kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「前原誠司が希望の党と合流せず衆院選に臨んでいたら」というのは、前提自体があり得ない無意味な議論だ

 下記は、前提自体があり得ない無意味な議論だ。こんなツイートを発することは、自慰行為以外の何物でもない。

 

 

 何度も書くが、「希望の党」設立劇はそういうストーリーでずっと進んでいた(というより小沢一郎前原誠司を唆して工作を進めていた)のが、安倍晋三による突如の解散によって、予定されていたあらゆる動きが早送りのフィルムを見るようにバタバタと進められたものに過ぎない。「あのまま前原民進党で突っ込んでも」という前提自体があり得ない仮定なのだ。

 下記ツイートの指摘が正しい。

 

 

 その通りだ。

 そういう動きになることは、私にさえ予想できたことだ。何度引用したかわからないが、私は一昨年の民進党代表選の少し前、2017年8月2日にこの日記に下記のように書いた。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

(前略)なお、仮に民進党代表選が枝野幸男前原誠司との争いになる場合の私の予想は下記の通り。

まず枝野幸男が勝った場合、民進党は分裂するか、または右派の議員が衆院選前に大量に離党し、次の衆院選では「国民ファ★ストの会」(のちの「希望の党」にあたる政党。当時は名称どころか発足するかどうかも未定だった=引用者註)から出馬する。

また、前原誠司が勝った場合だが、この場合も民進党が丸ごと「国民ファ★ストの会」と合併することはあり得ない。民進党とは、国ファがそうなるであろうような右派ポピュリズム政党にとっては疫病神なのだ。特に民進党内の中間派やリベラル系議員は、長島昭久渡辺喜美若狭勝や、その背後にいる小池百合子(小池自身は次の衆院選には間違いなく出馬しない)に排除されるだろう。民進党の看板があっては国ファには絶対に受け入れられないから、結局前原が勝った場合に起きるのは、民進党の解党だろう。(後略)

 

 ついでに書くと、当時民進党内で声高に叫ばれていたのは、細野豪志長島昭久といった同党の右派議員たちによる「民進党は左に寄りすぎているから支持されない」という言説だった。小池百合子もそれを真に受けたから「日本のこころ」から中山成彬・恭子夫妻をスカウトしたり、あげくの果てには「排除」をやらかしたりした。

 しかし細野や長島らの言説や小池の行動は、民進党支持層の多数派が抱く思想心情(信条)とはかけ離れたものであり、民進党支持層の多数派の思想心情は、むしろ小池に「排除」された側の枝野幸男らに近かった*1。だから枝野らへの支持が大きく盛り上がり、その熱気に民進党支持層以外の無党派層も釣られて衆院選立憲民主党が躍進したのだ*2

 つまり、大地震の前の地層と同じで、民進党内には右派議員である細野や長島らの言説と民進党支持層の思想心情との乖離が広がって、党内に大きな歪みエネルギーが蓄積していた。そのエネルギーはいずれ解放されなければならないもので*3、それが起きたのが前原(とその影にいた小沢)による民進党の事実上の解体と立憲民主党の発足だった。あれは不可避かつ不可逆の過程だ。だから「あのまま前原民進党で突っ込んでも」というのは前提自体があり得ないナンセンスな議論なのだ。

 旧民主・民進支持層がなすべきことは、そんな「死んだ子の歳を数える」ようなことではないはずだ。

 以上の記事を書きながら思ったことだが、結局無理やりにくっつけた「大きな塊」は、塊の内部に働く反発力によって歪みエネルギーが蓄積していき、いつかは崩壊する運命にあるのだろう。新進党然り、民進党然り。そう考えると小沢一郎が「作っては壊し」を繰り返したのも当然であって、要するに小沢の思想が根本的に間違っていたことを意味するものだろう。

*1:だからこそ、今回の参院選でも立憲民主党議席を倍増させる一方、国民民主党が壊滅的な惨敗を喫するだろうとの情勢調査結果が出ているのだ。

*2:今回の参院選では、当時と比較して無党派層が離れていっている分だけ立民の支持が縮小して同党が苦戦しているとみられる。

*3:ついでに書くと、現在の安倍政権のあり方も国民の思想心情とのギャップが大きくなって歪みエネルギーがかなり蓄積された状態になっている。それが解放されるのが遅くなればなるほど日本社会が蒙るダメージは大きくなるから、それを少しでも小さくしたいと私は考えている。

上念司と安冨歩(コメント欄より)

 10年前には山勘で国政選挙の結果を当てていた「なんとか夫人」(何と名乗っていたか忘れてしまったw)が「2ちゃんねる」(現5ちゃんねる)でもてはやされていたが、そんな時代はもはや去り、三春充希氏による理性的な世論調査や選挙の分析が主流になったことは、人間社会にも進歩があることを感じさせるものだったが、その三春氏は過労でダウンしてしまったようだ。

 

 

 人間、休むべき時には休むことだ。上記のように山勘に頼ったり、さもなくば世論調査の捏造説を唱えたり、果てには「不正選挙」だと騒ぎ出したりする連中が跳梁跋扈していたことを思えば、三春氏の分析の成果は今までの分だけでも既に十分大きい。

 上記3紙の予想では、日経・読売(特に日経)と毎日の差が大きいが、日経・読売は自公維の議席改憲に必要な3分の2に迫るとしているのに対し、毎日は「3分の2は厳しい」と予想している。しかし最近の毎日は予想の精度に問題があるように思われるので、ここはもっとも国政選挙の情勢調査にかけてはもっとも精度が高いとの定評がある朝日の終盤の情勢調査記事を待つしかない。但し朝日は終盤の選挙区情勢は注目区しか記事にしないのが通例だったと記憶する。

 今日は昨日公開した下記記事へのコメントを紹介する。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 まずは上念司に関するコメント。

 

MMT初心者の初心者

 

