kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

憲法論議も大事だが、もっと大事な問題から目をそらさせようという権力のたくらみに気をつけよう

今、元朝日新聞記者の故石川真澄氏晩年の文章を集めた「戦争体験は無力なのか」(岩波書店、2005年)を読んでいる。石川氏は、私の好きな新聞記者だった。

読んでいるのはまだ初めの方だが、「世界」2000年9月号初出の『「バイパス政治」の果てに』を読んで、ハッとした。

以下抜粋して紹介する。

 (前略)田中(秀征)氏は、93年に成立した細川護熙内閣以来の7年間は「不毛の時代」であったと断言した。そして、「なぜ不毛の時代に終わったかというと、この国が直面する困難な問題を避け、政治がバイパスを通ってきたと思うからです」と述べた。
 バイパスとは何か。「第一のバイパスは政治改革に名を借りた選挙制度改革」であったと田中氏はいう。
 バブル後の谷間の時期であった93年秋、細川内閣は「経済改革研究会」(座長、平岩外四経団連会長)をつくり、首相特別補佐官だった田中氏もメンバーに入った。しかし、当時の新聞を読み返してみると、この研究会は官僚のOBに引き回されて、「景気回復」と「規制緩和」を話し合っただけだった。田中氏はその時期を振り返ってこう言う。
 「今になって思うのは、‥‥あのときにこうしておけば、こんなに困ることもなかったろうにということがいっぱいあることです。ではその時、政治は何をしていたかというと、政治改革で大騒ぎをして、これをやればすべては良くなると言って第一のバイパスを通っていたのです」(田中氏発言の引用は、メディア総研『放送レポート』2000年5月号のシンポジウム記録による。以下も同じ)
 要は、政治が最も重要なこと(筆者注:不良債権問題)を放っておいて、選挙制度などに血道をあげていた。しかもその「改革」はろくな結果を生まなかった、という話である。政治の罪は、「改革」の失敗もさることながら、それ以前に、そのとき考え行うべき主題の設定を大きく間違ったことにある。

(中略)

 田中氏によれば、「政治改革」という第一のバイパスに続いて、第二のバイパスはその後の「政党の離合集散」であった。その間に「社会経済はますます深刻なものになって」いった。さらに、今の政治は「第三のバイパス」にさしかかっている。それは「憲法論議」であるという。
 憲法といえば、最重要問題に見える。「改憲勢力だけでなく、護憲勢力も『それなら俺もひとことある』と言って立ち上がりますから、双方が生き返るのです」。その結果、「冷戦後の日本の進路を決めていくいちばん大事な議論がすっ飛んでしま」うことになる。
 「政治改革」も「改憲」も、力を持っているほうから仕掛けられた戦いである。こちらは防戦につとめるだけである。それでも、その防戦自体がもっと大事な問題から目をそらさせることに力を貸すだけとなる。残念なことに、こちらには主体的に主題を設定する政治的・社会的な力がない。また乗せられるほかないのだろうか。

石川真澄著・国正武重編「戦争体験は無力なのか」より)

7年前の文章とは思えないくらい、今現在の状況をぴったり記述している文章だ。民主党は政権側が仕掛けてくる改憲論から決して逃げてはならないが、最大の争点である社会経済の問題からいつまでも脱線し続けてはならないと思う。

[参考記事]
「カナダde日本語」:『経済よりも憲法変えて戦争企てるあほ晋三』