kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

小沢一郎の資金集めパーティーで「茶会」を宣伝していた副島隆彦

副島隆彦の学問道場 - 重たい掲示板」*1より。

[661]「小沢一郎政経フォーラム」に行ってきました


投稿者:野田リベイル 明子
投稿日:2011-08-18 01:35:06


会員の野田リベイルと申します。これまで「あやめ」というHNで書き込んでいましたが、今回より実名で投稿することにしました。


本日「第62回小沢一郎政経フォーラム」に、参加してきました。副島先生が講師をおつとめになるとういうことで、まるで学問道場の定例会のように気軽に申し込んで、あとで政治資金パーティーなのだ、ということに気づきました。お金を振り込む際に、一瞬「どうしよう?!」とも思いましたが、これまでの人生にあり得ない出来事として、経験してみよう!と心に決めました。


「私のような者が行くのは場違いでは・・?」と感じる程ビビッてしまうのは、人生でこれが2度目です。
1度目は、忘れようもない植草一秀氏の「日本の独立」出版記念講演会(1回目の方)の時でした。この時も、植草氏と共に副島先生の話が聞けるということで、結構何も考えず当日会場へ行くと、副島先生よりもお年上のおじさま達ばかりではありませんか!若い人はあまり見当たらず、ましてや女性となると、会場で簡単に数えられる位しかいませんでした。
「やばい、私のような者が来る所ではなかった・・・。か、帰ろうかな?」と脅えているうちに、講演会が始まってしまいました。結果としてこの日は、副島先生が絶妙に場の空気を取り仕切っておられたので、私の緊張もほぐれ、次第に笑いながら話が聞けるようになりました。その直前に、たまたま副島先生の「日本の秘密」を読んでいたことも、この世代のおじさま方の熱い、生の空気を、生まれて初めて体感するための、良い素地になっていたと思います。


話を戻しまして、今日は私にとっては、それ以来の「ドキドキデー」でした。一人で申し込みましたので、一人で行ったわけですが、今日は上記の時ほど年齢に偏りはなく、男女の比率もバランスが取れていました。恐らくあとで小沢さんとのツーショット写真を撮るためでしょうか、めかし込んだ女性も、何人かお見受けしました。
話し相手もいなかったので、どうしても周りの会話が聞こえてしまいます。
60代らしき男性達が「副島の話は、おもしろいんだよナ」「ああ」と言ったり、50代らしき女性達が「この副島って人は、ひとかどの言論人よね」「そう、私も今ちょうど彼の本を読んでるところ。それにしても民主党の議員は、どいつもこいつも情けないわね・・」などと言うのが、耳に入ってきました。「ああそうか、ここは筋金入りの小沢支持者たちが集うところだものな。一般社会とは意識がちがうや。」と思いました。不思議なご縁に導かれ、今日勇気を出してこの場にいられることを、急に感謝したい気持ちになりました。


副島先生が壇上に上がられる際に持っておられたお写真を、すぐに「小室直樹じゃないか!」と気づく方々がおられました。先生が、初めに小室先生にお捧げになった言葉は、今日恐らく舞台裏で先生のお話を聞いておられた小沢議員とあの場に集ったすべての人たちを結びつけ、貫く重要なサイレンでした。もしも小室先生のことをご存知ない方が会場にいらっしゃったとしても、副島先生のあの言葉で、「彼のような人がいたからこそ、今日の政経フォーラムにつながり、自分達がここにいるのだ」ということを、理解されたのではないでしょうか。
時間を気にしながら、ブレイクしすぎぬよう自重気味に進められた先生のお話でしたが、それはそれでおもしろく、会場にも幾度か笑いが起こっていました。しかし「官僚から行政を奪還すること(=政権交代の原点に還ること)」、「小沢一郎が育てた若い議員達を守り、育ててゆかねばならないこと」などの最重要ポイントは、会場から湧き上がる拍手とともに、しっかりと参加者に伝わっている様子でした。
同時に、小沢支持者であればあまり聞きたくないであろう「日本の政情の厳しい事実」への言及もありました。世界の政情の分析・解説では、学問道場の定例会では何度か聞いている内容ですが、政経フォーラム参加者にとっては「本当に勉強になった部分」ではなかろうかと思います。
リバータリアン」やティーパーティー」という単語について、まともな言及や解説をしているマスメディアは日本にはありませんから、ああした機会に、一人でも多くの方の「耳に入ること」が、まずはとても重要だと感じました。


