kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

菊池桃子と「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」と「一億総活躍(国家総動員)」と

この件を知ったきっかけは、昨日、某人が濱口桂一郎氏の下記ブログ記事に「はてなブックマーク」をつけていたことだった。

あまりにもアカデミックすぎた菊池桃子さん: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)(2015年10月30日)

マスコミは、内田樹氏みたいな学生を呪うしかできないようなのを偉い「学者」扱いする一方で、菊池桃子さんみたいな雇用問題に見識を持つ人はいつまで経っても「タレント」扱いしたがるという抜きがたい偏見がありますね。

確かに出発点は「パンツの穴」だったかも知れないけれど、戸板女子短大客員教授でキャリア権推進ネットワーク理事の彼女をタレント枠に入れるのは、内田樹氏を学者枠に入れるのと同じくらい違和感があります。

まあ、それはともかく、産経新聞にこんな記事が:

http://www.sankei.com/life/news/151029/lif1510290029-n1.html菊池桃子氏が名前に「ダメ出し」 1億総活躍国民会議初会合 「ソーシャル・インクルージョンと言い換えては?」 記者団とのやり取り詳報)

「はい。1億総活躍のその定義につきましては、ちょっとなかなかご理解いただいていない部分があると思いますので、私の方からは、1つの見方として、言い方として『ソーシャル・インクルージョン』という言葉を使うのはどうでしょうかと申し上げました。ご存じのとおり、ソーシャル・インクルージョンというのは、社会の中から排除する者をつくらない、全ての人々に活躍の機会があるという言葉でございまして、反対の言葉は、対義語は「ソーシャル・エクスクルージョン」になります」

「今、排除されているであろうと思われる方々を全て見渡して救っていくことを、あらゆる視点から、今日各大臣がご参加いただきましたので、考えていただきたいと、そのように申し上げました」


彼女の過ちは、マスコミや政治家のレベルを高く見積もりすぎているという点であって、おそらくこの「ダメだし」記事を書いた記者も含めて、ソーシャル・インクルージョンといってもあまり理解していないようです。もちろん、社会政策学会とかそういう所に行けば、当たり前に通用しますが、どこでも通用するわけではない。

あまりにもアカデミックすぎる言葉遣いをすると、それについて行けない人々にちゃんと理解されないというリスクを負います。皮肉なことですが。


冒頭の内田樹氏に対する悪口に噴いた。濱口桂一郎氏と内田氏って、どこかでバトルをやっていたのかと思ってちょっと調べてみたところ、過去に濱口氏が内田氏を批判していた記事を見つけた。内田氏が「学生を呪う」と濱口氏が書いていたルーツもわかった。とはいえ2010年の記事である。


いやはや濱口氏も執念深いなあ、と思ったが、よくよく考えたら私だって、2006〜09年頃に極右政治家の城内実平沼赳夫を熱心に応援していた某「『右』も『左』もない」ブロガー*1の悪口を(最近はその名前を出さずに表現しているが)今も書き続けているのだった。なお私も内田樹氏に対しては胡散臭い印象を持っていて氏を好まないし、特に今年の年頭に公開された「この国は滅びる」とかなんとか書かれたブログ記事なんかは最低だったと思うが、内田氏の批判に血道を上げるほど激しくは嫌っていない。ただ、最近の「リベラル・左派」人士の右傾化に影響を与えている人ではないかとは疑っている(内田氏は保守ならまだしも、やや右翼的な匂いがするんだよね)。だから、濱口氏が内田氏を撃ったことには多少溜飲を下げた(笑)。

さて、濱口氏と内田氏の話は単なる前振りで、本論が菊池桃子と「社会的包摂」(と産経)の話であることはいうまでもない。

元となる産経記事を以下引用する。

菊池桃子氏が名前に「ダメ出し」 1億総活躍国民会議初会合 「ソーシャル・インクルージョンと言い換えては?」 記者団とのやり取り詳報(1/4ページ) - 産経ニュース

菊池桃子氏が名前に「ダメ出し」 1億総活躍国民会議初会合 「ソーシャル・インクルージョンと言い換えては?」 記者団とのやり取り詳報

 第3次安倍晋三改造内閣の目玉政策「1億総活躍社会の実現」に向けた具体策を話し合う「1億総活躍国民会議」の初会合が29日、官邸で開かれた。民間議員に選ばれたタレントの菊池桃子氏は、会合終了後、記者団の取材に応じ、「1億総活躍」のネーミングが分かりづらいとして、「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」という新名称を提案したことを明らかにした。記者団とのやり取りの詳細は以下のとおり。

