フジサンケイグループの扶桑社が出している『週刊SPA!』系のサイト『日刊SPA!』に「ファイナルアンサー」ともいえるコラムが載ったようだ。
「いちばんの権力者が、いちばん卑怯だった」高市陣営の“中傷動画”疑惑…ひねりも工夫もない“無味乾燥な煽り”が映し出したもの https://t.co/3llS13PHgp #SPA!
— 週刊SPA!・日刊SPA! (@weekly_SPA) 2026年6月9日
以下引用する。
「いちばんの権力者が、いちばん卑怯だった」高市陣営の“中傷動画”疑惑…ひねりも工夫もない“無味乾燥な煽り”が映し出したもの
高市陣営に「中傷動画」疑惑
高市早苗首相の陣営が中傷動画の配信に関わっていたとの疑惑を、週刊文春が報じました。総裁選や衆院選で対立候補を「カンペで炎上!」「無能で炎上!」などと煽るコメントが視聴者を装って投稿されていたというのです。連日国会でも取り上げられ、政権を揺るがす事態に発展しています。
しかし、これを単なる一過性の政治スキャンダルとして片付けるべきではありません。ここには、現代日本の政治風土、インターネットという言論空間の変質、そして私たちの精神のあり方に至るまで、極めて深刻な問題が凝縮されているからです。
問題が映し出す「政治に対する絶望感」
今回の騒動を伝えるニュースを見て、多くの人が抱いた感覚は、「驚き」ではなかったはずです。「やっぱりそうか」あるいは「ああ、高市早苗ならあり得るな」──むしろ、最初から分かっていたことの答え合わせを確認できたときの静けさです。
新しい事実が暴かれたというより、薄々感じていたことにお墨付きが与えられた、そんな感覚で報道を受け取った人が少なくないように感じます。
だからこそ、この問題は政治に対するより根深い絶望感を映し出しているのです。
最も権力を持つ側が“匿名で”中傷する卑怯さ
今回の件で改めて考えさせられたのは、匿名というものの意味です。相手を批判すること自体は悪ではありません。時には厳しい言葉を使うことも必要でしょう。政治家や著名人に対する批判は民主主義社会において重要な役割を果たします。
問題は、その批判を誰が行ったのか分からない状態で発信することです。
名前も顔も隠し、責任を負わない形で他人を攻撃する。もし今回の疑惑が事実であるならば、それは単なる中傷の問題ではありません。署名のない原稿で人を罵るような行為を、社会で最も強い権力を持ち、時には強制的に法執行を行える側が利用していた可能性があるということになります。
つまり、一番強い者が一番卑怯だった、という話なのです。
民主主義において権力者には説明責任が求められます。ところが匿名性は、その責任を消し去る力を持っています。もし最高権力者クラスの政治家が匿名アカウントの運営や世論誘導に関わっていたとすれば、それはモラルハザードの極地と言わざるを得ません。
事実であれば、民主主義を根っこで支えていた信頼は無惨に消え去ってしまったのです。
騒動が浮き彫りにしたネットの危険性
さらに、この問題はインターネットそのものへの見方にも影響を与えています。これまでネットは「自由にものが言える空間」だと考えられてきました。匿名だからこそ発言できることがあり、既存メディアでは拾われない声が可視化される。その価値は確かに存在します。
しかし、その裏側には別の現実もあります。匿名であるということは、金と権力を持つ者が素性を隠したまま世論を操作できるということでもあるからです。誰が発信しているのか分からない。背後関係も見えない。その情報が本当に個人の意見なのか、組織的な活動なのかも判断できない。今回の騒動は、そうした危険性を改めて浮き彫りにしました。
近年はネット選挙の拡大を求める声もあります。しかし、匿名性を利用した世論操作の可能性がこれほど現実味を帯びている状況で、私たちは本当にその方向へ進んでよいのでしょうか。
ひねりも工夫もない“無味乾燥”なフレーズの意味
そして何より象徴的なのは、今回問題視されたアカウントから発信されていた言葉の貧しさです。「カンペで炎上」「無能で炎上」といった、ひねりも工夫もない短いフレーズ。そこには思想も論理も創造性もありません。ただ相手を貶めるためだけの言葉が、気持ちのこもっていない念仏のように並んでいます。人間が書いたのか、AIが生成したのかすら判別が難しいほど乾いたテキストです。
しかし、それは単なる表現の問題ではありません。
