kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

階猛インタビュー(「Web論座」)に見る「小沢一派」崩壊過程の証言が興味深い

 右派政治家である岩手の階猛には全く関心がなかったのだが、ある人のツイートで論評されていたのでざっと読んでみた。特にその前半部分はなかなか興味深い。朝日新聞社の「Web論座」の無料記事。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060500003.html

 

 以下抜粋して引用する。

 

 自由党は基本的に、国民民主党の政策を丸のみするという。すべて国民民主党の政策に合わせると言う。だとすれば、自由党脱原発などの政策実行を期待し、支持をしていた人たちの民意はどうなるのか? そのような人たちは、逆に選択肢を失うことになるのではないか?

 私は、このような理念なき離合集散の繰り返しが、政治不信を引き起こしてきたのだと思う。そして、「希望の党」から「国民民主党」へのプロセスに支持が集まらず、野党への不信感を大きくした最大の要因ではないかと思う。

 

出典:https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060500003.html?page=1

 

 この旧自由党批判には理がある。その通りだろう。

 

小沢一郎の政治スタイルへの疑問

 国民民主党自由党の合流の背景には、「数こそ力」という小沢一郎氏の政治スタイルがあるのだろう。

 小沢氏は選挙に向けてわかりやすい構図を作り、単純化を進めることで、新たな政局を生み出してきた。そのまとまりが賞味期限を迎えたら、今度は政党の解体に動き、そしてまた新党を作る。目新しさに飛びつく心理を利用したポピュリズムを駆使し、瞬間的な熱狂を生み出す。

 私には、このような政治こそが政治不信を生んできたのではないかという思いがある。

 

出典:https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060500003.html?page=2

 

 この主張にも納得できる。私がこれにつけ加えたいと思うのは、「選挙に向けてわかりやすい構図を作り、単純化を進めることで、新たな政局を生み出」す手法は、某元号政治団体を主宰する山本太郎にそっくり受け継がれているということだ。私は山本が主張する経済政策に決して反対ではないどころか、むしろ「強い賛成」に近いが、山本の政治スタイルを強く懸念するし、既に小沢一郎にはついていけなくなった有権者がどれだけ山本太郎についていけるかどうかはわからない。(山本にとって)最悪の場合は、2012年衆院選での日本未来の党の失敗の繰り返し、つまり山本本人とせいぜい蓮池透をつけ加えたくらいの惨敗に終わる可能性がある。しかしこんなことを偉そうに書く私自身も、日本未来の党の惨敗は予測できたが、同様のポピュリズム的な風を頼みにした2017年の立憲民主党の躍進は全く予測できなかった。だから山本太郎元号政治団体が惨敗するか躍進するか、それともぼちぼちの結果に終わるかは全く予測できない。

 階猛のインタビュー記事からの引用に戻る。

 

決別の時

 しかし、小沢氏との間に心の距離ができる出来事が生じる。それは東日本大震災の際の行動についてだった。

 小沢氏と私は岩手を選挙区としている。ふるさと岩手が大打撃を受けたことで、私はその対応と復旧・復興に追われる日々を過ごすことになった。

 過酷な状況に直面したのは、同じ民主党選出の黄川田徹衆議院議員だった。黄川田氏の自宅は陸前高田市にあり、自宅・事務所が全壊して津波で流された。さらに、妻とその両親、長男、公設第2秘書が亡くなった。そんな状況にもかかわらず、黄川田氏は懸命に被災地のために奔走し、寝食を惜しんで活動した。

 しかし、小沢氏の動きは鈍かった。みんなが被災地に来てほしいと要望しても、動かなった。しびれを切らした黄川田氏が、小沢氏が被災地を訪問しないことについてメディアの取材に応じ、コメントを行うと、小沢氏は岩手県連で黄川田氏を処分しようとした。

 私はこれに異議を唱えた。あまりにも理不尽で、ひどいと思ったからだ。黄川田氏の心境を考えると、いたたまれなかった。小沢氏の被災地への冷淡な態度を、どうしても理解することができなかった。

 ここで距離ができた。小沢氏に対する心の絆が、途切れてしまった。

 次は、消費税増税をめぐる小沢グループの離党プロセスで、諍いになった。私は消費税増税には反対だったが、離党することにも反対だった。政権交代可能な政治体制を確立することを目指して私は民主党に入った。小沢氏をはじめ先輩方の大変な努力で政権交代を実現したのに、離党すれば民主党政権の危機を拡大させる。政権交代可能な政治体制は壊れ、国民の期待を裏切るだけだと思った。

