kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

泉健太氏の中道連携スタンスの検証 (Geminiとの対話)

 昨日(9/29)は尻切れとんぼだったので、昨日の記事の最後に先刻補った泉健太代議士の下記XについてGeminiに聞いてみた。

 下記は昨日の記事へのリンク。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 また下記は昨日の記事の末尾に補った泉議員のXへのリンク。

 

 

 上記ポストについてGeminiに聞いてみた。Geminiは当該スレッドに「泉健太氏の中道連携スタンスの検証」というタイトルをつけた。

 以下がAIとの対話。今回はAIによるまとめではなく問答をそのままコピーした。

 

泉健太代議士は「中道」を掲げる政党を列挙しています。具体的には公明党、国民民主党、民主改革の会。立憲民主党も泉氏が代表の時代には「政策立案型のリベラル中道政党」を掲げていたとのこと。この文章から、泉氏自身も「中道」の名称の衆議院の統一会派には加わらないものの、中道を奉じる政治家であり、公明、国民民主、民主改革のそれぞれ全部と立憲民主のうち「リベラル中道」を信奉する人たちを、緩やかな連帯で(つまり政党同士の合流には必ずしも限定しないで)ひとまとめにしたいという意図を持っていると思われますが、そういう理解で良いですか。また、このXでいう「政策立案型」という言葉は、泉氏が立憲民主党代表時代の初期の頃(2021年秋の代表就任から2022年の参院選に敗北するまでの間)に掲げていた「提案型野党」路線と同じと考えて良いですか。
 
 
ご提示いただいた2つの点について、その解釈で概ね妥当・適切と考えられます。それぞれの意図と背景について整理・解説します。

1. 泉氏の意図・政治的スタンスについて

ご解釈の通り、政党の枠組みを超えた「中道勢力の緩やかな連携・結集」を目指していると解釈できます。

  • 「2人会派」からの始動と現実路線
    泉氏は統一会派「中道」そのものには加わらず、あえて独立した2人会派を結成した上で「ここから動く」としています。これは特定の既存枠組みや党派色に埋没せず、フリーな立場から「現実路線」をとる政治家同士を繋ぐ触媒(ハブ)となろうとする強い意思表示です。
  • 対象とする勢力の範囲

    • 公明・国民民主・民主改革:政党・会派として明確に「中道」を掲げる勢力。
    • 立憲民主党(の一部):政党全体を一括りにするのではなく、ご指摘の通り「政策立案型のリベラル中道」を志向する議員やグループを念頭に置いています。
  • 緩やかな連携の志向
    無理な「政党再編」や「野党合流」は党内対立や路線の齟齬を生みやすいため、まずは会派の枠組みや特定の政策課題での協調といった「ゆるやかな連帯」を通じて、中道・現実路線の大きな結集軸を作りたいという狙いがあると考えられます。

2. 「政策立案型」と「提案型野党」路線の関係について

ご解釈の通り、「政策立案型」という表現は代表就任初期(2021年秋〜2022年参院選頃)に掲げていた「提案型野党」路線と本質的に同義(その再定義・発展形)と考えて差し支えありません。

  • 路線の一貫性
    泉氏が代表就任時に掲げた「批判ばかりではなく、具体的な対案や政策を出して与党と対峙する」という「提案型野党」のコンセプトは、党大会等で用いられた「政策立案型のリベラル中道政党」という言葉にそのまま引き継がれています。
  • 「現実路線」へのこだわり
    2022年参院選以降、対決姿勢を強める路線への揺り戻しや党内での葛藤がありましたが、今回Xで発信された内容は、泉氏が一貫して「現実的な政策提示ができる中道政治」を自身のアイデンティティとして捉えていることを示しています。
総じて、泉氏の投稿は「政党の枠組みにとらわれず、批判先行ではなく現実的な対案・政策立案を志向する『中道』勢力を幅広く集結・連携させたい」という意図を明確に表したものと理解できます。

 

 ところがAIが示したソースを見ると、なんと弊ブログの下記記事だった。つまり上記は下記記事の要約みたいなものといえるかもしれない。まあこれは質問文が悪かった。つまり自分が書いた記事に誘導するような質問だった。
 

 

 AIにはこれに関連してもう一点だけ聞いた。

 

