kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「格差解消のみが政治的争点」(by 橋本健二著『アンダークラス』)

昨年(2018年)1年間で108冊*1の本を読んだが、昨年最後に読んだ本は橋本健二の『アンダークラス - 新たな下層階級の出現』(ちくま新書,2018)だった。



昨年初め頃には橋本の前著『新・日本の階級社会』(講談社現代新書,2018)が話題となり、私も読んだが、そのうち日本の新たな貧困層と分類した「アンダークラス」に焦点を当てた本だ。管理職・専門職以外の非正規労働者は「アンダークラス」に分類される。



アンダークラス』で特に目を引いたのは一番最後の第8章「アンダークラスと日本の未来」だ。この章は3つの節に分かれており、それぞれ「行き場のない不満」、「格差解消のみが政治的争点」、「支持基盤にするために」と題されている。

この章ではまず、階級別に支持政党と生活への満足度、幸福度との関係がグラフで示される。ここで衝撃的なのは、「正規労働者階級」においては、生活に不満を持つ人は野党の支持率が高くなり、自民党の支持率が低下するのに対し、「アンダークラス」においては、生活への満足度が低下するほど、自民党とともに野党の支持率も低下していることだ。すなわち、アンダークラスの人々は自民党のみならず野党やその支持層からも疎外されているといえる。この傾向は、政党支持率と幸福度との関係においても同様だ。著者(あるいは編集部)は「アンダークラスは不幸になるとどの政党も支持しない」との見出しをつけている。

この調査結果を受けて、第8章第2節の刺激的なタイトル「格差解消のみが政治的争点」が導き出される。さらに、第3節「支持基盤にするために」には、「(アンダークラスは)再分配は求めてもリベラリズムとは無縁である」との見出しがつき、松尾匡の『これからのマルクス経済学入門』(筑摩選書,2016=橋本貴彦との共著)から、「右翼」と「左翼」の概念整理が引用される。松尾によれば、世の中を「タテ」方向に切って「ウチ」と「ソト」に分け、「ウチ」に味方するのが右翼であり、世の中を「ヨコ」方向に切って「上」と「下」に分け、「下」に味方するのが左翼だとされる。10年ちょっと前、「『右』も『左』もない、オレは『下』や」というスローガンを掲げた「小沢信者」のブロガーがいたが、松尾の概念整理を援用すると、彼は自らを「左翼だ」と宣言しつつ、排外主義的な右翼を仲間に引き入れようとしていることになる(事実彼は、極右政治家とされる平沼赳夫城内実を応援する旗を熱心に振り続けた)。

昔のオザシンブロガー氏のことはさておき、著者は野党がいくら格差是正を叫んでも、それが環境保護脱原発、平和主義、それに最近では森友・加計問題などとセットにされると、アンダークラスはそれらには関心がないので野党から離れていく。これに対して著者は、「格差の縮小と貧困の解消だけを旗印とし、アンダークラスを中心とする『下』の人々を支持基盤にすることを明確にする、新しい政治勢力があれば良い」と言う。

著者の文章の中には、小池百合子とでも共闘せよ、みたいな文章もあって正直言って反感を持たないわけにはいかない部分もあるが、これは一つには一昨年に小池が立ち上げてあっという間に崩壊した「希望の党」を、著者が「九条改正と排外主義、そして所得再分配を同時に掲げる政党」とみなしていることにも起因する(私には、希望の党の政策のどこに所得再分配があったのかとしか思えない)。

しかし、その点を別にすれば、自民党が明確にエスタブリッシュメント層のための政党であり、菊池誠のような一部の「安倍信者」が「安倍政権の経済政策はリベラル」だと僭称することによって、橋本の言う「『下』の人々」の支持をつなぎ止めようとしている現状においては、反安倍・反自民であってかつ所得再分配を主張する極右政党は今の日本にはまだ存在していないといえる。

今後いつかは必ず来る安倍政権の終焉以後、反自民であって所得再分配を唱える極右政党が日本で台頭する可能性はきわめて強いから、橋本の言う「新政党」ならずとも、野党が選挙での争点を「貧困是正、格差解消」へと軌道修正する必要性がますます高まってきていると私は思う。しかし、現在の括弧付き「リベラル」たちの言い分は必ずしもそうではなく、逆に「野党が経済を争点にしようとしても勝てない」なる意味不明の主張を唱える「リベラル」が目立つようになっている。

そんなタイミングで、こたつぬこ(木下ちがや)氏が「市民連合」を批判するツイートを発した。

https://twitter.com/sangituyama/status/1080398218666532864

市民連合の年頭所感の最大の問題点は、経済問題にまったく触れていないこと。安倍政権は来るべき景気後退を予測して、なんとか誤魔化そうと必死なわけで、野党は経済政策を第一の一致点にしないと、上滑りすることになるでしょう。

2019年頭所感 – 市民連合 http://shiminrengo.com/archives/2296

1:39 - 2019年1月2日


https://twitter.com/sangituyama/status/1080399681484578816

いま野党が踏まえるべきは、1998年の民主党共産党の大躍進はアジア通貨危機を受けてのものだったこと、そして2009年の政権交代リーマンショック恐慌を受けてのものだったこと。98→09→19というサイクルにのるために、野党はどう闘うかが問われているわけです。

1:45 - 2019年1月2日


氏のツイートには首を傾げることも少なからずあるが、この問題提起は良かった。

上記2件のツイートの2件目に、「リーマンショック以前にあった2007年参院選民主党大勝利(ねじれ化)の理由はなんだと思いますか?」とのコメントもついているが*2小泉政権最後の2006年から参院選のあった2007年にかけて、「NHKスペシャル」で「ワーキングプア」のシリーズが放送されて大きな反響を呼んでいた。それでアンダークラスの離反を招いていたところに、2007年5月に「消えた年金問題」が表面化して「新中間階級」や「正規労働者階級」も一斉に安倍自民党から離反して、地滑り的な自民党の大敗を引き起こしたのだった。つまり、2007年参院選での安倍自民党の大敗も、経済問題が争点になったからだった。

今年も、「格差解消」を初めとする経済問題を争点にしない限り、統一地方選参院選、それにもしかしたら行われるかもしれない衆院選に野党が勝利することはあり得ないだろう。

*1:上下本は1冊と数える。但し松本清張の「短篇全集」全11巻は11冊として数えた。

*2:https://twitter.com/YAEGASHI_Tako/status/1080455542986829826