上念が「MMT右派内で内ゲバをやらかしている」というのは誤りかと。

彼は「MMT社会主義」などとこれまで執拗にMMTに対して的外れな批判を繰り広げてきました。

MMTの優勢を見て、最近は「中野剛志ら日本の論者が言っているのはニセMMTだ。自分がこれまで批判してきたのは本物のMMTではなくニセMMT」「僕はMMTに賛成。リフレと数式が同じらしいから(無論デタラメです)」などと、みっともなく予防線を張ってきていますが、その「本物のMMT」についてはよく知らないとも語っていますから、彼を「MMT右派」に位置付けるのはやはり不適当でしょう。

「リフレ右派の上念がMMT右派と揉めている」と言うべきでしょうね(これに関しては前々からのことですが)。

MMTとリフレ派の違いは様々ですが、金融緩和(量的緩和)への評価でしょうね。
MMTerは流動性の罠に陥った状況での金融緩和には効果が無いとしています。

つまり、安倍政権唯一の「功績」とも言える金融緩和も、全く意味のあるものではなかったと見ています。
失業率の改善は単に人口動態の変化がもたらしたモノ、という主張ですね。

その意味では、金融緩和だけは評価していたkojitakenさんよりも更に安倍の経済政策に批判的です。

 

 上念が「リフレ派右派」であることは知っていました。MMTについては、評価が定まらない上に参院選山本太郎にかこつけて宣伝しようとする人たちの声が大きい現在では、近寄らない方が無難だと考えて敬遠してはいるのですが、上念が「誰それはニセMMTだ」と言って罵り合いをやったらしいことは仄聞していたので、「MMT右派内での内ゲバ」かと思ったのですが違ったようですね。「リフレ派右派がMMT右派と揉めているのは前々からのこと」というのも一応は知っていて、以前財政右派として悪名高い朝日新聞の原真人が「同じに見えるのだが」とか言って面白がっているのを見たことがあります。

 いずれにせよ私が強く思うのは、上念司とはなんて下司な野郎なんだろう、ということであって、そんなのと腐れ縁を保っている(ようにしか見えない)松尾匡氏には、もっとしゃんとしてほしい、そんなことだから「薔薇マークキャンペーン」を参院選の争点にすることができなかったんじゃないかと言いたくなります。

 

 次は、山本党の比例区公認候補・安冨歩に関するコメント。

 

id:yoinotsubasa

 

山本氏の党には少し期待していました。少しだけ。
それはまるで10年前の政権交代時に、民主党のオザーサンに少しだけ期待したように。
ですが、山本党から出馬する安冨歩はいただけない。
https://matomame.jp/user/sora/402f57bd0bf1aaaa26df
悪名高い#ビ•ハイアという会社で奴隷扱いされた女性社員が自死した事件があります。
不当な借金を負わせ給料未払い(S社長曰く借金との相殺だそうな)、会社に寝泊まりさせ、食事も睡眠も与えられず、罵倒される毎日に疲れ当該女性社員は
「わたしは死んだほうがマシですか?」
という趣旨の連絡をしたそうです。すると、S社長は激昂して女性社員の目の前でパソコンを破壊し、「(お前が)死んでもゴミが増えるだけだ」などと、暴言を吐きました。その後すぐにその女性社員はビルから飛び降りて命を絶ちました。
その横暴なS社長と安冨歩氏は昵懇で、明らかにパワハラと過労動による自死ともとれるのにS社長を擁護しました。
太郎新選組からは、労働問題、非正規雇用者の権利向上を求める渡辺照子氏が出馬しています。多様性と言えば聞こえは良いけど
主義主張が相容れぬ者が同党から初出馬とか、万が一当選したとしても、大丈夫か?と心配します。いや、心配の対象は太郎新党ではなく、ヤマシンです。ま、要らぬ心配かもしれませんが。
長文すみません。

 

 この件は知りませんでしたが、安冨歩が「薔薇マークキャンペーン」とは不適合な候補者ではないかとの批判が強くあったことは知っていますし、私もその意見には同感でした。

 安冨候補の件に限らず、山本党には「光」と「影」の部分があって、しかもその両者のコントラストが結構どぎついんですよね。「影」の部分の最たるものは元号を党名にしていることでしょう。

 ですが私は、今回の参院選では山本党の「光」の部分だけを活かして、他は拒絶する選挙結果になれば良いと思っています。その「光」の部分が特定枠の活用であって、だから同党が1ないし2議席を得て山本候補自身や安冨候補らに落ちてもらえば良いと思います。

 なお、山本太郎には下記呟きの主のような支持者もいます。

 

 

 「山本太郎の『私を疑って下さい、常にチェックして下さい』という言葉」は実に良いと思います。小沢一郎にはこんな言葉を発することはできませんでした。ただ、こういうまともな支持者ばかりなら良いのですが、残念ながらまともでない支持者(=信者)を他のどの政治家よりも多く抱えるのが山本太郎だということです。少し前までは小沢一郎が最多でしたが、「小沢信者」(オザシン)たちが一斉に「山本信者」(ヤマシン)に転向して現在のようになりました。ですから、「心配の対象は太郎新党ではなく、ヤマシンです」と仰るのは私にもよくわかります。彼らこそ、冒頭に書いた三春充希氏の著書が示す理性とは真っ向から反して「不正投票ガー」「ムサシガー」などと絶叫する連中ですからね。この国の未来にとって有害極まりないと思います。

 もしかしたら、それを自覚しているからこそ、山本候補は自ら落選への道を選んだのではないかと私は想像しています。

 いずれにしても、山本候補にはしばらく国会を離れた時間が必要だろうと思う次第です。

参院選、共同通信調査で「比例は自民」が31%に上昇 &「崩壊の時代」・山本太郎などなど

 参院選、選挙中に野党への支持が増すどころか後退し、逆に自民や維新の勢いが増すという世論調査結果を共同通信が出してきた。下記は共同の配信を報じた中日新聞の記事。

 

https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2019071402000051.html

 

