読書ブログにサッチャーの記事を書いたかどうか記憶になかったのでブログ内検索をかけたら書いていなかった。今年はマーガレット・サッチャーを尊敬だか崇拝だかしているとか自称しているくせになぜか「日本版MMT」(本家MMTから少なくともインフレ時に増税を行う部分を割愛したトンデモ経済似非理論)にかぶれているらしい「偽サッチャー」高市早苗が総理大臣になった。もちろん私は本物のサッチャーをも強く批判する立場だが、下記の中公新書を買って読んだのだった。読書記録を見ると11月3日に読み始めて同9日に読了していた。
読書ブログに取り上げなかったのは、本にかかっている帯に書かれていた「新自由主義とは何だったのか」という惹句とは裏腹に、サッチャーの経済政策への言及がさほど多くなく、その点が不満だったからだ。とはいえある程度は書かれているし、サッチャーが課税の直間比率における間接税の比重を高めて直接税の減税を行なったことや、任期中の早い段階から逆進性の強さにおいて最悪の税制といえる人頭税を導入しようとしていたことは書かれている。私は昔読んだ財政学者の神野直彦の著作で、人頭税でサッチャーは退陣に追い込まれたと書かれていたのを読んだ記憶があるが、上記池本大輔の本ではそこまでサッチャー退陣における人頭税の要因に重きを置いた記述ではなかった。
しかしサッチャーが直間比率における間接税の比重を高めたことには留意したい。1989年に日本が消費税を導入した頃には日本でも主に保守層から直間比率の是正が叫ばれ、所得税の累進制が緩和され、法人税の税率が引き下げられていった。下記に財務省のサイトへのリンクを示す。
- https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/b02.htm#a02
- https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/082.pdf
これらは格差拡大を強める方向の政策だったから1989年の参院選での自民党の大敗を招いた。この当時であれば「所得税や法人税の減税を穴埋めする形での消費税の創設」に対する批判には大いに理があったといえる。
前の記事に続いてレバ子さんの、今度は「はてなブログ」からの引用になるが、下記記事に1989年参院選への言及がある。
1989年参院選において有名なのは日本社会党、土井たか子委員長の「山が動いた」という名言ですが、この当時の大いなる争点となったのは、やはり消費税であり政治改革や政治とカネの問題は2番手、3番手であり個人的に消費税の是非を巡って争われた国政選挙はこれが最初で最後だと思います。消費税廃止は物品税の復活であり、そうしたものは最早非効率極まりないです。安定した財源を確保できる消費税は社会保障や福祉の大切な財源であり、一部リベラル派と呼ばれている人も減税を言い出しますが仮に財源に穴が空いたら公債で補填でしょうか?こうした意見はもはや89年で終わっているものだと考えます。
URL: https://laborkounion.hatenablog.jp/entry/2025/12/30/160613
「消費税の廃止」を唱える山本元号新選組系の人たちの中でも、たとえば佐藤周一さんは「物品税の復活」を実際に唱えているが、新選組の執行部や支持層においてそのような論者がどのくらいの比率を占めるかはわからない。
かつての物品税は課税対象の品目を定めていたが、レコードやCDもその対象だった。物品税が廃止されて消費税になった時にCDにかかる間接税の税率が6%強から3%に下がったのでCDは値下がりした。当時は円高基調だったこともあって輸入盤は国内版より安かったので、秋葉原のレコードセンター4階のクラシック輸入盤売場にはよくお世話になった。今は円安がどんどん進んでいるので国内盤も輸入盤も高い。もう渋谷のタワレコに行く機会も減るだろう。しかし7階とエスカレーターが繋がっておらずに狭くなった上孤立した8階のクラシック売場にはかつての輸入盤の売れ残りがあってまだ安く買える全集などが残ってはいる。なおかつてクラシックが陣取っていた7階にはロックが上がってきて、この分野にも高齢化の波が押し寄せてきていることがわかる。一足早くクラシックと同じ7階に追いやられていたジャズはまだ7階に粘っているから両者の中間のジャンルであることがわかる。そういえばジャズは早い時期からドビュッシーなどが取り入れていたのだった。
無駄話が長くなったが、この例のように、贅沢品の品目も時代によって変わる。かつては1枚2800円もしたLPレコードは贅沢品だった*1。そんなこともあるから物品税は「もはや非効率極まりない」とのレバ子さんの意見に私は傾く。
「そんなことよりも」重要なのは、社会保障や福祉には「安定した財源」であること「も」求められるということだ。そう考えない限り、北欧の社民主義国家で間接税の比率が「中福祉」やことに「低福祉」の国家よりも高い理由が説明できない。
直接税の持つビルトインスタビライザーの機能も必要であり、というよりそれは十分な効果を持つほど十分な割合を直間比率に占めなければならないが、投資家が必ず意識しなければならないポートフォリオと同じで税にも安定的な税収の税目が必要であり、それが消費税などの間接税だということだ。
