前の記事で取り上げた「ぼー」氏だが、とどのつまりは単なるトンデモさんだったようだ。
枝野氏はどれだけリベラル的な主張を取り入れても、根っこにあるのは父権主義だし、泉氏がどれだけ保守的な主張を取り入れても、根っこにあるのはマターナリズムだと思う。 https://t.co/pSINiZUF3X
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
枝野幸男はどうだか知らないが、泉健太の根っこがマターナリズムだなどとは思ったこともなかった。秋篠宮家長男の誕生日を寿ぐ泉のXからは家父長主義しか感じられなかった。「泉健太の根っこがマターナリズム」って、果たして立民支持界隈では「同案多数」なのだろうか?
「枝野立憲」の本質は「父権主義」であったし、「泉立憲」の本質は「マターナリズム」であったように思う。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
枝野氏のかつての旧国民民主への不対等な扱いに関しても、父権主義に由来するものだったと思う。
泉氏がどこまでも国民民主を対等に扱おうとしたのは、マターナリズムであるがゆえだろう。
全く共感しない。泉は確かに立民の衆院総支部長に占める旧立民と旧民民の比率を半々近くにしようとしたが、それが泉自身が旧民民の人間だからだ。つまり自らの派閥を拡張するための権力闘争であって、それは明らかにパターナリズムの行動様式だろう。私のみるところ、泉が組織内権力工作を得意とする人間だとは弊ブログにいやというほど書いてきた。
私はかつて、旧国民民主側として枝野立憲と対峙していたが、あれは自身の中にある父権主義との対峙でもあったのだ。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
ああ、民民の支持者だったのかこの人。
結局のところ、自分と枝野氏はある意味似ているということに尽きるのだろう。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
どれだけリベラル的な価値観を取り入れても、根っこにある保守思想、父権主義的な色彩は消えてくれない。
ふーん。
枝野氏の「悪しきポピュリズム」批判にしろ、あれはリベラルに由来する振る舞いではなくて、父権主義、即ち昭和の頑固親父的な保守思想に由来する振る舞いと考える方が自然。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
そして泉氏が国民民主に対して「ポピュリズム」批判をしないのは、彼がマターナリズム、即ちリベラル政治家であるからだ。
いわゆる「妄想乙」ってやつかな。
枝野幸男は本質的に昭和の頑固親父だし、泉健太は本質的に母性の強い女神のような存在に近い、という点に尽きるのではないか。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
泉は「女神」ですか。で、足立区の女神って誰? 去年7月の都議補選に勝ったあの人のこと?
枝野幸男が「リベラル」であれば、あそこまで「悪しきポピュリズム」批判はしない。
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
むしろ、昭和の頑固親父的な筋金入りの保守思想の持ち主だからこそ、枝野氏は「悪しきポピュリズム」と対峙せずにはいられないのである。
全く共感できない。ブログに取り上げたのは時間の無駄だった。ケリをつけるためにこんな記事書いてるけど。
でも、こんな意見に「わが意を得たり!」って人もいるようだ。
つまりえだのんは
— /尾瀬いくみ\(宏池会)💙💛 (@iF7g6mFFae5QBSN) 2025年1月5日
保守リベラルにして
宏池会
皆様わかりましたか? https://t.co/WTCnh6ood0
「宏池会」っていうのはもともと「小さな政府」主義者の集まりだから、そりゃ20年近く前に転向する前の枝野のことでしょ。枝野は今でも「宏池会」に親近感を持っているらしいから、そういう点からもネオリベの尻尾が残っているとはいえるけど。そういえば岸田文雄も新自由主義批判をしていながらやることが中途半端だった。たぶん宏池会には大平正芳時代の悪弊がまだ残ってるんだろうな。
政治界隈に溢れる、雑な「枝野幸男論」を一掃したいですね🤔
— ぼー👣足立区の女神は誰だ?!🗽 (@KENSEIKAI_KOHO) 2025年1月5日
えだのんは「保守リベラル」にして「宏池会」。
肯定するにせよ否定するにせよ、これが前提であるべきだと思います。 https://t.co/qoGteLn2wy
どっちが雑なんだか。取り上げて損した。