kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

吉田松陰「亜墨奴が欧羅を約し来るとも」(笑)

仙台のSEALDsとか「オールみやぎの会」などに立ち入るつもりは全くないのだけれど。

仙台藩にはちょっと微妙なところがあったみたいだけど、東北の人が吉田松陰を信奉するのって、ある種ものすごい異端だと思うんだよね。たとえばお隣の福島県、特に会津では出入り禁止食らうんじゃないかな。

吉田松陰に関して、先日一気読みした坂野潤治山口二郎との対談本の中に、噴き出してしまったくだりがあったので紹介する。


歴史を繰り返すな

歴史を繰り返すな

 坂野 戦前の日本ナショナリズムにはね、二つの流れがあって、主流の方はアジア主義的なナショナリズム。これは基本は膨脹主義で侵略主義なんだけど、「欧米からのアジアの解放」とか、お為ごかしが一応はあった。その背後には、中国の強い満州奪回欲求に対する一貫した警戒感があった。この問題で日中が折り合う可能性はゼロだったんだけど、「アジア主義者」は必死で中国を説得しようとしたわけです。

 もう一つ、非主流の方は、日本主義です。尊王攘夷派の生みの親の吉田松陰が典型で、「亜墨奴アメリカ]が欧羅[ヨーロッパ]を約し来るとも、備のあらば何か恐れん。備とは艦と砲との謂ならず、吾敷島の大和魂」というようなものですね。つまり、備えさえあれば欧米の外圧に勝てるが、それは軍艦や大砲ではなく、大和魂だという。これは戦前には欧米に対抗するための精神主義だったんですが、今日のように中国が強くなると、中国も「大和魂」の対象になってしまう。

 今の日本のナショナリズムには、アジア主義の側面がなくなった。靖国参拝などは、この日本主義の典型ですよ。完全に日本主義派だと思う。それを立憲主義派が批判して、空中戦をやっているだけのように見えるんです。そこに入れ込むのは、日中友好しかない。(12-13頁)

恥ずかしながら私は無教養にして「亜墨奴が」云々の吉田松陰の歌を知らなかったので、初めてこれに接して爆笑してしまった次第だ。ついでだからネット検索で引っかかったブログ記事から、吉田松陰大先生の御製、と言ったら不敬罪になるか、お歌を引用しておく。

吉田松陰の歌 其壱: 古典に学ぶ(2007年5月10日)より

嘉永五年

     ○東北遊日記より

大宮の 光は日々に 清けれど 光を下に 掩ふ叢雲

嘉永六年

     ○書簡集より

    僕頃為歌云(兄杉梅太郎宛)

亜墨奴(あぼくど)が 欧羅(ようら)を約し 来るとも 備のあらば 何か恐れん

備とは 艦と砲との 謂ならず 吾敷島の 大和魂

安政元年

    謝大藤従母恵餅

まどかにと 祝ひ初めにし 鏡餅 君が心を 照らしてぞみる

    答家大兄

大ぞらの 恵はいとど 遍けり 人屋の窓も 照す 朝の日

文うつす 研の冰 解にけり 梅なき家も 春は立ちぬる

    ○書簡集より

    書生之入牢は近来の奇怪物、議如何、嘸々甚敷事と存じ戯れに一首之歌を詠じける

世の人は よしあし事も いはばいへ 賤(しず)が心は 神ぞしるらん

    瓶花を惜みて(土屋蕭海宛)

秋風に 手折りし園の 草花を つぼみながらに 散るぞ悲しき

    又

一度は さかせて見たき 蓮花 手折りし人の あだ心哉

            (小倉健作宛)

起ふしに 故郷おもふ 吾心 文みる人は 知るや知らずや

    中秋無月(同)

ふらばふれ よもののきばは 雨しづく 月見ぬをりに すむ身なりせば

          (妹千代宛)

頼もしや 誠の心 かよふらん 文みぬ先に 君を思ひて

    阿妹千世より息萬へ歌よみて給へと申し遣しければ

たらちねの たまふその名は あだならず 千世萬世へ とめよ其名を

    下田より囚人となりて江戸へ送られし時、泉岳寺の前を過ぎ義士に手向侍る(兄宛)

かくすれば かくなるものと 知りながら 已むに已まれぬ 大和魂

          (玉木文之進宛)

八潮路を 輙(たやす)く亙る もろこしの 海の城てふ なくてやまめや