2022年参院選での敗北を、立憲民主党は「提案型野党路線が敗因である」と総括し、泉氏もそれを了承したと記憶しています。その後2024年の任期満了までの間は「提案型野党」路線を一旦棚上げしたように見えました。しかし泉氏の本意はあくまでも「提案型野党」路線にあったことがこのXから読み取れると思いますが、その理解で良いですか。
 
 
ご認識・ご理解の通りと考えて差し支えありません。

1. 2022年参院選総括と路線の修正

2021年秋の代表就任時に泉氏が打ち出した「提案型野党」路線は、「批判ばかりの野党」というイメージを脱却し、現実的な対案を示して政権担当能力をアピールすることを目的としていました。

しかし、2022年7月の参院選で立憲民主党が敗北(事実上の敗北)を喫すると、党内の参院選総括において「提案型に寄ったことで与党との違いや対決姿勢が不明瞭になり、支持層の埋没を招いた」といった批判が強まりました。泉氏もこの総括を受け入れざるを得ず、その後の代表任期中(2022年後半〜2024年秋の代表選退任まで)は、対決姿勢や行政監視能力(追及力)を前面に出す攻勢へとシフトした経緯があります。

2. Xの投稿から伺える泉氏の本意

党代表という立場上、党内の多様な意見や与野党対立の激化に伴い路線修正を余儀なくされましたが、今回のXでの発信(「政策立案型のリベラル中道」「現実路線」)を踏まえると、泉氏個人の政治的アイデンティティや信条(本意)は、一貫して初志である「提案型・現実路線」にあったと解釈するのが極めて自然です。

  • 自身の政治的「軸」の再提示
    代表退任後、党の制約や立場から解放されたことで、ご自身が最も重視していた「批判にとどまらない現実的な政策立案と提案」「それを共有できる中道勢力の結集」という原点回帰のスタンスを改めて表明したものと考えられます。
したがって、「党内事情や選挙総括のために一時期棚上げ(修正)せざるを得なかったが、泉氏個人の目指す政治像の本音・本意は一貫して『提案型・現実路線の中道政治』にあった」というご理解は、政治的な流れとして非常に的確です。

 

 上記回答のソースとしてAIが挙げたのは、泉健太 - Wikipedia だった。

 私は、最近の泉議員のXでの発信は結構ストレートな物言いをしているので、今回の記事で私が書いている以外の解釈はできないはずだと思うが、でも現実のSNSを見ると、中改連から民改会への流れを支持する人たちからは「泉さん(たち)は中道を切り崩すつもりなのか」と疑心にかられたり、一方でアンチ中改連でリベラル・左派系の立民支持層からは「ケンタは立憲に戻ってくれるのではないか」と期待されたりしている。そのどちらも的外れだと弊ブログは指摘したい。泉健太は確信せる「中道政治家」である。私とは全く立場は異なるが、泉は泉としてその立場は一貫している。

 私が懸念するのは、少し前に「まる」氏が中北浩爾氏が図示したグラフを、立民の左側の切断あるいは排除につながると批判したようなことが、仮に今後泉健太の構想が進展した場合に起きるのではないかということだ。現に泉は「ゴリラ」は「立憲も飛び越した」勢力だと批判的に言及している。

 ただ、当該「まる」氏のXへのリンクはすぐには出てこないので(XのポストはGoogle検索などにヒットしにくい特徴がある)、再びAI(Google検索のAIモード)に聞いてみた。

 

  • 検索語「まる 立憲 X グラフ 中北浩爾」
政治学者の中北浩爾中央大学教授による、2026年2月の衆院選における「中道改革連合」の大敗分析に関する話題です。 [1, 2, 3]
X(旧Twitter)上では、アカウント名「まる」(@marseille1945)氏などが、田中辰雄慶應義塾大学教授による有権者追跡調査の投票先変更データ(グラフ図)などを引き合いに出しながら、中道・立憲系の選挙結果や戦略について議論を展開しています。 [2]

