http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100612/1276301543 の続き。
昨日(11日)の朝日新聞に掲載された「新政権 経済政策の課題」の中編に当たる桜井正光(経済同友会代表幹事)のインタビュー記事については、典型的な財界の主張であって、ブログで取り上げる必要を認めない。
一方、今日(12日)の紙面に掲載された神野直彦(東大名誉教授)のインタビュー記事には、触れないわけにはいかない。
ここで、菅直人首相が掲げる「強い経済、強い財政、強い社会保障」は、神野直彦が生みの親だということが明かされている。5月中旬に、政府税制調査会長だった菅首相と会長代行の原口一博議員に説明する時に使った言葉だが、菅首相が「これはいいね」と採用したのだという。
これは、もともとはスウェーデン政府の理念であり、菅首相も所信表明演説でスウェーデンを引き合いに出していた。
一方で菅首相は「妥協の人」でもあるから、油断も隙もあったものではないのだが、少なくとも理念としては北欧型の社民主義を頭に置いていることは間違いないだろう。
「増税しても成長できる」という菅首相の考え方に影響を与えたのは、大阪大学教授の小野善康だとされていて、小野善康が池田信夫ら新自由主義者や、植草一秀や副島隆彦ら陰謀論者*1の非難の的になっていることは当ブログでも取り上げたが*2 *3、神野直彦は、「税負担の水準と経済成長率は、関係ない」と述べている。今回のインタビューでも一部言及があるが、神野直彦が、税負担の高い国としてスウェーデンとドイツ、税負担の低い国としてアメリカと日本を挙げる一方、経済成長率が高いのは高負担のスウェーデンと低負担のアメリカ(但し金融危機以前)、経済成長率が低いのは高負担のドイツと低負担の日本であるとして、税負担と経済成長率には相関がないと論じていることは、著書や雑誌掲載の記事でも読むことができる。
さらに神野直彦は、「ポイントは、産業構造を変えて『新しい福祉』をつくることだ」という。著書では、スウェーデンの雇用弾力性(解雇の容易さ)が、近年ドイツより低くなっていて(=解雇しやすくなっていて)、その分失業保険と就労支援を手厚くして産業構造の転換をスムーズにすると書かれているが、同様の指摘は、神野直彦に限らず、北欧諸国について書かれた本などでしばしば見かける。朝日のインタビューでは、神野直彦はスウェーデンではなくデンマークの例を挙げて、同国が解雇しやすい制度に改める代わりに手厚く寛大な社会保障制度を作ったと語っている。つまり、北欧諸国は何も国民が何の努力もしなくとも福祉でぬくぬくと生活している国ではなく、国民の新しい仕事へのチャレンジを後押しする国なのだ。口では「再チャレンジ」と言いながら、新自由主義政策しかとらなかった、どっかの国のおなかの弱いボンボン世襲KY元総理*4とは全く異なる。
上記のような目的のためには、強い財政の裏付けが必要だというのが神野直彦の主張であり、菅首相も基本的に神野直彦の思想をかなり取り入れた政策を目指していることがわかる。
神野直彦は、世論調査でも高負担でも高福祉がいいという人が6割近くいると言っているが、これは先日の朝日新聞の世論調査結果などをさすのだろう。菅首相に対して神野直彦は、「首相も慎重にならず、スウェーデンのような高福祉・高負担の国をめざす、と言ってもいいのではないか」と言っている。
これとよく似た言葉を大塚耕平に対して発言したのは、数か月前の「サンプロ」における榊原英資で、榊原は大塚に「民主党は大きな政府を目指すと明言せよ」と言ったのだが、違うところは榊原英資が消費税増税論者であることで、これは榊原英資のスタンスが、神野直彦と比較してかなり新自由主義寄りであることを反映している。つまり、目指すゴールは似ていても、榊原の場合、消費税増税を後回しにしないということだが、これだと景気に与えるダメージが大きいのではないかと思う。
最後に、菅首相が政策の優先順位づけで、経済成長や雇用創出を基準にする考えだが、という朝日新聞記者(先日の消費税増税特集を書いた記者の一人である伊藤裕香子記者)の質問に対し、神野直彦は、軸としてもう一つ入れるべきなのは社会的正義、つまり格差是正や所得の平等な分配の観点だと指摘する。成長しても失業や貧困であふれていては意味がなく*5、税制についても消費税の増税議論ばかりが注目されるが、所得税や資産課税も含めて、新しい社会を支える税体系のあり方を考えるべきだ、と答えてインタビューが締めくくられている。