kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

雇用もあってバブルのときに庶民は苦しいから減税をと叫び、景気がどん底で雇用がなときに小さな政府で努力しない人を叩く その繰り返しがされているに過ぎない。(くろかわしげる氏のXより)

 初めに玉木雄一郎の件から。もうすぐ「ヒラ党員」からめでたく民民代表に戻るらしい玉木が日本保守党の顧問弁護士・北村晴男とネット番組で対談したらしい。2人は排外主義で意気投合した(呆)

 

 

 

 

 まったくだ。玉木は百害あって一利なし。なお私が北村弁護士の名前を初めて認識したのは、昨年春の衆院東京15区補選最終日の日本保守党・飯山陽の街宣(門前仲町でやっていた)で、飯山が「北村先生」がどうのとか、どえらい偉人みたいな口ぶりで言及した時だった。その補選の最中、飯山のYouTube乙武洋匡を推した玉木が飯山にこっぴどく批判されたが、玉木は自分ではなく選挙でリードしていると言われている立憲民主党女性候補を批判せよと文句を言っていた。そんな玉木が現在人気絶頂にある(いや、ちょっと落ちてきたかもしれないが)。

 そういえばくろかわしげる氏にいくつか注目すべきXがあった。

 

 

 これは本当にそうだ。

 

 

 社民党は旧立民が新立民になる時にもかなりの引き抜きをされたが、その頃の党大会で照屋寛徳(1945-2022)が福島瑞穂をこっぴどく批判しながら自らは社民党にとどまる気骨を見せた。大した人物だと感心したが、3年前に亡くなってしまった。

 

ryukyushimpo.jp

 

 それを知っているので、社民党元号新選組と一緒にしてくれるなというまことん氏の気持ちもわからなくもないが、日本の社民党が世界標準からかけ離れていることは確かだ。

 ただ、上記Xをなぜかリポストしていた「駅前は朝の七時」が社民主義を知っているとは全く思えないけれど。と思ったらくだんの人物が「大きな政府論者」を自称していることを知って腰を抜かした。

 

 

 維新にすり寄った泉健太を熱烈に応援したり、維新も民主系から分かれた政党だとか抜かす*1人間が「大きな政府論者」のつもりかよ。信じられない。

 まあ「駅前は朝の七時」は「小さな政府」論者を過剰に「リスペクト」しているのかもしれない。

 

 

 昨年のクリスマスの頃に江東区の高野勇斗区議も書いていたように、(地方はいざ知らず)今の東京はむしろバブル気味の好景気で、だから人手不足だし物価も上がっていると私は考えているのだけれど、こういう時は税収は「貯めておいて、雇用不安になったときに放出してほしい」とは私も思う。しかし現実には物価高で生活に苦しむ人が多数出るから「減税」が支持される。でもそこで本当に減税をやってしまうとその結果はさらなる物価高だ。

 問題は、「積極財政派」のみならず石破茂首相をはじめとする政府も現状をインフレであるとは認めていないことだ。日本の政治はいつもこんな感じだ。いや、これは日本に限らないのかもしれないが。物価の上がり方は一様ではなく、昨年などはやや上昇率の鈍化も見られていたが、現在は再び加速がつきつつある。

 

 

 これなんかも本当にそうで、バブル期の竹下登政権、あれこそ正しく「バラマキ」の非難に値する暴政だった*2。でも世の「積極財政論者」や「反緊縮論者」でも竹下政権の財政政策を批判する人を私は知らない。だから私は彼らを信用できない。

 

 

 私の場合は40年どころではなく、本格的に関心を持つようになった高校生の時から数えても47年になるし、それ以前の漠然とした関心を持っていた時期を合わせると半世紀を超えるが、いつもそうだ。

 高度成長期やバブルの時に減税や無駄なハコモノづくりをする。

 不況のどん底で自己責任論が全盛になって小泉・竹中の「コーゾーカイカク」に人々が熱狂する。

 その繰り返しが延々と続いている。

 人心の機微として、好況期に増えた税収を使いたくなったり、国民の側から見ると「還元しろ」と言いたくなることはわかる。不況期の心理についてはあまり書きたくないが、ああいう風に「椅子取りゲーム」の敗者に石を投げたくなるのもまた人間心理だ。

 しかしそんな人間心理に寄り添った政策を採用するなら、それは間違った経済政策であることを歴史は教えている。

 今、玉木雄一郎らが率先してやろうとしているのは、その誤りの繰り返し以外の何物でもない。

*1:実際には維新の祖先である大阪維新の会自民党からの分派だ。一時期民進党と「維新の党」の一部が合流したろくでもない歴史もあるが、維新のルーツはあくまでも自民党である。

*2:グリーンニューディールなどの、人類というか地球の危機に対処するための財政支出はまた別の議論だけど。