kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

くたばれ民族主義、くたばれナショナリズム

「きまぐれな日々」は、このところ公開した日*1でもアクセス数が1500件前後で、翌日から減衰していくという、マイナーもいいところのブログになっているが、今回の記事「朝日・従軍慰安婦報道問題の『日本の常識は世界の非常識』」は、どうやら公開翌日にGunosyというサイトに取り上げられたらしく、公開翌日の方が公開日よりアクセス数が増えた。だから訪問客にも一見さんが多かったようだが、その大半はナショナリズムに影響された人たちだったと見えて、記事に批判的なコメントが最初の数件にずらりと並んだ。

その中でも、特にため息が出たのは下記のコメントだ。コメント主は無記名。「きまぐれな日々」では「名なし」や「七紙」といった投稿者名は受け付けない設定にしてあるのだが、残念ながら無記名のコメントを禁止する設定ができないはずなので(私がやり方を知らないだけなのかもしれないが)、無記名の投稿が結構多い。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1357.html#comment18125

日本の常識は世界の非常識。
これの根拠になっているのは、欧米は常に正しい。という、日本特有の劣等意識です。
日本と欧米は価値観の基準が違います。
日本は自分の価値観で行動すれば良い。
欧米追随の時代は終わった。

2014.08.26 11:13


こういうコメントを見ていると、「『自主独立派』の岸信介佐藤栄作はエラい」(孫崎享)とか「『右』も『左』もない」(かつての「『政権交代ブロガー』喜八」)などといった、民族主義者や右翼に阿る言論を「リベラル」がもてはやしたことは、ろくな結果を招かなかったのだなあと改めて感じる*2。上記のコメント主の考え方って、太平洋戦争の頃に主流だった日本人の思想そのものだよね。そう言って無茶な戦争に突っ込んで行った日本政府や日本軍を熱烈に支持していたわけだ。

今の日本ももう、行き着くところまで行くしかないのかもしれない。朝日新聞が報じた故吉田清治氏の証言が虚偽だったことが証明されたことによって、あの「無知で下品な」(by 田原総一朗高市早苗が手下の賛意をとりつけてドヤ顔で提言したように「新しい官房長官談話」を発表してももはや欧米を含む世界各国の不興を買うことはなくなったのだろうか。上記「きまぐれな日々」のコメント欄を見ていると、そのように信じている無邪気なナショナリストもいるようだけれど、そんなことはあり得ない。

そういえば、またも「禁を破って」(とどうしても言わせたい「安倍晋三信者」にして「小保方晴子信者」の人間が当日記の読者にいるようだが)『週刊朝日』を立ち読みしていたら、田原総一朗が、今回の慰安婦報道検証記事に関する朝日新聞批判はナショナリズムによるものだ、私(田原)は戦争中の言論のナショナリズムをわずかに覚えているから(田原は今年80歳)、今回の件では「朝日新聞、頑張れ」と言いたい、といった意味のことを書いていた。かつての田原の高市早苗批判(2002年)や稲田朋美批判(2008年)を思い出したが、そういうところだけは田原も首尾一貫しているわけだ。

この間書いた記事*3に「くたばれ『ネイチャー』、くたばれ『サイエンス』」と書いたが、今度は「くたばれ民族主義、くたばれナショナリズム」を新しいスローガンにしようか。神宮球場の「東京音頭」には字あまりで使えそうにないけど(オリジナルは「くたばれ読売」*4だからね)。

*1:原則として毎週月曜日公開。隔週になることもある。また月曜日が休日の場合、普通は休むが、稀に火曜日に公開する。

*2:「喜八」と「共闘」したブロガーや、孫崎のトンデモ本『戦後史の正体』にかぶれた「リベラル」には自己批判をしてもらいたいものだ。

*3:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20140823/1408753682

*4:神宮球場ヤクルトスワローズ私設応援団は、「くたばれ読売」を問題視して、「東京ヤクルト」と言わせようとしているらしいが、ひどい偽善であり、私は絶対反対である。あれは断固「くたばれ読売」であるべきなのだ。