 「離党だけはやめてほしい」と強く迫った。しかし、「文句は言うな」「だまってついてこい」という態度で、あとは厳しい言葉を浴びせられた。

 もう駄目だと思った。歩む道が違ってしまったと思った。

 「民主主義は数」「数は力」と言い続けてきた小沢氏が、その言葉とは全く逆の行動に出ることのおかしさ。自分の言い分が通らなくなると、せっかくまとまってきた党の仲間を裏切り、党を瓦解の方向に導こうとするご都合主義に、もうついていけないと思った。

 ここで私は小沢氏と決別することになった。

 結局、小沢グループの離脱という内部分裂が露わになったとき、民主党政権の崩壊は決定的になった。

 

出典:https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019060500003.html?page=3

 

 この部分は長く引用した。「小沢一派」崩壊の核心部に関する、当事者の告白だからだ。

 黄川田徹の一件はよく覚えている。階猛と同様にかなりタカ派色の強い保守政治家*1である黄川田氏に対しても、その主義主張に私は賛成ではないが、あの東日本大震災の時の小沢の仕打ちはひどかった。あの時の小沢の頭には「菅降ろし」しかなく、周囲の人間すべてに自らの「菅降ろし」への協力を強制していたのだった。だからそれに従わなかった黄川田氏*2を切りにかかり、当然のごとく黄川田氏の方も自ら小沢から離反していった。

 私は、2010年春の鳩山由紀夫による「辺野古現行案回帰」とそれに伴う無責任な政権投げ出し、同年6月の菅直人による「消費税増税発言」とそれに伴う翌月の参院選敗北、それに前記の小沢一郎による東日本大震災・東電原発事故直後の「菅降ろし」の3つが、民主党トロイカ3人による「民主党政権三悪」であって、これらが原因で民主党政権及び民主党そのものが崩壊したと考えているが、前記「三悪」の中でもとりわけ有権者に与えた悪印象が飛び抜けて強かったのが、東日本大震災や東電原発事故への対応をそっちのけにした小沢一郎の「菅降ろし」だったと考えている。この時に、当の東日本大震災で身内から多くの犠牲者を出した黄川田徹の離反を招き、そこから「小沢軍団」が崩壊していったのは当然だった。

 引用文中後半の「小沢一派」の離党劇については、「新党きづな」の立ち上げによって一派から多くの離党者を出してしまった小沢が、無能な手下に足を引っ張られた形で集団離党に追い込まれたものであって、決して小沢の本意ではなかったと思う。あの集団離党と新党結成が、小沢自身が作り上げた衆院選小選挙区制によって惨敗を招くことを予想できなかったほど小沢が馬鹿だったとは、大の小沢批判者を自認する私にも到底思えない。

 インタビュー記事は上記の部分のあとに、2012年衆院選での日本未来の党の惨敗、そのあと階猛細野豪志を支えようとして失敗した話、最後に「新時代いわて」なる、山本太郎の某元号政治団体を連想せずにはいられない「政治塾」を立ち上げての抱負などが続くが、それらには残念ながら興味がないので引用はしない。

 

 最初に触れた、階猛インタビューを論評したツイートは下記。3件の連投ツイートだが、2件目と3件目を以下に示す(1件目も2件目のツイートに引用されている)。

 

 

 

 小沢一郎山本太郎を信奉する人たちについては、別の共産党支持者が下記のツイートを発しているが、この人は日本共産党執行部は批判しないようだ。

 

 

 もっとも、最近は小沢一郎に対してはともかく、山本太郎に対しては「野党共闘」のイデオローグたちの間から戸惑いや懸念が表明されることが増えているから、水面下での山本太郎との連携*3を薄々と感じさせる小沢一郎共産党との関係も、今後もこのまま続くかどうかはわからない。もっとも小沢には政治生命も残り少ないはずだから、当面大きな変化がなくとも、いずれ時間が解決するのかもしれない。

*1:そもそも小沢一派にはそういうスタンスの政治家が多い。小沢一郎のもともとの主義主張に近い人たちが集まったからだろう。

*2:身内から大勢の犠牲者を出した黄川田氏にとっては「菅降ろし」どころではないことに思いを致すことすら小沢にはできなかった。これこそ「権力者の性」というものだ。

*3:それはもしかしたら阿吽の呼吸でやっているだけで、面会や電話、メールなどでの連絡ではないのかもしれないが。

「年齢」と「年令」などなど

 そういえば「正油」なんて表記は久しく見た記憶がない。

 

sumita-m.hatenadiary.com

 

