kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

菅直人は小沢時代に転換された民主党のエネルギー政策を再転換せよ

東京電力福島第一原発事故は、大気中に放射性物質を放出するのみならず、放射性物質を海に垂れ流す醜態に至った。

当ブログは、原発事故が起きた直後から、東日本の農業や漁業に必ずや深刻なダメージを与えると書いてきたが、ここまでひどいとは予想を完全に超えていた。茨城県沖で捕獲されたイカナゴは、放射性ヨウ素の含有量が大量だったため、政府は急遽魚介類についてはこれまで設けられていなかった放射性ヨウ素の基準を設け、イカナゴの出荷停止を茨城県に指示することになった。

朝日新聞の5面を見ると、インドが日本の食品を3カ月禁輸にすることが報じられている。インドには日本の食品はこれまでもほとんど輸出していなかったなどというエクスキューズも書かれているが、外国の反応としては当然だろう。日本だって、チェルノブイリ原発事故を受けて、輸入食品について放射性物質含有率の基準を設けたのではなかったか。

このように、ひとたび事故を起こしてしまえば、原発事故の影響は延々と続き、工業にも農業にも漁業にも、日本の産業全体に多大なダメージを与える。菅首相や枝野官房長官原発を中心としたエネルギー政策に見直したのは、そうするよりほか手がない、というのが最大の理由だ。

東京都民には馬鹿が多いから、世論調査を行うと、「原発に不安を感じるが原発は推進すべき」という意見が多数を占め、東京都知事選でも候補者4人のうち唯一原発事故後も「原発推進論者」の姿勢を全く改めようとしない石原慎太郎を熱狂的にしている。だが、今後どこも原発の新規建設を受け入れてくれる地域などない。どうしても原発を推進したければ、都民が熱狂的に支持する石原慎太郎が言う通り、東京湾にでも原発を推進するほかはない。政府が原子力大綱の改定を中止したのは当然の判断だ。繰り返すが、それしか選択肢はない。


これまで、民主党地球温暖化を口実とした原発推進政策をとってきたことはよく知られている。


http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20110405 に、東京新聞がまとめた民主党原発政策転換が書かれているが、下記の点に注目されたい。


以下、上記『vanacoralの日記』経由で東京新聞の記事*1を孫引きする。

 政府の「エネルギー基本計画」でも、菅政権下での第二次改定(昨年六月)で、三〇年までに原発を「少なくとも十四基以上新増設」するとの具体的目標を盛り込んだ。自民党の安倍政権時代の第一次改定(〇七年三月)で、原子力発電は「積極的に推進する」との方針が示されたが、それよりも踏み込んだ。

 民主党岡田克也幹事長は四日の記者会見で「(もともと)原子力について非常に慎重な態度をとってきたが、その後、党も私も積極的な姿勢に転じた。地球温暖化のリスクの方が多いと判断したためだ」と説明。「原発のリスクが非常に大きく立ちはだかり、これから冷静に議論しなければならない」と述べた。


以上に見る通り、もともと再生可能エネルギーへの志向が強かった政策を民主党が転換したが、そのきっかけが地球温暖化論だったというより、地球温暖化論を口実にして電力総連や電機連合などの御用労組が民主党原発推進勢力の採用を強く働きかけ、小沢一郎代表時代の民主党がそれをのんだというのが事実だろう。

小沢信者は、政策転換を大畠章宏(日立労組出身)や前原誠司の責任に転嫁しようとしている。何度も書いたように、大畠は原子炉の設計にかかわった職歴を持つ、日立労組−社会党社民党経由で民主党入りした政治家だが、ここで考慮しなければならないのは、組織や社会において、もっとも強い力は「慣性」(「惰性」)だということだ。一度決めた方針はなかなか変えられない。東京電力福島第一原発の危険性を繰り返し指摘されながらも対応を取ってこなかったのは、「対応を取れば安全対策が甘かったことを認めることになる」という理由からだった。同様に、一度決めた党の方針を改めることは容易ではない。

