国政選挙で私がもっとも重視するのは比例代表の得票率だ。有権者の各政党への支持はこれで測ることができるからだ。
この比例代表について、衆院選と参院選では分けて考えるべきだとの意見があるが、制度は同じ比例代表制なのだから私はその立場はとらない。しかし一応分けて考えることを考慮して、2019年、2022年と今回との比較を行う。
結果は下記の通り。
- 自民 35.4% → 34.4% → 21.7%
- 立民 15.8% → 12.8% → 12.5%
- 公明 13.1% → 11.7% → 8.7%
- 民民 7.0% → 6.0% → 12.9%
- 維新 9.8% → 10.4% → 7.4%
- 共産 9.0% → 6.8% → 4.8%
- 新選組 4.6% → 4.4% → 6.6%
- 社民 2.1% → 2.4% → 2.1%
- N党 2.0% → 2.4% → 1.1%
- 参政 (未) → 3.3% → 12.6%
- 保守 (未) → (未) → 5.0%
- みらい (未) → (未) → 2.6%
- 再生 (未) → (未) → 0.9%
これに2021年衆院選と2024年衆院選を挟むと下記のようになる。
- 自民 35.4% → 34.7% → 34.4% → 26.7% → 21.7%
- 立民 15.8% → 20.0% → 12.8% → 21.2% → 12.5%
- 公明 13.1% → 12.4% → 11.7% → 10.9% → 8.7%
- 民民 7.0% → 4.5% → 6.0% → 11.3% → 12.9%
- 維新 9.8% → 14.0% → 10.4% → 9.4% → 7.4%
- 共産 9.0% → 7.2% → 6.8% → 6.2% → 4.8%
- 新選組 4.6% → 3.9% → 4.4% → 7.0% → 6.6%
- 社民 2.1% → 1.8% → 2.4% → 1.7% → 2.1%
- N党 2.0% → (なし) → 2.4% → (なし) → 1.1%
- 参政 (未) → (未) → 3.3% → 3.4% → 12.6%
- 保守 (未) → (未) → (未) → 2.1% → 5.0%
- みらい (未) → (未) → (未) → (未) → 2.6%
- 再生 (未) → (未) → (未) → (未) → 0.9%
面倒だからグラフは描かないが、自民、公明、共産はいずれも得票率が単調減少しており、立民のように参院選での比例区得票率がその前の衆院選と比べてガクンと下がり、衆院選になると盛り返す傾向は他の政党にはない。
これが構造的な問題であるはずがない。選挙区の大きさこそ違え、どちらも同じ比例代表制での得票率だからだ。
立民の場合、衆院選の前に大きな組織の変化があった。2020年には旧民主と旧民民が再編成されて新立民は旧立民より大きくなり、民民はその逆になった。だから立民の比例区得票率が上がり、民民は下がったのだ。
2024年には立民代表選で枝野幸男と野田佳彦が立って、無投票再選を狙っていた泉健太との3人で(4人目も立ったが最初から当選狙いとはいえなかった)ガチの代表選になって野田佳彦が勝った。その余勢を駆ったこともあるが、一番大きかったのはその前から泉が就任当時の「提案型野党」路線を引っ込めていたことで、そこに維新の退潮が加わって昨年4月の衆院補選に立民は3戦全勝だった。しかしなお泉の微温的な路線を認め難かったに違いない枝野が立ったところ、枝野の政敵の小沢一郎が枝野の復帰を阻止すべく野田と組んで野田を勝たせた経緯があった。そんな野田でも、当選直後には「ご祝儀相場」があった。それらの要素が相俟って立民は衆院選に勝ったのだった。
しかしその後野田が弛緩した党運営を行ったため、立民の党支持率は徐々に下がっていった。このことは、立民支持層の多くが嫌っているらしい三春充希氏のXに掲載されるグラフを注意深く見ていれば誰にでもわかったはずだ。しかし彼らは、自分たちの気に食わないそうしたグラフや図表から目を背けた。
一番いけなかったのは、立民の政策の最大のウリだった「給付付き税額控除」を、江田憲司らの圧力に屈して一時取り下げて「減税」を選挙の争点から消したことだった。
あれで民民や参政党を勢いづかせた。
それでなくても、共産党などはおそらく、というより間違いなく志位和夫の指導によって「消費税減税や廃止の元祖は、間接税を批判したマルクスだった」みたいな強引な歴史解釈によって消費税減税をウリにして参院選を戦おうとした。党首討論でも田村智子が真っ先に挙げたのは消費税減税だったが、東京選挙区の候補者討論会で吉良佳子が訴えた政策においては消費税減税は付け足しのようなものだった。