 1980年に上京する前の関西在住時代には見たような記憶もあるが、もちろん関西の風習でも何でもなく、昔よくあった「闘争」を「斗争」と表記したのと同じような適当な当て字だろうとは思った。検索語「正油」でネット検索をかけると大修館書店のサイト「漢字文化資料館」に下記が記載されていた。。

 

kanjibunka.com

 

 以下引用。

 

中田祝夫『日本の漢字』(日本語の世界4、中央公論社、1982年。現在は中公文庫)に、「正油あります」と書いてある張り紙を見てびっくりした、という話が載っています。この本が書かれた1980年代の初めには、「正油」という書き方が存在していたわけですが、国語学者が見て「びっくり」するようなものでもあったのでしょう。
この経験から、中田先生は「はたして日本人の何パーセントが「醤」の字の意味を理解しているだろうか」とお考えになり、次のように記されています。

「醤」の字義が判らないとなると、「醤油」という文字は、ただ「酢」「酒」「ビール」などと区別するための綴字ということになる。だが、「しょうゆ」を他の食品や調味料と区別するための綴字ということだけなら、人びとは何もこんな難しい「醤油」の綴字を使わなくても区別できるという考えに到達するはずである。そこで、判りさえすればよいので、「正油あります」というふうなビラができたりする。

それから10年ほどが過ぎた1993年、ちょっと話題になったキッコーマンのコマーシャルがありました。女優の安田成美さん扮する妻が、パックの「しょうゆ」を小瓶に移し換えながら、ふと、夫に向かって「ねえ、「しょうゆ」って漢字、書ける?」と尋ねるコマーシャルです。
ここでどう答えるのが、夫としては正解なのか?おそらく、何も言わずに妻を抱きしめる、というのが最高なのでしょうが、まかり間違って「正油」と答えてしまったとしたら、雰囲気はぶち壊し。三くだり半を突きつけられても文句は言えないかもしれません。つまり、「判りさえすればよい」ではすまされない場面も、人生には多々あるというわけです。
それからさらに10年以上が過ぎ、現在では、スーパーのチラシやラーメン店の看板などに、「正油」という書き方がよく見られるようになりました。男女を問わず、「醤油」が書ける人はますます少なくなりつつあるのでしょうか。
もっとも、漢字が書けることと異性に対する魅力があることとは、全く別の能力であるとは思いますが……。

 

出典:http://kanjibunka.com/kanji-faq/old-faq/q0428/

 

 赤字ボールドの部分には「ええっ」と思った。

 上記の文章には、「2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。」との断り書きが書かれている。上記の文章が書かれた頃、どこかのスーパーのチラシやラーメン屋の看板で、一時的に「正油」という表記が復活したことがあったのだろうか。

 以下が本論というか、上記の話題から連想したこと。まず前述の「斗争」については、下記リンクを参照して、もしかしたら中国の簡体字がルーツなのではないかと思った。

 

crd.ndl.go.jp

 

 以下引用。

 

・中国簡体字ハンドブック ビジネスマン・旅行者必携 近代書道研究所/編 岳陽舎 2007.8
  ※「第1章 簡体字字典」の「4画」のp.4「斗」あり。
   「第3章 音訓から引く簡体字」のp.121「たたかう」に「闘-斗」、p.125「トウ」に「闘-斗」あり。

 

・(早わかり)中国簡体字 遠藤紹徳/著 国書刊行会 1986.5
  ※巻末「付表一 中国の略字と日本の常用漢字の対照表」p.2に中国の簡化字(略字):斗、日本の常用漢字:闘 あり。
    巻末「付表二 常用漢字・中国略字対照表」p.27に日本の常用漢字:闘、中国の漢字:斗 あり。

 

・日中十書体字典 中国簡体字を含む 関鷺峰/著 マール社 1987.2
  P.209「闘」の項の[中国常用]として、「斗」とあり。

 

 それから、以下が本当の本論だが、「斗争」とともに連想したのが「『年齢』と『年令』、それに「『歳』と『才』」の2つの異表記だった。特に前者は、最近とみに大嫌いになったある漢字にかかわる件なので、強く調べてみたいという気になった。その結果、「正油」と同じ大修館書店の「漢字文化資料館」の記載がみつかった。「正油」と同様、2008年以前に書かれたものらしい。

 

kanjibunka.com

 

 以下引用。

 