政治への信頼を失い、議論よりも嘲笑を選び、思考よりも反射的な怒りを共有する社会。その精神的な荒廃が、あの無味乾燥な文章群には映し出されていたように思えるのです。
文/石黒隆之
私はこの石黒隆之という論者を全く知らない。ネット検索をかけたところ、何やらいかがわしさもある論者ではないかとの心証も持った。コラムが掲載されたサイトもフジサンケイ系だ。
にもかかわらず、「最も権力を持つ側が“匿名で”中傷する卑怯さ」、「一番強い者が一番卑怯だった」という言葉は、誹謗中傷動画問題の核心を突いている。「ああ、これがFA(ファイナルアンサー)だな」と私は思った。
未確認情報だが、NHKの報道が急に変わった、とのXに接した。
NHKも高市さんの疑惑を報じ始めたから、時間の問題かもしれないね。
— 樺島万里子 Mariko Kabashima@海外ニュース翻訳情報局 (@KNHjyohokyoku) 2026年6月9日
それにしてもNHKは不思議だ。
報じる時は一斉に報じるのに、
報じない時は驚くほど報じない。
誰の顔色を見てスイッチを入れたり切ったりしているのか、
外から見ていると時々分からなくなる。
私はNHKを見る習慣がないから(以前は見ていたが、2回目の安倍政権の頃から見なくなった)、 NHKの報道が本当に変わったかどうかはわからない。少し前にはNHKニュースは下記の惨状とのことだった。
え?ウソだろーーー!
— 但馬問屋 (@wanpakuten) 2026年6月8日
マジでヤバい。NHKニュース7、高市首相の言い訳「だけ」を垂れ流し‼️
両論併記もなく、高市首相の「一切やってない」「面識ない」の主張だけで終わった!!
NHK、おまえは高市の道具かよ!
本気で受信料返せ‼️😡 pic.twitter.com/cnog7NwlFW
私もびっくりしました💢共同通信が松井氏の告発を報じてるのにNHKがそれをスルーして高市の一方的な言い分のみを報じるとは…NHKとは何のために存在してるのか
— Rose garden #no war (@cutie_madeline) 2026年6月8日
そういえば高市政権が発足した頃には大々的に高市擁護に乗っかっていた感があった大濱崎卓真が、最近はずいぶん高市に批判的になっている。下記は大濱崎が委託している世論調査会社による高市内閣支持率に関する記事からの引用(冒頭部分のみ)。
高市首相「中傷動画」疑惑 究明の先送りは誰の利益にもならない
本記事では、世論調査会社グリーン・シップの「世論レーダー」が全国規模で毎日実施している調査データの提供を受け、内閣支持率や政党支持率の週次分析をお届けします。
【調査概要】
調査機関:グリーン・シップ(世論レーダー)
調査期間:2026年6月1日~2026年6月7日
調査手法:携帯電話調査(RDD方式)
サンプル数:N=2,971(有権者ウェイトバック集計)
内閣支持率は52.5%、2週連続の下落で発足以来最低
高市内閣の支持率は52.5%となり、前週の55.0%から2.5pt低下しました。不支持率は39.3%で前週比2.2pt上昇し、4割に迫っています。直近4週間の推移(57.8%→59.0%→55.0%→52.5%)を見ると、2週間で6.5ptを失う急落で、政権発足以来の最低を更新しました。支持と不支持の差は13.2ptまで縮まり、不支持率が40%目前に達したのは、昨年10月の政権発足後で初めてです。
支持率を押し下げた最大の要因とみられるのが、高市首相の陣営をめぐる「中傷動画問題」です。週刊文春は、2月の衆院選や昨年の総裁選の期間中に、高市首相陣営が対立候補や野党を中傷する動画の作成・拡散に関わったとする報道を続けており、調査期間中の6月3日には、首相の公設秘書と動画作成者とされる人物のオンライン会議の音声が公開されました。6月4日の衆院予算委員会で野党側が音声の確認を求めたのに対し、高市首相は「有料会員になることは拒否する」などと述べ、音声が本物かどうかについても「断言することは難しい」として、解明に消極的な姿勢を示しました。
こうした説明姿勢が、政権の「丁寧さ」や「誠実さ」への疑問につながった可能性があります。ホルムズ海峡危機をめぐる外交環境が改善方向にあり、6月5日には総額3兆1135億円の補正予算が成立してガソリンや電気・ガス料金への支援継続が決まったにもかかわらず支持率が下げ止まらなかったことは、政策面の実績だけでは説明責任への不信を補えなかったことを示唆しています。なお、補正予算の審議では、高市首相がガソリン補助について「単価も含めて在り方を柔軟に検討する」と述べ、170円程度に抑えてきた価格水準の見直しを示唆しており、家計への影響を懸念する声もくすぶっています。(後略)
