kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

世論調査で参政党が急伸/弊ブログの玉木雄一郎批判記事にいただいたコメントより

 共同通信の「第1回参院選トレンド調査」で、参政党の政党支持率がいきなり民民を抜き去って立民に迫っているらしい。三春充希氏のXより。

 

 

 もと「自民党の岩盤支持層」が一時的に民民に流れたものの、早くも民民を見限って参政党に流れている。直感的には誰もがそう思うのではないか。

 

 

 この分だと、都議選の前に「都議選で民民が『躍進』して、民民の党勢は再び上昇に転じる」とか予想していた大濱崎卓真は、またまた予想を大きく外すことになるのではなかろうか。一時はトップ当選間違いなし!などと言われていた民民東京選挙区公認の元NHKアナウンサーは、演説の評判もあまりよろしくないらしく、今や当落線上だとか民民の2人は共倒れするのではないかなどとも言われているらしい。まあ今週金曜日には参院選が公示されて情勢調査も出始めるだろうから、それを待たなければ情報を何も持たない私には何もいえないが。

 そういや山本太郎が「総理大臣にしたい人」と絶賛した安藤裕が参政党にいるんだった。このことは度々書くが、それは読者の皆様にこの事実にご留意いただきたいと思うからだ。安藤のXには、2021年に発信された下記ポストが筆頭で表示されているようだ。

 

 

 その安藤が参院選比例区から出てくる。新選組伊勢崎賢治と並んで、是非とも落とせないけれども落とすのは困難な候補ということになってしまうんだろうか。安藤は昨年の衆院選京都6区では最下位落選で供託金を没収されたのだけど。

 ところで今日は弊ブログにいただいたコメントを2件紹介する。いずれも玉木雄一郎の発言について書いた記事に関するもの。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 suterakuso

これ、ちょっと真面目に玉木に突っ込もうかなと思って考えているうちに気づいたのですが、おそらく、玉木的には、6兆円取って3.5兆円配って2.5兆円残すくらいなら、2.5兆円(なのかどうかは分かりませんが)だけしか取るなみたいな話なんじゃないかと思いました。

真面目に玉木に突っ込もうかなと思ってまず考えたのが、経済成長率や所得税収や物価の関係が、玉木がやっているように印象としてではなく、実際の数値としてどうなっているかを少し見ようかなということでした。しかし、なかなか難しいですね。特に直近のデータになってくると、専門家には容易なことでしょうが、私のような素人には手間なことだと思います。そして、質が悪いと思うのは、玉木もむしろ数値を積極的に持ち出していて、その手法が、ようは、扇動家の手法だという点です。一部のインパクトのある数値だけを切り出し、それをバッシングや自分上げに利用していますね。

ま、「戻す」「取らない」「残す」といった自公立民共産批判や自分上げに都合のよい言葉を組み合わせたら、シュールなキュビズム画が出来上がったってところだと思います。

ところで、最近のこうした話で、また連想するのが、私の『鍋パーティーのブログ』の次の記事です。(繰り返しの宣伝失礼します。)

今こそ財政の所得再分配機能と自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)の修復・強化の議論を
https://nabe-party.hatenablog.com/entry/2024/09/08/103421

ま、選挙が近づいてきたということなんでしょうね。今なら、税収確保とそれによるバラマキ裁量権確保を政権維持の道具にさせるなという話なんですが、だからこそ、ここでも書いた、裁量ではなく制度として給付を組み込む、給付付き税額控除が求められるという話になるのですが、野田、全然そのアピールしないですよね。ほんと、ポンコツというか、敵の回し者です。あと、石破が消費減税の要求に対して、偉そうに、消費税は社会保障に必要な、必要な人に必要なことをするために必要な、安定財源と言っていましたが、なら、立民のように制度として給付をする主張をしろと思いますね。あと、資産課税も安定税収になるのではと思い始めたのですが、これも、素人の私には、すぐに正しいことが言えそうもないのが残念です。

 

玉木的には、6兆円取って3.5兆円配って2.5兆円残すくらいなら、2.5兆円(なのかどうかは分かりませんが)だけしか取るなみたいな話

 

というのは当然その通りでしょうね。要するに財政規模を縮小しようという話ですから、典型的な新自由主義経済政策です。

 そうそう、こういう玉木の発言こそ言葉本来の意味での「緊縮財政」ですよね。どういうわけか、今の日本では「減税=積極財政」なる、言葉の意味不明の用法、というより明らかな言葉の誤用がまかり通っていることが、再分配の記事を書く意欲を著しく減退させるんですが、やっぱりそれではいけないなあと思っています。

 野田佳彦は、なんといっても春の連休前に「減税」に舵を切った人(しかもその時に持ち出したのが「減税主義」のための神話ともいうべき「民のかまど」なのですから、何をか況んや!