「比例は自民」上昇31% 参院選、トレンド調査

 

 共同通信社は12、13両日、参院選有権者動向を探る全国電世論調査(第2回トレンド調査)を実施した。比例代表の投票先は、最多の自民党が前回調査(6月26、27日)と比べ2・2ポイント増の31・0%に上昇した。2位の立憲民主党は7・2%で1・8ポイント落とし、自民、立民の差が広がった。選挙区での投票先を「与党系候補」とした回答は0・9ポイント増の32・2%。「野党系」は1・5ポイント増えて21・8%だった。

 安倍内閣の支持率は46・5%。前回より1・1ポイント減ったが、不支持率も3・8ポイント減り40・3%だった。安倍政権下での憲法改正に「反対」との回答は1・3ポイント増の51・4%。「賛成」は0・8ポイント減の34・2%だった。

 比例投票先は「まだ決めていない」が37・4%。自民、立民に次いで公明党5・6%(前回と同じ)、日本維新の会4・4%(前回比1・2ポイント増)共産党2・9%(0・5ポイント減)、国民民主党2・5%(0・9ポイント増)、政治団体「れいわ新選組」1・1%(今回から選択肢に追加)、社民党0・8%(0・4ポイント減)と続いた。

 金融庁の金融審議会報告書を巡る老後資金2000万円問題について「争点だと思う」と答えたのは46・1%で、前回より4・0ポイント減少。「思わない」46・9%とほぼ並んだ。

 10月に消費税率10%へ引き上げる政府方針に「反対」は3・2ポイント増の54・3%になった。「賛成」は3・9ポイント減の40・8%。安倍政権の経済政策アベノミクスについては、「見直してほしい」が62・0%と高いままだった。「継続してほしい」は2・4ポイント増えたものの29・1%にとどまった。

 

中日新聞 2019年7月14日 朝刊)

 

 日曜朝の某「リベラル」番組は、対韓輸出規制の話から始めて「風をよむ」で芸能関係者の訃報を大きく扱うなどの惨状を呈しているが、そういう空気の国ではこういうトレンドになっても不思議はない。

 この機会だから、私が最近ずっと考えていることを以下に書く。

 現在の安倍政権を「野党が倒す」というか、野党への支持が増えて選挙で与党が負けることによって政権が倒れる可能性はほとんどなくなった、そう私は考えている。観念したのは昨年春、『夕刊フジ』までもが政権はもう保たないと判断していったんは政権批判に走ろうとした、財務省が公文書の改竄や隠蔽を行った件を受けても内閣批判は指して強まらず、『夕刊フジ』も1週間ほどのちにはもとの野党叩き、中韓叩きの路線に戻った頃だった。この件を境に、「リベラル」系メディアも野党も、安倍政権に大きな打撃を与える「弾丸」が撃てなくなり、年金問題にせよ消費税増税にせよ、政権支持率低下にはいっこうにつながらなくなった。このことは「批判する言説が絶え果てた『崩壊の時代』」がいよいよその完成形に近づいたとも表現できる。2012年から翌年にかけての坂野潤治の予言が成就したと言おうか。

 だが「崩壊の時代」全体としてはどうだかわからないが、少なくとも安倍政権はそう遠くない未来に終わる。といっても、政権が野党や有権者に倒されるのではなく、外交で行き詰まるか、さもなくば健康問題で退陣を余儀なくされる場合しか今のところ思い浮かばないが。

 そして、安倍政権が終わったあと、次の政権はそのどうしようもない後始末を強いられる。現在の政権の施政には、安倍晋三の個人的な嗜好が多分に反映されているから、どんなに安倍に近い人物が後継に座ろうが修正を余儀なくされるし、その過程で「安倍政権とはいったい何をやっていた政権なのか」と人々が呆れずにはいられない事態が続発することは絶対に間違いない。

 だがそれはかなり先の話だ。現在の最大の課題は2つあって、1つは改憲や労働環境の今以上の劣悪化に代表される、さらなる「崩壊」を安倍晋三にやらせるのを阻止することであり、もう1つは安倍政権が終わる前後の時期に日本社会が受ける衝撃をいかにして緩和するか、言い換えれば、もはや不可避になってしまったハードランディングをいかにソフトランディングに近づけるかだ。

 私がいかに「野党共闘」に対する批判を持っていても、いざ選挙になったら1議席でも自民や維新の議席を削るための「戦略的投票」を考えるなどの「蟷螂の斧」をふるうのに血道を上げる動機はそこにあるだけであって、選挙で野党が勝ったり、そこまでは行かなくとも「躍進」したりするのではないか、などという期待はここ数年持ったことがない。そんな具合だから、私は選挙だの解散だのの話になると、正直に言えば「選挙なんてもういいよ、やらないでくれ」と思う。

 だから、よく聞かれる「安倍首相に野党が解散を迫らないのは『本気度』が足りないからだ」という物言いには全く賛成しない。そ何度選挙をやったって安倍自民党が勝つだけだという理由以上に、そもそも総理大臣の解散権濫用こそが問題なのであって、それを辛抱強く説くことこそ「崩壊の時代」において政権に対抗する政治家に求められることだ。それをやらない人間はマックス・ウェーバーの言う政治家の要件を満たしていない。私はこのように堅く信じている。

 下記にウェーバーの『職業としての政治家』の有名な言葉を挙げておく。

 

 政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。

岩波文庫版『職業としての政治家』105頁)

 

 これができない「こらえ性のない」政治家、作ったり壊したりばかりしている政治家は、ウェーバーの言う「政治家の要件」をそもそも満たしていない。これを書きながら私が念頭に置いているのはいうまでもなく小沢一郎だが、現在の「野党共闘」にもそれがスタートした時期に小沢が深く関わったことは疑う余地がない。小沢は一方で「野党共闘」を進めながら、他方で自らもかつて在籍した野党第一党を分裂させる「希望の党」設立にも深く関与したのだから、その罪の深さは想像を絶している。万死に値するとはこのことだ。