 −−国民会議の初会合ではどういう発言をしたのか

 「私は、働く女性の在り方、また、その中でも『M字カーブ』について、お話をさせていただきました」

 −−具体的にM字カーブというと

 「そうですね。女性の就業曲線を表すM字カーブなのですけれども、結婚、また出産を機に離職してしまう女性が子育てを一段落した段階でもう一度仕事を始めるというときに、何が壁になっていて、何が課題になっているのかということと、そして、何か有効な手立てはないかということを、いくつかお話しさせていただきました」

 −−1億総活躍とは何かということを説明されたとのことだが

 「今、排除されているであろうと思われる方々を全て見渡して救っていくことを、あらゆる視点から、今日各大臣がご参加いただきましたので、考えていただきたいと、そのように申し上げました」

 −−お子さんの話がきっかけで、子供たちのキャリア形成についていろいろ問題意識を持ち始めたとのことだが、その辺をもう少し分かりやすく教えてもらえないか

 「はい。2人の子供がおります。長男は健常で、就学の際も何も問題がなく、平等に開かれた義務教育というサービスの中で勉強させていただいていたんですが、ハンディキャップを持った2番目の子供につきましては、就学も難しく、また学習機会というのも、義務教育であるにもかかわらず、なかなかその場所がなくて、探すのに苦労したことがございました。その辺りの社会的構造に関しても、それはまさにソーシャル・エクスクルージョンになるかという思いがございました」

 「そんな観点から、最初はわが家の悩みとして勉強してたんですけれども、いつしか、この私たちの家族の経験というのが、同じように悩む方々の先輩として、社会のお役に立つかもしれないなあという気持ちに変わってまいりまして、今は教育の場でも学生にキャリア教育をさせていただいておりますから、若いみんなにも、昭和の感覚とまた違い、現在の人口減少下、その点も踏まえて、キャリア形成論というのを、広く伝えていきたいなと思って、教育活動をしています」

 「はい。1億総活躍のその定義につきましては、ちょっとなかなかご理解いただいていない部分があると思いますので、私の方からは、1つの見方として、言い方として『ソーシャル・インクルージョン』という言葉を使うのはどうでしょうかと申し上げました。ご存じのとおり、ソーシャル・インクルージョンというのは、社会の中から排除する者をつくらない、全ての人々に活躍の機会があるという言葉でございまして、反対の言葉は、対義語は「ソーシャル・エクスクルージョン」になります」

 −−今回民間議員に選ばれたときの感想は

 「女性のM字カーブ、もう一度働くことに向いていくときにですね、学習機会を持つことがとても有効だといわれていまして、それを言葉を換えるなら、Uターンシップとか、リターンシップと言いますが、私が大学院に行きましたことで、教育機関にもう一度戻るという1つの実例としても注目をいただいたのではないかなあというふうに、声をかけていただいたときは思いました」

 −−会議の中ではどのような役割を果たしていきたいか

 「そうですね。まず、自分の経験に近いところから、女性という視点、また母親という視座から、そして、ハンディキャップを持った人たち。キャリアという言葉は、とても広い意味を持っております。職業生活に使われがちなんですけれども、キャリアという言葉の語源は、中世ラテン語の『わだち』であります。わだちのスタート地点が生まれた日と考えるならば、人生設計というのがキャリアという言葉として使えると思うんですけれども、そうやって考えますと、自分の学習したキャリア論は、生まれたときから、また亡くなるまで、性差の議論も越えて、あらゆるところに問題があると思いますので、今後も勉強して何か皆さまのお役に立つような人間になりたいと思っています」

 −−今は緊張しているか、それとも意欲満々という感じか

 「いえ、緊張と言いますか、日ごろから芸能活動と教育活動と2つの仕事を両立しているんですけれども、どちらからというと、教育者としての今気持ちでここにおりまして、チャンネルを切り替えると言いますか、自分の中で調節をしながらやっておりますので、緊張というのはございません」

 −−1回目の会議を終えて、印象や感想は

 「そうですね。何か新しいアイデアが出てくることを期待しているんだなあと、国は期待しているんだなあと。今までいろいろやってきたけれども、でも、かなわなかったことに、新しいアイデアを求めているんだなあという印象がございました。ですから、私一人の思いではなくて、このお役を務めている間は、より多くの方とお会いする機会を持って、また、次の会議のときに生かしたいと思っています」

