2月も今日で終わり。
「1月は往(い)ぬ、2月は逃げる、3月は去る」と教えてくれたのは小学校2年生の時の40代くらいの担任の男教師だったけれども、健在なら100歳前後になろうか。「往ぬ」とは「行ってしまう」という意味の古語だが(転じて「死ぬ」という意味にも用いられる)、関西にはそのくらいの年代(1920〜30年代あたりの生まれ)の人たちが普通に使う語彙に含まれる言葉として残っていた。だが当時阪神間在住だった私の同級生たちがこの言葉を使ったのは聞いたことがない。今の関西ではどうかは全く知らない。大阪、神戸や阪神間なんかより他の西日本の地域にまだ残っているかもしれない。一般的に持たれているイメージに反して、大阪、神戸、阪神間などは方言の廃れ方がその周辺の地域よりも早いと私は認識している*1。関西出身の芸能人が使うようなデフォルメされた関西弁が残っているに過ぎない。
ところで昨日も「減税真理教」を批判したのだけれど、その前の25日の記事で少し批判的にコメントを引用した津木野宇佐儀さんからコメントの連投をいただいたので以下に紹介する。この方は、宮武嶺さんや村野瀬玲奈さんのブログの常連コメンテーターであり、音楽ブログでもいろいろ教えていただいている。ご教示に反してモンテヴェルディではなく「モンテ」を外したヴェルディのオペラに手を出してしまって申し訳ありません。その前にヘンデル(イギリスに帰化したので国際的にはむしろハンデル)などの後期バロックのオペラから手を出したいと思っています。またいろいろ教えてください。
などの私信はさておき本論へ。以下にいただいた連投のコメントを紹介する。
津木野宇佐儀
津木野宇佐儀
津木野宇佐儀
津木野宇佐儀
まず最初に、3番目のコメントについて。
ブログ主に「おわび」なんかしちゃダメです。それこそ一番私を怒らせる行為です(このあたりはsuterakusoさんが詳しいと思います)。2人以上の同じ人間などいないのだから意見は違って当たり前です。私にせよ、あるいは宮武さんや村野瀬さんもそうでしょうが、長年ブログをやっている人間は(少なくとも自分のブログでは)押しが強いと思いますが、遠慮は無用です。もちろん某カスのような「批判のための批判」を行う人間や、最初から意見が交わるはずもないのに粘着を続ける人たちも締め出しますが、活発な意見の交換はむしろ大歓迎です。
それで論点ですが、政府の税の使い方に問題があるのは当たり前で、特に安倍晋三なんか「俺の政策で税収が増えたんだから、その使い途は俺が決める」なんてほざいてましたからね。もちろん右派たち、たとえば三橋貴明や安藤裕や城内実ら、あるいは高橋洋一とかでもいいですが、彼らがそんな安倍を批判したなんて話を私は知りません。
それはそれできっちり批判していく必要がありますが、いま戒めるべきは公共への不信感を煽り、減税主義者たちに塩を送ってしまうことです。
累進課税のビルトインスタビライザー機能は常識ですが、アメリカなどの「小さな政府」の国の税制は直接税中心で、それが中福祉中負担の西欧、高福祉高負担の北欧などになると、高福祉の国ほど間接税の比率が高まることもまた常識です。
かつて民主党や社民党(!)*2の経済政策のブレーンだった神野直彦氏は何かというとスウェーデンを引き合いに出す人ですが、2010年の初め頃、鳩山民主党政権のブレーンになった頃に「まず直接税の課税ベースを広げる。そのあとに『小さな政府』への道を選ぶなら直接税中心の税制を、『大きな政府』への道を選ぶなら間接税の増税を行う」との提言をしました。しかし「いらち」な菅直人がそれこそ「財務省に説得されて」、課税ベース拡大前の消費税増税を選んでしまったために2010年の参院選に敗北し、それ以降小沢一郎一派との権力闘争が延々と展開された経緯をたどりました。小沢一郎などもともとは強硬な消費税増税論者で、2007年参院選の公約にも一時消費税増税を盛り込もうとしたものの政局の損得勘定の結果考えを変えていたのでした。その小沢一派から出たのが名古屋の「減税日本」の河村たかしでした。そういういきさつから、現在全盛の「減税真理教」のルーツは小沢一郎にあると私はみています。小沢こそ「小さな政府」論者の代表格で、経世会の流れにおいてもむしろ異端の、清和会に近い経済政策の人です。ひらたく言って「新自由主義者」の括りに入れても良いでしょう。最近では参政党にも接近する泉房穂が小沢にラブコールを送ったようですが、泉(房)も小沢もそういう人だということです。そういや泉(健)も野田も、小沢の力を借りて民主党代表になったんでしたね。