議論の背景と主なポイント

  • 中道改革連合の選挙結果
    2026年2月の衆院選では、立憲民主党や公明党などが合流・協力した「中道改革連合」が結成されましたが、結果は大敗に終わりました。中北教授はメディア(『NEWSポストセブン』など)で、「なぜ中道は総選挙で大敗したのか」と題し、組織の立て直しや政策の熟議について分析・提言を行っています。 [1, 3]
  • データとグラフを用いたXでの議論
    X上の「まる」氏らは、この選挙結果における投票行動を分析するため、田中辰雄教授が公開した「有権者1,699人の追跡調査データ(前回選挙からの投票先変更を表した図・グラフ)」を引用。中道改革連合が支持を失ったダイレクトな要因や、過去の立憲民主党単独時の当選率との比較などをグラフや数値をもとに論評しています。 [2, 4]

 

Q:まる氏が、中北氏が示したグラフが立憲民主党の左側を分断しようとしていると批判的に論じたポストがあったように記憶します。そのポストは分かりますか。確か印刷物に書き込みの入った写真の画像があったポストだと思います。

 

はい、ご記憶の通り、まる(@marseille1945)氏が中北浩爾氏の示した図(グラフ)に対して批判を展開したポストが存在します。 [1]
このポストは、新聞や雑誌などの印刷物に赤ペンなどで直接書き込みを入れた写真(画像)を添付して投稿されたものです。

批判の主な論点

まる氏は、中北氏が提示した政治勢力のポジショニングや有権者の移動に関するグラフ(または図表)について、以下のように批判的に論じていました。

  • 「立憲の左側を分断しようとしている」という指摘
    中北氏の分析(中道改革連合の正当化や野党共闘批判の文脈など)において、立憲民主党のリベラル・左派層(いわゆる「立憲ブランド」を支持してきた層)と中道層を意図的に切り離し、党の左側を意図的にパージ・分断しようとする政治的意図やバイアスがその図表に表れているのではないか、と指摘しています。 [2]
  • 書き込み画像による反論
    添付された画像では、中北氏のグラフのセグメントの区切り方やデータの解釈、あるいは提示されている「中道」の定義に対して、実際の得票動向(過去の立憲民主党単独時のデータなど)との矛盾や問題点をペン書きで直接ツッコミを入れる形で可視化していました。 [2]
このように、まる氏は中北氏の分析を「客観的なデータ分析を装いながら、実際には立憲の伝統的な支持基盤を切り崩し、都合よく中道シフトを正当化するためのロジック(分断ツール)になっている」として、批判的な論評を加えていました。

 

 当該Xのポストそのものへのリンクは表示されなかった。やはりXはGoogle検索に弱く、刹那的な性格が非常に強い。ビュー数がすぐ何万とか何十万とか何百万とか行くくせに、日のアクセス数がせいぜい4桁にやっと届く程度のブログ記事の方がよほどGoogle検索にヒットしやすいし、正確なURLも出してくれる。

 私はXをやらないが、特に発信力を持った方に対しては、Xだけではもったいない、せめてXとブログ、あるいはXとnoteの二刀流でやってみてはどうかと思う。中には三刀流をやっておられる方もいるけれども。

 そういえばブログとnoteの違いがよくわからなかったのでGoogle検索をかけてみた。

 

  • 検索語「ブログとnoteの違い」
noteとブログの最大の違いは、noteが「手軽に発信して直接コンテンツを売るSNS型の場所」であるのに対し、ブログは「検索から人を集めて広告で稼ぐ資産型の場所」である点です。 [1, 2]

主な4つの違い

  • 収益化の方法
     
    • note: 記事そのものを有料販売したり、読者からサポート(投げ銭)を受け取ったりする。
    • ブログ: 広告(Googleアドセンス)や商品紹介(アフィリエイト)で収益を出す。 [1, 3]
  • デザインと自由度
     
    • note: シンプルな固定デザインで、カスタマイズはほとんどできない。
    • ブログ: WordPressなどを使えば、デザインや機能を自由にカスタマイズできる。 [1]
  • 集客の仕組み
     
    • note: フォロワーへの通知や「スキ」などのSNS機能で、すぐに読者に届きやすい。
    • ブログ: Googleなどの検索エンジン(SEO)から時間をかけて安定したアクセスを集める。 [2, 4]
  • データの管理
     
    • note: 運営会社のプラットフォーム上にあるため、サービス終了のリスクがある。
    • ブログ: 独自ドメインとサーバーを自分で管理するため、データは自分の資産になる。 [1, 2]

どちらを選ぶべき?

