石川真澄著『人物戦後政治 私の出会った政治家たち』(岩波現代文庫)より引用。
私(注:故石川真澄・朝日新聞編集委員)は一つだけ、記事にするわけではないが、と田中氏の天皇観を尋ねた。佐藤栄作氏が私のインタビューに答えて「天皇様がいらっしゃるから、日本という国家の連続性が保たれるのです」と語ったことが念頭にあったからである。田中氏はむしろけげんな顔で言った。「そりゃあ、天皇陛下と皇室を私は敬っておるよ。両陛下の写真を応接間に飾っている。しかし、天皇が象徴天皇であって政治的機能を有しないことくらいは、もちろんわきまえている。戦前とは違う」
佐藤氏との一七年の年齢差はやはり歴然たるものがあった。田中氏は日本国憲法をほとんど疑っていなかったと考えられる。彼は保守党のまぎれもない権力者であり、「日本列島改造論」に代表される開発志向や「通年国会」「小選挙区制」などの自民党にとっての利益を図ろうとする傾向は露骨であった。しかし、国家とか民族をとかく持ち出したがる保守政治家によくある傾向は弱い人であった。その意味では佐藤氏の嫡流でなかったことは確かである。
石川氏が田中角栄に上記のインタビューをしたのは1975年(昭和50年)のことだった。戦前と戦後の連続性を意識する佐藤栄作と、戦前と戦後の断絶を強調する田中角栄の対照が鮮やかだ。
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