ブログのコメント欄はどうしてもブログ主と意見に距離が出てくるとコメンテーターの分布も変わってくるらしく、宮武嶺さんのブログのコメント欄でも、かつては親露派が結構いたのに今はほとんど出てこないなんて話も見ましたが、議論は大いにしていきましょう。
税制の話に戻ると、一時竹中平蔵の理想の税は人頭税だなんて話もありましたが、実際には竹中は直接税を中心とした簡素な税制による「小さな政府」を理想としています。日本共産党が唱えている(と思われる)ような、直接税中心の「大きな政府」の国は現実にはないと思われます。やや迂遠な話になりますが、ピケティ式に「グローバル直接税」を進めていくしかないと私は考えています。
とにかく今は「公共への不信」を煽る勢力に対する批判を集中させる必要があろうかと思います。
またレバ子氏のXをいくつかリンクします。
2大政党制の1番の批判はどちらかを選んでも、どちらも最終的に目指す先は一緒なので事実上政権選択肢の手段を奪われているという話は常にありました。リベラルの政党ではなく左翼として人民と労働者の政党を目指す。そうした原点は忘れがちです。日本共産党においても既にオリガルヒの政党。 pic.twitter.com/IC6AvxF9Gx
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月27日
最後の文章には笑ってしまったが、田村智子を批判したばかりの私から見ると、いえてるかもしれないと思った。
少なくともこういう意見を「反共」とレッテルを貼って終わりにしてしまう態度からは何も生まれてこない。そこは特に強調したい。上記は「自民党」どころか共産党に対する「左」からの批判だ。
枝野幸男が少なくとも一応あの「大阪維新」と決別するような主張を取りましたが、立憲民主党員にとっては維新と連携してでも政権を取るという意思表示を示した人が多かったです。そういうものとは決別できず、ズルズルと「非自民」政権を目指すでしょう。党内においても反対勢力は必要です。 pic.twitter.com/XROOVmXv8X
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月27日
少なくとも維新との訣別を明言していたことから、昨年の立民代表選の4人の中では枝野幸男を選ぶしかないというのが弊ブログの立場だったが、代表選の結果はそうはならなかった。野田佳彦を支持した小沢一郎が考える「野党共闘」の枠内には常に「維新」が入っている。枝野にももちろん保守政治家であるが故の限界はあるが、それを党内リベラル派に乗り越えてほしいとも弊ブログはいつも書いている。レッテルを貼りたがる人間がいるのは致し方ないが。なお、枝野が選ばれたら「私党」に戻るとかほざいていたのが右派の「駅前は朝の七時」であって、奴には昨年春の衆院東京15区補選に関して事実無根のデマのXを垂れ流した件もあるので、私にとっては決して許せない人間だ。
民主党はまだ私が入組した時に「自分の同居する親の方が生活水準が高い。社会保障は最低保障でそれ以上を望むべくなら自己責任にすべきだ。」という人が民主党議員どころか労組にも多かったです。今そういう発言をすれば少なくとも支持者から吊し上げられます。本来ならそうあるべき。労組なら尚更。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月27日
2006年にまだそんなこと言ってた労組員がいましたか。うーん。
だから古くからの民主党員が国民民主党に残留したのは必然的です。民主党政権はいつのまにか美化されていますが、「そういう」政権だったのです。これは横路孝弘本人はともかく横路に連なる社会党グループもそういう理解でした。だから私は民主党政権は誉めないですよ。その権力維持のために中道化した