それに1989年と現在とでは日本社会の構成が大きく異なる。89年には「団塊の世代」が働き盛りだった。団塊の世代とは1947年から1949年に生まれた世代を指すから、今年(2025年)元旦に現在健在の団塊の世代の全員が「後期高齢者」の範疇に入った。社会保障や福祉の財源が安定している必要性が36年前と比較するとはるかに増大している。
問題は、あまり間接税の比率を高め過ぎると税の再分配機能が損なわれることだ。
現在読んでいるピケティの本でもきっちり指摘されているが、間接税だけの税制だと格差は広がるばかりだ。それに国の存亡をかけて戦争を本気で行うつもりなら、持てるものに多く負担してもらわざるを得なくなる。日本でも戦争中の「総力戦体制」はそういうものだった。
しかし今の日本のネトウヨにはそんな認識は全然ないから、いつだったかこのブログで批判した「蓼丸ガネメ」が呑気に下記Xをポストし、それを右翼労組系の民主・民進支持層の人間とおぼしき「駅前は朝の七時」が肯定的に紹介したりする。
下記のやりとりは本当に醜悪そのものだった。
高市礼賛のヤフコメもさすがに増税に戸惑ってる様子が見て取れる あ、個人的には支持率高いうちにやるのが高支持率政権の義務だと思ってますhttps://t.co/X6gAKeF9iJ
— 駅前は朝の七時 (@ystak13am7) 2025年12月4日
増税は「支持率高いうちにやって欲しいことリスト」ではあるのだけれど、所得税や法人税は「働いてる現役世代から取る税」なので、引退世代や外国人旅行者からも取る消費税が本丸じゃないの?とは思う。 https://t.co/aGGXkzuRYF
— 蓼丸ガネメ (@jeosg7393) 2025年12月4日
安倍政権のレガシーであるところの消費増税を高市政権も目指すべし せっかく支持率あるのだから https://t.co/dPgrQbZLHc
— 駅前は朝の七時 (@ystak13am7) 2025年12月5日
以上述べたように、現在の私は消費税容認論者である。しかしそれには前提があって、税がトータルとして十分な「富の再分配」の機能を持っていることが必要だ。しかるに右翼の「駅前は朝の七時」はそれには無頓着で、新自由主義極右とおぼしき「蓼丸ガネメ」に至っては「防衛増税」に対しても、つまりもし戦争になっても俺たちの取り分を税金で持って行くなよ、と身勝手なXをポストしやがった。戦争をその程度にしか考えていない。
2009年の政権交代前に飯田泰之が雨宮処凛と出した共著には、財務官僚が「所得税の累進性緩和をやり過ぎた」と後悔していると書かれていた。直接税の累進性の再強化はやはり必要だ。
それとともに、租税特別措置で縮小あるいは廃止できるものはその方向で見直して課税ベース(課税範囲)を拡大することも必要だ。
それらを実行した上で、必要と判断するなら消費税の税率引き上げを議論せよ、というのが民主党政権時代の財政学者たち、具体名を挙げれば前記の神野直彦や神野に近いとされる金子勝らの主張だったと私は認識している。
それが正しかったのではないか。
のちに「日本版MMT」の論者たちから「神野・金子」は目の敵にされた。MMTを日本に紹介したのに尽力したのは藤井聡や三橋貴明らの右派であり、彼らが意図してかどうかは知らないが、日本版MMTでは本家MMTの「インフレには増税で対処する」部分が脱落して、いつしか「減税真理教」と融合してしまった。それに少なからぬ左派やリベラルがなびいてしまった。
それに少なからず手を貸したのが山本元号新選組だった。この政党はそもそも政党名が現在の元号の平仮名表記と幕末の佐幕派のテロリスト集団の名前を繋ぎ合わせたもので、自分たちが何をやりたいかが党名に明確に反映されていない。だから私はこの政党が「鵺的性格」を持っていると断定する。
そんな政党だから、右派ポピュリズムの革命政党である参政党がブレイクして党勢を大きく伸ばした今年の都議選や参院選で票を食われて議席を獲得できなかったり(都議選)、伸び悩んだり(参院選*2)したのだ。極めつきは11月の葛飾区議選であり、新選組は定数40のこの区議選で1議席も獲得できなかった。
そういえば参院選では、改選の対象となった2019年参院選で新選組が「当事者主義」の理念を込めて2つも使った特別枠を1つに減らした上、その特別枠を「新9条論者」にして大の親露派人士である伊勢崎賢治のために使った。これでは新選組をポジティブに評価するわけにはいかない。
記事を書き始めた時には意識していなかったが、書き上げる直前になってようやく気づいたのは、この記事が宮武嶺さんが公開された下記記事で発された問いの一部分に対する回答になっていることだ。
本記事は、上記宮武さんのブログ記事に書かれた
という部分の回答になっている。
だが本記事は宮武さんの問いのごく一部に対する回答でしかない。
それはこのあとしばらく他のことに時間を使ったあとに書きます。絶対に年をまたぎたくないので今日中に。
本当はその本論の方がこの記事よりもはるかに書きやすいのだが。この記事には日本の税制に関する現在の弊ブログの基本的なスタンスについて書いたが、それについてきちんと書いた記事がないなあとこのところずっと思っていて、その懸案をやっと大晦日に片付ける意味で書き始めたのだった。