 「崩壊の時代」はまた、その小沢が関与した野党時代のもろもろに対する総括も求められる時代だと思うのだが、「野党共闘」、「立憲民主党」、「山本党(元号政治団体)」のいずれもその「ファイナルアンサー」ではあり得ず、過渡的な混乱が今後も続くことは避けられないと考えている。

 そうは言っても投票しないわけにはいかない。それは気の重い作業であり、国政選挙に浮かれる気分などもうとっくの昔に消え失せているというのが正直な心境なのだ。

 

 以下、「野党共闘」の軍師といわれる共産党政治学者・こたつぬこ(木下ちがや)氏のツイートからいくつか拾う。

 

 

 現在、「MMT右派」内で内ゲバをやらかしていると聞く上念司が、その腹いせなのかどうかは知らないが、共産党と山本党に関するデマをばら撒いているらしい。これは、後述の田中龍作ブログのデマ記事に乗っかった形にもなっている。

 

 

 なお、上記ツイートから引用されたこたつぬこ氏自身のツイートに、

共同トレンドをみると、共産党の比例がれいわに吸われているのは事実でしょうね。

と書かれているが、それに対応する部分は最初に引用した中日新聞記事に、赤字ボールドドアと青字ボールドを対比させて示した。自民と維新が伸びている一方で立民と共産は後退し、今回から共同通信が選択肢に加えた「×××(山本党。この日記では禁句なので伏せ字にした)」が投票先として1.1%の数字を叩き出している。しかしこれは、6月22,23両日に朝日新聞が行った世論調査に示された数字(比例での投票先として山本党を挙げた人は1%だった)と全く変わっておらず、選挙期間中に山本党への支持が拡大しているとは認められない。この朝日の世論調査については以前取り上げた。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 つまり、共同通信世論調査結果は、共産(や立民)が「×××に食われた」のではなく、単に共産や立民が伸びていないどころか後退の気配すらあることを示す以上のものではないのではないか。

 

 共産と立民の「野党共闘」もこんな調子だが、山本太郎の応援団も実にひどい。ことに田中龍作のブログ記事は最悪だ。以下に2つ例を示す。

 

tanakaryusaku.jp

 

 以下引用する。

 

 今回の選挙で最も割を食っているのが共産党であり、辰巳コータローだろう。

 党は野党共闘優先のあまり「共産らしさ」を失い、辰巳は立憲が擁立した人気弁護士に票を食われ、苦戦を強いられている。

 街宣現場で支持者が辰巳を叱咤激励した。「山本太郎さんのように腹をくくって下さいよ。巧みな戦術を学んでくださいよ。もう後がないんですからね」。

 この支持者(書道教室講師・女性)はこれまで比例は共産党に投票してきたが、今回は山本太郎に入れるという。

 山本はきょう11日、大阪市内(京橋、梅田)で辰巳の応援に入った。追及の名手同士のコラボとなった。

 「大阪に今日入った理由は、辰巳コータローさんを絶対に国会に戻さないとダメですよと皆さんに言う為です」。山本は開口一番言った。

 「辰巳コータローさんは権力側に嫌われる追及力(中略)こういう方は絶対に残って頂かなきゃいけない」。

 山本は「比例は れいわ に」と言わなかった。辰巳陣営からは「言ってもいい」と言われていたそうだ。

 言わなかった理由を山本に尋ねると「言わない方がいいだろうと思ったから」。

 共産党の度量の大きさにも敬服するが、先を見すえた山本の配慮にも舌を巻く。

 「比例は れいわ に」と言わなかったことで、共産党に貸しを作ったのである。

 「れいわ」の政策は、その哲学において共産党とよく似る。

 山本は辰巳に「消費税廃止で共闘できますよね」と釘を刺すことも忘れていなかった。選挙後の共闘体制をすでに視野に入れているのだ。

 梅田の街宣会場には籠池夫妻の姿があった。

 森友疑惑の隅々までを知る辰巳は、約1千人の聴衆に訴えた―

 「森友事件は終わってないんです。(中略)国家の私物化です。国の予算は安倍さんのものでも、アキエさんのものでも、トランプ大統領のものでもない。国民一人一人に使う為の国の予算なんです」

 「どうか皆さん、私を国会に送り返して頂いて森友事件の徹底究明をさせてください」。

 籠池夫妻は森友疑惑に話が及ぶと、しきりに声援を送った。

 籠池氏は「二人(辰巳、山本)とも真の保守だ」と目を細めた。

 諄子夫人共々、選挙区は辰巳に、比例は山本に投票するという。(敬称略)

   ~終わり~

    ◇
山本太郎を犬死にさせてはなりません―

弱者のために戦う山本太郎の革命を、田中龍作は最後まで見届けます。(後略)

 

出典:http://tanakaryusaku.jp/2019/07/00020478

 

 この記事は今日になって初めて読んだが、こたつぬこ氏の逆鱗に触れたのはこの記事だったようだ。なるほど、そりゃこんな記事を読んだら共産党系の人は激怒するだろうなあと思った。これは、先の衆院選大阪12区補選を思い起こさずにはいられない記事で、あの時も籠池の応援をめぐってオザシン・ヤマシン系と共産党系の間に諍いが起きた。結局、あの「本気の野党共闘」は共産党系無所属候補への共産党支持者の基礎票を大きく削る結果に終わった。

 私が昨日の時点で読んでいたのは下記の記事だった。

 

tanakaryusaku.jp

 

 以下引用する。

 

(前略)山本は「ゴリゴリの保守である」と自己分析する。「アジアに対する安全保障を声高に叫ぶよりも国民の生活と尊厳を守るのが真の保守」という思想だ。自民党の中に共感者がいても不思議ではない。