 
  • noteが向いている人:
    • すぐに文章を書き始めてみたい初心者
    • エッセイや自分の経験・ノウハウを有料で売りたい人 [1]
  • ブログが向いている人:
    • 自分のオリジナルのWebサイトを作りたい人
    • 検索からのアクセスを増やして、長期間広告収入を得たい人 [1]
もしよろしければ、どんな内容を発信したいか(日記、専門知識、副業の収益化など)教えていただければ、どちらが合っているかご提案します。

 

Q:noteはXとブログの中間的な性格を持つ媒体と考えて良いですか。

 

はい、その認識で間違いありません。 noteはまさにX(旧Twitter)の「拡散力・手軽さ」と、ブログの「長文テキスト・ストック性」を掛け合わせた中間的なメディアといえます。
それぞれの特徴を「中間」として比較すると、以下のように整理できます。
特徴 X(旧Twitter) note(中間) ブログ
文字数と内容 短文(140文字〜)が中心。リアルタイムのつぶやき。 長文テキストがメイン。 画像や図解も自由に差し込める。 長文テキストがメイン。 制限なくデザインも作り込める。
拡散のしやすさ リポストによる爆発的な拡散力がある。 タイムラインや「スキ」機能があり、Xほどではないが初期でも読まれやすい。 検索(SEO)が中心のため、初期は誰にも読まれず孤島になりやすい。
寿命(ストック性) 数時間〜数日でタイムラインに埋もれて消える(フロー型)。 過去の記事もプロフィールに残り、検索からも読まれる(フロー+ストック)。 過去の記事が検索され続け、数年後も読まれる資産になる(ストック型)。
ユーザーとの距離 リプライ等で気軽に交流する「SNS」。 フォローや応援(投げ銭)など、SNS的な繋がりが強い。 基本的には「Webサイト」であり、読者との交流は薄い。

なぜ「中間」として優秀なのか?

  • ブログほど重くないが、Xより深く伝わる:ブログを開設・維持するような技術的・金銭的ハードルがなく、Xでは書ききれない深い思考やノウハウをすぐに発信できます。
  • Xとの相性が抜群に良い:noteのクリエイターの多くは、Xで短い要約を発信し、詳細をnoteに誘導するという方法をとっています。地続きで連携できる点も中間ならではの強みです。
もしnoteやX、ブログを使った発信を検討されている場合、「今すでにXのフォロワーがいるか」や「最終的に達成したいゴール(有名になりたい、副業収入が欲しいなど)」を教えていただけますか?あなたに最適な組み合わせをご案内します。

 

 副業収入などどうでも良いが、ブログ、note、Xの違いはやはりそういうことか。
 今日はここまで。

泉健太らの会派名は「また幕末かよ」の「志士の会」

 泉健太と緒方林太郎の会派の名前が「志士の会」と知って、また幕末かよ、ダメだこりゃと思った。

 

 

 かつての民主党時代の野田佳彦一派と同じ名称らしい。

 

 

 レバ子さんからは痛烈な批判が。

 

 

 確かに泉は「志士の会」のネーミングに絡めて自らの立ち位置を明言していない。

 

 

 

 

 

 泉健太自身は松下政経塾出身ではないが(日本新党在籍歴もない)、松下政経塾出身の野田佳彦がかつて自らのグループに用いたことがある「志士の会」という名前を使ってしまった。民改会がほぼ政党支持率0になるのは最初からわかりきっていたから、むしろ元党代表のプライドを持つ泉としてはそんな党に収まっていられるか思ったのだろうが、維新だの新選組だのの悪いイメージが定着している幕末から名前を取ったセンスはどうしようもなく悪い。

 泉が「中道」の会派にも参加しないと決めたことで喜ぶ立民支持層の人達もいるが、泉は中道(中道右派)の諸政党をまとめたい意図があることは既に自身のX(下記リンク)で表明している。この事実を直視しなければならない。

 

 

 続きは明日に。

「高市首相」に「慣れてしまう」人たちが増えるのは非常に危険な兆候/高市、国会で日本の「旧敵国条項削除」を訴えてトランプから梯子を外される

 9月の高市内閣支持率はこれまでのところ平均的には微増で、これは先の特別国会での皇室典範「改正」や、8月に高市がICC赤根智子所長に発した冷淡なコメントのように、高市から人心を離反させる大きなニュースがなかったためだろうと思うが、こたつぬこ(木下ちがや)がまたしても高市に魅力を感じるとか言い出したことには心底呆れた。