 −−改めて加藤勝信1億総活躍担当相から言葉をかけられたりしたか

 「皆さんと同じように、新しいアイデアをぜひ探してきてくださいと、ございました」

(産経ニュース 2015.10.30 09:45)


なかなかたいしたものだ。失礼ながら、あの人気アイドルだった菊池桃子氏からこんな言葉が飛び出そうとは想像もしなかった。

菊池氏が「1億総活躍国民会議」とやらに民間議員として参加するという話は、「きまぐれな日々」にいただいた鍵コメによって知っていたが、安倍晋三の野郎、人気とりをやりやがってとしか思わなかった。実際、政権の狙いは人気とりでしかなかったのだろうが、菊池氏の発言は、大げさに言えば「1億総なんとか」なる安倍政権の邪悪な意図を換骨奪胎しようとしたものであるとさえいえる。

いうまでもないが、そもそも「1億総活躍」と「ソーシャル・インクルージョン」(「社会的包摂」と訳されることが多い)は全く異なる概念である。

上記産経の記事についた「はてなブックマーク」の「人気コメント」に、下記の指摘があった(笑ってしまった)。

toshi20 ネタじゃなく英語圏記者の間では「一億総活躍」=「国家総動員(national mobilization)」と英訳してるのですよね。


そこで、「国家総動員」を「コトバンク」で調べてみた(笑)。

国家総動員(こっかそうどういん)とは - コトバンク

大辞林 第三版の解説

こっかそうどういん【国家総動員
戦争などの国家的危機に際し,国力を最も有効に発揮できるように,人的・物的資源を全面的に国防目的のために動員すること。


世界大百科事典 第2版の解説

こっかそうどういん【国家総動員
国家の勢力下にあるいっさいの資源や機能を戦争遂行に最も有効に利用するように統制運用するための措置。帝国主義の時代にはいると戦争は強国,さらには国家群の間の大規模かつ激烈な総力戦となった。膨大な軍隊が動員され,銃砲,弾薬から軍艦,戦車,航空機など破壊力が強大で遠距離を攻撃しうる高度な兵器が大量に消費される消耗戦となり,前線のみならず軍需生産や輸送・通信等の後方勤務に人民と資材が全面的に動員された。政治・財政から科学や芸術までがこれに奉仕させられ,人民の日常生活のすみずみにまで統制が及んだ。


一方の「ソーシャル・インクルージョン」はどうか。

ソーシャルインクルージョンとは - コトバンク

デジタル大辞泉の解説

ソーシャル‐インクルージョン(social inclusion)
《「社会的包容力」「社会的包摂」などと訳される》障害者らを社会から隔離排除するのではなく、社会の中で共に助け合って生きていこうという考え方。


http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/Social_Inclusion.html

ソーシャルインクルージョンは、「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念である。EUやその加盟国では、近年の社会福祉の再編にあたって、社会的排除(失業、技術および所得の低さ、粗末な住宅、犯罪率の高さ、健康状態の悪さおよび家庭崩壊などの、互いに関連する複数の問題を抱えた個人、あるいは地域)に対処する戦略として、その中心的政策課題のひとつとされている。

ソーシャルインクルージョンは、近年の日本の福祉や労働施策の改革とその連携にもかかわりの深いテーマである。2000年12月に厚生省(当時)でまとめられた「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会報告書」には、社会的に弱い立場にある人々を社会の一員として包み支え合う、ソーシャルインクルージョンの理念を進めることを提言している。

一方、教育界を中心にここ数年間で広がってきた概念としてのインクルージョンは、「本来的に、すべての子どもは特別な教育的ニーズを有するのであるから、さまざまな状態の子どもたちが学習集団に存在していることを前提としながら、学習計画や教育体制を最初から組み立て直そう」、「すべての子どもたちを包み込んでいこう」とする理念であり、これは特別支援教育へとつながっている。


一目瞭然、安倍政権の狙いと菊池桃子氏の意図との距離は限りなく大きい。

同じことを感じた人は多いようだ。以下、前記産経記事についた「はてなブックマーク」から拾う。

brainparasite 安倍首相が考えている「一億総活躍社会」と「ソーシャルインクルージョン」の間には恐らくマリアナ海溝ぐらいの溝が開いてると思うけど、結果的に政策を社会的包摂側に寄せることができるのなら、とてもいいと思う。

aw18831945 「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」「社会の中から排除する者をつくらない、全ての人々に活躍の機会がある」…活躍を無理強いしない所は良いですね。「一億総活躍」だと活躍しない人が排除されそうだ。

takuzo1213 よく勉強されていて,凄く真っ当なことを言っておられる.名前にと言うより,現政権の方向性自体にダメ出ししているようだ.ソーシャルインクルージョンの,より分かりやすい言い換えがあればよいのだが.

