が急落しかねない懸念から廃案に追い込める可能性があったが、先月の内閣支持率は横ばいに近い微減だったので、あれでは無理だ。

 特別国会は1週間程度延長されるとのことだが、皇室典範「改正」案は今日参院本会議で可決されるのだろう。しかし将来本当に「36〜38親等離れた」男系男子の養子が天皇になるかは知らない。おそらくそんなことになる前に天皇制が廃止されるのではないかと思う。しかし今回の法「改正」にみられる与党や「ゆ党」による男尊女卑社会の固定・強化の索道は日本社会に大きな悪影響を与えることこそあれ、好影響は何一つもらさないだろう。

 立民と公明の中改連への「合流」の可能性も低くなった。皇室典範「改正」への賛否は立民と公明とで分かれ、中改連は公明党と同じ側に立った。これでは合流は難しいし、合流はしない方が良い、というよりしてはならない。合流しても大政翼賛会が強化されるだけだ。そして現在の流れの根拠となってきた高市内閣の高支持率も間もなく終わろうとしている。

 今回の過程で「ゆるがせにしない」を認める側に転向したXアカが一部で話題になった。

 

 

 

 これはnaoko氏のことだろう。この人は以前から自らの支持政党の執行部がいうことに非常に忠実な傾向に私は気づいていた。今回も、1か月ほど前には既に「ゆるがせにしない」側に転向していたことに私は気づいていた。それが法案成立を前に界隈で話題になったようだ。

 

 

 naoko氏は「ゆるがせにしないの要点だ」と堂々と主張している。naoko氏と私とは全く立場が異なるが、お仲間の大半が「ゆるがせにしない」を批判している中にあって自説を貫く態度は潔いと思う。「右を見て左を見て自分の意見を決める」人が多いが、naoko氏はそうではない。その点には好感を持つ。しかしnaoko氏の意見には私は全く同意しない。

 

 

 

 

 下記Xが、naoko氏が最初に転向を表明したポストだったと記憶する。6月3日に発信された。

 

 

 その頃から批判を受けてはいた。

 

 

 私も「これはない」とは思うが、その理由は上記ポストとはかなり違う。

 そもそも秋篠宮氏自身、歳をとってから天皇になりたくないと思っている人間だと私はみている。その秋篠宮氏が悠仁氏に「帝王教育」のようなことをしているとは私には思えない。悠仁氏はもしかしたら「天皇になりたくて生まれてきたんじゃねえよ、俺は」と思っているかもしれないとの想像さえしている。

 悠仁氏が天皇になるために生まれてきて、そのように育てられてきた、という前提自体を疑う必要があるのではないだろうか。そう私は思った。

 時間がきたのでここまで。

山本太郎並みの「倍速」を音楽でやるとどうなるか

 読書・音楽ブログに下記記事を公開した。

 

kj-books-and-music.hatenablog.com

 

 なお上記リンクの記事には山本太郎も政治の話も出てきません。純粋な音楽の話。

 山本太郎の昔の速球派、今では並の投手の149km/hが計測されたスピード違反が、確か制限速度の80km/hの倍近いよな、と思ってこの記事のタイトルにしただけです。オービスによる計測は実際より低く出る場合が多いらしいから、実際には160km/hだった可能性もあると言われていました。

高市内閣支持率、三春充希氏集計で平均58.6%に下落。いずれの期間の調査でも落ちているとのトレンド

 高市内閣の支持率が確実に落ちている。

 三春充希氏のXより。

 

 

 

 この「いずれも落ちている」というのがポイント。三春氏の集計では平均58.6%とのこと。ここ最近の弊ブログは高市内閣支持率を「6割前後」と表記してきたが、今後しばらくは「平均で6割弱」と表記する。もっとも来週には「5割から6割程度」に表記が変わる可能性がある。よほどのことがない限り、「6割前後」の表記に戻すことはないと思う。

 ところでこたつぬこ(木下ちがや)界隈で気になるXを見た。

 

 

 上記Xをこたつぬこがリポストしていた。

 これは実際に出てくる可能性があるし、立民がそれをやりかねない、というのも可能性があるが、だからこそ、こたつぬこが後押しする勢力はそれを封じるために立民と公明の中道への合流を急がせているのではないかと勘ぐりたくなる。

 今年2月の衆院選で現実に示されたのは、中改連が全く支持されていないという冷厳な事実だ。

 すべてはこの認識から始めなければならない。最低でも、性急な合流は最悪だ。

 また、現実に「悠仁氏の天皇即位を『ゆるがせにしない』」と標榜する政党が複数あることにも留意が必要だ。

 まだ半分しか読んでいない清張の時代小説に描かれたような、徳川吉宗の長男・家重と次男・宗武のどちらを次代将軍にするかという争いの現代版みたいなものが生じ始めている。清張はその文脈で「静謐」という言葉を吉宗の独白として用いた。大変な慧眼である。その場面が描かれたのは1963年、今から63年前だ。一昨日も書いたが、「静謐」は「ゆるがせにしない」とほぼ同義の言葉として用いられた。史実も、9代将軍になったのは家重だった。

 なお天皇制の危機云々で言えば、高市・麻生一派が主導する皇位簒奪が事実上認められた現時点で十分「本格的な危機を迎え」ているといえる。中改連はそれに加担した大政翼賛会傘下の政党だった。

 弊ブログとしては天皇制自体には終わってもらってもいっこうにかまわないが、その結果男女差別が(歴史的にみれば一時的になるかもしれないが)固定・強化されることは間違いないから、今回の皇室典範の改悪は断じて許されないとの立場だ。これはもう何度も書いてきた。

中改連について「右にウィングを広げるという路線が何度破れても、いまだにそこにしがみつきたいのか。」(「猫でもわかる政治学」氏のX)

 枝野幸男が限りなく名指しに近い形で中改連を批判している。そうせざるを得ない状況だと判断しているとみられる。

 

 

 

 

 

 

 

 中改連は衆院選の敗因を「右にスタンスを広げられなかったから負けた」とか総括したらしいからね。野田や小川や泉や笠らしか残らなかったからそういう総括になったのかもしれないが、中改連になって始めたのが、2021年秋に立民代表になった泉健太がやろうとして挫折した「提案型野党」路線だったから、先行き真っ暗だなあと思っていたら案の定の大自爆をしたのが今回の皇室典範政局だった。

 

 

 これはいえている。特に野田佳彦とか泉健太とかはもともと(というか泉の場合は学生時代はリベラルだったらしいが京都に行ってから)「右」なのに真ん中ぶっていたのではないかと私など前々から疑っていた、というかそう確信していたのだが、立民代表選になる度に小沢一郎がしゃしゃり出てきて2021年には泉、2024年には野田を応援して彼らを当選させてしまったのだった。

 

 

 基本的には同意するが、何も右のマーケットは自民党だけじゃなくてたくさんあるじゃないか。維新とか参政とか民民とか、零細だけど保守とか。そもそも野田や泉や小川らの志向に近い路線では玉木雄一郎と榛葉賀津也の民民がある。民民なんか2つも要らないとは誰もが思うことではないだろうか。

 2021年の立民代表選に泉が当選した時の玉木の憮然とした表情が忘れられないが、いまや形勢は逆転した。

 今日は寝坊したから時間がない。以上。