 

 

 ただ、上記の唾棄すべきXにさえも一点だけ「いえてる」点があって、それは下記の指摘だ。

 

「高市後」の政権と与党はどうなるのだろうか。もうかつての派閥重視の自民党には戻れないし、高市型の総理総裁をださなければ、自民党支配はまたたくまに崩れるかもしれない。

 

要するに高市総理が魅力的になればなるほど統治権力は変質し、いずれ支配の不安定化を招くことになるといいたいのだが、まだ生煮えの思いつきの域をでない仮説に過ぎないから、ぼちぼち考えることにする。

 

URL: https://x.com/sangituyama/status/2102764613897220234

 

 私は高市など昔から今に至るまで死ぬほど大嫌いで好感を持ったことなど一度もなく、あんな高市にさえ人々が「慣れて」しまいそうな現状(上記木下のXなどその典型例だろう)に焦りを感じているが、「もうかつての派閥重視の自民党には戻れない」「高市型の総理総裁をださなければ、自民党支配はまたたくまに崩れる」というのは本当にその通りだと思う。だからこそ、弥縫(びほう)的な政治戦略でしかない、泉健太のような「提案型野党」路線を私は全否定するのだ。自民党政治の微修正とまではいわないけれども部分的修正でなんとか取り繕える段階を日本社会は既に過ぎてしまっていると信じて疑わない。

 私は常に中期的未来まで見据えて政局の動きを観察しているが、基本的に自民党は歴史的使命を既に終えており、現在はその過程の最終段階に近づいている時期だと考えている。だからこそ今が「崩壊の時代」だと考える。その展望において、公明党の連立離脱は自民党政治が終わる直前に起きるだろうと予想していたのが、予想外に昨年(2025年)に起きたので驚いたのだった。それもこれも、自民党が麻生太郎を首謀者として高市というターミネーター(「終わらせる者」「終結させるもの」の意)を担ぎ出したことが原因になった。

 本来、それを敏感に察知できる政治家であれば、それに対応すべきだった。具体的にいえば、野田佳彦(や安住淳)は昨年秋の首班指名で玉木雄一郎の担ぎ出しにいつまでもこだわっていないで、斉藤鉄夫が連立離脱を表明した時点で「斉藤鉄夫首班」に切り替える決断をすべきだった。文字通り「鉄は熱いうちに打て」ということわざ通り。しかし内心では斉藤よりも松下政経塾仲間の高市に「魅力を感じていた」かもしれない野田にその決断はできなかった。その結果が現在の惨状である。発表された朝日や毎日の世論調査で中改連や民改会の政党支持率を見よ。あれが答えだ。あれでは泉健太が民改会という枠から飛び出したのも当然だった。だが泉もまた、自民党政治の弥縫で日本をなんとか立て直せると考えている政治家でしかない。泉及び泉に追随したあと1人以外の中改連の立民系議員には民改会から飛び出す決断もできなかった。彼らの力では飛び出しても何もできないからだ。小沢一郎の息がかかっている、あるいはそこまで行かずとも小沢の影響力を受ける可能性がある「ゴリラ」に行っても仕方がないことは誰にでもわかる。

 現在ネットなどの政治談義で話題になっているのが、高市が国連で日本の「旧敵国条項」削除を訴えたらトランプに梯子を外されて「米中同盟」に発展する可能性が出てきたという話だ。高市の演説についてGoogle検索をかけた時の「AIによる概要」とそれに関する一件の質疑応答を以下に紹介して今日の記事を締める。

 検索語は「高市 国連演説 敵国条項削除」。下記が「AIによる概要」。

高市早苗首相は2026年9月22日に米ニューヨークで行った国連総会の一般討論演説で、国連憲章から第二次世界大戦の敗戦国を対象とした「旧敵国条項」を早急に削除すべきだと訴えました。 [1, 2, 3]

