kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

大相撲初場所で幕尻、しかも直近3場所は十両の徳勝龍が優勝。ってことはヤクルト優勝か?

 大相撲は子ども時代から30歳前後の頃まではよく見ていたが、前世紀末にひそかに応援していた大阪出身の悪役(ヒール)の力士だった剣晃が病死して以来すっかり見なくなっていた。

 だがたまにある平幕優勝は印象に残る。2012年夏場所で優勝した旭天鵬のインタビューをNHKサンデースポーツで見て好感を持ったが、その年両国のモンゴル料理店でネットのオフ会の忘年会をやった時に店に旭天鵬がいたのを目撃したことがある。

 今回の初場所もテレビでは全然見ていないが、昨日床屋で散髪を終えるタイミングで大関貴景勝が負けて優勝の可能性が消えた取り組みが床屋のテレビに映っていた。それで平幕の2人の力士のどちらかが優勝することが決まったが、今日の千秋楽では幕尻の徳勝龍が優勝が消えて気落ちした貴景勝を破って優勝を決めた。徳勝龍という醜名が朝青龍に似ているのでどうせモンゴル出身力士だろうと思ってたら、なんと奈良県出身で33歳、しかも直近3場所は十両にいたという力士ではないか。これには驚いた。しかも、母親が東京駅で縁起が良いという黄色い新幹線を見たというエピソードなんかもあるという。

 

www.asahi.com

 

 「幸せの黄色い新幹線」ってとこか。

 それにしても、平幕と十両を行ったり来たりの力士がいきなり幕尻で優勝とは、まるでトランプ(米大統領ではない)の「大貧民」で起きる「革命」ではないか。

 今年はもしかしたらプロ野球セ・リーグでもヤクルトが優勝するかもしれないと思ってしまった。

 もっとも、「徳勝龍」の優勝だから中日だとか、黄色い新幹線を見たら優勝したんだから、東京五輪の年でもあるし阪神*1とか言う人もいるだろう。徳勝龍とは関係ないが、ホークスが読売を4タテした翌年だから「横浜優勝」だと言う人もいるかもしれない*2。以上、シーズンオフの馬鹿話。

*1:前回の東京五輪が行われた1964年は阪神タイガースセ・リーグを制した(日本シリーズでは南海ホークスに敗れた)。

*2:昨年、ホークスが読売を4タテしたのは60年前の1959年と同じ、つまり干支が完全に同じという因縁の年なのだった(ホークスは日本シリーズで読売と計11回対戦したが、勝ったのはこの2回だけ)。ということは、前回は翌年が大洋ホエールズの日本一だったから、今年はベイスターズが日本一になるのではないかという予感を、実は私は持っている。読売監督の原辰徳も、今年はDeNAを大いに警戒しているらしい。

「政権与党の『自民党』以外に知っている政党名」に「自由民主党」を挙げた高校生が7%いた

 毎日新聞がこんな記事を報じていたらしい。はじめに断っておくが、毎日新聞社による調査の結果ではない。

 

 

 リンクされた毎日新聞社のツイートは下記。

 

 

 リンクされた毎日新聞記事にある通り、埼玉大学の社会調査研究センターによる調査結果だ。

 問いは、政権与党の自民党以外に知っている政党の名前を答えさせたものだが、公明党を挙げた高校生が最多で38%、次いでN国党の31%、立憲民主党の28%などと続いた。パーセンテージの一覧は三春充希氏のツイートに示されている。

 

 

 もう存在しない「民主党」が21.9%、同じく消滅した「みんなの党」が5.7%ある。また「自民党以外」と言われているのに「自由民主党」という回答が7.4%もあったが、おそらく自民党自由民主党の略称であることを知らないと思われる。

 最初に紹介したツイートはおそらくアンチ国民民主党(民民)の立民支持者が発したものと思われるが、維新が「民主党」に負けていたり、山本元号党(正式の政党名はこの日記のNGワードを含んでいるので書かない)が「自由民主党」に負けていたりすることも目を引く。

