kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

野口英世の悪評とユダヤ陰謀論(陰謀論は野口英世とは関係ない)

すべきこと - Living, Loving, Thinking, Again(2014年12月30日)より

野口英世は意図的に「捏造」していたわけではなく、何と言ったらいいか、当時はホームランだと思われていたのにその後の検証で実はファウルだと判定されたというか、当時のアンパイアはストライク! と判定したけれど後の検証によって実はストライク・ゾーンを外れていたことがわかったということなのでは?


まあそれが普通の解釈なんでしょうけれど、野口英世はそれよりももう少しだけ評判が悪くて、毀誉褒貶相半ばするってところのようです。たとえば杉晴夫氏は、下記引用文のように、かなり野口英世を嫌っておられます。

 近年は、野口は金銭面で不徳義であったばかりではなく、研究者としても不誠実な人物であったとの厳しい評価が国内にも国外にも現れている。皮肉なことだが、野口は現在蔓延する論文捏造の先駆者ともいえるであろう。ただし、彼の逆境をものともせず立身出世をはたした不屈のバイタリティには、感嘆の他はない。
 野口の研究者としての虚像が、わが国では現在でもまかり通っている事実は、現在の政府の暴挙を生ずるわが国の風土を表しているように思われる。やはり、明治の政治家たちの目指した目標は、それが見事に達成されるや否や、望ましくない方向に捻じ曲げられていったようである。

(杉晴夫『論文捏造はなぜ起きたのか』(光文社新書,2014)121頁)

 小保方氏が自身の実験結果の正しさを主張する限り、他の研究者の実験の不成功は、「実験のコツを知らないため」という説明が成り立つのである。つまり、STAP細胞の存在しないことの第三者による証明は、原理的に不可能なのである。
 これと似た例を過去に求めれば、野口英世がロックフェラー研究所で、最近の一種、スピロヘータの純粋培養に成功したと発表したことが思い出される。当時は現代と違って、万事のんびりしており、また当時米国は欧州各国にくらべ学問の後進国で、野口は同研究所の看板スターとして、所長フレクスナーの手厚い庇護の下にあった。欧州での学会で、若いドイツの研究者が、野口の発表について疑義を申し立てると、野口は激昂し「貴様になにがわかるか」と怒鳴りつけた。これで野口に批判的な人々は沈黙してしまい、現在にいたっている。
 ところでスピロヘータの純粋培養はいまだに誰も成功しておらず、野口の報告は真実ではなかった、と一般にみなされている。しかし彼の報告が悪意のない誤りであったか、故意の捏造であったかは永遠の謎である。

(同前, 53-54頁)


論文捏造はなぜ起きたのか? (光文社新書)

論文捏造はなぜ起きたのか? (光文社新書)


なお、私は野口英世に対して悪意を持つ筋合いもひいきする筋合いも両方ないはずなのに、それにもかかわらず野口に対する悪評に心惹かれるのはなぜかなあと思っていたが、その理由がわかった。

あべよしひろなど - Living, Loving, Thinking, Again(2010年3月24日)より

 うろ憶えなのだが、Oh, Henryが以前、湯川秀樹を罵倒しつつ、湯川よりも野口英世の方が偉かったのにどうして野口はノーベル賞を獲れなかったのだとか書いていたような気がする。ところで、野口英世って、Oh, Henry及びその仲間たちが忌み嫌っている(筈の)紐育「ロックフェラー大学(Rockefeller University)」に所属していたんだよね。


そうか! あのトンデモ記事のせいだったのか!!

http://henrryd6.blog24.fc2.com/blog-entry-476.html(2008年8月6日)に、下記の記事が引用されている。

湯川秀樹博士のこと*1
2007年10月17日 01時10分 発行
日本人初のノーベル賞受賞者として、その名を知らぬ者はいまい。彼は自身の中間子理論が原爆開発に利用された事を終始悔やんでいたという。戦後平和運動に邁進したのもその思いからだったという。ところが、どっこいこれがとんだ食わせ物の話で、彼は実は戦時中、核開発の研究スタッフの一員だったが、日本がまとめた核分裂に関する理論と資料を米国に売ったというのである「ユダヤ人は日本に何をしたか」(成甲書院)。戦後のノーベル賞はその論功行賞だという。確かにノーベル賞というのは白人の独断場で、白人以外の人間に与える気がなかったのは、戦前、細菌学で世界一のレベルにあった日本で、湯川以上の大発見をしてるはずの北里柴三郎野口英世が賞を受けていない事でもわかる。戦後だって、女性の排卵期日を月経との関係でつき止めた荻野博士も世界的な発見をしてるのに候補に上がったという話も聞かない。大体、ノーベルの遺言に無い経済学賞などというものを後から作っている事自体、この賞が如何に政治的であることがわかる。湯川が売国的な行動をしなければ広島・長崎の惨劇も避けられたかもしれない。売国奴とは彼湯川のことである。中間子理論も彼一人だけの産物ではない。どうりで平和運動にいそしんだはずである。全てアリバイ闘争だったのである。ノーベル賞以降さしたる業績も発見もなく終わった彼は、被爆者の亡霊に悩まされる晩年だったのかもしれない。


湯川秀樹が戦時中に核開発にかかわっていたのは事実だが(仁科芳雄博士を中心として行われた「ニ号研究」)、実用化への目処を全く見出せないまま米軍の空襲に遭って研究が打ち切られたのが史実である。上記の陰謀論は捏造にしてもあまりにもお粗末だ。そんなひどいユダヤ陰謀論に基づくホラ話をブチ上げたヘンリー・オーツの記事を読んで怒り心頭に発した私は、オーツを弾劾する記事を即日上げた。

「原爆の日」の記事が「国賊・湯川秀樹」かよ - kojitakenの日記(2008年8月6日)

反知識人主義(いわゆる「反知性」)もここまでくると天然記念物ものだね。
http://henrryd6.blog24.fc2.com/blog-entry-476.html

原爆の日」にユダヤ陰謀論を撒き散らしている輩は、麻生太郎に「ナチス」呼ばわりされても仕方ないんじゃないか?


たったこれだけの記事だが、あの時の激怒は今でも忘れられない。そのせいで、この件に関しては全く責任のない野口英世に対しても、芳しくない心証を持ってしまったのかもしれない。とんだとばっちりである。

*1:元記事からはリンクが張られているが現在はリンク切れ。