kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

×××新選組の山本太郎、陰謀論全開の演説「ウクライナでの戦争が終わらないのはバイデンのせい」「日本は情報統制されている」(togetter)

 山本太郎は完全に一線を越えた。もはや山本と×××新選組を「極右」と認定せざるを得ない局面を迎えていると弊ブログは断定する。

 下記ヒルコ蛭義氏のツイート経由でtogetterにアクセスできた。

 

 

togetter.com

 

 上記togetterからいくつかツイートを拾う。

 

 

 馬淵睦夫とは今回のウクライナ戦争で有名になった極右人士。確かに山本太郎は完全に極右化している。

 

 

 これなんかは「鬼畜米英」とか「いざ来いニミッツマッカーサー」のノリだ。

 

 

 私も最初わからなかった。だが、「アメリカがウクライナに武器供与するのを止めれば戦争はロシアの勝利で終わる」という含意以外に解釈できないことに気づいた時には慄然とした。

 これを日中戦争に当てはめれば「米英が『援蒋ルート』経由で中国(蒋介石)に物資を援助しなければ、戦争は大日本帝国の勝利で終わる」という論理になる。

 従って、下記ツイートの指摘は完全に正しい。

 

 

 下記ツイートは誤り。「左」ではなく完全な極右。

 

 

 石田昌隆氏らのツイートもリンクされている。

 

 

 

 

 残念ながら、「山本太郎本人に少しでもメディアリテラシーを意識するように野党共闘支持者こそ迫らないといけない」という段階は既に過ぎている。「野党共闘」に関わる人たちの少なくない割合や×××新選組の支持者、それに信者たちが山本太郎を甘やかしすぎた結果、ポイントオブノーリターンを越えてしまった。

 解決方法は一つしかない。山本太郎に国政の場からの退場を願うことだ。

 そのための必要条件*1はきたる参院選東京選挙区で山本太郎を落選させることだ。弊ブログは既に参院選東京選挙区の目標を、海老沢由紀日本維新の会)、山本太郎(×××新選組)、荒木千陽(ファ□ストの会)の3人を全員落選させることだと宣言している。

*1:十分条件ではない。

醍醐聰氏のツイート「2年連続の異例な財政赤字の米国が財政負担の限度を顧みず、戦争の長期化を図っているかの喧伝は無知の妄想を通り越して、反米意識を煽る陰謀論のレベル」は、山本太郎の妄言に対する論評

 昨夜(5/25)遅くに公開した下記記事に関連して、醍醐聰氏がツイートを発信しているので紹介したい。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 

 

 醍醐氏の上記2件のツイートは山本太郎の街宣を受けてのものだ。詳しくは(といっても短い記事だが)冒頭にリンクした弊ブログの記事「山本太郎は四流の極右アジテーター」を参照されたい。このタイトルは、醍醐氏が山本を「三流のアジテーター」と評したことを受けてつけたものだ。

山本太郎は四流の極右アジテーター

 山本太郎の街宣の動画ファイルをリンクした "MMT" が文字列に含まれるアカウントが、せっかくのツイートを削除してしまったようだ。おそらく炎上してしまったためだろう。おそろしくたくさんの反応があって、その大半が山本を非難するものだったからだと思われる。

 

 

 しかし石田昌隆氏のおかげで、山本の街宣のポイントはわかる。その中で気になった部分が下記ツイートに含まれる。

 

 

 山本が「バイデンは戦争をやめさせられる」と言ったのはどういう意味なのだろうか。かつて「世界の警察官」と呼ばれたアメリカが動けば戦争を終わらせることができるという意味だろうか。まさか。アメリカからそのような国力が失われつつあることは世界の常識だろう。ましてやバイデンとプーチンの間に信頼関係などない。

 山本は「アメリカは儲かるから戦争を長引かせたい」とも言っているから、その含意は明らかだ。要するに山本は「アメリカ(バイデン)がウクライナに武器を供与しているから戦争が続いているのであって、アメリカが武器の供与を止めれば戦争はロシアの勝利で終わる」と言いたいのだろう。それ以外の解釈は不可能である。