マルクスを引き合いに出して消費税減税ないし廃止を訴える志位から私が連想したのは、毛沢東が雀を絶滅させようとして虫害による大凶作を招き、多くの中国国民の命を奪ったことだった。党の執行部の司令は絶対なので、いくら都議選で江東区や江戸川区で共産党の訴えと自由を守る会の訴えが交換可能だと有権者にみなされて共産党候補が惨敗しても政策が改まらない。6年前に9.0%あった共産党の比例区での得票率は、ついにそこから47%減の4.8%にまで落ち込んだ。開票速報で、出口調査の結果だけで当確が打たれた吉良佳子も結局6位当選にとどまり、もし立民が候補を一本化していたら吉良は7位当選になって3年後に山添拓とバッティングするところだった。いや、今回の結果を受けて3年後の2028年参院選ではおそらく立民は候補を塩村文夏一本に絞るはずだから、共産党で随一の得票力を誇ると思われる山添拓とて安閑としてはいられないのではないか。
これらは共産党の問題だが、立民も共産に負けず劣らず構造的な問題を抱えている。
今回の参院選でそれが一気に噴出したとみるべきだ。
比較の対象は2022年参院選ではなく2024年衆院選でなければならない。昨年秋の衆院選から今回の参院選までの間に、立民は41%もの比例票を流出させた。これは2021年衆院選から2022年参院選までの間に36%の比例票を流出させて、三春充希氏に「一人負け」と酷評された時を上回る惨敗である。
しかし、同時に起きた自公の惨敗によって、立民党内で野田の責任を問う声は起きないか、起きたとしても未明に弊ブログが批判した立民支持層の中でも極右に位置づけられるであろう「駅前は朝の七時」に近い跳ねっ返りくらいしか想定できない。しかも当該人物が支持する泉健太がそのような動きをするとは考えられないし、それに限らず3年前に泉執行部に対してなされた「敗北の総括」も今回は行われず、野田体制がズルズル続くであろう。その間、「不信任案を出せ」という小沢一郎からのノイズに悩まされることは間違いない。
レバ子氏のXより。
ブラフだと思われますが、仮に本当に主戦論になれば神風が吹かない限り多くの人が国会に帰ってこれないでしょう。 https://t.co/r296nHaPxW
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年7月20日
今回の惨敗を「あの負けは参院選だからだ。衆院選ではウチは強い」とか抜かして特攻隊よろしく突っ込む勢力が立民党内からかなり出てくるのではないかと私は危惧している。
3年前は提案型野党乱立の中でわざわざその路線を打ち出し大惨敗、今回は減税野党が乱立しわざわざそこに飛び込み大惨敗。だから他党との差別化が必要で、うってつけなのは社会民主主義、せめて混合経済路線ですがいつまで経ってもネオリベ路線が忘れられない。何よりも後進が全く育っていない。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年7月20日
再建に向けて、フランス社会党の事例は参考になると思いますが、野田佳彦や泉健太といった過渡的な指導者を選ぶ以上は程遠いですね。コピー品ではなく人はオリジナルに投票するのですよ。ましてやコピー品のコピー品は見向きもされない。私は社民フォーラムは少数派ながら主流派になる意思を示すべき
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年7月20日
2022年の泉健太も2025年の野田佳彦も「バスに乗り遅れるな」根性から参院選で自滅した。今また、「『日本ファースト』のバスに乗り遅れるな」と「駅前は朝の七時」のような極右人士が号令をかけている。野田ならその声に耳を傾けかねないと私は危惧する。もっとも「駅前」の御仁は「野田辞めろ」と叫んでいるが。
日本はすでに多様性の国だ。この多様性には明確なルールがある。分離主義者とは断固闘う。日本国の原則を守るため、排外主義とイスラム原理主義とは断固闘うというのがフランス社会党の主張でしたが、立憲民主党はこの程度のメッセージすらなかった。だから打ち負けるんですよ。対峙する勇気がない。
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年7月20日
フランス社会党は、移民への恐れは合理的ではないがそう思う人々の事を過小評価しない。生態計画ばかりでなく、移住政策の組織がなければならない。私達の提案はより一層共生社会への不安を取り除ける。というぐらいは主張しますよ。ここで日和見する事がもっと党勢を落とす。中道という道は捨てるべき
— レバ子@Labor Struggle (@laborkounion) 2025年7月20日
下記noteはなかなか読ませる。
下記のブコメをつけた。
労組と小沢一郎|レバ子
- [小沢一郎]
連合構成員からみた小沢一郎。なかなか読ませる。私がかつて岩手在住のコメンテーターから聞いた話では、小沢は2003年の民由合流と同時に「小さな政府研究会」を達増拓也に任せて「労組政治家」に転向したとのこと。
2025/07/21 12:47
しかし小沢の「転向」は小沢の主義主張や思想信条とは関係なく、単に政局の都合からに過ぎなかった。かつて小沢は「ネオリベの星」だったが、そのお株を小泉純一郎に奪われてしまったために、労組政治家に「でも」転向する「しか」なかったのである。
そんな「でもしか労組政治家」が2000年代の小沢一郎だった。