演説の概要と背景

  • 発言内容: 高市首相は就任後初となる国連演説の中で、「81年を経た国連憲章も、見直されなければならない。『旧敵国条項』は早急に削除されるべきだ。70年間にわたり国連の取組に大きく貢献してきた日本の誇りと名誉にかけて、強く申し上げておく」と述べました。 [1, 2]
  • 旧敵国条項とは: 国連憲章(第53条や第107条など)において、第二次世界大戦で連合国の敵であった国(日本、ドイツ、イタリアなど)が、再び侵略政策等を行った場合に安全保障理事会の許可なしで対抗措置をとれるとする規定です。1995年の国連総会決議で事実上死文化し、2005年の世界サミット成果文書でも削除の方針が合意されていましたが、憲章改正の手続きの難しさから未だに残存しています。 [4, 5, 6]

各界・諸外国の反応

  • 中国の反発: 中国外務省は同条項について「今日でも重要な現実的意義を有している」と反発を示しました。
  • 国内および政界の受け止め: 国内では日本維新の会の藤田共同代表が賛同を表明した一方、外務省幹部による擁護の声や、日中関係への影響を懸念する閣僚経験者からの苦言も出るなど、国内外で波紋を呼んでいます。 [2, 3, 6, 7, 8]

 

 この趣旨での日本の首相による演説が21年ぶり、つまりあの「郵政総選挙」を小泉純一郎がやった年以来らしいと聞いたので、AIに聞いてみた。
 
Q:日本が旧敵国条項削除を国連で訴えたのは2005年以来21年ぶりだと聞きましたが本当ですか。

 

国連の首脳レベル・総会演説の場で、日本の首相が「旧敵国条項の削除」を直接的に明言したという意味においては、2005年の小泉純一郎首相による国連サミット演説以来、21年ぶりという表現は事実に基づいています。 [1, 2]
今回の高市早苗首相の演説と、2005年の経緯は以下の通りです。

  • 2005年の経緯: 2005年9月に開催された「国連世界サミット」において、当時の小泉純一郎首相が演説で旧敵国条項の削除が国際社会の大義であると言及しました。このサミットの成果文書には全会一致で「旧敵国条項の削除への決意」が盛り込まれました。 [1, 2, 3]
  • 政府としての基本スタンス: 日本政府は1995年の国連総会決議(同条項が死文化したと圧倒的多数で決議) や2005年の合意を経て、「同条項はすでに死文化している」との立場を貫いてきました。そのため、近年は外交の現場や国連の各種委員会などで継続的に削除を働きかけてはいたものの、国連総会の一般討論演説という最も注目される大舞台でトップが明確に要求を突きつけるのは、2005年以降見送られていました。 [3, 4, 5]
高市首相が今回の演説で21年ぶりにこの問題へ踏み込んだ背景には、中国が昨年から対日牽制のために「旧敵国条項は今なお有効である」とする主張を展開し始めたことへの、強い対抗の意図があったと報じられています。 [5, 6]

 

 しかし「頼りはトランプしかいない」高市がそのトランプに梯子を外された。こんな無能な総理大臣は一刻も早く下ろすしかないと私は思うが、前記木下の反応は違った。

 

 

 いくら米中の帝国主義に憤慨したって、ナチスドイツに心酔したり大日本帝国の国会の大政翼賛会に入ったりしても仕方がないだろとしか私には思えないのだけれど。

『混沌の時代の自由討論会』の新着記事「小国自立の礎を築いたバルトのチャーリーズ・エンジェルたち」(lavenderkunさん, 9/27)

 『混沌の時代の自由討論会』ブログに本日(9/27)、新しい記事が公開されました。

 執筆者はlavenderkunさんです。

 

free-discussion-in-time-of-chaos.hatenadiary.com

 

 この共用ブログには過去ブログのメンバーだった執筆者が公開後削除した記事が数件ありますが、それらを除いて現在公開されている記事としては、区切りの100件目、いわゆる「キリ番」の記事になります。

泉健太曰く、「現在、野党で「中道」を掲げる政党は公明、国民民主、民主改革。また立憲民主も、私が代表時は党大会で「政策立案型のリベラル中道政党」を掲げていた。今回私は2人会派を結成し、ここから動く。現実路線での幅広い勢力結集を目指します。」/泉の真意を見誤るべからず

 泉健太についてもう少し書くことにした。

 無所属衆院議員の泉健太を私は支持しないしそれどころか敵対的だが、2021年の立民代表選後に泉の人脈作りの戦略を思い知って以来、その能力は評価している。平時向きの政治家だと思う。残念ながらかつての(北海道時代の)泉はいざ知らず、今の泉の政治的スタンスは支持できないし今のような乱世に適性のある政治家とは思えないが。組織の中で頭角を現す人間の生き方は昔よく城山三郎が小説に描いていた。しかしそういう生き方は乱世には向かない。そういう意味だ。