 これはとんでもない発言だ。かつての日中戦争に当てはめれば下記のようになる。

 日中戦争においては「援蒋ルート」と呼ばれる物資の輸送路があった。これを経由してイギリスやアメリカが中国(蒋介石)を援助していた。つまり、山本の発言を日中戦争に当てはめると、「チャーチルルーズベルトは(援蒋ルート経由で中国を支援したりしなければ)日中戦争を(日本の勝利で)終わらせられる」ということになる。侵略国家の戦勝を容認する、とんでもなく極右的な発言なのである。

 石田氏が「人類の敵」「日本第一党を越えている」と酷評するのは決して大袈裟な表現ではない。弊ブログも少し前に山本と×××新選組を「パブリックエネミー」と評したことがある。なお日本第一党は極右の桜井誠の政党だが、桜井は昨年の衆院選で私の地元である東京15区から立候補した。しかし彼は全くの泡沫候補であり、得票わずか9,449票、得票率3.96%に過ぎず、彼の街宣車に遭遇したこともなければ私の周囲で彼や彼の政党が話題になったことも一度もない。彼の影響力など皆無に等しい。同じ極右*1なら山本と×××新選組の方がよほど大きな脅威だ。

 

 冒頭にリンクした石田氏のツイートに醍醐聡氏が反応した。

 

 

 その「反米の空気」は「鬼畜米英」のノリですな。反米左翼というよりは反米右翼。そういえば以前弊ブログにいただいたある方のコメントによると、「ABCD包囲網」を言い立てるヤマシン(「山本太郎信者」)がいたらしい。ヤマシンの中には少なからぬ右翼国粋主義者がいるようである。

 下記は醍醐氏のさらなるツイート。

 

 

 「米国が無尽蔵に財政負担する(できる)かの喧伝は妄想のレベル」という指摘には同感で、前述の通りそんな国力はアメリカにはもう残っていないというのが常識的な見方ではないか。山本の陰謀論は過去のアメリカの幻像に基づくものだ。

 「三流のアジテーター」には笑ってしまったが、これでもまだ山本にはもったいない。

 せいぜい「四流の極右アジテーター」くらいの称号が山本太郎には似つかわしい。

*1:山本太郎にはいろんな側面があるが、今回の発言に見られる通り極右的な一面も間違いなく持っている。

「衆愚」は「独裁」によって生成され、「独裁」を支えている可能性が高い(sumita-m氏)

 そういえばノビー(池田信夫)は独裁制を礼賛してましたっけね。

 

sumita-m.hatenadiary.com

 

まあ、どんな政体がいいのかというのは古代希臘以来論争の対象だったわけだけど。以前、池田信夫橋下徹を称賛する文脈で「独裁」の効率性を論じていたことを思い出した*2。ここでは、池田の論に反論したりする余裕はないのだけど、一点申し上げれば、池田が「民主政治」によって生み出されると主張している「衆愚」は、(古寺多見氏が述べるように)「独裁」によって生成され、「独裁」を支えている可能性が高いのだ。また、池田の論は、経済(企業経営)において有効だということになっている主張を、政治という別のシステム領域に無理矢理当て嵌めようとするものだ。しかし、企業は「独裁」がいいとは言っても、現実の資本主義では、「独裁」の暴走や腐敗を制御するために、外部監査などの仕掛けが装備されているわけだ。
ところで、自由で公開的な討論と批判という「民主」的な仕掛けによって数百年間続いてきた制度がある。それは(近代的な意味における)学問。まあ、これも最近は評判が悪いようだけど。

 

出典:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/22/195517

 

 (ノビーが「民主政治」のせいにしている)「衆愚」は「独裁」によって生成され、「独裁」を支えている可能性が高い。

 

 うまいこと仰いますねえ。感心しました。上記のフレーズは今後愛用することになりそうです(笑)。

 元記事で私が集合知が有効に作用せずに「衆愚」と化す、と(衆愚に鉤括弧をつけて)書いたのはそういう意味です。どう考えても見識が豊かだと思われる人が独裁者に対して何も言わない結果、「衆愚」と化してしまっている、それが×××新選組をめぐる現状だと思います。