 まあいえるのは、高校生はあまり政治に関心がないんだなあということだが、そんな高校生にもN国党の名前が浸透しているのは驚きだ。

 ところで、この記事では自民党の正式名称である「自由民主党」について書きたい。

 私がテレビでNHKニュースを全く見なくなって久しいが、子どもの頃気に入らなかったのは、NHKがいつも「自由民主党は…」と自民党の正式名称を(多分最初だけ)アナウンスすることだった。民放のニュースは最初から「自民党は」で始めるのに、NHK自民党をひいきしているのではないか、あんなの全然自由でも民主的でもない政党ではないか。子ども心にそう思っていたのだった。

 この日記で時々リンクを張って記事を引用するNHKニュースで「自由民主党」という文字列を見かけた記憶はあまりないから、NHKがニュースで(たぶん)最初(だけ)は「自由民主党」と言う習慣はもう止めたんだろうな、昔の新聞記事が北朝鮮に言及する時に最初だけ「朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)」と書いていたのをある時期を境に止めたのと同じなんだろうなと想像した。もっとも今でもやっているのかもしれないが、少なくともテレビではNHKニュースを全く見なくなっているのでわからない。

安倍晋三、昨年の参院選で河井案里陣営に「官房機密費」から1億5千万円を提供か

 河井克行・案里夫妻の件、まだ「週刊文春」の立ち読みもしていないが、昨年の参院選安倍晋三河井案里に提供した選挙資金、何でもそれは官房機密費から出ている疑惑が濃厚なのだというが、それは1億5千万円もの巨額にのぼり、選挙戦時点で現職だった宏池会岸田文雄の派閥)の溝手顕正が受け取った通常の自民党の選挙資金である1500万円の実に10倍だったという。

 何か、かつての田中角栄を思い出させるすさまじい金権選挙だとしか思えない。田中角栄の時代にも、参院選徳島選挙区で田中派後藤田正晴(1914-2005)と三木武夫派の候補との間で、角栄が後藤田に巨額の資金を提供した悪名高い金権選挙があったよなあと思い出して調べてみると、それは1974年の参院選で「阿波戦争」と呼ばれた一件だった。ここではWikipediaにリンクを張るにとどめる。

 

 

 この参院選で、後藤田陣営及び三木派の久次米健太郎(1908-1980)陣営の双方から相当の選挙違反者が出たという。後藤田にはこんな後ろ暗い経歴があったのだ。

 その後、晩年にはハト派の代名詞のようにいわれた後藤田正晴だが、70年代当時は警察官僚としてタカ派のイメージが強かった上、「阿波戦争」に代表される金権・角栄の手先との印象が強かった。当時の印象を強く残す私としては、後藤田を聖人君子視する風潮にはずっと疑問を持っていたのだった。

 もっとも、1974年の参院選田中角栄がばらまいた金は何も後藤田正晴に限らず、自民党候補全体に及んでいた。それはそれで大問題で、1974年参院選では他にも糸山英太郎という悪の巨魁を排出*1したりもしているが、安倍晋三の場合はそれに極端な「傾斜配分」の要素が加わっている。簡単にいえば、角栄自民党の党益を第一に考え、それはそれでろくでもないのだが、安倍晋三の場合は自らに忠誠を誓う者の利益を極端に優先するに考える習性がある。河井案里陣営の選挙資金の件などその典型例といえる。

 そもそも、安倍が河井夫妻に入れ込んだ理由の一つは、宏池会溝手顕正が何かにつけて安倍を批判する「うざい奴」だったから溝手の「粛清」に血道を挙げたものだろう*2

 安倍というのはそういう奴なのだ。反面、自らにすり寄る者に対しては極端に「情が厚く」、その人間が罪を犯していようが山口敬之のように逮捕を差し止めまでする。角栄と比べると、安倍晋三はずっと矮小なのだ。「崩壊の時代」の最高権力者の程度をよく表している。

 ただ、「阿波戦争」のあった1974年参院選の数か月後、角栄は月刊「文藝春秋」立花隆と故児玉隆也)に人脈金脈問題を書き立てられて退陣に追い込まれた。安倍もこのところ「文春砲」*3とやらに狙われているようだし、早いとこ退陣してもらいたいものだ。

