少し前からネットにも漏れ伝わっていた話だから意外性はないが、産経新聞社が出している夕刊フジが来年(2015年)1月31日をもって休刊(事実上の廃刊)することを発表した。
【夕刊フジ休刊のお知らせ】
— こちら夕刊フジ編集局 (@yukanfuji_hodo) 2024年10月1日
夕刊フジは来年1月31日発行(2月1日付)をもって電子版を含めて休刊いたします。公式サイトzakzakも更新を休止する予定です。
詳しくは本日(1日)発行の夕刊フジに掲載しています。zakzakでも休刊のご案内をしています。https://t.co/8f5ytNUJoE
夕刊フジ編集局
都市部では、かつては夕方以降の電車の中ではサラリーマンたちが夕刊フジか日刊ゲンダイを読んでいることが多かったが、それがスマホに置き換わって久しい。
その頃は極右だったのは産経新聞本社であって、それに対して夕刊フジはむしろ穏健保守の傾向が強かった。その例として直ちに思い出されるのが、内橋克人の『匠の時代』が夕刊フジに連載されていたことだ。ネット検索をかけたら、産経のサイトに下記の読者の投稿があった(2021年)。以下に紹介する。
忘れがたい人間ドラマ 「新版 匠の時代」内橋克人(講談社文庫、岩波現代文庫)
2021/9/24 12:40
先日、内橋克人さんの訃報を読みながら、まず脳裏に浮かんだのは『匠の時代』だった。
昭和50年代、仕事帰りの電車の中で、「夕刊フジ」の連載「匠の時代」を愛読した。当時は企業の研究部門の端くれにいて、毎夕、これを読むのが楽しみだった。
内橋さんは「企業と人間」をテーマに、商品開発における関係者の思いを、新聞記者の経験を生かした丁寧な取材で掘り起こした。細やかにして大胆にドラマ化し、シリーズにした。
サンケイ出版をはじめ何度も書籍化されたシリーズだが、特に感銘を受けたのは、「『生命の海』を拓く」と題された巻の「人工補助肝臓」開発をめぐるドキュメント「倉敷物語」である。
昭和53年1月、倉敷中央病院に生後2カ月半の乳児を抱えた若い母親が緊急入院した。劇症肝炎だ。当時の医療で生き抜く可能性は10パーセント。家族の悲痛な願いに開発まもない「血液体外浄化装置」という人工補助肝臓の使用を決める。それは臨床実験の段階にあり、開発者は試作器を手に病院へ走った。
医師、開発者、家族が一体となって立ち向かう。内橋さんはその現場をリアルに再現し、情感豊かな筆致で読者を引き込んだ。
このコロナ禍でもよく指摘されるが、今の日本は目先の結果を追い、研究開発に対する辛抱強さや長期的な視野が希薄になっていないか。当時は研究開発者の挑戦をじっと支える現場がいたるところにあった。その意味でも現代社会に一石を投じるシリーズだと思う。
内橋さんは神戸っ子だ。神戸は国際港として発展し、進取の気性と下町的な人情が相まっている。そんな空気の中で経済を見る目を養い、人間のための開発とはどうあるべきかを考えてこられたのだろう。
(産経新聞「ビブリオエッセー」より)
URL: https://www.sankei.com/article/20210924-OWMQYUAHQ5PUZMK6CIOURZGDRM/
えっ、2020年代の産経のサイトにこんなまともな投稿が載ってたのかとちょっと意外な気もする。上記は三田(さんだ)の方の投稿。3年前に74歳だから現在は77歳。30年をひと世代とすると、私より半世代くらい上の方だ。私は1980年代後半に就職する時に関西に戻ることも少し考えたが、結局首都圏での就職を選んだ。『匠の時代』は十数年前に岩波現代文庫版で読んだ。倉敷中央病院には2000年代前半の倉敷市在住時代にお世話になったこともあるので、「倉敷物語」は私にも印象深かった。
産経本体がいくら右翼(極右)反動に徹していても、自社が出す夕刊紙までがそんな紙面作りでは読者に見放されるのが当たり前というのが、1970年代からおそらく80年代くらいまでのサラリーマンの感覚だった。私は数か月前に、たまたま1975年4月の朝日新聞の切れ端を手に入れたが、それにその時期に行われていた東京都知事選や大阪府知事選の記事が出ていた。それに、社会党の支持層の中心は20代から30代だと書かれていた。産経新聞と同じような極右的な紙面では夕刊フジが売れるはずもなかった。だから夕刊フジは1969年の創刊時の紙面で石原慎太郎を大々的に応援したりもしたけれども、その一方で内橋克人のコラムを載せるなどのバランス感覚もあった。
それは徐々に薄れて、日刊ゲンダイが「左派ポピュリズム」に走るのに対抗するかのように右派ポピュリズムに走っていった。
それでも、2018年に安倍政権が公文書の隠蔽や廃棄で支持率を一時落とした時に、夕刊フジも同政権の批判に傾きかかった時期があった。あれが、夕刊フジに残っていた最後の良心だったと私は思っている。
しかし、それがおそらくこの夕刊紙に残っていた読者の不興を買ったと見えて、ほどなく夕刊フジは路線を再転換し、徹底的な極右ポピュリズムの論調を掲げるようになった。たとえば産経本体はまだ岸田文雄前内閣にそれなりに迎合していたが、夕刊フジは日本保守党を結党当初から熱烈に応援した。
こうなればもう終わりは見えている。そして今回、その「終わりの日」を夕刊フジ編集部が自ら発表した。
夕刊フジ自体の休刊には驚きは全くなかったが、少し驚いたのは産経がネットのzakzakも打ち切ることを決めたことだった。それだけ産経の経営が苦しくなっていることを意味するのだろうが、正直言って嬉しいサプライズだった(笑)。
とはいえ、苦しくなったのは何も「右の」産経だけではない。
各新聞社は大ニュースがあると号外を発行することが多かったが、かつてはTBSやテレビ朝日が読売の号外の映像をニュース番組に出すことはあまりなかった。それが今では号外といえば読売新聞の題字ばかりが目に入る。
これは、大部数の号外を出す力が、毎日新聞はもちろん朝日新聞にもあまり(あるいはほとんど)残っていないことを意味するのではないかと私は推測している。
あるいは、プロ野球の中日ドラゴンズが落合博満監督を解任して以来坂道を転げ落ちるように弱体化したのも、新聞業界の衰退と無関係ではあるまいと思っている。その新聞界では読売と日経がおそらく「勝ち組」なのだろうが(だから読売なんとか軍がリーグ優勝しやがったわけだ)、その勝ち組の2紙にも衰退の影は忍び寄っている。
そんなことを思った。