 

 ところで山本太郎はますますエスカレートしているみたいです。

 

 

 

 

 

 有田芳生も同調している。

 

 

 弊ブログももちろん石田昌隆氏及び有田芳生氏に同調する。

 

 ×××新選組の現状については、たとえば下記の件がある。

 

 

 「ロシア分割の利益を狙う者たち」云々は大石晃子のツイートに書かれていた文言だが、これは間違いなく山本太郎からの受け売りだし、しかも山本太郎のオリジナルの意見ではなく、どっかの正体不明の陰謀論者の受け売りだろう。

 こういうデマというかプーチンに都合の良い虚偽の宣伝が集合知によって修正されずにそのまままかり通っているのが今の×××新選組のありようだ。これを「衆愚」と言わずして何と言う。党の独裁制が抱える問題が噴出しているとしか言いようがない。

 

 

 

 いや、完全に同じ括りになってしまったとみるほかない。

 安藤直樹氏のツイートもリンクしておく。

 

 

 弊ブログも少し前から×××新選組を「反民主主義的政党」と認定している。

中公新書から中北浩爾『日本共産党』、黒木登志夫『変異ウイルスとの闘い』が発売された

 まだ買ってもいないので読書ブログではなくこちらで。

 

 

 読売系になってしまってから久しい中公新書だが、最近は新書本では中公を買うことが多い。

 中北浩爾『日本共産党』は相当分厚いらしい。黒木登志夫『変異ウイルスとの闘い――コロナ治療薬とワクチン』は弊ブログで何度も引用した『新型コロナの科学』(2020)の続篇で、以前から2022年刊行予定だと著者が明言していた。最低この2冊は買わないといけない。

 ここ5年ほどの間に、共産党史のうち戦前については、1960年代の松本清張『昭和史発掘』(文春文庫)の一部と昨日(5/23)読み終えたばかりの立花隆日本共産党の研究』(講談社文庫)、戦後すぐの伊藤律の件については1990年代の伊藤律自身による『伊藤律回想録―北京幽閉二七年』(文藝春秋1993)、それに渡部富哉『偽りの烙印 - 伊藤律・スパイ説の崩壊』(五月書房1993, 1998改版)などを読んだ。

 立花本を読んだばかりなのでそれを踏まえて言うと、最初期の共産党は人を疑うことが少なすぎて特高につけ込まれてスパイMこと飯塚盈延に実権を握られるなどの失敗をしてしまった。すると今度は、スパイでない人間までスパイに見えてしまう疑心暗鬼に陥ってしまった。この場合第一義的に非難されるべきは共産党に対する弾圧であるのは当然だ。

 そのような理不尽な弾圧を受けていたのであるから、リンチ事件で罪一等どころか罪を大幅に減じられて当然なのに*1立花隆の連載に対してリンチそのものをなかったことにした1970年代の共産党も誤った過剰反応をしてしまったといえる。立花が自説を補強するために、当時共産党副委員長だった袴田里見の著書『党とともに歩んで』(1973, 初出は『前衛』連載1966-68)からリンチ事件に言及した箇所を引用すると、それまで同書を党員に一読を勧める学習参考文献としていた共産党は一転して袴田に自己批判を『赤旗』に発表させた上で同書を絶版とし、これが1977年末の袴田除名の遠因になったとのことだ*2。翌1978年初め頃の『週刊新潮』の新聞広告でよく袴田の名前を目にした記憶は今も鮮明だ。この件など、70年代の共産党のリスクマネジメントがいかに拙劣だったかをよく示している。あの事件は傷害致死には当たるか可能性があるけれども特高の苛酷な弾圧下では止むを得なかったとの弁明をすれば多くの人は納得したと思われるのに、なまじ事件そのものを全否定しようとしたために45年間もの同志だった宮本顯治と袴田里見の罵り合いと袴田の除名劇を招き、自ら傷口を広げてしまった。その結果共産党内では今も「宮本顯治=偉人、袴田里見=悪人」という位置づけになっているのかもしれないが、そんなものは党外の人間にとっては何の説得力もない。