 「税金はない所から取るな。ある所から取れ」。持論のベースは明確な階級闘争である。共産党が引っ込めたものを、山本は表に引きずり出した。(後略)

 

出典:http://tanakaryusaku.jp/2019/07/00020486

 

 この記事を読んでひどいもんだなあと思ったのだが、その劣悪さは最初に挙げた記事には及ばない。しかし、「ゴリゴリの保守」にして籠池夫妻に応援されるのが「野党共闘」のオルタナティブだとは、なんたる惨状だろうか。

 

 ところで、山本太郎が「ゴリゴリの保守」を自認しているという件について書くと、山本は2013年秋の園遊会で「天皇直訴事件」を引き起こした直後にも、「保守ど真ん中」を自称していた。だから私も山本自身が発したその言葉をずっと真に受けてきた。

 しかし、山本が2011年の東日本大震災・東電原発事故以前に特に政治的な発言をしていた形跡はない。私は山本について、あの原発事故に接して「反自民」に目覚めた人なのではないかと想像している。当初は「脱原発」で売りまくっていたが、リフレへの傾倒を経て*1少し前までは「本気の野党共闘」にのめり込んでいた。今ではリフレに代表される「レフト3.0」(松尾匡の造語?)から「レフト2.0」への「後退」といえるかもしれない「特定枠」の活用で、「レフト2.0」(多様性重視)には理解が深い「リベラル」にその点に関してだけは絶賛された。

 その山本は本当に彼自身が自称する通りの「ゴリゴリの保守」だろうか。実は単なるノンポリなのではなかろうか。私は最近そう思うようになった。というのは、彼には共産や立民の支持層からの批判にも一定程度耳を傾けて自身のスタンスを修正する傾向が顕著だからだ。これは、オザシンやヤマシンたちにとっては残念な傾向だろうが、いわゆる「ポピュリスト」には欠かせない資質だ。

 しかし、ウェーバーの『職業としての政治家』的な観点から見ればどうだろうか。最初の方で引用した

情熱と判断力の二つを駆使しながら堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業

 をこの6年間でやれてきたか否か。彼を今後6年間、これまでに引き続いて参議院議員として送り込むべきかどうかは、この観点からも評価すべきだと私は思う。

 私の結論はこれまでにも何度も書いた。山本党が1議席ないし2議席を獲得して政党要件を満たすことを望む。同時に、元号を用いた名称はその際に改められるべきだ。しかし同時に、山本太郎自身はいったん議席を失うべきだ。今後山本が

情熱と判断力の二つを駆使しながら堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業

ができる政治家になれるかどうか。それが今後の課題だと思う。と同時に、現在山本が自称する「ゴリゴリの保守」から脱却する日がくるかどうかにも注目したい。

*1:余談だが、この界隈では、リフレ派とMMT派との間の確執も目立っているようだ。例えば高橋洋一はリフレ派だが反MMTだが、中野剛志はMMT派だが反リフレ派らしい。自民党で執行部に造反して消費増税反対・積極増税を唱えたとされる西田昌司も中野と同じ方向性で、西田は2013年頃にも似たような主張をしていた記憶がある。私の認識では、ざっくり言って高橋洋一はポリティカル・コンパスで経済軸上の「右派」にあたる新自由主義者で(政治軸上の位置は不明)、中野剛志や西田昌司は経済軸上の「左派」にして政治軸上の「保守」に当たる「保守左派」だろう。山本太郎が自称する「ゴリゴリの保守だ」というのが本当であれば、リフレよりもMMTの方が山本の体質に合っており、だからMMT派にオルグされたのではないかと私は勘繰っている。なお、「薔薇マークキャンペーン」の主唱者である松尾匡には、どうやら高橋洋一らリフレ右派と中野・西田らMMT右派の両方に良い顔をしようとする八方美人的なところがあって、それが「薔薇マークキャンペーン」の主張を参院選の争点化するのに大きな妨げになったのではなかろうか。

山本太郎の行動をずっと「小沢一郎の怨念」が縛っていたのではないかとの仮説

 何やら静岡選挙区で国民民主党陣営と立憲民主党陣営との間に妙な争いが持ち上がっていて、スズキの鈴木修が国民民主党候補を支持しているとかいう話も聞こえてくるが、鈴木修といえばあの極右の城内実が無所属候補として立候補し、自民党前職だった(同じ極右の)片山さつきと争った2009年衆院選でも城内を応援した人間だから、そんな奴が応援する民民の候補に肩入れする気には私には全くなれない、とだけ書いておく。

 この件では「民民 vs. 立民」の対立構造になっているが、それ以上に今回目立つのは、「山本太郎 vs. 『野党共闘』」の対立構造だ。「野党共闘」の軍師とも目される木下ちがや(こたつぬこ)氏の記事に、目を引く文章があった。

 

imidas.jp

 

 以下、私の目を引いたくだりを引用する。

 

(前略)沖縄の選挙戦で分裂の傷を徐々に癒しつつあった野党連合ではあるが、2019年5月までその姿は、国民の目には揉め事を繰り返す弱小勢力としか映っていなかった。野党連合の支持者には閉塞感が広がった。この閉塞感と、安倍政権がもたらす憂鬱さこそが、「第三極」ポピュリズム台頭の土壌となったのだ。4月の大阪ダブル選挙で圧勝した日本維新の会の躍進と、同月に立ち上がった山本太郎率いる「れいわ新選組」の登場である。参院選ではこの2つのポピュリズム政党が議席を伸ばし、野党連合はまたも沈没するのではないか。このような見方に、マスコミは「6月末まで」は傾いていた。

(中略)

 野党連合がリベラルに転回しながら結束を固めていくなかで、立憲民主党もまた変化した。拙著『「社会を変えよう」といわれたら』(大月書店)でも論じたように、枝野率いる立憲民主党は、結党当初、希望の党から排除されたことで「アウトサイダー」の地位を得、民進党の負のイメージを払拭することで躍進を果たした。この過程で枝野はポピュリストの衣を纏い、扇動家としての地位を固めたかに思われた。