sky-y 「ソーシャル・インクルージョン」は単なる言い換えではない。「国家のパーツとしての人」であることを否定し、「人権を持った個人」を尊重するという、全く違う概念。

kamayan1980 良い人選。『総活躍』は「国民頑張れ」だけど、『社会的包摂』には「社会が変わらねば」という意図があるのよ。政府の本来の仕事は後者。「言い換えてはどうか」って提案だけど、政権の全批判に近い言葉だと思う。

washburn1975 言ってることは立派だけど、実際に進められる政策はまさに「ソーシャル・エクスクルージョン」のほうなんだろうな。

good2nd 「ソーシャル・インクルージョン」だと安倍政権は全然やりたくないでしょ。

artycrumb 社会的包摂と総活躍なんちゃらって根本に流れる思想が正反対だと思うんだけど。あえて言ってるとしたら事実上の全否定ですね。

tikani_nemuru_M そもそも「一億総活躍」の意味が不明で、学問的にそれなりに意味のはっきりしているのは「ソーシャルインクルージョン」。ただなあ、後者って差別撤廃も含意しとるんだけど現政権にその気はねえだろ?

Dryad 国家主義者の含意を見事にオーバーライドした上で、望まれる方向性を打ち出してて見事だと思う。ぜひ頑張ってほしいなー。

Lycoris_i 普通に社会福祉の用語だよね。菊池さんの専門知らなかったのでびっくり。/おそらく「一億総活躍」とやらとは相容れない気もしつつ、上手くヘゲモニーをずらして欲しいところ。

nagaichi おう、「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)という言葉が飛び出すという驚き。でも現政権支持のコアな人らは生活保護者や外国系市民の「エクスクルージョン」(排除)のほうを得意にしてそうなんでな。

banker717 危惧しながら読んでみると、至極まっとうな発想だった。タイトルは言いがかり感があるが。政府の発想とは真逆かとは思うけど、ありがちなレクチャーとかでは潰されなさそうですね

ushibito153 ネーミングは置くとして、まっとうなことを言っているが、安倍政権とは真逆の考え方。「人は国なくして存在できない。国民は国に奉仕する義務をもつ」が信条の人とは相容れないだろう。

そうそう。菊池桃子氏の考え方は安倍晋三以下の現政権の者どものそれとは正反対(真逆=まぎゃく)なのだ。真逆(まさか)、人気とりのために駆り出されたであろう菊池氏の口から、こんな言葉が飛び出そうとはと驚いた人は少なくないだろう。

一方、勘違いしている人もいる。

ikeike443 インクルージョンっていわれてはじめて政府の意図がわかった。普通の人にとってこのカタカナはかえって分かりづらいから、も少し良い名前がほしいね

yuiseki 社会的包摂と言われてはじめて一億総活躍でやろうとしてることがわかった

違うって(笑)。

笑ってしまったコメントは下記。

Sinraptor 今頃アベは「あいつを骨抜きにするにはどうしたらいいか」話し合っていることだろう。


さて、私は菊池桃子氏を評価しつつも、菊池氏に一抹の不安も抱いている。「はてなブックマーク」の数もこれだけ多いと、それに少し触れたコメントもある。

scorelessdraw 社会福祉の用語だよね。発想も目的も全く違うところへ先ず名前から変えて、それから目的も変えてしまおうというのならすごいこと言うなぁと思うが、まさか天然な発言だったりして。


菊池桃子氏が「元アイドル」だからって馬鹿にするなよ、とお叱りを受けるかもしれないが、ここまで見てきたように立派な見識を持つ菊池氏が、なぜ氏とは正反対の方向性を持つことが誰の目にも明らかな、安倍政権の「1億総なんちゃら会議」なんかに参加したのかと、そこに不安を感じる。だから、真逆(まさか)、菊池氏は来年の参議院選挙に自民党公認で立候補するんじゃあるまいな、などと勘繰ってしまうのである。

それが杞憂に終われば良いのだが、と思う今日この頃である。

*1:その正体は、おそらくは無自覚のうちにだろうが、「リベラル・左派」に媚を売って騙そうとする右翼だろうと私はみなしている。