URL: https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/17917c16eac6448a0a7f061e1133f90cd8027ff8
このように、高市内閣発足直後や2月の衆院選の直後と比較すると、世論の様相はかなり変わった。高市内閣支持率はまだそれなりに高いけれども、確実な「下げ基調」にある。これが今後NHKが本格的に、これまで気持ち悪いくらいに続けていた無理やりの高市擁護の姿勢を止めたりしたら、ようやく雪崩式に高市内閣支持率が下がり始めるかもしれない。
もっとも弊ブログはずっと前から、高市内閣は支持率が高い状態のまま終わる「細川護煕内閣のパターン」を再現する、高市内閣の「長期政権化」はあり得ないとずっと書いてきた。
下記東大・牧原出教授のXが興味深かったが、ネットスラングが多用されていてわかりにくかったので、Geminiに聞いてみた。以下に示す。
よくバブル世代とか、関西のオバサンとかでまとめられていますが、まさに隠キャオタク的でもある。だから若い世代にも届いた面があります。ボカロの世界観とどこかで通底している。本人はヴァン・ヘイレンのJumpだとか言っているのですが。案外「さむしい人」なのですよ。 https://t.co/c3QjY7W5Gh
— MakiharalaboProjects (@MakiharalaboPrj) 2026年6月8日
下記は私の質問。
「隠キャオタク」とはどういう意味ですか。
下記はGeminiの回答。
「隠キャオタク(いんきゃおたく)」とは、「陰キャ(いんきゃ)」と「オタク」という2つの言葉が組み合わさった俗語(ネットスラング)です。
それぞれの意味を合わせると、主に「内向的で目立たない性格(あるいは社交性がやや低い気質)を持ちながら、特定の分野や趣味に強い情熱を注いでいる人」を指します。
言葉の要素を分解すると以下のようになります。
1. 言葉の分解
陰キャ(いんきゃ): 「陰気なキャラクター」の略。クラスや職場などで目立つグループ(陽キャ)とは対照的に、大人しく、内向的で、自己主張や大人数でのコミュニケーションが苦手なタイプを指します。
オタク: アニメ、漫画、ゲーム、アイドル、あるいは特定の技術や専門知識など、自分の好きな領域に深く没頭している人を指します。
2. 「隠キャオタク」の主な特徴やニュアンス
現代のネット文化やSNS(Xなど)において、この言葉は単なる悪口としてだけでなく、自虐(セルフディレクション)や、ある種の人格・行動パターンを分析する際の言葉としてよく使われます。
コミュニケーションの傾向: 普段はサバサバしていたり、大人しかったりしますが、自分の関心のある領域(地雷やこだわり)に触れると、心の中で強いこだわりを持っていたり、特定のコミュニティでのみ饒舌になったりします。
精神性(メンタリティ): 表面的には社会に馴染んでいるように見えても、本質的には「孤独感(さむしさを抱えている)」、周囲との壁、あるいは自分の世界を邪魔されたくないという強い防衛本能(時に人間関係をリセットしたくなるような極端な傾向など)を持っていると分析されることがあります。
若い世代やネット文化との親和性: ボカロ(ボーカロイド)の世界観や、ネットの匿名掲示板・SNSのノリと親和性が高く、独自の鋭い感性や世界観を持っている人も少なくありません。
近年では、一見すると派手で社交的に見える人(バブル世代的なノリや、関西の元気なおばちゃん的なキャラクターなど)であっても、その根底にある精神性や孤独感、こだわり方が「隠キャオタク的である」と例えられることもあります。
想像した通り、「隠」は「陰」の書き換えだった。