小社『明鏡国語辞典には「表記」という欄があって、書き表し方に関する情報を簡単明瞭に解説してあります。そこで、早速、「ねんれい【年齢】」の項目を調べてみますと、その「表記」欄に「小学校では学年配当の関係から『年令』で代用する。」と書いてあります。また「さい【才】」のところにも同様の記述があります。
もうちょっと噛み砕いてご説明しておきましょう。小学校で学習する漢字は、一般に教育漢字と呼ばれていますが、「齢」も「歳」も、この教育漢字に入っていないのです。しかし、「年齢」も「○歳」も、実生活のさまざまな場面で頻繁に使用しなくてはならないことばです。そこで、「齢」は、4年生で学習する「令」の字を代わりに用い、「歳」は、2年生で学習する「才」の字を代わりに用いることにしよう、というわけです。
つまり、「年令」も「○才」も、きちんとした漢字を学習するまでの間の仮の書き方だといえます。「齢」も「歳」も常用漢字ですから、遅くとも中学校を卒業するまでには学習するはずです。それ以後は、やはり、「年齢」「○歳」と書くのが、オトナだということになりましょう。
ただし、「年令」「○才」という書き表し方が、教育漢字の制定によって生まれた、完全に子ども専用のものであるかというと、そうでもありません。『大漢和辞典』の「才」の項には、日本では「歳」の略字として用いる、というような説明があります。『大漢和辞典』の基礎的な部分は教育漢字の制定以前に編集作業が完了していますから、「○才」という書き表し方は、それ以前から存在していたことになります。おそらく「年令」についても、略字としては、古くから存在していたのではないでしょうか。
とはいうものの、それはあくまで手書きの略字の場合に限ってであったろうと思われます。正しいオトナはやはり、「○歳」を使った方がよいだろうと思われます。

 

 じゃあアグネス・チャンは「陳美令」で良いのかも。日本(天皇)の元号は格好をつけて「零和」とでもしたらどうかと思った。なお、「年令」や「○才」が簡体字に由来するかどうかは面倒なので調べなかった(そこまで根気が続かなかったし、休日であるにもかかわらず相変わらず時間に追われている)。

 最後にまたまた脱線して終わるが、アグネス・チャンは、周庭(アグネス・チョウ)氏によると「中国派」らしい。

 

wedge.ismedia.jp

 

 以下引用。

 

アグネス・チャンさんは「親中派」なので……

野嶋:周さんの英語名はアグネスで、アグネス・チョウと日本のメディアでも紹介されてきました。香港出身でアグネスといえば、日本では長くタレントとして活躍してきたアグネス・チャンさんがいますね。

周:この英語名は親がつけてくれましたが、香港では、みんな周庭(チョウ・ティン)と呼んでいます。アグネス・チャンさんは親中派で、香港の雨傘運動に対する偏見があるように思えて、好きにはなれません。一緒の名前なのがめっちゃ嫌でなんとかしたい(笑)。仲のいい倉田徹先生(香港政治が専門の立教大学教授)は、アグネス・チャンさんと「アグネス対談」をしてはどうかと冗談でよく言うのですが(笑)。

 

出典:http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14996?page=2

 

 アグネス・チャンといえば、私にとっては「親中派」というより「アベ友」の一味との悪印象が強い。「好きにはなれ」ない点では周庭氏と同じだが。アグネス・チャン安倍晋三がすり寄ったのはずいぶん前だったと記憶するが、最近もその関係が続いているらしいことは、ネット検索をかければ簡単にわかる。

 

www.sankei.com

 

news.livedoor.com

 

ameblo.jp

 

 直前に公開した記事*1にも書いた通り、習近平安倍晋三とは似た者同士であって、二人で馴れ合い劇を演じているのだから、アグネス・チャンが「親中派」と「アベ友」を兼ねていることは全く驚くに当たらない。

習近平と安倍晋三と香港デモと

 諸外国の指導者をざっと見渡した時、習近平ほどその心性のありようが安倍晋三に近い独裁者はいないとしょっちゅう思うのだが、実際に近年、安倍晋三習近平と談合して馴れ合い劇を演じ続けているようだ。

 以下、『広島瀬戸内新聞ニュース』(6/13)より。

 

hiroseto.exblog.jp

 