 そして戦後の共産党については、渡部富哉氏や加藤哲郎氏らによる資料発掘によって、伊藤律のスパイ説が誤りであったことがほぼ完全に明らかにされた。しかし共産党は未だに伊藤律の名誉回復を行っていない。渡部氏の本が出た1993年には、伊藤律をスパイと決めつけた野坂参三自身がソ連のスパイであったことが週刊文春に暴かれた。野坂は同志の山本懸蔵をソ連に密告し、山本はスターリンに粛清されてしまったのである。1993年当時当時100歳で、誕生日を『徹子の部屋』で祝ってもらったばかりだった野坂は、自らへの除名処分について「残念ながら事実なのでこの処分を認めざるを得ない」と語った(1992年12月28日付朝日新聞夕刊)。

 しかし以上の経緯にもかかわらず、共産党は未だに伊藤律の名誉回復をしていない。ましてや本当にスパイだったかに疑義があるらしいリンチ事件の犠牲者・小畑達夫など、今後100年経ってもスパイ説の見直しなど行われないのではなかろうか。

 伊藤律関係では高世仁氏のブログにいくつか記事がある。伊藤律の次男・淳氏の著書の紹介と訃報を報告した高世氏のブログ記事、及び2020年1月に「ちきゅう座」に載った渡部富哉氏の文章へのリンクを以下に張っておく。

 

takase.hatenablog.jp

 

 上記の本は私も図書館で借りて読んだ。読書記録を見ると2017年10月22日読了。

 

takase.hatenablog.jp

 

 上記ブログ記事によると、伊藤淳氏は2019年9月7日に亡くなられたようだ。

 

chikyuza.net

 

 以上、共産党シンパだった松本清張を除いて、戦前から戦後間もなくの共産党については同党に批判的な立場で書かれた本を主に読んできた。中北氏の中公新書はそれらとは全く趣を異にするものだろうと予想するが、共産党の歴史がどう盛り込まれているかには興味津々だ。

 最後に蛇足だが、本記事からリンクを張った高世仁氏は、某人によって「珍右翼」なるレッテルを貼られて以前から攻撃され続けている。某は最近では弊ブログの攻撃にも熱心だが、私の見るところ「珍右翼」とのレッテルは某自身にこそふさわしい。なぜなら某は極端なまでの権威主義者であって、下手なネトウヨなんかよりもよっぽど右翼的と思われるからだ。私はこの人士を稀に見る醜悪な心性の持ち主であるとして心底から軽蔑している。このことは以前にも書いたが、高世氏のブログにリンクを張ったことをきっかけとして改めて申し述べておく。

*1:なぜなら、党執行部に特高のスパイがいるような異常事態がなければ、周り中がスパイだらけに見えてしまう疑心暗鬼は起こりようがないからである。

*2:立花隆日本共産党の研究(三)』(講談社文庫1983)234頁。

×××新選組を政党の四象限で「リベラルとリスクの社会化」に位置づける中島岳志の見解には全く同意できない

 下記記事のコメント欄より。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 はんわか

中島先生は政党の四象限で、れいわをリベラルとリスクの社会化に、旧経世会をパターナルとリスクの社会化に位置づけてますね。
しかし、れいわは人脈的政策的には鳩山、小沢という旧経世会系と密接です。
まぁ、鳩山の改憲論者の部分と小沢の竹中平蔵的部分を無視すれば二人ともリベラルと無理に言えなくもない。
学者にありがちな、社会実験への興味に引っ張られて不都合なことに目を塞いでいるのかもしれません

 