*1:「輩出」ではない。これは意図的な「誤記」。

*2:もちろん表向きは「広島選挙区で自民党の2議席独占を狙う」という名目だっただろうが、2議席独占できなかった場合には溝手を蹴落とすというたくらみは当然していたはずだ。

*3:あんまり「文春砲」のことなど書きたくないのだが、どんな経緯であっても安倍を辞めさせたいという気分が日に日に強まっている。

河井克行・案里夫妻の違法の倍額報酬が「河井ルール」と呼ばれていた(呆)

 昨夜(1/22)のテレビのニュースを賑わせていたのは「河井ルール」なる言葉だった。どうやら「週刊文春」や河井克行・案里夫妻の地元紙・中国新聞などが生々しいスマホのやりとりを報じたものらしい。昨夜は久しぶりに報棄て(報道ステーション)とnews23の両方を見たが(最近はnews23だけのことが多い)、両番組とも取り上げていた。下記は中国新聞記事にリンクを張ったツイート。

 

 

 上記ツイートに表示される画像は一部が切れているから、下記に復元しておく。

 「ライン(LINE)」の画像より。

 

あとはギャラはどうなるか聞いておきます!

河井ルールで行ける様にしたいですねー

そうだね〜〜

集める時には法定と言って集めておきます(^^)

 

 なんて露骨な。

 「河井ルール」を「法定」と対比させ、つまり「河井ルール」とやらが違法であることを公言し、なおかつ法を犯す行為をやることを笑顔の顔文字をつけて楽しげにやりとりしている。犯罪行為を娯楽として消費する人たち。

 実態がこれでは、夫婦揃って2か月も逃亡するわけだ。

 

 中国新聞の記事本文を以下に引用する(Yahoo!ニュースのヘッドライン経由)。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

報酬「上限超え」が河井克行氏の過去の衆院選でも横行か 「河井ルール」と呼ばれ定着との証言も

1/21(火) 7:00配信

中国新聞デジタル

 

 自民党河井克行前法相(衆院広島3区)の妻案里氏(参院広島)の陣営が昨年7月の参院選広島選挙区で車上運動員13人に対し、公選法が定める上限の倍額を支払ったとされる事件で、同様の「上限超え」が克行氏の過去の衆院選でも横行していた疑いがあることが20日、関係者への取材で分かった。少なくとも2014年と17年の2度の衆院選参院選と同じく1日3万円の報酬が支払われたとみられる。

 違法な報酬額は、陣営内で「河井ルール」と呼ばれ、定着していたとの証言もある。広島地検も同様の情報を把握し、違法な報酬の支払いが始まった時期や陣営内での指示の流れを慎重に調べているもようだ。

 複数の関係者によると、14年12月と17年10月の衆院選で、克行氏の陣営が車上運動員を「1日3万円」を条件に勧誘した。17年の選挙で運動員を集めたという男性は「1日3万円で声を掛けた」と認めた上で「違法との認識はあったが、報酬の決定権は私にはなかった」と述べた。

 14、17年のいずれも勧誘を受けたという女性は「14、17年とも1日3万円の報酬を提示されたが、克行氏の指示が細かく大変だと聞いていたので断った」と語った。

 案里氏が初当選した19年7月の参院選でも、陣営が同様のルールを踏襲していたことが中国新聞の取材で判明した。克行氏の選挙を陣営内で支えた経験もある男性が、案里氏側の依頼を受けて車上運動員を募った際、運動員グループの窓口となった女性にスマートフォンの無料通信アプリLINE(ライン)で「河井ルールで行ける様にしたい」などとメッセージを送信していた。

 ある関係者は「選挙運動の指揮を執るのは克行氏だった」と説明。「報酬のほかに、克行氏が求める運動員の所作なども含めて『河井ルール』と呼ばれていたのだと思う」とした。