安倍晋三習近平の談合で圧殺されるお互いの市民の権利
2017年、高校生平和大使の国連演説が中止になった。中国の圧力に忖度した安倍ジャパンが止めさせた。2018年は、演説は最初から予定されなかった。
他方、この年、中国で行われる予定だった従軍慰安婦シンポジウムが、中国外務省の命令で中止になった。https://www.google.com/amp/s/www.sankei.com/world/amp/180808/wor1808080019-a.html
中国も、安倍ジャパンに忖度したのだろう。そして、安倍ジャパンは、その後、韓国にのみ居丈高になっている。
なるほど、核保有国を批判しない、従軍慰安婦に触れない、なら日韓間と違って日中両政府間に波風は立たない。
しかし、それはそれで、個人の声は圧殺される。
それで良いのか?!不味いと思うが。
グローバリズム時代は、政府同士より、政府(大組織)と個人の利害対立が深刻になる時代だ。
やはり、リベラルは、個人の人権を重視しないといけないだろう。

 

(『広島瀬戸内新聞ニュース』 2019年6月13日)

 

 時あたかも「ホニャララ元年」の6月。昭和天皇の死に始まって安倍晋三・昭恵の大先輩であるチャウシェスク夫妻の銃殺で幕を閉じた1989年のど真ん中に起きたのが天安門事件(6月4日)だった。あの時も日本政府(宇野宗佑政権)は、中国政府を厳しく批判する西欧諸国とは対照的に、中国の共産党政権に対して大甘の姿勢をとっていた*1

 今回もまた、「リベラル」側に恥ずべき反応が見られる。下記ツイートなどその悪例の最たるものだ。

 

 

 この人の他のツイートをざっと見てみると、NHKの岩田明子を批判したりしているから「リベラル」の人なのだろうが、「徐々に中華人民共和国化していくのは当然にも思う」という言葉からは、「個人の人権を重視する」姿勢は微塵も感じられない。あまりにも情けないその精神のありようには絶句するほかない。

 今回の香港のデモについて、一部で民族主義の発露みたいな言い方をしている頓珍漢な反応も見かけたが、ちょっと調べただけでも、香港の民族構成は95%近くが華人だというから明らかな間違いだ。デモは、個々の人間の解放を求める人たちの行動なのだ。

 香港デモで一躍時の人となった22歳の周庭氏は、日本のアニメに惹かれて独学で日本語を学んだ人らしいが、時に日本政府や日本の人民に対して痛烈な批判もしている。

 

 

 そうだよ。日本(「安倍ジャパン」)は「習近平毛沢東)の中国」と一緒なんだよ。

 なお、周庭氏の意見発信は、右翼側の「敵の敵は味方」との視点からずいぶん利用されているようだが、周庭氏自身が産経に載ったインタビュー記事に不快感を表明していることに注目したい。

 

 

 上記ツイート中のリンクから、産経が捏造した周氏の「発言」の部分を抜き出しておく。周氏はこんな発言をしたことはないと言っている。

 

周さんは「デモ隊は強制撤去されたが、この4年で、『自分は(中国人とは認識で一線を画す)香港人だ』と考えるアイデンティティー(同一性)を持つ人が増えた。『雨傘運動』は香港の人々の心の中で終わっていない」と話した。

 

(産経ニュース 2018年12月28日)

 

 なるほど、このような産経の捏造報道に代表される右翼側からの「刷り込み」によって、香港デモが民族主義の発露だ、みたいなトンデモな認識が一部に流布しているんだなと初めて納得した。右翼は、自らの持つ歪んだ自民族・自文化中心主義を勝手に香港デモに投影し、当のデモのリーダーから不快感と不信を持たれていることを思い知れ。

 このように、香港デモは本質的に、「習近平の中国」ともども、「安倍ジャパン」や産経やネトウヨをも標的にしていると正しく認識されなければならない。

 彼らは「民族」なんかじゃなくて人間一人一人の解放を求めているのだ。

「民族」なんかクソ食らえ。

 

*1:もっとも私自身も天安門事件に対して即座に敏感に反応できなかったことを痛恨事としていることを告白しておかなければならない。1980年に韓国で光州事件が起きた時と比較して、「リベラル」言論人の動きもまた鈍かったのではなかったか。

アグネス・チョウ(周庭)とアグネス・チャン(陳美齢)

 またまた時間がほとんどなくなって、ニュースを見る時間もまともにとれない日々が続いている。

 昨夜(6/12)のnews23もほとんど音声だけ聞いていたが、来日している香港の大学生がしゃべる日本語を耳にして、その訛り方には聞き覚えがある、そうだ、若き日のアグネス・チャン(陳美齢)の訛り方とそっくりだと思ったのだった。

