取り上げるタイミングを失していたが、年末の最後っ屁として槍玉にあげておく。
以下引用する。
派遣解雇 幸せになれない国なのか(田勢 康弘)
まじめに働いている人間が幸せになれない国を立派な国だとはとてもいえない。企業の名前の上に「世界の」とつく超大企業が、大量解雇を発表した。どこかヘンだ。働いている人を大事にするのが日本の企業の美風だったのではなかったか。これらの大企業が、解雇やむなしと思われるまでに、懸命の努力をしたようには思えない。ごく最近まで「史上最高の収益」といわれていた企業が、経済状況が変わるとすぐに大量解雇。
ここに至るまでにトップは身を削る努力をしたのか。役員報酬カットや、役員の数を減らしたりしたのか。いかに株主が大事だからといって、こういう状況であれば配当を見合わせても株主は納得してくれるのではないか。年収1億円を越える経営者と、住み込みで月収12、3万円の自動車会社の派遣労働者の格差。社長と従業員の収入の差がもっとも小さいのが日本といわれた時代もあったのに、何が起こったのか。
(中略)
アメリカ型の悪い資本主義がこの国のいいところをつぶしてしまった。規制緩和、競争主義、株主重視。専門的分野に限定されていた派遣が製造業にも認められ、社員から派遣に切り替えるところが急増した。企業にとってはもっともいい制度だ。経営状態が悪くなればいつでも雇用調整が可能だ。労働組合ともめることもない。労働者の立場からみれば、派遣制度は何もいいところがない。一方的に弱い立場を強いられるのである。
(中略)
政治家も政党も言い訳ばかりしている。悪いのは向こうで自分たちは常に正しいと、アリバイ作りばかりしている。いつ総選挙をするかとか、どうすればこちらに有利かなどとくだらぬ政争をしている場合ではないだろう。政治家が落選したり、政党がなくなったりしても、どうということはない。このままでは日本が、滅びてしまうかもしれないのだ。期間を区切って国会がフル活動をしてこの危機を乗り切る。それ以外に道はない。
(2008年12月14日付 四国新聞より)
仰ることはいちいちごもっともなのだが、このような現状をもたらした政治に対して、ジャーナリスト・田勢康弘は、いったいどんなスタンスをとってきたのだろうか。ジャーナリズムの責任についての議論が、コラムから抜け落ちているのは何故なのだろうか。
そこを問いたい。