前原誠司は、なるほど確かに原発推進派といえるが、あの2005年の「郵政総選挙」における民主党の大敗に伴う岡田克也の代表辞任を受けた代表選で菅直人を破って急遽代表になり、同年末からの耐震偽装事件やライブドア事件で政局が騒然とする中、そのライブドア事件で「偽メール事件」を起こして辞任に追い込まれた人物だ。任期はわずかに7か月だった。しかも重要な点は、前原は「組合政治家」ではないということだ。つまり、原発推進派の政治家とはいえ、前原には何が何でも党の政策を転換したいという強い動機はなかったと想像されるのだ。

政策転換の動機をもっとも強く持っていたのは連合である。そして、2006年4月に民主党代表に就任した小沢一郎は、2003年に民主党入りした際、それまでの「利益誘導政治家」から「組合政治家」へ転換を遂げた人物であることは、今ではかなり知られていると思う。

小沢一郎の「剛腕」はつとに知られている。鳩山一郎田中角栄でさえ実現できなかった小選挙区制を導入した小沢一郎にとってみれば、連合の意向を受け入れて民主党のエネルギー政策を転換することなど、赤子の手をひねるも同然だった。

そして、一度舵を切った政策は、どんどん慣性で進んでいく。岡田克也が述懐する通りである。菅政権になってからの原発推進政策は、鳩山政権時代よりさらに前のめりの姿勢を示していた。

ここで注意しなければならないのは、「まず原発推進ありき」で「地球温暖化論を捏造した」という武田邦彦らの陰謀論は誤りであり、原発産業が地球温暖化論を利用したことだ。アル・ゴアにしてもバラク・オバマにしても、最初から原発産業と手を結んでいたのではなく、原発産業はあとから食い込んできた。反原発論再生可能エネルギー推進をともに唱える飯田哲也(てつなり)氏のような人がいることを想起されたい。

日本の民主党の政策も同じだ。そのことは、2005年の民主党の政策が「原発を慎重に推進」しながら、「地球温暖化対策では省エネや風力、バイオマスなど再生可能エネルギーの推進を前面に出していた」という、東京新聞の記事からも明らかだ。

小沢一郎がブチ上げた「国民の生活が第一」というスローガンは良かったし、子ども手当や農業者戸別所得補償の政策も私は積極的に評価しているが*2原発推進に舵を切った政策転換は全く評価できない。

同様に、今回の震災で、菅−枝野ラインが原発推進政策を転換しようとしていることを私は評価するが、菅らが税制改革において与謝野馨の影響を強く受けていることは全く評価しない。政策の評価は、誰が主張しているかではなく、いかなる政策であるかが判断基準となるべきだが、小沢信者の場合は「誰が主張しているか」がすべてになっている。あまりにも病的だ。

現在政界で蠢いている大連立工作も、エネルギー政策の転換と絡めて考えると腑に落ちるところが多い。たとえば仙谷由人が、首相の交代を条件にした自民党との大連立の線で交渉していたとされるが、これは仙谷が原発推進政策を再転換させたくない(現在の原発推進政策を守りたい)と考えているとすればわかりやすい。菅首相のままでの大連立工作をしている岡田克也は、東京新聞の記事からもニュアンスが伺えるように、原発政策を再転換して元に戻すことには肯定的だ。一方、原発推進の張本人・故正力松太郎渡邉恒雄が率いてきた読売新聞は何が何でも菅を下ろしたいから、その方向に誘導するような記事を紙面に載せる。そういうことだ。

菅直人以下、政府の原発推進政策転換に動いている為政者は、それしか選択の余地はないという冷徹な事実を見据えて、慣性でこれまで同様の原発推進政策を続けよと強い圧力をかける、御用労組や読売新聞などの原発推進勢力を強い意志で退け続け、再生可能エネルギー推進を軸としたエネルギー政策に転換すべきだ。

それにしても小沢一郎はまだ何も言わないのか。やはり連合の意向には逆らえない「組合政治家」に過ぎないということなのか。

*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011040502000026.html

*2:但し、聞いた話によると、農業者戸別所得補償の政策をまとめ上げたのは岡田克也らしい。