 何という人だろうと思ったら、周庭さんといい、英語名を Agnes Chow Ting(アグネス・チョウ)というと知ってちょっとびっくりした。ネット検索をかけると下記のようなツイートも引っかかった。

 

 

 私は香港へは中国への返還を目前に控えた1997年5月に観光で行ったことがあるだけだ。中国は2004年に仕事で広州の番禺に、やはり一度だけ行った。中国語は広東語も北京語も全くわからない。

 思い出したのだが、私は7年ほど前まで職場の近くにあった大阪系の中国料理店でよく昼飯を食べていた。店員はほとんど中国人で、レジをやってる人は日本語で冗談を言えるほど達者だったが、彼女らがしゃべる日本語には共通の訛り方があることにいつしか気づいていた。しかしそれがアグネス・チャンを連想させることは全くなかった。

 もしかしたら、広東語を母語とする話者と北京語を母語とする話者で、日本語の訛り方には鮮明な違いがあって、それがアグネス・チャンを連想させたりさせなかったりするのだろうかとふと思ったのだった。この想像が正しいかどうかは全くわからないけれども。

またまた田中龍作と山本太郎の話

 この間まで「野党共闘」に悪態をつきまくっていたのに、最近では「山本太郎支持クラスタ」に楯突くことが多いのだが、それは「野党共闘」はもちろん問題山積だけれども、「山本太郎支持クラスタ」、特にその先頭に立っているデマゴーグ・田中龍作はそれ以上に問題で、特に田中は絶対に看過できないと考えているからだ。先に田中自身の問題を蒸し返しておくと、しばらく前に書いた下記記事に、2013年の参院選での三宅洋平落選に絡めて田中が撒き散らした比例代表制に関するデマと、それを真に受けた「リベラル」系メディアその他への悪影響をまとめておいたので、改めてリンクを張って示しておく。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 しかし、たかだか1日のアクセス数が2千5百件程度のブログがいくら田中龍作のデマの悪質さを説いても「蟷螂の斧」でしかなく、昨日のこたつぬこ(木下ちがや)氏のツイートに噛みついた下記のような人が続出する。

 

 

 悪いがこのツイートには笑ってしまった。「都議選の時のような期待感をすでに立憲が喪ってる」って何だよ。一昨年の都議選の時には立憲民主党はまだ存在せず、都議選に圧勝したのは「都民ファ□ストの会」だった。

 ちなみに、ネット検索をかけると、さしもの田中龍作も小池百合子には一貫して否定的だったことがわかる。以下、2016年7月の都知事選を前にした『田中龍作ジャーナル』から引用する。

 

tanakaryusaku.jp

 

 選挙サンデーに湧く銀座で顔を合わせた元社民党国会議員の秘書が恥ずかしそうな顔で言った。

 「ねえねえ私、小池百合子の演説、2時間も聞いちゃった。さっき(日本橋三越前で。話の組み立てがうまくて、説得力があるのよ」。

 政治の知識があり、左派リベラルのスタンスを堅持する元秘書氏でさえこうだ。小池の演説は人を引き込む魔術のような力がある。短かくて分かり易いフレーズなのだが、内容は実に刺激的だ。

 「パラシュートも安全装置もなくて崖から飛び降りた。たった一人で戦っている」「誰も知らないところで物事が決まっている」「あそこの組織から何万票、こちらの組織から何万票では、しがらみに縛られて改革なんてできない」・・・小池は都議会と自民党を真っ向から批判した。(7月17日、秋葉原、浅草)

 告示から10日後の24日、巣鴨で行われた小池の街宣を聞きに来ていた男性は「いつもは野党に入れるが、今回は小池に入れる」と話した。小池は序盤戦で改革派のイメージを定着させることに成功したのである。

 翌25日、武蔵小金井駅前。「ゆりこグリーン」を身につけた聴衆が目につく。序盤戦の頃と比べると明らかに緑が増えた。3人の子どもと共に緑色の衣類を身にまとって小池の演説を聞きに来た母親もいた。

 首都直下型地震対策、待機児童問題・・・小池は政策を具体的に述べた。体制批判はいっさい口にしなかった。

 府中市の男性(70代)は「(小池は)考えが穏健だと思う」。

 小池は核武装論者で外国人参政権に反対するタカ派なのである。核武装については彼女のHPなどで必要性を説いていた。「核ミサイルの配備」まで飛び出した日本会議との鼎談は有名である。(HPからは削除しているようだが、ウェブ魚拓が残っている)