こんな様子で勉強会は、時間通りでピタリと終わり(!!)、隣の部屋で懇親会があるという。「隣ってどっち?」と思ってウロウロしていると、知らないおじさんが「こっちの方じゃないか?」と話している。ふーん、じゃとりあえずそっちの方へ移動。どこか隅っこへ行こうとしたら、3メートルくらい離れたところに、なななんと小沢一郎議員が!、おいでになるではないか。
初めて、生で、偶然とはいえ至近距離で見た小沢さんは、思っていたよりずっと小さくて、丸くて、柔和であたたかそうで、(こう言っては失礼だと思いますが)ぬいぐるみのようでした。笑顔が印象的でした。
顔を反対へ向けると、今度はまたすぐそこ(ほんの1、2メートルでしたでしょうか)に、石川議員がおられました。こちらはネットで拝見していた画像より、ずっとハンサムでした。あとで考えてみると、私が移動した場所は懇親会場とは反対側の、小沢さんと石川さんが入場される前に待機しておられたスペースでした。知らなかったとはいえ、自分の方向音痴のおかげで、至近距離で「本日の主役」を見てしまいました。
「ただの有名人」ではなく「公人」のオーラというのは、また別ものだということを知りました。


そんなこんなで、多分一番最後に懇親会場へ入ってみたらば、既に人だらけで、どこが壇上なのかも見分けがつかない。かろうじて声のする方へ顔を向けると、小沢さんがご挨拶をされていました。
「命を賭してしてやる!という気概のある人を、次の代表に。」という短い言葉に、幾重にも深い、小沢さんの国家への願いが込められていることを感じました。
そのあと副島先生が、乾杯の音頭を取られました。その時、私のすぐ前にいたおじさんが移動され、お2人のお顔がよく見えるようになりました。
「このお2人がこうして並んで立つまでに、どれだけの年月があったろう。どれだけの積み重ねた思いがあったろう。そしてどれだけの苦難があったろう(苦難はまだ終わってないが)。」と思いました。
思った時間は、多分一瞬なのですが、私にはしばらく時が止まり、その映像はゆっくりと時間をかけて、脳裏に焼きつきました。小さな声で一緒に「乾杯!」と言って、会場をあとにしました。


時間にしたら、ほんの2時間足らずのことなのですが、勇気を出して行ってよかったなと思いました。


どうでも良いといえばどうでも良い投稿なのだが、いくつか確認しておきたいことがある。


最大のポイントは、小沢一郎の政治資金集めパーティー副島隆彦が「ティーパーティー」を口にしていたということは、民主党小沢一郎一派は「日本のティーパーティー」を目指していると見なして良いんですな、ということ。特に、新自由主義に反対しながら小沢一郎支持を表明している人たちに言いたい。あなた方が支持する小沢一郎という人間は、「日本版ティーパーティー」を目指してるんですよ、それでもあなた方は小沢一郎を支持するんですか。


少なくとも「鍋パーティー」は、与謝野馨野田佳彦のような財政再建至上論者ともども、究極の「小さな政府」を目指す一派(具体的には小沢一郎河村たかし)を「主要な批判の対象」に位置づける。そのことをはっきりと表明しておきたい。財政再建至上主義もティーパーティーも、ともに新自由主義の別の面を代表する思想だからだ。前者は政府支出の切り詰め、後者は政府収入のカットだから、同じ結果を導くものであることは自明だろう。


あとは本当にどうでも良い話。植草一秀副島隆彦の支持者って、大方が60代前半、つまり「団塊の世代」なんだろうなってこと。ネットの世界にも「小沢信者」はずいぶん多いけれども、70年安保当時に学生運動をやっていた「新左翼」上がりの60歳代前半の人が占める割合が異様に高いような印象をこれまでも私は持っていた。どうやらその印象に誤りはなかったらしい。なお副島は、「団塊の世代」よりは少しだけ若い世代に属する。


あと、副島が小室直樹の遺影を持って壇上に上がったとのことだが、かつてネット検索で小室直樹の支持者が副島を罵倒したブログを見つけて、これを当ブログで紹介したことがあるのを思い出した。ネット検索をかければすぐ見つかると思うが、以前にも書いたことなので同じことをやろうとは思わない。興味のある方は調べてみてほしい。たぶんそのブログ主は、副島がこんな行動をとったと知ったら、「副島は勝手に小室先生の弟子面をするな」と怒り出すのではないか。