kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

高木仁三郎『原子力神話からの解放 日本を滅ぼす九つの呪縛』(講談社+α文庫)

今年3月の東日本大震災に伴って発生した東電原発事故のあと2か月ほど経った今年5月以降、多くの「原発本」が出版されたが、それぞれ正しいことは書いてあるのだろうけれどもどうしても「後知恵」との読後感が生じてしまうのは致し方ないところだ。

読んで印象に残るのは、原発事故前から原発について警鐘を鳴らしていた書物の数々だ。特に、存命中から原発推進派の人々も一目を置いていた高木仁三郎の著書には唸らされる。下記もその一冊。


原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛 (講談社+α文庫)

原子力神話からの解放 -日本を滅ぼす九つの呪縛 (講談社+α文庫)


初出は2000年の光文社刊で、岩波新書に収録された『原発事故はなぜくりかえすのか』と同様、この年に亡くなった著者の「遺言」ともいうべき書物である。東電原発事故を契機に原発問題に関心を持つようになった方は、下記に示す各章のタイトルを見ただけでこの本を読みたくなること請け合いだ。

  1. 原子力発電の本質と困難さ
  2. 原子力は無限のエネルギー源」という神話
  3. 原子力は石油危機を克服する」という神話
  4. 原子力の平和利用」という神話
  5. 原子力は安全」という神話
  6. 原子力は安い電力を提供する」という神話
  7. 原発は地域振興に寄与する」という神話
  8. 原子力はクリーンなエネルギー」という神話
  9. 原子力はリサイクルできる」という神話
  10. 「日本の原子力技術は優秀」という神話
  11. 原子力問題の現在とこれから


原発核兵器と切っても切れない関係にあることについては第4章、原発事故の発生を言い当てているのは第5章、原発のコスト問題については第6章、「電源三法交付金」については第7章、地球温暖化との絡みについては第8章、プルサーマル計画については第9章、自前の技術力など何もなく舶来ものに過すぎなかった日本の原発技術のお粗末さについては第10章に書かれているといった具合に、現在原発についてメディアやネットなどで議論されている論点のすべてがこの本に言及されていると言っても過言ではない。

本記事ではその中から、私が熱心に旗を振っている「電源三法廃止キャンペーン」に関係する第7章の一部を紹介する。

自民党衆院議員・高木毅の父である前敦賀市長・高木孝一が1983年に石川県羽咋郡志賀町で開かれた「原発講演会」で放言した「たかり根性」丸出しの講演は、内橋克人氏が著書に紹介した内容を文字起こししたものがネットで出回っているため*1、東電原発事故後ネットでは非常に有名になった。

しかし、高木孝一が当て込んだほど「電源三法交付金」などの「原発マネー」は地域振興には寄与しなかったのである。高木孝一が志賀原発誘致をそそのかした11年後の1994年に行なった発言を、同じ高木姓の高木仁三郎が紹介しているので、以下に引用する。

「私どもは、ずっと何十年前から、いわゆる日本国の政府等が日本国家としてどうしてもこれをやっていかなければならないところの国策であるというふうに、原子力発電所の推進方についていろいろと言われまして、そのことに相呼応してやってきておるというのが最大の基本理念であります。(中略)こうしたことで最近特に地域社会から迷惑施設とまで言われておりますけれども、こうしたものも私の敦賀市にも4基ございます。日本では45基が稼働いたしておりますし、さらに7基が建設中でありますが、私どもの、福井県の嶺南地方と言っておりますけれども、いわゆる若狭地区であります。若狭地区には、あの狭い土地柄において15基の発電所が実はあるわけでございまして、これもなかなか本当に大変でございましたけれども、ただ今申し上げましたような理念に基づいてこれに協力してまいったものでございます。

 ですから国策ということを最重点に置いてもらわなければならない。ところが、1つの例を挙げてみましても、やはり若狭には旧態依然たる国道27号線1本しかないわけであります」(「長期計画改定に関するご意見を聞く会」会議録、平成六年三月四日、五日)

高木仁三郎原子力神話からの解放 日本を滅ぼす九つの呪縛』(講談社+α文庫, 2011年=初出は光文社, 2000年) 184頁)


高木孝一はさらに、同じ会議の質疑応答で次のように述べたという。

「先ほど太陽光等の話題がありましたけど(注:別の方がその場で太陽光発電が望ましいという話をした)、私どもも、いつ頃になったらこうしたところのエネルギー開発ができるんだろうなという強い関心を持ってますよ。こんなものがここ10年や15年でもしかしてその目的を達成することができるなら、今からも私どもも原子力発電所はいやです。今、私のところでやっている3,4号炉(増設)の問題でも、もう10年後に太陽光の発電ができると言ったら、今からでもお断りしたいですよ、本当に。(中略)私どもも決して、原子力発電所がいい、ほれ込んでやっているんじゃないんですよ」(前掲・会議録)