 しかし、立憲民主党野党第一党になったため、「アウトサイダー」ではなくすべての野党をまとめ上げる「公器」としての役割を担うことになった。扇動家としての突出は、立憲民主党そのものの求心力は引き上げるものの、野党間では遠心力が働くというジレンマが生まれる。「アウトサイダー」から「公器」へ。立憲民主党がこのジレンマを解消していくプロセスで、ポピュリストのカードは枝野から山本太郎に引き渡された。山本太郎現象」とはまさに、この立憲民主党の変形プロセスの産物に他ならなかった。

 ポピュリストから「低姿勢」に転じた枝野は、野田佳彦率いる旧民進系無所属議員のグループを「緩衝地帯」に据え、国民民主党との距離を測りつつ、地域レベルのネットワークの広がりに乗じて野党間をとりまとめていった。「立憲民主党と国民民主党との確執」「共産党と連合との確執」が盛んに喧伝されていたにもかかわらず、参院選1人区の野党一本化が予想以上にスムーズに進んだのは、水面下でこのような戦略転換がなされていたからである。

 こうした持久戦のなかでつくりあげてきた野党連合がやっと姿を現したのが、6月19日の国会党首討論だ。この討論では、立憲民主党枝野代表、日本共産党志位和夫委員長が年金不足、年金不安を解消するための具体的な提案を行い、国民民主党玉木代表が安倍総理を挑発するという役割分担がなされていた。虚を突かれた安倍総理は不規則答弁を繰り返した。硬軟織り交ぜながら批判とともに具体的な提案を国民に投げかけるというこの連携プレーは、野党がこれまで以上の結束で参院選に挑むことを予感させた。

 ただそれは予感にすぎない。野党連合が、この安倍政権の危機を利用して好機に転じることができるかどうかは、これまで積みあげられてきた地域ネットワークの力が、十分に引き出せるかどうかにかかっているからだ。いま問われているのは野党連合のリーダーシップと、民主主義の再生を願う人々がどれだけこの選挙戦に――ネット上だけでなく――直接足を運び、参加するかである。(後略)

 

出典:https://imidas.jp/jijikaitai/c40-130-19-07-g695

 

 正直言って、この分析には過度の楽観と「我田引水」が感じられて同意できない箇所が多いのだが、一昨年の衆院選の頃とは、反自民陣営内に働く力学がずいぶん変わったことは間違いないと感じられる。それが「野党共闘」の中枢部と山本太郎陣営との亀裂につながったのではないかというのが、私がこの記事で言いたいことの一つだ。

 「ポピュリズム路線」に走ってきた「野党共闘」にとって特に大きな挫折だったのは、先の衆院選大阪12区補選での、直前まで共産党参院議員だった「無所属候補」の惨敗だ。「無所属候補」は、なんと共産党支持層の4分の1を逃がして供託金を没収されてしまう大惨敗を喫した。民主集中制共産党ゆえ表面にはなかなか出てこないが、惨敗を受けても表向き「共闘」を続けるぞと叫び続けるしかない幹部の言葉とは裏腹に、内部では敗因の分析作業がなされてきたであろうことは想像に難くない。

 私は、衆院大阪12区補選で共産党が大量の基礎票を逃がしたのは、「私たちは共産党を支持しているのであって『野党共闘』を支持しているのではない」という共産党支持者の強い思いがあったからだろうと推測している。さらに言えば、共産党参院議員を無所属で出馬させる案を考えたのは小沢一郎だといわれているのだが、「野党共闘」そのものの原動力も小沢だった可能性がきわめて濃厚だ。身も蓋もない言い方をすれば、共産党幹部が小沢の口車に乗って始まったのが「野党共闘」ではなかったか。で、その小沢を突き動かしているものは何かと言えば、それはかつての自民党内及び旧民主党内の政敵に対する私怨だ。つまり、端的に言えば共産党と「野党共闘」は小沢の私闘に利用されてきた。共産党支持者たちは、はっきりそのような認識ではないにせよ、「野党共闘」の怪しさを薄々と感じ取り、それで無所属候補が大量の基礎票を逃がしたのではなかったかと思うのだ。

 で、山本太郎について言えば、彼は自由党と袂を分かって新党を立ち上げた時、本当は共産でも立民でもない独自路線を行かなければならなかったのだが、実際にはそうはしなかった。そう私は見ている。表向きは独自路線を行くかと見せつつ、実は共産党にすり寄って立憲民主党を攻撃しようとした。その山本を動かしたものは、まるでフロイト精神分析理論における「超自我」のように山本の思考を支配した小沢一郎の怨念ではなかったかと私は思うのだ。

 そのもっとも顕著な表れが、麻生太郎への問責決議案の採決を棄権した際に自らのブログに書いた記事だった。しかしそれは、上記木下ちがや(こたつぬこ)氏らを含む共産党系の人たちからも強い批判を浴びた。

 Twitterを見ていると「山本太郎信者」(ヤマシン)には、「小沢一郎信者」(オザシン)から転向した人たちが圧倒的に多い。彼らヤマシンの呟きを見ていると、やたらと目につくパターンがある。それは「共産党はなぜ山本太郎ではなく立憲民主党を選ぶのか」という嘆き節だ。その理由は山本太郎自らが「野党共闘」から離れて行ったからだろうが、としか私には思えないのだが、彼らにはそんな簡単なことさえもわからないようだ。私は山本太郎が選ぶべきは共産でも立民でもない独自路線だと書いたが、もっと書けば、「野党共闘から離れたのであれば、小沢一郎がずっとやり続けたような、共産党と同党の支持者を利用するような真似はもう止めろ」と言いたい。しかし、山本太郎共産党支持者たちの反発を散々招いたあげく、最後には「最後通牒」かと思わせる下記のツイートをこたつぬこ氏に出させてしまった。

 