 泉の政治的スタンスは、泉が民改会に不参加を表明する以前に出たニュースが一番わかりやすい。まず「中道からゴリラ(への流出)はない」との言葉が印象に残った記事から。私が見たのはYahoo! JAPANでだったがリンクはすでに削除されていた。どうやらもとは産経の記事だったらしく、検索で下記がヒットした。

 

www.sankei.com

 

 泉はこんなことを言っていた。

 

 衆院選で中道から出馬して落選した立民系が設立した政治団体「護憲リベラル共生(略称ゴリラ)」に合流する議員が出る可能性については、「たぶん、それは実際ないのではないか。ゴリラというのは立憲も飛び越してしまうぐらいのものなので、たぶんそれはなかなかないだろう」との見方を披露した。

 国会での野党第1党としての在り方についても言及した。「疑惑追及だとかに時間を割いたら結局はイメージがボケるというか、政党としても損をしている。疑惑追及をすることで政党が評価を受けるということではない」と述べ、政策論争を中心に据えるべきだとの考えを強調した。

URL: https://www.sankei.com/article/20260910-35SNU6G7XZEBVM73JGXEDTPF3Q/

 

 私は「ゴリラ」については、平岡秀夫氏は別として川内博史とか阿部知子などは「小沢一郎系左派ポピュリスト」としか思っていないので、たいして買っていないどころかむしろ積極的に敵対心を感じるが、泉は私のような観点からではなく「ゴリラ」が「左に寄りすぎている」とみて嫌っているようだ。「立憲も飛び越してしまうぐらいのものなので」という表現が泉の本音をよく表している。また引用文の後半は泉の持論である「提案型野党」路線の開陳だ。泉がやりたいのはやはりこの路線なのだ。2022年参院選敗北を受けて党から「提案型路線が敗因」と総括されてそれに従ったが、泉が本心から提案型路線を捨てたわけではなかったことがわかる。

 泉が民改会不参加を表明したYouTubeの動画のコメント欄は泉に対する批判であふれ返っている。

 

www.youtube.com

 

 それ以前の動画では、泉は自らが信奉する「提案型野党」路線への理解を支持者たちに熱心に求めていたので、意外感はあった。しかし実際泉がそういうアクションを起こした以上、泉が考えたことは一つしかないと思って一昨日(9/24)の記事でそれを指摘したのだった。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

これはほぼ間違いないと思うが、泉は支持率が縮小してしまった立民系政党という枠をもはや見限り、立民系政党を含み、国民民主党(民民)や公明党を含む、より大きな塊の接着剤になろうとして、あるいは泉自身がその塊を仕切ろうとして、フリーな立場を求めたものと私は解釈している。なおかつ泉は長年京都で活動してきて「反共」の傾向が強いから、共産のみならず立民左派系も今後「排除」される可能性がかなり高いのではないか。

URL: https://kojitaken.hatenablog.com/entry/2026/09/24/091313

 

 すると、その私の見方を裏付けるかのような下記Xを泉がポストした。

 

 

 泉は具体的に公明、国民民主(民民)、民主改革(民改会)、それに立憲民主(立民)の一部(泉が代表時代の立民に忠誠を誓っていた人たち)を対象にして「現実路線での幅広い勢力結集を目指します」と明言している。

 ここで「現実路線での」という但し書きがついていることに注意が必要だ。泉に言わせれば「ゴリラ」が「現実路線」から逸脱していることはいうまでもない。

 やはり「中道右派勢力の結集」が泉の第一義であり、先に「ゴリラは立憲も飛び越してしまうぐらいの」と言っていることを考え合わせると、「立憲」(立民)の全部と一緒になるつもりはないと言っているに等しい。

 なぜわざわざこういうことを書くかというと、泉の動きを勝手に自分に都合の良いように解釈して期待してしまう人たちがいるからだ。そしてそう言う人に限って、実際に泉が立民の中で仲間に入れる人たちと仲間に入れない人たちを線引きした時に「裏切られた」と逆恨みしがちだ。