 「鳩山の改憲論者の部分と小沢の竹中平蔵的部分を無視すれば二人ともリベラルと無理に言えなくもない」というご意見には、下記の理由で同意できません。

 小沢一郎は政界入りした時から今に至るまで一貫して「集団的自衛権を認めるべき」という立場に立つ解釈改憲派であり続けています(ある時期までは明文改憲派でした)。

 安倍晋三が2014年の第2次内閣時代に解釈改憲を行いましたが、あれは小沢の長年の宿願を安倍が実現した形でした。

 また、×××新選組代表・山本太郎はれっきとした「新9条」の明文改憲論者で、伊勢崎賢治と昵懇です。

 従って、×××新選組を政党の四象限で「リベラルとリスクの社会化」に位置づける中島岳志の見解には全く同意できません。旧経世会と同じ「パターナルとリスクの社会化」に位置づけるのが妥当でしょう。小沢は明らかにこの象限に入りますし、山本が小沢と比較してリベラルであるとは認められません。

「リベラル(寛容)」の対義語は「保守」ではなく「パターナル(権威主義)」(by 高井崇志 via 中島岳志)

 ×××新選組の本質は下記ツイートが指摘する通りだろう。

 

 

 2019年の参院選の頃だったかに山本太郎が発した「あなたを幸せにしたいんだ」というフレーズが、山本と新選組パターナリズムを象徴している。

 笑えるのは旧立憲民主党衆院議員時代に党から除名を受けたあと×××新選組に転じて昨年の衆院選で落選した高井崇志のサイトにある下記記事だ。高井がまだ立民に属していた頃の2017年11月23日付であり、立民が日の出の勢いにあった頃に書かれたものだ。

 

takaitakashi.com

 

 以下引用する。

 

「リベラル」の対義語は「保守ではない」?

 

立憲民主党の勉強会で、東京工業大学中島岳志教授から、「リベラル保守」についての講話をお聞きしました。

よく間違われるのですが、「リベラル(寛容)」の対義語は「保守」ではなく、「パターナル(権威主義)」です。

「保守」はフランス革命への反省から生まれた概念です。人間の理性を過信するのではなく、良識や伝統、慣習を大切にする考え方です。しかし、「復古」や「反動」とは違います。
(ちなみに、右派・左派とは、フランス革命時の議会で、右側に座る人たちが革命反対派、左側に座る人たちが革命派だったことに由来する言葉だそうです。)

中島教授は「保守」は長年続いた老舗のようなものだと説明します。老舗は何も変えないのではなく、常に改革しながら、伝統を大事にしている。そういう精神、「漸進主義」だと。

安倍政権は歴代自民党政権が守ってきた「慣習」をことごとく破ってきました。集団的自衛権憲法解釈のみならず、例えば、「NHK会長に政権寄りの人を任命しない」など。決して明文化されてはいないが、長年守られてきた慣習を壊してきました。

安倍政権に「保守」を語る資格はない。その通りだと思います。

 

出典:https://takaitakashi.com/archives/709

 

 現在では×××新選組の応援団長格の中島岳志だが、当時は立民に入れ込んでいた。

 中島は「リベラル保守」を僭称しているがその本質は右翼である。何より故西部邁に心酔していた。彼の『「リベラル保守」宣言』(新潮社, 2013)を私も読んだが、実にひどい本であって全く感心しなかった。

 しかし私は中島を全否定はしない。数年前に白井聡の『国体論』に対する的確な批判をしていた(但し、白井の立論の核心部を刺し貫く直前に批判を寸止めする甘さをも示していたが)。他に白井を的確に批判した人として松尾匡がいる。松尾は×××新選組のロシア非難決議案反対をも批判していた。中島にせよ松尾にせよ、批判はいろいろあるにせよ学者としての良心を保っていることは評価できる。ここでいう良心とは、たとえ仲間内や親しい間柄であっても、間違っていると思ったら率直に批判する態度のことである。

 パターナリズムについては、中島はごく当たり前のことを言っているだけだ。

 ただ「笑える」のは、中島自身がその後パターナリズム政党である×××新選組の応援団員になり、中島の教えに感激したらしい高井崇志も現在では×××新選組の一員であることだ。

 上記記事に書かれた「パターナル(権威主義)」、それはあんたら自身のことじゃないか、としか思えないのである。