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古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

年の瀬の慰安婦の日韓合意/「リベラル」は安倍政権を甘く見るのをいい加減に止めよ(下)

年の瀬の慰安婦の日韓合意/「リベラル」は安倍政権を甘く見るのをいい加減に止めよ(中) - kojitakenの日記の続き。

下記の坂野潤治の言葉には、賛成できない箇所も少なくないのだけれど、赤字ボールドにした部分は本当にそうだと思う。


歴史を繰り返すな

歴史を繰り返すな

 坂野 僕は一九二五年五月に男子普通選挙制ができた時に、近代日本は方向性をなくしたと思っているんです。廃藩置県をやって封建制をなくし、自由民権で国会を作り、大正デモクラシー普通選挙にまでたどり着いた。それで政治的な民主化は達成してしまって、その先どこへ向かったらいいのか分からなくなってしまって、何をすれば未来が開けると思えるのか誰も言えなくなってしまった。そこをファシズムが埋めたんじゃないか。

 どうも今の現象も、同じように思えるんです。悲願の政権交代を達成したとたん、一体我々は何を求めているのか分からなくなってしまったのではないか。

 集団的自衛権を容認して、本当に中国と一戦交えることなんて、誰も考えていない。もう判断が付かない。今の状態に文句がなければいいのだと、そういう状態になっている。

 安倍首相は一〇や二〇の色を持っているじゃない? 親米的かと思えば愛国主義的で、国粋主義の連中が日米同盟やるっていうわけだから、もう何がなんだかわからない状況でしょう。何か気に入ったことがあった時だけ支持して、長期的にものを考えることができなくなってしまっているんです。戦前では二五年の普通選挙で、政治的民主主義が一応確立した後、丸二〇年間混乱が起こったわけだから、それぐらいの混乱を覚悟しておいた方がいいかもしれないと思っているんです。

坂野潤治山口二郎『歴史を繰り返すな』(岩波書店,2014)132-133頁)


繰り返すが、上記の文章は、赤字ボールドの部分を示したいがために引用した。それ以外の部分には異論がある。

安倍晋三には一〇や二〇の色がある。極右国粋主義者の色、従米の色、国家社会主義者の色、などなどだ。2013年の年末には靖国神社を参拝して(今年は安倍昭恵が参拝したようだがw)アメリカの不興を買ったが、今年は慰安婦問題で日韓合意をやってのけてアメリカの歓心を買った。2006年の第1次内閣発足当初には中国と韓国を訪問して、直前の小泉純一郎の最後っ屁ともいうべき靖国参拝の尻ぬぐいをやったこともある。ただ、第1次内閣時代にはホワイトカラー・エグゼンプションなどの新自由主義経済政策にコミットし過ぎて支持率を下げ、「消えた年金」問題で大村秀章長妻昭とのテレビ論戦に完敗して泣きべそをかくなどの醜態を晒したこともあって参院選に惨敗し、政権投げ出しに追い込まれた。それから8年、もう宿敵・福田康夫も引退してしまったし、民主党政権交代は国民の大ブーイングを買ったし、大阪で絶大な人気を誇るほか、「リベラル」の間にも隠れファンの多い橋下徹は応援してくれるしで、残念ながら安倍晋三は向かうところ敵なしの状態だ。それが2015年も続いた。「リベラル」はこの冷厳な事実を直視しなければならない。

2016年も、安倍晋三に死角があるとすれば健康問題くらいしかないのではないか。

なお、歴史が正確に繰り返されるはずもないが、1925年の普選法制定(この年には治安維持法が制定されたことも忘れてはならない)から5年あまり経った1930年代初めには、もう軍部の増長に新聞が刃向かうことはできなくなっていた。



上記の本によると、

大阪朝日は一九三一年十月十二日の重役・編集幹部会議で「政府の満州政策を積極的に支持する」と決定、東京朝日もこれに倣った。(121頁)

とのこと。1925年から6年後のことだった。確かに、子どもの頃に家にあった『重要紙面でみる朝日新聞90年 : 1879-1969』(朝日新聞社)と題した、朝日新聞の縮刷版を集めた本を見ても、昭和一桁の後半あたりから、朝日新聞の記事から政府批判が目立って消えていた。たとえば、あの悪名高い「聯盟よさらば!遂に協力の方途盡く」は1933年(昭和8年)2月25日付だった。このあたりの朝日の転向はかなり急激なのだが、なるほど重役・編集幹部会議での決定による転向だったようだ。

そして、自民党から民主党への政権交代のあった2009年から、今年で6年になるのだった。報道ステーションのメインキャスター・古舘伊知郎の来年3月限りでの交代がテレビ朝日から発表され、NEWS23岸井成格交代の観測も依然として強い(TBSは正式に発表はしていない)。後者の場合、後任には星浩との噂だから、3週間に一度日曜日の朝日新聞2面に掲載される微温的なコラムから推測して、現在よりかなり腰の引けた報道になることは目に見えている。また、NHK籾井勝人が会長になってから見るも無惨な番組制作になっていることはいうまでもない。

何度も同じようなことを書いて申し訳ないが、今年ほど陰鬱な気分で年末を迎えたことはない。「アヴェ・マリアが『安倍マリア』」に聞こえた2006年も暗かったが、この時には「今に見ていろ、安倍晋三」と思えた。それに今よりずっと仲間も多かった。今はさすがに「崩壊の時代」だけあって、転向していったかつての仲間も多い。たとえば「反・反原発」をこじらせて「安倍内閣の消極的支持」に至った人間もいる。あるいは、いつの間にか「つまらない保守」になり果てた人間もいる。今年はもはや、「今に見ていろ、安倍晋三」とは思えなくなってしまっている。

ただ、個人的なことを言えば、私はもう10年もブログ記事を書いてきたから、最初の頃のように「周囲を見てこわごわ記事を書く」ことはなくなった。このウェブ日記のアクセス数1千万件にはこだわりがあったが、それにも先月到達したので、もう書きたいことを書いていけばいいや、と思えるようになった。それだけは2006年よりずっと良くなった。いつまで書きたいことを書けるかはわからないけれど。