 参院選も都議選と同じような「負け比べ」になるのではないかと私は思っています。

 

 mirai20259

しばらく前に「みらい」というHNでコメントさせていただいた mirai20259 です。記事を読んでいて、「取る/取らない」という表現に従ってしまう時点で玉木(過激な新自由主義者)の土俵に乗ってしまっている感じがして、流れ的に危うい感じを覚えたので、投稿させてください。

そもそもこの国の住民は、国からサービスを受けていたり、相互の助け合いのために税金を「支払って」いるはずです(保険のようなサービスを「買ったり」、クラウドファンディング的な意味で過分な寄付をしたりするときに「取られる」と言う人はいないはずです)。「取られる」という言い分が成り立つためには、国のサービス提供(政策)が背任的だったり(単に信頼がおけないというのとはレベルが違うはずです)、そもそも国によるサービス提供や相互の助け合いについて否定的な考えを取る場合(特に富裕層から見たときに、受けているサービスに比して支払いが高すぎるという信念を持っている場合)に限られます。

玉木は、実際には「何かされている(最低限、国は警察を維持することによって住民に安全を提供している。また病気・福祉に公的な負担がなされるような仕組みを維持していたりする)」のに、「何もしない」国がいい国だという幻想を振りまいて、「取られている」被害者意識を扇動して、「残」してくれさえすれば、あとは「自助」でやっていける、あるいはやっていくしかないと思い込むタイプの有権者の支持を集めているという構図なんだと思います。玉木というか国民民主党としては、「サービスや助け合いにかかる応分の負担を否定」する帰結は(助け合い≒再分配への関心が薄い)富裕層に支持されやすい、という発想は織り込み済みで、後は適当な話を並べられればそれでいいということなんだろうと思います。そうじゃなければ「外国人が1億円する医療を受けるために短期間来日して」どうのとかいうデマを振りまいたりなどしないと思います。

宮武さんのブログで紹介されてましたが、国民民主党に投票する女性有権者が少ないのは、「自助」でやっていけるという幻想にハマれるタイプに男性が多いから、逆に言えば、人には助け合いが必要だということが、相対的に女性に見えやすいという事情が考えられるからだと思います。

古典的な例で言えば「仕事でバリバリ活躍する」前提としての家庭の助けについて計算に入ってない男性は珍しくなかったですが、女性は嫌でも計算に入っていたでしょう。また、人は誰でも助けられた幼少期を経なければ、大人として独り立ちする、自助することなんてできないわけですが、子育てについて考えたり考えさせられたりする機会が相対的に多いことは、そういう理解を適切に維持する助けになると思います。

宮武さんは女性が本質的に賢いみたいな話をされてましたが、必ずしもそういうことではなく、与えられた状況に応じて育んできている理解のズレが、国民民主党みたいな党に対する見方として出るのだと私は思います。

 

 コメントありがとうございます。

 はてなID取得されたんですか。ということは「討論会ブログ」のコメントもできますね。

 もっともこの件は「鍋ブログ」(「再分配を重視する」を謳っています)向けの話題なんですが、実は「鍋ブログ」の敷居も低くして、今年に入ってから執筆者に加わっていただいたレバ子(id:laborkounion)さんも含めて、参加者の権限を全員「編集者」にしようかと思っています。もちろん「投稿者」を希望される場合はその方のご希望に添いますが、それだと管理者による下書きの承認が必要になるので、敷居が高くなってしまいます。「鍋ブログ」の現状は非常にアクセス数が少ないのですが、このコメントなど「鍋ブログ」向きだと思いました。なので勧誘したいと思いますが、いかがでしょうか。

 コメントにお答えしますが、「玉木の土俵に乗ってしまっている」のはその通りで、なぜかというと玉木の言葉の揚げ足取りから話を始めているからです。

 玉木は総理大臣候補ともされる人物ですから、「取る」の主語は政府です。

 また、「取る」とか「配る」とかいうと、どうしても思い出されるのが参院選で立民の比例区候補になるらしい森裕子の「取るなら配るな」(笑)「配るなら取るな」を思い出しますが、この人も典型的な「小さな政府」志向のネオリベラストと断定できるでしょう。

 

 

 森の場合は、上記のXには書かれていませんが、再分配後の格差が拡大しているなどという事実無根のデマを垂れ流していることが特に問題です。日本政府の財政支出の使途に問題があるのはその通りですが、それで格差がかえって拡大しているから減税してむき出しの資本主義に近づけろというのは悪質なネオリベの主張以外の何物でもありません。

 もちろん玉木と同様の発信を繰り返す民民の榛葉賀津也も問題です。

 

www.sankei.com

 

 弊ブログはこのように、権力者(野党の政治家だって立派な権力者です)の言葉を捉えてそれを批判する傾向が強いので、それを「政治家の土俵の上に乗っている」というご批判は当然ながら成り立ちます。市井の人間なのだから、もっと納税者側からの視点からの記事を!というのは貴重なご意見です。そしてコメントの冒頭を書き換えれば、鍋ブログの記事にできると思いました。

 今回は私の文責で弊ブログにいただいたコメントの紹介記事を鍋ブログに書いて公開するという形にしても良いですが、鍋ブログ及び討論会への参加をご検討いただければ幸いです。また、余計なことかもしれませんが、宮武嶺(id:raymiyatake09)さんのブログ記事への「批判的言及」があったことも良かったです。これは何も「宮武、批判されてざまあ」などという意味では間違ってもなくて、人間誰しも批判されてなんぼ、と思うからです。宮武さんも多分同じだろうと想像します。

 大袈裟な表現を使うと「目指せ!集合知」といったところでしょうか。

 最後にレバ子さんへ。前述の通り、このあと鍋ブログの設定を変更してレバ子さんに編集者権限を付与したいと思いますので、鍋ブログへの次回の投稿については、投稿完了時に適当な手段でお知らせいただけば、それだけで結構です。