kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

天安門事件25周年

今日で天安門事件からまる25年になる。昨日(6/3)の朝日新聞天声人語に、中国では「6月4日」がNGワードなので、「5月35日」とか「8の2乗」(2の6乗と言った方がピンとくると思うけれども)などと表記したが、今はそれも禁句になっているらしい。

今朝の朝日は社説でも「天安門25年」を取り上げている。以下一部引用する。

(前略)習近平(シーチンピン)国家主席は4月の訪欧時こう講演した。「立憲君主制、帝政復活、議会制、多党制、大統領制、みな試したがうまくいかない。最後に中国が選んだのが社会主義の道だ」。しかしこれは、共産党の観点から歴史を単純化した議論にすぎない。

 計画経済を捨て去った今、習氏のいう社会主義とは、共産党の一党支配への批判を許さぬ体制を意味する。弾圧されているのは活動家や知識人だけではない。各地で、党の幹部が絡んだ行政や司法の不正に庶民が声を上げられずにいる。

 それでも事件の主役の一人、王丹氏は、「人権」の意識を権力が無視できなくなったという成果を指摘する。04年には憲法に「国家は、人権を尊重し保障する」と書き込まれた。

 前首相の温家宝氏は、政治参加を徐々に広げ、教育によって個人の自由と発展を重視することを度々表明していた。

 習政権になってから、それが逆流しているようにみえる。6月4日を前に、活動家らの拘束を徹底し、外国メディアにも圧力をかけてきたのは異常だ。(後略)

朝日新聞 2014年6月4日付社説「天安門25年―改革になぜ踏み出せぬ」より)

中国は「社会主義」を看板に掲げてはいるものの、その経済政策はアメリカよりも過激な「新自由主義」であると私は認識している。それが国家主義と結びついているだけに厄介な「大国」であることは否定できない事実だ。加えて、習近平タカ派の政治家であることもはっきりしてきた。石原慎太郎の挑発に端を発し、野田佳彦政権の拙劣な対応がこじらせた尖閣問題は別としても、中国とベトナムとの間の緊張が高まっていることには、主に中国に非があるといえるだろう。

ただ、そんな中国にひたすら力で対抗しようとする安倍晋三の火遊びは危険千万であり、日本の政治家には、中国の抱える問題を直視しつつ、いかにそれに対して知恵を絞って立ち回っていくかの知恵が求められると思うが、安倍晋三にそんなものの持ち合わせはないことはいうまでもない。

週刊誌(『週刊ポスト』)を立ち読みしていたら、安倍晋三は「俺はオバマよりも金正恩の方がウマが合うんだよなあ」とか言ったとか言わないとか。そんなことを口にするほど安倍晋三が間抜けだとはさすがの私も思わないが、安倍晋三が内心そう思っている可能性は高いのではないか。