kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

松本健一死去

松本健一、といっても私の視野に入ってきたのは比較的最近で、今年(2014年)に入ってちくま新書の『官邸危機』を読んだ時だった。


さらに今年夏から秋にかけて、松本健一が書いた『評伝 北一輝』全5巻(岩波書店)が中公文庫入りしたので、その第1巻『若き北一輝』を読んだ。非公開の読書記録を参照すると、今年11月3日から13日にかけて読んだ。つまり読み終えたばかり。



はてなダイアリープレビュー機能で確認すると、はてなダイアリーで中公文庫版のこの本を取り上げた人はまだ誰もいないようだ。いまどき北一輝に関心を持つ人がそれだけ少ないということなのだろうが、北一輝とは現首相・安倍晋三の母方の祖父・岸信介が心酔した国家社会主義者にして、坂野潤治に「『統帥権の干犯』という名文句で政府を攻撃する智恵を海軍や右翼につけたのは、日本ファシズム最高の理論家北一輝であることも、今日の学界の常識になっている」*1と書かせた人物である*2。そして、なんといっても二・二六事件の理論的指導者の一人として逮捕、処刑されたことはあまりにも有名だ。

北一輝は、社会主義者として出発した人だった。これに対し、軍事タカ派的な性質を母方の祖父から受け継ぎながら、金融緩和をしても再分配を行わず(「逆再分配」を行っていると言うべきかもしれない)、富裕層や大企業の利益になることしかやらないためにいつまで経っても日本経済を上向かせない格差拡大政策をとり続ける、日本の現総理大臣・安倍晋三は、おそらく岸信介の本当の思想や、岸を心酔させた北一輝の思想には全く関心がなく、日々『保守速報』を覗いては「イイネ!」をつけるのを最大の趣味とするつまらない「ネトウヨ」に過ぎない。しかし、そのおかげで安倍は(「暴君」ではあるけれども)「ファシスト」になることを免れているともいえる。おそらく安倍は、来月の総選挙では圧勝するものの、その経済政策はいずれ破綻して、政権が潰れる(あるいは再び政権を投げ出す)ことになるだろう。その時に政権をとるのが「国家社会主義勢力」であるなら*3、日本は本当の「ファシズムの時代」に入る。後世の歴史家からは、安倍晋三小沢一郎ともども、20世紀半ばから21世紀初頭まで続いた「戦後民主主義の時代」をぶっ壊した人間として、否定的に記述されることになるだろう。

安倍晋三の悪口はともかく、その北一輝の評伝を代表作として、仙谷由人(今度の衆院選には出馬しないらしい)の親友だったという松本健一自身はどんな思想家だったのか、その全体像は私にはつかめていない。ただ、自民党から民主党への「政権交代」を中国の「文化大革命」に喩えたことで知られる仙谷由人と気が合った松本健一も、やはり「国家社会主義」的な思想を持っていたのではないかと思われる。だがその一方で、「現在を幕末と第二次世界大戦後に次ぐ『第三の開国』に当たるとして、日本の変革を論じた」(本記事のあとの方で引用する毎日新聞記事より)ことなど、一筋縄ではいかない思想家だった。右翼からは左翼と言われ、左翼からは右翼と言われると本人は言っている。

『若き北一輝』の「初版あとがき」を参照すると、北一輝は「天皇を奉じて起こしたクーデターを天皇が承認しないなら、天皇そのものを打倒するという冷たい認識」を持っていたという*4。そしてこれを松本健一本人は「天皇への嗤い」と名づけて好み、これを嫌悪した三島由紀夫には「対決の要を感じる」と書いた*5

『若き北一輝』を書いた時、松本健一は24歳だった。現代の感覚からすると恐るべき早熟の学者の若書きとも思えるが、現代の方が、大人がいつまで経っても成熟しない(その典型例が、還暦になっても『保守速報』を紹介する日本の現総理大臣である)特殊な時代というべきかもしれない。

『評伝 北一輝』の第2巻以降はまだ買ってもいないが、時間があったら読んでみたい。

http://mainichi.jp/select/news/20141128k0000e040205000c.html

訃報:松本健一さん68歳=評論家 「評伝 北一輝

 近代日本の思想史、文学研究などで活躍した評論家の松本健一(まつもと・けんいち)さんが27日、亡くなった。68歳。年明けにお別れの会を開く。喪主は妻久美子(くみこ)さん。

 群馬県生まれ。1968年、東京大経済学部卒。民間企業を経て、法政大大学院に入り近代日本文学を専攻。在学中に刊行した「若き北一輝」で単行本デビューした。右翼の巨頭のイメージが強かった北一輝の実像を実証的に明らかにした。また、現在を幕末と第二次世界大戦後に次ぐ「第三の開国」に当たるとして、日本の変革を論じた。日米関係や東アジア外交史にも詳しく、民主党政権では内閣官房参与も務めた。歴史や文学、思想史に精通し、著作や講演、テレビなどで幅広く活躍した。

 89年京都精華大教授、94年に麗沢大教授。95年に「近代アジア精神史の試み」でアジア・太平洋賞、2005年に「評伝 北一輝」で毎日出版文化賞司馬遼太郎賞を受賞した。ほかの主な著作に「開国・維新」(吉田茂賞)「評伝 佐久間象山」「明治天皇という人」「三島由紀夫司馬遼太郎」など。

 関係者によると、胃がんで闘病中だったという。

毎日新聞 2014年11月28日 15時00分(最終更新 11月28日 18時24分)


http://www.sankei.com/politics/news/141128/plt1411280073-n1.html

松本健一氏死去に仙谷氏「悔しくて仕方がない」

 評論家で麗沢大教授の松本健一氏が死去したことについて、旧知の仲だった仙谷由人官房長官は28日夜、産経新聞の取材に応じ、「いろいろと相談も受けていたが、本当に悔しくて仕方がない」と突然の訃報に肩を落とした。

 仙谷氏は松本氏が左翼や右翼といったイデオロギーを超えた冷静な評論を展開してきたことに触れ、「健全なナショナリズムとは何かを必死に追い続けた人生だった。バランス感覚に優れ、素晴らしかった」と故人を偲んだ。

 松本氏は仙谷氏の政策ブレーンで、民主党政権時代に仙谷氏が内閣官房参与に起用した。

(産経ニュース 2014.11.28 22:03更新)


余談だが、手塚治虫の未完の漫画『一輝まんだら』(未読)は、もしかしたら松本健一北一輝に関する著作から刺激を受けて描かれたものなのであろうか。

故人のご冥福をお祈りする。

*1:坂野潤治『日本近代史』(ちくま新書, 2012年)352頁

*2:但し、私自身が書いた 孫崎享が書かなかった鳩山一郎の「統帥権の干犯」論 - kojitakenの日記(2012年10月13日)から孫引きすると、坂野潤治は、馬場恒吾の指摘を引用しつつ、「統帥権の干犯」を最初に言い出したのは当時の野党・政友会であり、主犯は元首相鳩山由紀夫の祖父・鳩山一郎であるとの説が広く知られるようになってきたと書いている。

*3:それは野党からではなく、自民党の派閥から、あるいは自民党が分裂する形で生じるものであろうとしか想像できないが。

*4:中公文庫版383頁

*5:同384頁