 

  上記は、直接にはこの記事の冒頭で触れた静岡選挙区での民民と立民の候補者間の軋轢に関するツイートだが(「静岡新聞のスクープ」はその件に関する報道)、ツイート中にある

「野党分断」「自民と机の下で手を握っている」などという事実無根の中傷

をもっぱら発してきたのは「ヤマシン」「オザシン」の諸氏だった。そして山本太郎自身も、当初は彼らが望む通りの言動を繰り返してきた。

 山本太郎が最初大阪入りした時には共産の辰巳孝太郎候補だけを応援したが、二度目には同じ日に辰巳候補と立民の亀石倫子候補の両方を応援したとのことだ。このことからも、山本太郎自身は批判を受け入れる度量も理性も持った人であることはわかる。いや、そういう表現よりもむしろ、山本太郎には「風を読む」能力があると評するべきかもしれない。つまり、「ヤマシン」や「オザシン」の望む通りに行動しても良い結果にはつながらないことを認識する能力が、山本太郎には間違いなくある。

 しかし、これまで山本太郎の行動を事実上縛りつけていた小沢の「怨念」からの解放は未だ十分にはなされていないのではないだろうか。

 もちろん「野党共闘」自体には問題山積であって、それらは私もずっと批判してきたことなのだが、残念ながら今回の一連の山本太郎の行動で本当に買えるのは、「特定枠」を2つも使用したことだけだったと言わざるを得ない。もちろん山本太郎陣営が打ち出した経済政策も一定程度買えるのだが、残念ながら消費税に対する戦術の誤りなどによって相殺されてしまった。

 結局、「野党共闘」にせよ、「希望の党」に弾き出された結果誕生した「立憲民主党」にせよ、本当にあったかどうかももはやわからなくなりつつある「山本太郎現象」にせよ、小沢一郎を抜きにしては考えられないものであって、「平成」の時代にずっと続いてきた小沢一郎の呪縛がまだ残っているともいえる。

 私は、小沢一郎の影響を無化するところまでいかなければ、今後の日本が良い方向に変化することは絶対にあり得ないと考えている。だから「野党共闘」も立憲民主党も「山本太郎現象」もみな過渡的なものだとの認識だ。

 小沢一郎を象徴するのが新自由主義衆院選小選挙区制だ。そうした諸悪の根源を乗り越えない限り、日本に未来はない。

音喜多駿と柳ケ瀬裕文

 昨日公開した下記記事にいただいたコメントより。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

nanijiro-i

 

音喜多駿が個人名を書けといっているのをいまこの記事で知ったが、柳ケ瀬裕文というのは、2012-2013年の「東京維新の会」の幹部の都議で、大日本帝国復活請願に賛成したひとりではないんでしょうかね。ということは、どんだけ、とんでもな候補かっていうことです。長谷川豊が候補から外れて、はじめて比例区に追加された候補だというだけありますね。
ところで、音喜多氏は、落ちた場合は都知事選に出るとか言ったそうだ。この発言になにか裏があるのではないか、ということを考えている。野党は共闘で、来年の都知事選挙にどう対応するのか。だれを押し立てて戦うのか。参議院選挙後くらいから、展望が見えるようにしてほしい、とも思っている。

 

 ご指摘があったので調べてみましたが、確かに柳ヶ瀬裕文は「東京維新の会」の幹部で、今も幹事長を務めていますね。柳ヶ瀬は2012年に、あの悪名高い野田数らとともに「東京維新の会」を立ち上げた人間です。
 
 
 「東京維新の会」の現在の代表は、これまたトンデモ極右として悪名高い山田宏
 だからこそ音喜多駿は一時期、同じ極右として思想をともにする小池百合子のパシリとして活動していたのでしょう。権力志向の人にありがちなように、独裁者に反発して小池と袂を分かったようですが。
 私は音喜多の顔を見るだけで虫酸が走る人間なので、音喜多を落とすために「戦略的投票」をする方向に八分がた腹を決めています。
 
 以下文体を「ですます」調から常体に戻す。私が今でも絶対に許せないと思っているのは、2016年の小池百合子人気絶頂期に、音喜多と対談して意気投合した斎藤美奈子だ。
 

gendai.ismedia.jp

 

 この「対談」に接して以来、私は斎藤という人間を一切信用しないことにした。斎藤に限らず、当時小池百合子やその一派になびいた人間はあまりにも多かった。

 本当に救いがないと思うのは、その小池に「打倒アベ」の夢を託した「ダメリベラル」の群集心理だ。一昨年夏の都議選で、既に小池は「排除」をやっており、柿沢未途夫人の柿沢幸絵は小池に「排除」こそされなかったものの「都民ファ□ストの会」の公認をもらえずあえなく落選したこともあった(ちなみに柿沢幸絵の落選を私は歓迎したがw)。ましてや旧民進党内の「リベラル派」など、小池に排除されない方がおかしいと私は早くから確信していたので、一昨年8月2日にこの日記に書いた記事でそれを予言していた。その記事から以下引用する。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

なお、仮に民進党代表選が枝野幸男前原誠司との争いになる場合の私の予想は下記の通り。

まず枝野幸男が勝った場合、民進党は分裂するか、または右派の議員が衆院選前に大量に離党し、次の衆院選では「国民ファ★ストの会」から出馬する。

また、前原誠司が勝った場合だが、この場合も民進党が丸ごと「国民ファ★ストの会」と合併することはあり得ない。民進党とは、国ファがそうなるであろうような右派ポピュリズム政党にとっては疫病神なのだ。特に民進党内の中間派やリベラル系議員は、長島昭久渡辺喜美若狭勝や、その背後にいる小池百合子(小池自身は次の衆院選には間違いなく出馬しない)に排除されるだろう。民進党の看板があっては国ファには絶対に受け入れられないから、結局前原が勝った場合に起きるのは、民進党の解党だろう。「国ファ」の公認さえもらえれば、いくら「元民進」だろうが勝てることは都議選の結果がはっきり示している。ついでに書くと、無所属の推薦程度ではダメなことは柿沢幸絵が示した(ざまあ!)。

