kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

元中日ドラゴンズ投手・山本昌が故上田卓三(社会党)系の「ティグレフォーラム」で講演し、同フォーラムのつながりで名古屋市長選で大塚耕平を応援したとの説(レバ子氏のXより)

 実は先月(11月)下旬から久々に仕事に少し余裕ができて、晩秋の山に行ったり(足腰がすっかり弱っていることを痛感させられたが)、積ん読にしていた本を読むなどしている。こんなに時間をとれるのは1年以上ぶりだ。

 本については、まず12月1日に鈴木忠平著『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文春文庫,2024)を読み終えた。この本は非常に印象に残ったので読書ブログで紹介しようと思っているが、クライマックスの場面がヤクルトスワローズファンとしてのトラウマに深く関わるのでなかなか着手できなかった。しかし愛知県在住のベイスターズファンらしいレバ子氏の下記Xに元ドラゴンズの山本昌投手への言及があったので、久々にそれをとっかかりに「にっくき」ドラゴンズと山本昌元投手について書くことにした。なお鈴木忠平氏(元日刊スポーツ記者)の本については読書ブログに明日公開する予定。

 

 

 ティグレと聞いてまず思ったのは、竜じゃなくて虎なのかということ。山本昌は選手生活の後半においては大の阪神キラーで、特に2006年には最年長ノーヒットノーランナゴヤドームで達成したあと、翌日の試合から9連勝して食い下がった手追いの虎に敵地・甲子園でとどめを刺した。これはクライマックスシリーズが両リーグに導入される前の最後のシーズンで、パ・リーグでは既に2004年からプレーオフが導入されていた。CSでのうっちゃりが許されない最後のシーズンで、その年の9月に4試合しか負けなかった阪神から首位攻防戦でのノーノーととどめの2勝を挙げた山本昌は、甲子園の試合の翌日朝放送のサンデーモーニング張本勲が言った通りMVPに値する活躍をしたと思う(実際のMVPは福留孝介だったが)。

 しかし私は元地元民として阪神タイガースは比較的よく知っているが、ティグレフォーラムについては何も知らなかった。

 

 

 上田卓三と聞いて元社会党代議士というのはすぐに思い浮かんだが、でも、同姓同名のプロ野球選手がタイガースにもいなかったか、とかすかな記憶が脳裏をよぎった。それでネット検索をかけたら、確かに上田卓三という投手がかつて阪神にいたが1976年、77年の2年間だけで、その前後に南海ホークスに在籍していた期間の方が長かった。阪神で上田といえば左の江夏豊と並び称される右のエースにして大の中日キラーだった上田次朗であって*1、それは私もよく覚えている。しかし上田卓三は元プロ野球選手の方は読みが「うえだ・たくぞう」だったが社会党代議士の方は読みが「うえだ・たくみ」だった。恥ずかしながら、私は今まで社会党の方も勝手に「たくぞう」と読んでいた。阪神上田卓三は地味ながら読売と優勝を争った1976年に3勝していたから、その記憶が残っていたのだろう。上田次朗が同じ年に12勝9敗だったのに対し、上田卓三は南海でも通算10勝だけで、生涯成績は13勝13敗2セーブ。なお上田次朗も1980年、81年の2年間を南海でプレーし、最後の82年に阪神で背番号「15」でプレーした。先日、その上田次朗が阪神が7月に11連勝した時の11勝目の読売戦で工藤一彦をリリーフした場面をサンテレビ中継で見る機会があった。その阪神の連勝は翌日の試合で小林繁が打たれて止まり、勝った相手投手は江川卓だったが、ペナントレースの終盤でその江川を相手に5点差をひっくり返してサヨナラ勝ちし、シーズン最終戦で優勝を決めたのが中日ドラゴンズだった。このように、1982年頃まではセ・リーグは読売、阪神、中日の三つ巴になることが少なくなかったが、勝つのは(82年は例外として)たいてい読売だった。私としては1997年のようにこの3球団が全部Bクラスに落ちるペナントレースが理想なのだが、そんな年は今でも滅多にない。

 タイガースの話はこれくらいにしておく。

 

 

 確かに7人いる組織内議員(いずれも地方議会の議員)のうち立民が2人で民民は0、東京都調布市選出の都ファ尾崎大介都議を組織内議員としている。尾崎市議は元民主・民進で、出発点は山花郁夫衆院議員の政策秘書だったようだ。しかし2017年の都議選では無所属で都ファの推薦を受けて当選し、当選後に都ファ入りしたらしい(呆)。似たような経緯をたどりながら落選したのが元衆院議員・柿沢未途の妻・幸絵だった(ざまあ)。もっとも柿沢夫妻は元みんなの党だけど。地元でも支持者は結構熱心だが一般有権者の評判は悪い(これは柿沢家に敵対する山崎一輝も同様)。

 

www.tigreforum.jp

 

 

 民民の「分派」(玉木・榛葉一派)は議員ではまだ少数かもしれないけれども支持層ではどう見ても8割を超えている。しかも玉キッズから白眼視されているとのもっぱらの噂の井戸まさえ氏のXをみても、玉木が発した下記Xをリポストするなど、全面的に玉木・榛葉一派に付き従っているとしか思われない。民民がこの勢いなら次こそ当選できるのではないかとでも思っているのかもしれないが、このていたらくではなあ、と思う。

 

 

 

 5年前の今頃には玉木は志位和夫とピアノ演奏で意気投合してたんだから、そりゃ理念も何もないんだろうな。

 

 

 

 私は鈴木忠平の落合監督本を読み終えたあと、現在の地元・江東区が産んだミステリ作家・宮部みゆきの『ソロモンの偽証』新潮文庫版全6巻を11日間で読み終え、今日(12/14)、1年2か月「積ん読」にしていたピケティの『資本とイデオロギー』(みすず書房)を読み始めた。ヤニス・バルファキスの名前は『資本とイデオロギー』の索引には載っていなかった。(自分の時間の都合で)MMTには近寄らずにいることもあって現時点では「税に拘る」態度しかとれない。

 

 

 

 

 

 

 原口はもうどうしようもない論外だけど、「左派」を自認する人たちが恥ずかしげもなく「減税」を口にするようでは本当にどうしようもない。

*1:1973年の対中日最終戦は上田を出しておけば阪神が優勝していたと今でも阪神ファンはよく言っている。