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月27日
横路を古くから批判していた人として思い出されるのが元朝日新聞記者で『週刊金曜日』の創設者の本多勝一だ。本多は田中康夫も批判していた。もっともあの人もナショナリスティックであったり(それ故に「全千島領有権」を唱える日本共産党に接近したりした)、00年代前半に小沢一郎と意気投合したりなど、問題の多い人でもある。
財務省のデモ然り、山本太郎新撰組が少しずつ動員が可能になっているのは保守、革新というものではなく新たな掘り起こしたものでしょう。とんと政治に無縁だった人がいつのまにか活動家然となる。いわゆる「アラブの春」がどうして始まったのかを見れば、急に人数を集めるだけは可能。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月26日
ただこうして集まったデモ隊には弱点があり、財務省デモには明確なリーダーが不在で実際何を目指すのか、ただ憂さ晴らしなのか本人達も理解できていないという事が長続きしない遠因になるでしょう。飽きたら忘れる。山本太郎新撰組はリーダーはいますが、山本自身やりたい事が不明確。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月26日
この「山本太郎自身のやりたいことが不明確」というのが、言われなければ気づきにくい点だ。私も気づかなかったが、言われてみたら確かにその通りなのだ。
山本太郎が何らかの形で政界を抜ければ、一気に消滅するのが彼らの組織です。明確に自分の考えを理解させず、名前だけで彼らは党内を運営しました。目指す社会像が何もないからブレない。逆に言えば社会像がある人も山本次第でその実現は難しいものになるという事です。まず山本の影響力を薄める事。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月26日
「山本太郎がブレない」とは弊ブログもしばしば書くが、それが「目指す社会像が何もないから」だという観点が私にはなかった。これも言われてみたら確かにその通りだ。
まず「山本の影響力を薄めること」というのも本当にその通りで、ここであえて実名を出しますけど、新選組を分権化して地域に根づいた保守政党にしたいという、広島のさとうしゅういちさんのニーズもこの方向性ではないでしょうか?
上記Xには以下の応答があった。
山本太郎の問題点は中身がないからこそ彼をきっかけに政治に興味を持った人間が政治に対する理解を深め、ポピュリストとして成長することです。
— GODAI@FALCON (@GODAI_seiji) 2025年2月27日
新撰組は左派政党のように扱われますが、極右とも極左とも私は彼らのミーティングに参加して実感しました。もとは何となく理不尽な社会に怒っている人でその人間性は優しい人ばかりですが、元々政治運動が初めてなので何もかも政党組織の中央執権体制に追随しやすいと思います。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年2月27日
上記で思い出したが、松尾匡が、新選組はあるきっかけで極右の側に行ってしまうかもしれないからそうならないように左派の人たちが支えてほしいなどと書いていた。
しかし、自ら安藤裕や、過去には高橋洋一に肯定的な文脈で言及してきたような松尾自身の製造責任を棚に上げて何を無責任なことを言うか、と私は強い反発を感じた。
私は決して「減税」論者ではありません
現在の不公平な消費税の「軽減税率(ゲリマンダー的軽減「新聞!」)」を批判したかっただけです。
それよりも、税の使い方が間違っている(「女性の生理用品」無料化などに使える財源が、ゼネコン、電通に公金垂れ流し)のは、ご理解いただけますよね?
ニッポソは税制のみならず、公金に関してはあらゆる意味で「built-in in-stabilizer」が働き続けてきた、のだと思います。