 そうではなく、政治家たちの動きをもっと冷静に見た方が良いですよと、私は忠告しているのである。

 なおこの泉の動きに関して、こたつぬこ(木下ちがや)とnaoko氏がXのやり取りをしているのが目に入った。最近のnaoko氏はあの「駅前は朝の七時」とまでつるんでいるが、それはここでは省略してこたつぬことnaoko氏のやり取りだけ記録しておく。

 

 

 まあそれはそうだ。泉の意図はそこにある。気づくのがちょっと遅かったんじゃないかな。

 

 

 これもそうだが、問題は玉木雄一郎が間違いなく泉健太を警戒しまくることだろう。泉が一番苦労するのはそこではないか。2021年に泉が立民代表になった時の玉木の憮然とした表情が全てを物語っている。民民を丸め込むことが泉にとっては最大の難事だろう。

 

 

 こたつぬこは辻元を切りたくて切りたくてたまらないわけだ。

 

 

 緒方林太郎という人をよく知らないので調べてみたら、希望の党を経て立民にも民民にも入らずに2021年に無所属で当選し、同様の経歴を持つ吉良州司や福島伸享と「有志の会」を結成した人だった。「有志の会」は全員に希望の党在籍歴があるから民主・民進系右派の政治家といえる。なお吉良だけは旧民民在籍歴を持つが、新民民には参加しなかった。ただ3人全員が右派の政治家であることは間違いない。なお3人のうち今年2月の衆院選に当選したのは緒方だけだった。

 

 ここでnaoko氏がこたつぬこに反応した。

 

 

 

 

 右の人たちが蠢いているということ。

 

 

 これは私でもわかった。一昨日のブログ記事で指摘しているから今回の泉の動きに関しては私の方が指摘は早かったんじゃないかな。

 

 

 

 

 naoko氏はもののみごとにこたつぬこに丸め込まれてしまった。「『つくるときは左派リベラルをのぞき』全結集する時では」という部分が核心なのにね。

 また、泉が元立民系無所属として活動を始めたといって喜んでいる人たちにも、「つくるときは左派リベラルをのぞく」前提で泉(たち)が動いている(に違いない)ことを見逃さないでもらいたいと思う。

 

 

 今回はちょっと余計な記事だったかもしれないが、書かずにはいられなかった。

破壊神・野田佳彦が民改会(民主改革の会)に入党。これで立民との再合流は遠のいたかも

 なんか野田佳彦が民改会に入党(参加)したのだそうで。

 

 

 記事からの引用は省略。

 

 

 そうだろうな。

 思うのだが、野田佳彦は小沢一郎と並ぶ、旧民主系の最大の破壊者だろう。

 民改会(民主改革の会)には野田の尻尾というより本体が残っていて、「ゴリラ」の中心をなす3人のうち2人(川内博史と阿部知子)には小沢色が非常に濃い。両方の政党ないし政治勢力とも、ほとんど支持されないのではないだろうか。

 野田と小沢という、この疫病神だか破壊神だかの2人を切り離さなければお話にならないことは確かだ。

 思えば2024年の立民代表選は、この2人が手を組んで泉健太の続投と枝野幸男の復帰の両方を阻んだのだった。

 あの代表選に関して歴史修正を図る人たちがいるから書いておくが、あれは泉が無投票再選を狙い、泉路線に満足できなかった枝野がそれを阻もうとしたところから泉対枝野の構図ができあがろうとしていた。しかし昔から枝野に対して腹に一物を持つ一方、2021年の立民代表選で支援した泉に対しても「裏切られた」怨念を持つ小沢が、破壊神仲間である野田をけしかけてタッグを組み、野田が代表になってしまったのだった。

 一部には、まず野田が泉に対して仕掛け、泉対野田だと野田が勝ってしまうから枝野も立ったのだという人がいるが(Xで見た)、これは違う。まず枝野が「枝野ビジョン2023」と「枝野ビジョン2024」で泉に対して仕掛けた。泉執行部がそれらのビジョンに沿っていないと枝野が見ていたことは疑いない。何より泉は維新に親和的でありすぎた。しかし泉も枝野も気に食わない小沢が野田をけしかけてその対立構図をひっくり返して泉と枝野の両方を倒した。それが2024年の立民代表選の流れだった。

 あの代表選に対する立民支持層の否定的総括が求められる。

 今日も余裕がないので以上。