 車上運動員への報酬は公選法と同法施行令で1日1万5千円までと規定されている。広島地検は関係先の家宅捜索で押収した資料を分析するとともに、陣営関係者らの聴取を進め、法定の倍額の報酬が支払われた経緯を詳しく調べている。

 

中国新聞

 

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200121-00010000-chugoku-pol

 

 なんてとんでもない夫婦なんだ。既に陣営内から反旗も翻されている。以下中国放送より。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

参院選で案里氏を支援の渡辺典子県議が会見「河井夫妻は議員辞職が筋」

1/20(月) 20:34配信 最終更新:1/20(月) 20:38

 

去年の参院選で、河井案里議員を支援した県議会議員が20日会見し、「河井夫妻は議員辞職するのが筋だ」と話しました。

参院選河井案里氏を支援した自民党渡辺典子県議会議員は、20日会見を開き、「案里氏からの依頼で、一部のウグイス嬢を紹介した」と明らかにしました。
そして、疑惑発覚後にウグイス嬢から受けた話から、法定の上限を超える報酬が支払われたことについては、「事実として受け取っていい」と話しました。
一方で、報酬の支払われ方などには関与していないものの、地検から任意聴取や家宅捜索を受けたことを明かし、次のように話しました。


「ウグイスだったり、私たち、家宅捜索をうけている方は生活を奪われている。彼女たちが何も失うことなく、国会に出ていることが常識として許されるということなのか、私は許されないと思っています」(渡辺典子県県議会議員

 

RCC BROADCASTING CO.,LTD.

 

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200120-00438900-rccv-l34

 

 河井夫妻の所業はもちろん常識に反しているが、議員辞職した途端、国会開会中の国会議員の不逮捕特権を失い、国会閉会中に逮捕された秋元司(東京15区)*1と同じ目に遭うことが不可避だから議員の地位にしがみついているのだろう。ふざけた話だ。

 呆れたことに、ネットを見ていると「エクストリーム政権擁護者」たちはこんな極悪夫妻までをも庇っているようだ。この「崩壊の時代」の国にあっては、モラルもすっかり地に堕ちてしまった。

*1:秋元司は議員辞職していないが国会閉会中に逮捕された。河井夫妻は国会閉会中に逮捕されなかったので、通常国会の会期中は不逮捕特権に守られることになる。

高木守道死去

 高木守道・元中日監督の訃報を知ったのは遅く、昨日(1/19)朝のサンデーモーニングによってだった。

 1974年に中日が読売のリーグ10連覇を阻んだ時の中心選手で、走攻守揃った名選手だったが、読売の王貞治と同じ1980年に現役を引退し、しかも広島対近鉄日本シリーズが終了した直後に王が突如引退を表明した翌日、王と同様に突如引退を表明した。従って自分から王の陰に隠れにいったようなもので、印象の薄い引退劇だった。

 監督としては、申し訳ないけれども最近では金本知憲(元阪神)と同じような「名選手、必ずしも名監督ならず」の典型例だったという印象が強い。

 特に、最終戦で読売との直接対決に負けた1994年は、高木監督にもっと執念があれば中日が優勝していただろう。なにしろあの年の中日は、本塁打と打点の二冠王を獲った大豊泰昭(故人)、首位打者アロンゾ・パウエル(のちに故星野仙一の暴力に強く抗議したことで有名)、最多勝山本昌広(当時は登録名が本名、のち登録名山本昌)、最優秀防御率郭源治と、中日の選手が投打の主要5タイトルを独占していたのだ。しかしこの年は開幕から首位を独走した読売が、後半戦でヘロヘロになりながらも何とか逃げ切った。この年読売を優勝させた主犯はその前の2シーズンを連覇していたヤクルトと、強力な戦力を活かせなかった中日の両球団だったというのが私の評価だ。あの年以上に腹立たしかったシーズンとしては読売が巨大戦力で日本一になった2000年がまず第一に思い出されるが、1994年はそれに次いで不快なシーズンだった。