高市を「隠(陰)キャ」とみる牧原教授の分析には説得力がある。高市政権発足直後、メディアは高市を「笑顔が多い」「とにかく明るい」と評して持ち上げたが、あの高市のどこが「明るい」のかと私は呆れた。高市の「暗い」印象でもっとも強烈だったのは、2002年8月のテレビ朝日『サンデープロジェクト』で最初得々と極右発言の数々を上機嫌で炸裂させていた高市が田原総一朗の逆鱗に触れ「あなたみたいな無知で下品な人が」と罵倒された時に、めそめそと弱々しく泣き始めたことだった。本当に極右的な信念を持って持論を述べている人だったら、論敵の司会者にそれを咎め立てられたら激怒して司会者に食ってかかるのではなかろうか。それなのに、高市はなんであんな反応を示すんだろうか、あれで政治家が務まるのだろうかと驚き呆れた。だから翌2003年の衆院選奈良1区で高市が比例復活もできずに落選した時には、やはり地元の有権者はしっかり見ているんだなあと感心した。その高市が、まさか二十数年後に絶大な人気を誇る「初の女性総理」になろうとは想像もつかなかった。2003年の私にそれを教えてやったら、あるいは世をはかなんで自殺したかもしれない。いや、私は死にたいと思ったことなど一度もないのだが(死にかかった経験ならある)。
Geminiとの問答を続ける。
「さむしい人」とはどういう意味ですか。
下記はGeminiの回答。
「さむしい人」という表現は、単なる「寂しい(さびしい)人」という意味を超えて、特定の文脈やネット上の議論においては「表面上はサバサバしていたり活発に見えるものの、その根底に特有の孤独感や、他者と交わりきれない精神的な『寒さ(さむしさ)』を抱えている人」というニュアンスで使われることがあります。
言葉の意味や、使われる背景をいくつか分解して解説します。
1. 「さびしい」と「さむしい」の違い
日本語のニュアンスとして、以下のような違いが指摘されることがあります。
さびしい(寂しい): 状況や環境(周りに人がいない、恋人がいないなど)によって生まれる客観的・一般的な孤独感。
さむしい(寒しい・寂しい): 単に人がいないというより、「心が冷え冷えとしている」「どこか満たされない精神的な寒気を感じている」という、より内面的で根深い孤独感。
2. 近年のネット文脈における「さむしい人」のニュアンス
SNS(特にXなど)の政治・社会批評や文化論において、特定の人物像を分析する際にこの言葉が使われることがあります。
「隠キャオタク的」な精神性との結びつき:
一見すると、バブル世代のような派手さがあったり、関西のおばちゃんのように元気でサバサバしているように見える人でも、実はその奥に「誰にも理解されない」「本質的に孤立している」という隠キャオタク的な孤独(さむしさ)を抱えているケースを指します。
若い世代(ボカロ文化など)との共鳴:
ボカロ(ボーカロイド)の楽曲によく見られる「ネット特有の閉塞感」「冷めた視点」「内省的な孤独」といった世界観と、この「さむしい人」の精神性はどこかで通底していると分析されることがあります。だからこそ、世代が離れていても、若い世代にそのキャラクターや言葉が刺さることがあります。
3. 行動に見られる特徴
こういった「さむしい人」と評されるタイプには、以下のような特徴が見られることがあります。
サバサバした表の顔: 普段はあっけらかんとしていたり、人間関係を割り切っているように見える。
リセット癖: めんどくさくなったり、自分の世界が脅かされそうになると、人間関係や手をつけている業務をほっぽり出して心機一転しようとする(極端な自己防衛)。
案外「さむしい」: 周囲からはタフで強い人だと思われがちですが、本質的にはどこか冷えた孤独を抱えているため、その「ギャップ」や「影(陰画)」が魅力や独特の高支持率に繋がることがあります。
まとめ
単に「友達がいなくて寂しい」という話ではなく、**「表向きの賑やかさやサバサバ感の裏に、冷徹な孤独やリセット癖のような脆さを隠し持っている人」**を、やや文学的・批評的に表現した言葉と言えます。
そうだな。高市という人物には「リセット癖」があるというのは、牧原教授の直接の言葉ではなく牧原氏が引用したXに書かれていたが、言い得て妙だ。
そもそも牧原教授が言う「サバサバ」というのは、普通は敗者の態度について使われる言葉だ。負けた時に「リセット癖」がある人間はどういう行動に出るか。
ずばり政権の投げ出しではないだろうか。1994年に細川護煕がやったような。
なお、このところ急激に高市内閣に「終わりの気配」が感じられるようになったのは、文春がzoomの動画をはじめとするさまざまな「証拠」を握っているとの観測が主流になったためではないかと推測される。
高市は元来が人を信用しない人間だから、人に信頼されない。だから次々と人が離反していき、悪事をやった時にそうした離反した人たちがいとも簡単に高市を売る。
いってみれば、高市が自ら証拠をばら撒いたも同然だったということだろう。