 

出典:https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20170802/1501632632

 

 上記引用文中で「国民ファ★ストの会」「国ファ」などと表記したのが、のちの「希望の党」に当たる(同党の設立は一昨年9月末で、記事を書いた頃にはまだ名前どころか政党そのものもなかった)。

 最初から上記のように予想していたからこそ、私は「希望の党」立ち上げの報に接した時から、「小池はまだ『排除』をやらないのか、まだか、まだか」と心待ちにしたのだった。

 ある時、小池が前原誠司との共同記者会見をキャンセルしたと聞いて、これは誰を党に入れて誰を排除するかで揉めてるんだろうなと想像したら案の定で、その次に小池が記者会見に出てきた時に、待望の「排除」発言が飛び出したのだった。

 ああ、やっぱりな、ついにやったなとしか私は思わなかったのだが、「小池百合子幻想」にとらわれていた人たちには大きな衝撃を与えたらしく、それが結党時には誰も予測しなかった「希望の党」の衆院選惨敗につながった。

 音喜多の話になったのでついつい思い出話にふけってしまったが、上記の経緯を執念深く覚えている私にとっては、音喜多は絶対に許せない人間だ。

 8日後の参院選では(今回は期日前投票はしない)、迷った末に「戦略的投票」をしてしまうのではないかと思う今日この頃だ。

竹村健一死去

 竹村健一が死んだ。

 

https://www.asahi.com/articles/ASM7C5X2YM7CUCLV00M.html

 

評論家・竹村健一さん死去 パイプ姿「だいたいやねえ」

 

 テレビやラジオなどで活躍した評論家の竹村健一(たけむら・けんいち)さんが8日、多臓器不全のため死去した。89歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は長男で京都造形芸術大学教授の真一さん。

 京都大学を卒業後、毎日新聞社に入社。フルブライト留学生として米国に留学。その後、追手門学院大学助教授などを経て、フリーの評論家として活躍した。

 フジテレビの「竹村健一・世相を斬る」(79~92年)「報道2001」(92~08年)などに出演。保守系の論客として、独特の関西弁で歯にきぬ着せぬ物言いが人気を集めた。パイプを片手に、「だいたいやねえ」で語り出す姿が特徴だった。

 

朝日新聞デジタルより)

 

 竹村は長年日本の政治と社会を右に傾けるのに大きく寄与した人間だが、竹村のテレビ出演の最末期には、自身が推進した日本の政治・社会のあまりの右傾化に、竹村本人がついていけなくなっていたことが印象に残っている。

 なお、数か月前に竹村の話題を取り上げていた。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 上記記事につけ加えることは特にない。


 

 

 

危うく存在を忘れかかっていた毎日新聞の「えらぼーと」をやってみたら、社民党との一致度が一番高かった

 投票日を9日後に控えた参議院選挙だが、有権者の関心が低く、低投票率になるのではないかなどといわれている。

 ふと思ったのだが、安倍晋三がさんざんフェイクの「解散風」を煽ったのは、衆参同日選挙をやる気満々だと見せかけて、実はやらないことで拍子抜けさせ、同日選だったら8月4日だったといわれる投票日もそれから見れば前倒しして(実際には会期延長がない場合の正規の投票日だったのだが)、参院選を盛り上がらせない戦略だったのではなかろうか。

 私は最初から同日選はないだろうと予想はしていたものの、そんな私でも安倍や自民党首脳があまりに思わせぶりな発言を連発するから、もしかしたら同日選を断行する可能性があるかもしれないと警戒したくらいだ。昨日も書いた通りの国民民主党というアキレス腱を抱える野党も、安倍の「解散風」によって政権批判の勢いが鈍った。まんまと安倍の術中にはまったとしかいいようがない。低投票率になれば、公明票創価学会票)に支えられる自民党が強いことはいうまでもない。

 今回は私も毎日新聞がいつもやっている「えらぼーと」の存在すら忘れていた。どっかのツイートで「えらぼーと」という文字列を見かけたので、そうか、そんなものがあったな、今回もやってるんだろうかとやっとこさ気づいて調べたらやっていた。下記にリンクを張っておく。

 

vote.mainichi.jp

 

 早速やってみたが、「無回答」としか答えようがない設問がいくつもあった。12年前の参院選で初めてこの企画に接した時には新鮮で、ブログで何度も取り上げたものだったが、企画自体が回を追って冴えなくなってきている印象だ。

 私と政党との一致度は、社民党オリーブの木が70%で同率1位、共産党が65%で3位、立民と山本党と労働者党が61%で同率4位だった。自民党とは9%しか一致しなかった。

 今回は「無回答」を選ばざるを得ない質問が多かったから、社民との一致度も70%止まりだったが、私は毎回社民党との一致度が一番高く、今回も例外ではなかった。

 なお、比例区の投票先については、以前に公言したことを改めて、社民党の政党名か、吉田忠智候補以外の個人名のどちらかを書くことにした。理由は、吉田候補が天皇主義者と断定せざるを得ない思想信条の持ち主であることを知ったからだ。社民党にも「古層」が根を張っていることを思い知らされた。

 なお、比例に個人名を、という候補者は、山本太郎や音喜多駿*1をはじめとして多数いるが、政党名を書くのが本来の姿だろうとは思う。選挙区は、その音喜多駿だけは絶対に落としたいので、メディアの終盤の情勢調査を参考にして、今回も前回同様の「戦略的投票」を行うかどうかを決める。行わない場合は社民党の朝倉玲子候補に投票する。

 とにかく、参院選が低投票率になりかねないことが懸念される。

*1:音喜多自身は東京選挙区の候補だから、音喜多が投票を呼びかけている候補者名は、もちろん音喜多自身ではない。