 外国人参政権については、街頭演説で「反対」と宣言しているのだ。(ただし序盤まで)(後略)

 

(『田中龍作ジャーナル』 2016年7月26日)

 

 小池百合子に「ワクワク」したのは、何も市井の「都会保守」ブロガー氏だけではなく、元社民党国会議員秘書氏までもがそうだった。いや、秘書どころか国会議員本人である辻元清美小池百合子の対談記事をネットで読んで憤然としたこともよく覚えている。この小池ブームに便乗しようとしたのが前原誠司小沢一郎であって、こたつぬこ氏なども、当然ながら反小池百合子の立場に立っていたとはいえ、2017年の民進党代表選に勝った前原誠司に一定の期待感を表明したり(結局期待を裏切られて怒っていた)、明らかに「希望の党」設立劇に関与した小沢一郎を早々に許したりするなどの誤りを繰り返した。これらについては当時この日記で散々に批判してきた。

 小池百合子ブームの時には正論を発していた田中龍作だが、現在田中がやろうとしていることは、3年前に田中自身が激しく批判していた小池陣営がやろうとしていることと同じだとしか私には思えない。しかも、田中自身が前述の比例代表制に関する悪質なデマを撒き散らした過去のある人物なのだ。

 小池百合子ブームの最中にも、この日記に田中龍作を批判する記事を公開したことがある。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 上記の記事を、私は下記の文章で締めくくった。

 

 まだまだ「マスゴミガー」や「ネットde真実」に汚染された括弧付き「リベラル」(実は単なる保守)たちが大勢いるようだ。彼らの多くは、ゆくゆくは安倍にとって代わろうとしている小池百合子を熱烈に応援しているのだろうが、小池では日本は何も良くならないのである。

 くたばれ田中龍作、くたばれ三宅洋平、くたばれ「ネットde真実」、ぐゎんばれマスコミ! ただし、くたばれ読売!!!

 

(『kojitakenの日記』 2017年2月24日)

 

 つまり、当時の私は(今も変わらないが)、田中龍作を小池百合子と同質の人間と見ていた。

 同じ記事で、山本太郎についても触れていた。田中龍作は熱烈に山本太郎を応援しているので、どうしてもそうなる。

 

 かつて三宅洋平と田中龍作が比例代表制をdisったこと(それは小沢一郎が導入した小選挙区制の間接的な擁護にほかならない)や、現在「瑞穂の國記念小學院安倍晋三記念小学校)」の件に安倍昭恵と昵懇な三宅洋平が貝になっていることは、まことに示唆的だ。その三宅洋平の製造責任があるのが山本太郎(山本は、かつて皇居に向かって90度の角度でお辞儀をした「保守ど真ん中」を自認する人間だ)であることも忘れてはならない。

 

(同前)

 

 「保守ど真ん中」とは、2013年10月に山本太郎自身が『東京スポーツ』のインタビューに答えて発した言葉だが、昨年にも下記の一件があった。

 

www.nikkansports.com

山本太郎氏が与党に「保守と名乗るな」と怒り絶叫

 

今国会最大の焦点だった、外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法などの改正案は8日午前4時すぎ、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。

各議員の投票の際、自由党山本太郎参院議員は、「牛歩」で最後の抵抗を試みた後、演壇の上から「(法案に)賛成する者は、2度と『保守』と名乗るな!。保守と名乗るな、『保身』だ!」と、与党席に向かって絶叫した。

与党が、安倍官邸の言うがままに法案成立に突き進んだ流れを踏まえ、「(賛成する議員は)官邸の下請け、経団連の下請けだ。この国に生きる人を、低賃金競争に巻き込むのか。恥を知れ」と、憤った。

改正案をめぐっては、受け入れ外国人の上限など制度の内容が不透明なままで、法務省側のデータの誤りも発覚。政府側の準備不足の実態が露呈した。しかし、来春からの法施行を目指す安倍晋三首相の肝いりのため、与党が野党の猛反発を押し切って法案成立に至った。内容よりも、「今の国会会期中の法案成立ありき」という日程が優先された、本末転倒の論理がまかり通った形だ。

 

(日刊スポーツより)

 

 いうまでもないが、自民党議員に「保守と名乗るな」と怒鳴るのは、自らが保守であるとの自己認識があるからだ。山本太郎自身はリベラル・左派の支持者たちの意向も記にしているようだが、山本と親しい三宅洋平は隠れもない民族主義系右翼で、安倍昭恵にいとも簡単に丸め込まれてしまったことはよく知られている。