 1994年のヤクルトはかなり早い時点からBクラスに低迷する惨状だったが、中日は阪神とともに、読売からは大きく離されながらもAクラスにいた。それに、前半戦は最下位に低迷しながら、7月に読売を3タテしてから急浮上した広島が加わって、3球団が2位争いを展開したのだった。読売は8月に入って本拠地・東京ドームで横浜に3連敗して失速の兆しを見せたものの、直後に同じ本拠地で阪神に3連勝、中日にも2勝1敗として早々とマジックを点灯させた。ヤクルト戦3連戦も最初の2戦に楽勝したが3戦目に敗れたが、その試合を含む残り25試合で大波乱が待ち受けていようとは誰も予想しなかった。

 読売は横浜スタジアムで再び横浜に3連敗すると、そこから今度は本格的に調子を落として8連敗。一方、広島が8月下旬に敵地で中日・阪神にそれぞれ3連勝して挑戦権を獲得したかに見えた。読売がその広島を本拠地に迎えた3連戦で桑田を筆頭とする読売投手陣が崩壊し、初戦に10失点、2戦目に19失点と惨敗した。しかし3戦目にはこの年日本シリーズでMVPを獲得した槙原の好投で踏みとどまった。その結果、読売から少し離れて広島、さらに少し離れて中日と阪神が競り合う順位となった。

 9月半ば頃、広島、中日、阪神の3球団の残り試合のスケジュールを見て、広島にはホームゲームがほとんどない一方、中日は下旬以降、神宮球場の1試合以外はすべてホームゲームであることに気づいた。つまり、中日は広島以上にチャンスが大きいと思ったのだ。阪神は両者の中間だった*1

 しかし、指揮官の高木守道自身は全然そんなことを考えていなかった。今でもよく覚えているのは、3位争いの直接対決だった阪神戦の初戦に勝った試合後、オリックスでブレイクしていた愛知県出身のイチローを引き合いに出して、イチローを獲っていれば優勝できたかも知れない、などと諦めたようなことを言っていたことだ。おいおい、読売を追う3球団の中でも日程的に一番有利なチームの監督が何言ってるんだよ、と思った。

 果たしてその後は私の予想通りに進んだ。中日が阪神に連勝したカードが行われた時、広島市民球場で対読売最終戦が行われて広島が勝ったが、これが広島の本拠地最終戦だった。そして、次の中日対広島3連戦に中日が3連勝した一方、読売はまたしても横浜に連敗し*2、ついに読売と中日は1ゲーム差。そして翌週の中日対読売戦2連戦の初戦に中日が勝って(2戦目は雨で流れて最終戦に回された)、両球団は同率首位に並んだのだった。高木監督が優勝を諦めたような勝利監督談話を発してから、わずか1週間後だった。その間中日が全勝して読売が全敗したからそうなったのだが、中日にホームゲームが続いた一方、読売はロードばかりだった上に、後半戦で大いに苦手とした横浜戦2試合を含んでいたことを思えば、決して全く予想できない展開などではなかった。しかし、高木監督自身が「まさかジャイアンツがそんなに負けないだろう」と思い込んでしまっていた。この淡泊さが中日の真の敗因だったと、私は今でもそう確信している。

 もっとも、早々と諦めていたのは高木守道だけではなく、中日球団のフロントも同じだった。球団は早々と高木監督の更迭を決め、本人にもそれを伝えていた。星野仙一を監督に復帰させる予定だったのだ。それが高木監督の執念を失わせ、淡泊にさせた一因ではあった。10月に入って最初の横浜戦の試合前に、高木監督が自分の首に手刀を当てる仕草をしている光景がテレビに映し出されたことも印象深い。読売との直接対決を翌週末に控えて、「俺はどうせクビなんだから」というジェスチュアをしてみせたわけだ。監督がこんな仕草をやっているようでは読売には勝てないのではないかと思った。

 そしてそれは現実となった。中日は唯一残されていたロードだった神宮でのヤクルト戦に敗れた。一方、ヤクルトはその前後の読売戦(東京ドーム2試合と神宮)に3連敗して読売を甦らせた。ヤクルトは読売との最終戦(神宮)にリリーフに出てきた槙原を打ち込んで勝ったことで申し訳程度の意地を見せたが、その8年前のブロハードの逆転2ランの時とは違って、今度は読売を地獄に落とすことはできなかった。

