kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「ガチでハードワーク経験してる人ほどワークライフバランス捨てます発言の深刻な弊害をリアルに想像できるから、昨日から批判や懸念の声をあげてる」(片岡正美氏)

 「鹿」の高市早苗に「馬車馬」まで加わった。「なんとかじゃなかろか、ルンバ♪」といったところか。

 

 

 これは私も思った。

 

 

 これも本当にその通りだし、「なんなら」*1私も経験者だ。それこそ、その弊害も身をもって知った。

 

 

 

 そうなんだろうなあ。だから「新自由主義右翼」(男性、高学歴、高年収)が高市早苗を支持するわけだ。

 そういえば三宅香帆氏が「働いていると本が読めなくなる傾向にも階級依存性がある」と指摘していた。階級が低いほど仕事に忙殺されて本が読めなくなる、と。

 安倍政権時代の「働き方改革」も、役所ではキャリア官僚はその恩恵をある程度受けられたが、ノンキャリア官僚には恩恵が及ばなかったとの話を聞いたこともある。

 そういえば「新自由主義」には、高位の階級に属する人たちによる権力回復のプロジェクトというデイヴィッド・ハーヴェイ流の定義があるのだった。

 それに照らし合わせれば、高市の「ワークライフバランスを捨てる」発言は、当然部下たちにもそのような働きを強いるものだから(現実に高市はそのようなことも言っていた)、まさしく「新自由主義者宣言」そのものだといえる。

 それは単に「昭和根性主義」にとどまらない。星一徹とその息子が何やら「邪悪の星」を目指すことだったら「昭和根性主義」の範疇にとどまるだろう。高市神戸大学を出たあとテレビに出演し始めた頃であれば「昭和根性主義」の人だと評することもできた。しかし、第一党の党首が今それを言ったら「新自由主義者宣言」になるのである。

 高市早苗小泉進次郎のどちらがより悪質な新自由主義者かといえば、いい勝負だと私は思う。少なくとも小泉を「新自由主義者」として論難するのであれば、同じ基準に当てはめて同じ強度で高市をも論難しなければならない。

*1:最近流行のこの言い回しはあまり好まないので括弧付きにした。