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古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

フィクションと史実と - 澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』を読む・第5回「我部政明教授と西山太吉元記者と澤地久枝さんと」

フィクションと史実と - 澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』を読む・第4回「澤地久枝さんとナベツネに会った男の告白」 - kojitakenの日記 の続き。今回が最終回。


西山事件」の二審裁判でも、弁護側の証人はそうそうたる顔ぶれだった。


密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)


上記澤地久枝さんの本において、1978年の増補版刊行時に書き加えられた第13章「新たな出発」の278〜280頁に、二審の弁護側証人たちの名前が出てくるが、1975年(昭和50年)11月27日には自民党衆院議員(当時)の河野洋平と読売新聞広告局長(同)の氏家斉一郎、1976年1月20日には社会党参院議員(同)の上田哲と元毎日新聞記者の松岡英夫。松岡は、『サンデー毎日』で「サンデー時評」を書き、のちに社共推薦の「革新統一候補」として東京都知事選にも立候補した。同2月10日には共同通信社論説委員長(同)の内田健三東京大学教授(同)の坂本義和

中でもナベツネの盟友で昨年3月に84歳で他界した氏家斉一郎が思い切った証言をしている。以下澤地さんが要約した氏家の証言の要旨を本から引用する。

 新聞記者の取材はつねに「秘密事項」の取材を意味し、極秘文書だからといって取材をひかえることはない。権力はつねに腐敗しやすく、国民に真実をさらすのが報道機関の義務であること。ニュース・ソースとして公務員が占める割合は90パーセントであり、官庁からの文書持ち出しもやる。刑事罰の対象となる行為以外、取材は自由であり、自由を失えば権力の腐敗の方向にマスコミが加担することになると証言。

澤地久枝『密約 - 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫, 2006年)278頁)


しかし証人たちの証言を含む弁護側の奮闘も空しく、ロッキード事件が世間を騒がせている頃、西山太吉毎日新聞記者は二審で逆転有罪判決を受け、2年後には上告も棄却された。

明日(3月4日)放送のテレビドラマ『運命の人』第8話では、おそらく上告が棄却されるまでが描かれるのだろうが、原作では第3巻の終わりまでに当たる。そして第4巻では史実から離れ、主人公の弓成亮太は沖縄に移住する。ドラマも、最後の2回は沖縄編になるはずだ。一方、史実では西山元記者は故郷の北九州市にずっと住み、啓子(ひろこ)夫人もある時期から再び夫と同居するようになった。

だが、物語がすべて史実から離れるわけではない。2000年、我部政明琉球大学教授がアメリカの公文書館から密約文書を見つけ出したのだ。2000年5月29日付の朝日新聞がこれを報じた。当時朝日新聞は、「朝日新聞琉球大の我部政明教授は、(略)米公文書のつづりを入手した」と書いたが、朝日新聞記者(当時)の諸永裕司によるとこれは正しくなく、ほぼ我部教授単独の仕事と言うべきものだった。朝日新聞の記者は、単に電話で我部教授に「なにか、ネタになるようなことはありませんか」と問い合わせただけだった。諸永氏は著書『沖縄密約 ふたつの嘘』(講談社, 2010年)の244頁で、自らが属する朝日新聞の記事の表現を、下記のように手厳しく批評している。

 レンガ職人のような地道な作業を積み重ね、気の遠くなるような時間を費やしてようやく手に入れた文書。その功績をなかば横取りするかのような表現だった。

 それでも、我部は文句ひとつ口にしない。


ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010] (g2book)

ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010] (g2book)


我部教授の活躍は、山崎豊子著『運命の人』第4巻の第20章「米国立公文書館」にも描かれている。名前は「我楽政規(がらく・まさのり)」に変えられているけれど。だから、ドラマにも間違いなく登場すると思う。

歴史的に見ても、我部教授のこの発見が、自民党政府によって封印されていた外務省機密漏洩事件の歴史を再び動かし始めるきっかけになった。

ところで、澤地久枝さんは1998年4月から2学年間、沖縄に移り住んで、他ならぬ我部教授のセミナーを聴講していたのだった。その期間が明けた直後に我部教授の大発見が報じられるとは、なんというめぐり合わせかと思う。

その後2006年2月には、北海道新聞のインタビューに答えて、事件当時の外務省アメリカ局長・吉野文六氏が「密約」を認めた。

2008年9月2日には、密約文書の情報開示を求めて情報公開請求が起こされた。前述の諸永裕司によると、その日の記者会見で、西山元記者と澤地久枝さんは初めて言葉をかわしたのだという。以下諸永氏の前掲書141頁より引用する。

 かつて、澤地は刑事裁判に通いつめたものの、情報を漏らした外務省の女性事務官(引用者註:蓮見喜久子氏)から話を聞くことができなかったため、公平を期す意味で、あえて西山には接触しなかった。そのかわり、法廷での審理を傍聴席の最前列から見守り続けて『密約』を書き上げたのだった。

 そのため、ふたりはたがいによく知る存在とはいえ、言葉をかわしたことはなかった。


記者会見から帰宅した西山氏は、妻の啓子さんに、「澤地が、澤地が……」と、まるでスターに会ったあとのようのこどものように語り続けたと、諸永氏は書いている(同書144頁)。


『運命の人』を書いた山崎豊子氏が澤地久枝著『密約』を参考にしたと語り、週刊誌への「寄稿」ではナベツネが同じ本を絶賛し、諸永裕司氏の本を読むと、当の西山太吉氏までもが澤地さんに会って感激したという。

ここまで重なると、誰しも澤地久枝著『密約』を読みたくなろうというものだ。私もついにこの本を買ってむさぼり読んだ。

もしドラマを見て史実の「西山事件」に関心を持たれた方がおられるなら、この澤地久枝著『密約』は絶対に読まなければならない本だ。そう断言しておく。私自身、なぜもっと早くこの本を読んでおかなかったのかと、おのれの迂闊さに臍(ほぞ)を噛む思いだった。当ダイアリーの読者の皆さまにも、強くおすすめしたい一冊である。

(この項終わり)