 最終戦については今さら言うこともない。槙原、斎藤、桑田の3本柱を投入した読売と、今中が打たれたあとは郭も山本昌も出さずに野中徹博でお茶を濁した中日とでは、監督の執念が違いすぎていた。あれでは同じ試合を何回やっても読売が勝つ目しか出なかっただろう。かくして、個々の選手の個人技では読売を上回っていたと思われる中日は、読売に完敗したのだった。

 その後、2010年代に入っても、中日球団は落合博満監督を引きずり降ろして高木守道を後継に据える愚行を繰り返し*3、さらに、背広を着ては全く能力のない落合にコストカッター役をやらせて、高木守道が最後に中日監督を務めた2013年から昨年(2019年)に至るまで7年連続Bクラスを記録するに至った。

 高木守道は、選手時代は栄光に包まれていたが、指導者としては前時代的な中日球団の体質の犠牲者だったといえる。

*1:阪神は9月中旬の東京ドームでの対読売2連戦に連敗して、優勝争いから真っ先に脱落するとともに読売を大きくアシストした。1994年は中日、ヤクルト、阪神の3球団が競い合うように読売を助けまくったといえる。

*2:このシーズン、読売対横浜は16回戦以降の11試合は実に横浜の10勝1敗だった。しかし横浜は得失点差がプラスだったのに最下位でシーズンを終えた。この球団も、近藤昭仁監督の采配に問題があった。そういえばこの人も昨年(2019年)、この世を去った。

*3:2011年にはこれが中日の選手たちの危機感を煽り、そのとばっちりを食らってヤクルトがリーグ優勝を逃してしまった。このことについては何度ぼやいたかしれない。

共産党、「同性愛は性的退廃の一形態」とする1970年代の見解の誤りを2020年党大会で認めて謝罪・訂正

 先週は水曜日から金曜日までは時間がとれず、昨日は雑用のために、計4日間更新を休んだ。その間は、通常国会の閉会中にはいつも見られる安倍内閣支持率上昇というろくでもない状態。

 今日取り上げるのは、共産党が半世紀ぶりに誤りを認めた一件。下記は志位和夫委員長のツイート。

 

 

 元ツイートを発信した方の反応。

 

 

 この件に関する他の方々のツイート。

 

 

 

 前進には違いないし、共産党が誤りを認めたことは評価すべきだ。

 しかし、1970年代の誤りを認めたのが2020年とは、あまりにも遅すぎないか? 半世紀近くもかかっている。

 これには共産党民主集中制の問題ももちろんあるだろうが、それよりも強く認識されるべきは、一度決めたことが惰性として延々と続くということだよ。これを私は、人間社会における慣性の法則とひそかに呼んでいる。

 最近よく思うのは、人間、どんなに悪いことにも慣れるということだ。

 安倍内閣の支持率が40%以上で高止まりしていることなど、その典型例だろう。というより、安倍内閣支持率の報道に接するたびに、この「人間社会における慣性の法則」をいつも連想するようになっている。

 一度決めてしまったことはなかなか変わらない。小沢一郎がやった衆院小選挙区制(1994年)もそうだし、安倍晋三が第1次内閣でやった「改正教育基本法」(2006年)もそうだ。最近では、某元号政党の議席を増やすことができるのであれば、現日本国憲法安倍晋三によって「安倍憲法」に改悪されても構わない、という意味のコメント(もちろん表現は私が大きく書き換えている)をこの日記に寄せた、さるヤマシン(「山本太郎信者」)の方*1がおられたが、あまりにもあさはかな考えというほかない。「安倍憲法」だの「2012年自民党第2次改憲案」だのがひとたび成立すれば、それは何十年も変わらないのだ。

*1:ご自身では「信者ではない支持者」を自称しておられたが、私は「信者」だと認定した。

立民・民民合流に向けての枝野幸男作成案が判明(NHK)