(前掲書185頁)


1983年に北陸電力原発立地予定地で調子の良いことを言っていた高木孝一だが、その11年後には、せっかく国策に従って原発を誘致したのに国は道路さえ引いてくれないではないかと愚痴っている。そして、高木孝一自らが原発が「迷惑施設」と呼ばれていることを認めているのである。


ここで高木孝一が言及している敦賀原発の3,4号機は、2004年に増設が申請され、現在安全審査中だが、来年に予定されていた本体工事に着工するかどうかは東電原発事故の影響を受けて不透明な情勢になっている。1995年の敦賀市長選で高木孝一を破って現在5期目の市長・河瀬一治は、今年8月1日の定例記者会見で、3・4号機の増設計画について「絶対に必要」として着工を強く求めた。高木仁三郎が指摘する「原発受け入れにともなう『麻薬効果』」*2の典型的な例になっている。


この本で注目を引く記述は他にも枚挙に暇がないけれども、最後の第11章「原子力問題の現在とこれから」の第2節「原子力産業の斜陽化症候群」では、東電原発事故以後私が感じていることが、11年前に高木仁三郎によって正確に指摘されている。高木仁三郎は、かつては「事故隠し」だったものが次第に「データの捏造」が増えてきていると指摘する。それが本書の原著が刊行された前年の1999年に起きたJCOの臨界事故につながった。本当はコストも高い、放射性廃棄物の処理法のメドも立たない、地球温暖化防止にも実は寄与できない、などなど全盛期末には既に限界が見えていて、原発の新設・増設のペースもガタンと落ち込んでいた原発は、高木仁三郎の表現を借りれば、

産業そのものが未来への目標を失って斜陽化してきている*3

のであり、

コスト切り下げの圧力も強いから、いろんなリストラが進んで労働条件もよくないし、そのわりに原発放射能の問題があって危険度が高くなって*4

いたのである。1999年のJCO臨界事故の時点で既にそうだった。しかしそれにもかかわらず小泉政権は2005年にさらなる原発推進政策を推進する政策を決定し、政権交代後も鳩山・菅の両政権は、自民党政権時代以上に前のめりに原発を推進する計画を立てた。そこには「現実」は何一つ反映されておらず、ただ単に半世紀以上前に中曽根康弘正力松太郎が強引に始めた原発推進政策を惰性で続けようとしただけだった。そのあげくに東電原発事故が起きた。前首相の菅直人はさすがに政策を「脱原発」へと転換しようとしたが、それも間もなく「脱原発依存」に後退させられ、さらに現首相の「野ダメ」こと野田佳彦は、「原発の安全性を世界最高水準にする」などと空念仏を再開させた。今後、原発の技術にかかわろうとする若者がどれくらい現れていると野田は思っているのだろうか。この男はまともな想像力さえ持ち合わせていないらしい。


この本を読んで一点愕然としたことがある。それは、原発の老朽化やJCO臨界事故を受けて、原発に厳しい姿勢を貫く著者の高木仁三郎でさえ、ある程度は「脱原発」が進むだろうと楽観的に見ていた部分さえ、現実にはならなかったということである。稼働開始から30年を過ぎ、40年に達した原発廃炉は、この本を読んでいると今頃もっと進んでいなければならなかったはずであることがよくわかる。しかし現実に廃炉になったが決まったのは浜岡1,2号機などごく少数に過ぎない。既に40年超の日本原電・敦賀原発1号機と関西電力美浜原発1号機が存在する。高木仁三郎は「老朽化原発」と呼んでいるが、国はこれを「高経年化」と言い換えている。東電原発事故を起こした福島第一原発1号機は、原発事故が起きなければその月に稼働開始から40年を超えて運転することになるはずだった。こんなオンボロ原発が大事故を引き起こしたのである。事故がなければ、なし崩し的に原発の「60年稼働」がスタンダードとされたところだったに違いない。


本書は、刊行と著者・高木仁三郎の没後11年を経過した今でも新しさを失わない名著だと思う。それは高木仁三郎の偉大さを表すものであるとともに、その間無策どころか無謀な原発推進政策を掲げてきた自民党および民主党政権の無能さを表すものでもある。

原発関連書籍を読むなら、事故後雨後のタケノコのように現れた本の数々よりも、事故以前から原発に警鐘を鳴らしていた本書のような本を読む方が有益だと改めて感じた。


他に読んだ本。


日本の教育格差 (岩波新書)

日本の教育格差 (岩波新書)

*1:http://blog.goo.ne.jp/keisukelap/e/ad40bf64f63064b07c13e32d03e271eeなど。

*2:前掲書196-198頁

*3:前掲書271頁

*4:前掲書271頁