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古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

早大・木下一彦教授、滑落死か 南アルプスで遺体発見(朝日)

この件は某所で知った。そちらにも書いたが、この日記にも文章を大幅に変えて書く。

http://www.asahi.com/articles/ASHC66HP2HC6UOOB019.html

早大・木下一彦教授、滑落死か 南アルプスで遺体発見
2015年11月6日20時50分

 長野県警伊那署は6日、南アルプス仙丈ケ岳の登山道から約50メートル下の斜面(標高約2600メートル付近)で、早稲田大学理工学術院教授の木下一彦さん(69)=横浜市都筑区茅ケ崎南4丁目=の遺体を発見したと発表した。死因は頭部外傷。署は、木下さんが凍った地面で足を滑らせたとみている。

 署によると、木下さんは10月31日に単独で入山。家族に詳しい行程を伝えていなかったという。4日夜、山梨県警南アルプス署に木下さんの妻から「登山に出かけた夫が帰ってこない」と届け出があり、5日から同署員と長野県警ヘリが捜索していた。

 木下さんは、分子一つひとつの機能を知る「一分子生理学」という分野の発展に大きく貢献。1990年代半ばに、生命がエネルギー源として利用するATP(アデノシン三リン酸)を作る酵素の分子が回転する様子を、光学顕微鏡で観察することに成功した。

朝日新聞デジタルより)


同じ件を中日と産経も報じている。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015110690203537.html

早大教授が南アで遭難死 

 6日午前10時10分ごろ、長野、山梨県境の南アルプス仙丈ケ岳北側斜面(標高約2、600メートル付近)で、横浜市都筑区茅ケ崎南4、早稲田大理工学術院教授の木下一彦さん(69)が死亡しているのを長野県警ヘリが発見した。死因は頭部外傷で、滑落したとみられる。

 同県警伊那署によると、木下さんは10月31日ごろ、山梨県側から1人で南アに入山。3日午前5時ごろ、北沢峠の山小屋で確認されたのを最後に行方が分からなくなり、家族から捜索願が出ていた。

中日新聞 2015年11月6日 20時35分)


エラーページ - 産経ニュース

南アルプス仙丈ケ岳で滑落、横浜の大学教授死亡

 6日午前10時10分ごろ、長野・山梨県境の南アルプス仙丈ケ岳(3033メートル)で、横浜市都筑区茅ケ崎南、大学教授、木下一彦さん(69)が滑落して死亡しているのを長野県警のヘリコプターが発見した。

 長野県警伊那署によると、木下さんは10月31日に入山。11月3日の朝に山荘を出発してから行方が分からなくなっていた。4日夜に家族が山梨県警に連絡。応援要請を受けた長野県警のヘリが、登山道から50メートル下の斜面で遺体を見つけた。

(産経ニュース 2015.11.6 19:41更新)


学者としての業績については朝日、短い記事ながらも遭難の経緯を推測させる記述については中日の記事が参考になる。産経の記事はどちらについても大して見るべきところはないが*1ネトウヨの巣窟である某所では、「朝日が個人情報(個人の住所)を晒している」としてネトウヨが「祭り」をやっていたので、同様に住所を記載している(「4丁目」は省いているが)産経の記事を載せておく次第。もちろん、各紙が住所を記載しているのは、情報の開示を遺族が認めたものと推測される。

さて以下は勝手な想像だが、11月2日に休暇をとれば10月31日から11月3日までは4連休になる。それを利用して木下教授は南アルプスに出かけたものであろうか。31日か1日は甲斐駒ヶ岳、雨天(山では降雪があったと思われる)の2日は麓の北沢峠の山小屋で停滞して、天気が回復して快晴になった3日に仙丈ヶ岳登山を狙った、といったところかもしれない。

この2日の降水がポイントだ。標高がある程度高いところ以上では降雪だったと思われるが、登山開始時には麓の気温は0度以上だっただろう。しかし、降雪がある山道は、高度を稼いで行って気温が下がり、気温が氷点下になると、雪が凍結している場合、足で踏んでも雪に食い込まず滑りやすくなる。気温0度以上で降雪があってもサクサクと快調に歩いて行ける状態から滑り始める状態への変化は、驚くほど急激だ。滑り始めると、夏山では危険など何もないと思われる登山道*2であっても途端に危険な道に一変する。そうなるとアイゼンの装着が必要になる。私は2002年11月の同じ時期に、大峰山でこの事態に遭遇した。その時には季節外れの大寒波が到来していた*3。私はアイゼンを持っていてこれを装着したためことなきを得たが、同行者の中にはその事態を予測できず、アイゼンを持っていなかった人もいたため、コースタイムの倍だか3倍だかの時間をかけて、やっとこさ山小屋にたどり着いたのだった。ましてや仙丈ヶ岳大峰山より標高が1000メートル以上高い。今年は2002年11月初めのような大寒波は到来していないが、それでも11月2日には東京でもかなりの降雨があり、正午前の気温は10度だった。雨が上がった11月3日は、下界では朝から快晴だったけれども(天気の回復が下界より遅い山はどうだったかはわからない)、朝は結構冷え込んだ。午前5時登山開始だと、ある程度以上の標高で気温が氷点下になった可能性は低くないのではないか。小仙丈ヶ岳仙丈ヶ岳に至る登山道の途中にある標高2855メートルのピークだから、この標高では気温が氷点下で、かつ積雪があった可能性が高く*4、しかも人気の高い山域だから登山道の雪が踏み固められて、より一層滑りやすくなっていた可能性がある。もちろん、木下教授がアイゼンを含むしかるべき装備をしていてなおかつ遭難した可能性もある。いずれにせよ山には危険がつきものだ。

朝日の記事によると、木下教授は分子生物学ノーベル賞級ともいわれる立派な業績を上げられているようだ。あの「捏造の(元)科学者」小保方晴子がなした悪行の巻き添えを食った(と私はみなしている)故笹井芳樹氏を思い出したが、その連想は的外れではなかったようだ。

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kagura-may 2014年のノーベル化学賞は、「超解像度の蛍光顕微鏡」を開発した3人だったが、もしかしたら、彼らより先に同賞をもらっていたかも知れないのが木下教授。去年の笹井芳樹氏といい、惜しい人物の不慮の死が続く。残念。


心より故人のご冥福をお祈りする。

*1:とはいえ産経の記事にも、遺体が発見された状態だけは、朝日や中日にはない情報が報じられている。

*2:私も1999年8月に仙丈ヶ岳に登った時、下山時に小仙丈ヶ岳を通過したことがある。その時はかなりの降雨があって条件が悪かったが、危険だと感じた箇所は記憶にない。

*3:山頂では(最低)気温がマイナス5度くらいになるだろうと私は予測していた。実際かなりの積雪があり、山ですれ違った登山客に聞くと、「この時期にこんなに雪が降ったのは初めてだ」と言っていた。

*4:標高が1000メートル上がる毎に気温は6度下がるので、遭難地点での気温は標高0メートルの地点よりも17度低くなる計算だ。