 立憲民主党と国民民主党の合流の話は、これまでほとんど書いてこなかったが、二大政党制を目指す民主党系の流れであって、小選挙区制の温存につながる以外の何物でもないから、私は全く歓迎しない。だから何も書く気が起きなかったのだが、社民党の動きも合わせて眺めると、枝野幸男がかなり長い時間をかけて周到に進めてきたのが昨年の終わり頃からいよいよ表面に出てきた感があり、残念ながら止められそうにもないという心証を持っている。枝野幸男とは、本質的にしたたかな寝業師だと思う。

 今回、国民民主党内からの反発がかつてほど強くないのは、声がでかかった右派議員たちが出て行った影響だろう。細野豪志長島昭久自民党に行き、柿沢未途は無所属だ。今日(14日)、柿沢と同じ選挙区で毎回議席を争っていた秋元司が再逮捕されたが、柿沢もまたIR議連(カジノ議連)の副議長であるばかりか、ジャパンライフからも献金を受けている。常識的に考えれば、柿沢が立民入りして「野党共闘」に担がれるのはかなり難しいと思われるのだが、果たしてどうなるか。

 話を戻すと、国民民主党衆院議員のうちあまり選挙に強くない議員は、それこそ立憲民主党の看板は喉から手が出るほど欲しいだろう。社民党にしても、かつて同党に属していた阿部知子は毎回比例復活だったのに、民主党入りして初めて臨んだ2014年衆院選で得票が格段に増え、さらに「希望の党」騒動の2017年に立憲民主党入りすると、初の選挙区当選を果たした。下部が吸収合流に反発していても、国会議員やその候補の間では立民入りの圧力が強いこともうなずける。人間誰しも、自分の出世というか地位の確保が第一。それが人の心というものだ。

 NHKが報じた下記のニュースも、立民側からのリークではないかと疑ってしまう今日この頃。

 

www3.nhk.or.jp

 

 以下、NHKニュースから引用する。

 

立民・国民合流に向け 枝野氏作成の案が判明

 
国民民主党との合流協議をめぐり、立憲民主党の枝野代表が合意に向けて作成した案が明らかになり、立憲民主党を存続政党とする一方、参議院の信頼醸成に努めるため、合併後に速やかに参議院の議員会長選挙を実施するとしています。
合流協議を続ける立憲民主党と国民民主党は先週、枝野代表と玉木代表による党首会談を行いましたが合意には至らず、今週、それぞれの党で改めて議論を行っています。

これについて、立憲民主党は14日の常任幹事会で、枝野氏が、合意に向けて、両党の幹事長が先月まとめた文書に加筆して作成し、玉木氏に示した案が幹部に説明されました。

それによりますと、合流後の党の理念について、「保守、リベラルという既存の枠を超え、多くの国民を包摂することを目指す」としています。

そのうえで、立憲民主党を存続政党とする一方、「特に参議院の信頼醸成に努めるため、合併後に速やかに参議院の議員会長選挙を実施する」としています。

出席者からは、「こちらが譲歩しているのに、国民民主党はなぜ合意できないのか」などという意見が相次いだということです。

立憲民主党は15日、国民民主党が行う党内の議論を踏まえ、対応を検討することにしています。

「国民民主党は一日も早く決断を」

立憲民主党の福山幹事長は記者会見で「小異を捨てて大同につき、国会が始まる前に野党が1つになれば、国民の信頼も国会での迫力も違ってくるし、衆議院の解散・総選挙への準備も加速できる。早くしなければ国民の期待もだんだん冷めてくると思うので、国民民主党には、一日も早く決断していただきたい」と述べました。
 
NHKニュースより)
 

 

 この報道を信じるなら、立民というか枝野はかなり高飛車な態度に出ているといえる。

 民民代表の玉木雄一郎は立民の看板などなくとも楽に当選できる得票力を誇るから、こんな吸収合併の屈辱は耐え難いかもしれない。つまり、本音ベースで合流に強く反発している筆頭格は玉木自身ではないかとも私は疑っている。