kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

派遣労働の規制緩和の歴史と池田香代子さんの「お花畑」

8か9か - Living, Loving, Thinking, Again より。

ゴルデルの『ソフィーの世界』っていうのは池田さんがいわば翻訳家としてブレイクした作品でもあり、その作品が刊行された年を間違えてしまうというのが凄い! 1995年が1985年になっている。「労働者派遣法」が出てくるので、そのために間違えたのかと思ったのだけれど、「労働者派遣法」の施行は1986年。1年ずれているけれど、まあそういうズレというのはよくあることか。因みに、1999年の改正により一般事務職の「派遣」が解禁され、2004年の改正によって製造業への「派遣」が解禁された。「派遣」が社会問題化した背景は基本的に1999年と2004年の大幅な規制緩和である。また、『ソフィーの世界』が出た1995年には「派遣」関係で目立った動きはなかったのではないか。1995年の段階では、「派遣」は翻訳やIT技術或いは秘書といった専門職に限定されていたので、専門的スキルがない「自分探し」の若者が派遣労働者になるということはできなかった。


1985年というと、プラザ合意、中曽根の靖国参拝日航機墜落事故阪神タイガース日本一の年。戦後政治の総決算で、バブル前夜。

1995年というと、阪神大震災地下鉄サリン事件、1ドル79円の超円高村山談話の年。野茂英雄がMLB1年目でオールスター戦に出て、伊達公子ウィンブルドンでグラフと死闘を演じた。小泉構造改革につながる橋本龍太郎8大改革の前夜。

ちなみにその10年後の2005年は、小泉郵政総選挙、尼崎市福知山線脱線事故耐震偽装事件の年で、NHK番組改変事件の報道をめぐって、朝日新聞安倍晋三に屈した。野茂は日米通算200勝を達成したもののMLBでの勝利はこの年が最後。クルム伊達公子は引退中。ライブドア事件や「ワーキングプア」への注目とともに、新自由主義への見直しが始まる前夜。

野球やテニスの話はさておき、労働問題を語る時、10年もの年月を混同すると、何を言っているのかわからなくなる。

労働問題に関していうと、1995年は何といっても日経連の「新時代の『日本的経営』」によって、大企業で賃下げ圧力が強まり始めた年だった。さらに1997年*1、私のいた職場に派遣労働者が入ってきた。実は、1999年の派遣法大改正以前の1996年の派遣法改正で派遣対象業務が拡大されており、その影響だったのだ。それがさらに1999年と2004年に大幅な規制緩和が行われたわけだが、そこに至る流れを、1997年頃にはひしひしと感じることができる環境に私はいた。だから、1999年と2004年の法改正には呆れるばかりだったが、1999年には小沢一郎自由党は与党、菅直人代表時代の民主党は野党に分かれていたが、ともに法改正に賛成した*2小沢一郎菅直人も、ともに労働者派遣法改悪の「戦犯」といえる。

ちなみに、さらにその10年後の2007年には、雨宮処凛さんが書くような「ワーキングプア」の悲惨さに、身近に接する機会もあった。これには、派遣労働の規制緩和がもろに影響していた。とにかく、何度も書くけれども、労働問題を論じる人が、10年の勘違いをするなんて絶対に許されないことだ。

以上のような実際の体験があるから、池田香代子さんが書く文章の「お花畑」ぶりは、はっきり言っていつも私の神経に障るのである。善意の人であることはよくわかるのだけれど。

ま、それ以前に池田さんご自身の人生を大きく変えたのではないかと傍目には見える『ソフィーの世界』翻訳の年を10年も勘違いしていたとは、それこそ「人間の神秘」なのだが...

*1:1997年というと、民間給与所得がピーク値を記録した年で、以後翌年から9年連続で減少し、10年目(2007年)に少し持ち直したかと思ったのも束の間、2008年と09年に大きく下がって今に至る。

*2:2004年の法改正には、岡田克也代表時代の民主党は反対した。