kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

長嶋茂雄と長島茂雄/本当は「長島」だった

 先般亡くなった元読売の長嶋茂雄だが、彼は戸籍名では長島だが漢字の見てくれの良さで「長嶋」表記にしたとかいう話を聞いたような記憶がある。

 

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確かに、昔は「長島茂雄」と表記されていたという記憶はある。しかし、「 一貫して」かどうかは知らない。しかし、彼の現役時代からナガシマは「長嶋」だと知っていた(気がする)。

 

(中略)

 

子どものころ、「野球雑誌」なんか読んだことはなかった。私の記憶では、何処かの球場のスコア・ボードで「長嶋」と書かれていた*3。しかし、それが本当なのか自身による記憶の偽造なのかはわからない。
その後。昔は「嶋」が(現代では「島」と書く場合でも)よく使われていたことを知った。(相模の)江嶋、(伊豆の)三嶋、(安藝の)廣嶋とか。

 

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 親が「ナガシマのシマは本当は山偏に鳥なんだよ」と教えてくれたが、私は「そんなこと言ったってテレビでも新聞でも「島」じゃないかと思った。そして、一部でのみ流通しているらしい「長嶋」表記になんとなく反感を持った。このあたりがのちに某2文字を自分のブログの禁句にする下地があったのかもしれない(子どもの頃はそんなことはなかったが、それでもなんとなく長嶋よりは王の方がよく打つじゃないかとは思っていた)。

 ついでだけど安芸の「ヒロシマ」は原爆投下を報じる朝日新聞の見出しでは「廣島」だった。ネット検索をかけたら読売も同じだったらしい。

 

www.buzzfeed.com

 

 さて、長島の戸籍名だかが本当は「長島」で、字面の見た目のために「長嶋」と表記していたことを知って、心の狭い私はますます「長嶋」という表記が嫌いになった。

 

因みに、長嶋茂雄の娘であるスポーツ・キャスターは長島三奈である。

 

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 これはもちろん、娘の表記の方が正統的だ。

 ちなみに現在の一茂がどちらの表記かは知らなかったので調べてみたら「長嶋」名義で芸能活動をしているらしい。しかしスワローズ時代の登録名は「長島一茂」ではなかったか。そう思ってネット検索をかけたら、下記スポーツ報知の記事が出てきた。

 

hochi.news

 

 記事の見出しは「長嶋一茂」になっているが、記事に貼られた1989年の同誌の画像からは「長島特守」という見出しが読みとれる。

 一茂は1993年に父親が監督を務める読売に移籍したが、その時の登録名がどうだったかは知らない。しかし1995年に原辰徳の代打に長島一茂が送られた時には、原など大嫌いだった私も原に同情してしまった。

 ヤクルト時代では一茂が読売のガリクソンからプロ入り初本塁打を放った時に、スポーツ紙が「一茂祭り」などと浮かれていたが、あれには大いに腹が立った。それは一茂が嫌いだったからではなく、神宮球場で行われたその読売戦にヤクルトが負けたからだった。

 とはいえその年、スワローズは読売に13勝12敗1引き分けで勝ち越した。12勝8敗1引き分けから4連敗したので、決着は東京ドームでの読売の最終戦までもつれ込んだ。その試合を日本テレビの中継で見ていたが、ヤクルト先発の高野光があわやノーヒットノーランの好投を見せ、退任が決まったあとのその試合では表情が穏やかになっていたはずの監督・王貞治の眉間に、その年さんざんにあげつらわれた皺が寄った映像に対して、日テレのアナウンサーが「王監督の表情がまた厳しくなりました」と叫んだことに、いい気味だと思った。王の退任の試合だったのになんて冷酷な、と思われるかもしれないが、感情は理性では制御しきれないから仕方がない。しかし高野は初安打を許すと気持ちが切れたのかそのあと2失点した。そのメンタルの弱さが12年後の自殺につながったのかもしれないと思うと今でも胸が痛む。

 高野光は本当に良い投手だった。東京都江東区の出身だったという。