 そういう下地のある山本太郎が、ポピュリストのスタイルを鮮明にしてきたる参院選に臨もうとしていることに対して、懸念が表明されることは避けられないと思う。以下、『広島瀬戸内新聞ニュース』の記事から引用する。

 

hiroseto.exblog.jp

 

我らが市民連合のイデオローグの間で「山本太郎」現象への「戸惑い」とでも言うべきモノが広がっています。
残念ながら(?)、現時点でガツンと庶民寄りの経済政策を言っているのは山本太郎が一番に見えてしまう状況はあります。
そして、天皇制や自衛隊、安保でも共産党が独自色を押えている以上、別に山本太郎でいいじゃん、という人が多くなるのも当然です。
あるいは、立憲や国民のバックの連合が消費税増税推進であるために、がっかり、
という人も、いま、結構出てきています。
他方、連合へのアンチで維新などに入れていた非正規労働者や自営業者が多くおられます。そういう方々が山本太郎に流れているのも事実です。
連合が大手企業正社員・正規公務員中心でやってきたことが、大阪の非正規公務員が圧倒的に「ガツンと正社員・公務員の既得権を削って溜飲を下げさせてくれる」維新を支持する状況などを招いたのも事実です。
しかし、山本太郎が、今度は、ガツンと庶民寄りの経済政策を出しているから、維新から鞍替えという人も結構居られる。
共産党立憲民主党が、きちんと非正規職員らの思いを受け止められないと山本太郎の躍進は続くでしょう。「維新の票を食う」という意味でも山本太郎にも期待せざるを得ないと思います。
共産党立憲民主党全労連や連合などは、非正規職員の処遇改善から取り組んだらどうだろうか。そういう風に思います。ちなみに本社社主は、「自治労連広島介護福祉労組」の執行委員の末席を汚させて頂き、介護分野の非正規公務員や介護現場労働者の労働条件向上に微力を尽くさせて頂いています。
本社社主は、市民連合野党共闘とも山本太郎とも、一緒に立憲主義(平和主義、国民主権、個人の尊厳を守る)を守るとともに、当面は庶民の懐を暖め、庶民の生活不安を取り除くことに全力を挙げることができる構図をつくりたいものです。
(文中・敬称略)

 

webronza.asahi.com

(『広島瀬戸内新聞ニュース』2019年6月7日)

 

 記事からリンクされている木下ちがや(こたつぬこ)氏の「論座」への寄稿は有料なので読んでいないが、無料部分の最後に下記のように書かれている。

 

 しかしながら、このような「山本太郎現象」に対して、とりわけ国政野党陣営からとまどいの声があがっている。野党間の調整役をつとめている「市民連合」の中心メンバーである政治学者中野晃一は「彼のもっている独特の発信力や話題性は、「両刃の剣」という ・・・(以下有料部分)

 

 つまり、記事の冒頭に書かれている「我らが市民連合のイデオローグ」とは中野晃一氏を指すと思われるし、前記木下ちがや氏も含まれるだろう。

 問題は、果たして山本太郎が「一緒に立憲主義(平和主義、国民主権、個人の尊厳を守る)を守る」ことができる人かということだ。現在問われているのはこのことだろう。

 たとえば、2013年の秋の園遊会山本太郎が引き起こした「天皇直訴事件」、これこそ「ネオ皇道派」の極致のような行動だったとしか私には思えないのだが、この件について山本太郎が反省なり総括なりをしたという話を寡聞にして知らない。この事件など「非立憲」的行動の最たるものだ。

 「山本太郎現象」が現在どの程度の広がりを持ち、それが今後どの程度に拡大していくかについては一切わからないが、現時点では期待よりもはるかに大きな懸念を持たずにはいられないという私の立場を、改めて明確にしておく。

林芙美子が「好きだ」と書いた兵隊は餓死し、軍馬は一頭も日本に還らなかった

 読書ブログに下記記事を公開した、

 

kj-books-and-music.hatenablog.com

自民党が参院選の選挙公約に「10月の消費税増税」を明記した

 昨日(6/8)、読書ブログに公開した記事を書くのに時間がかかって書きそびれたのだが、自民党参院選の公約を発表し、目立たない形ではあるが今秋に予定通り消費税の増税を行うことが明記された。

 

https://www.asahi.com/articles/ASM675RZKM67UTFK01C.html

 

自民公約、10月の消費増税明記 「早期改憲」盛り込む

 

 自民党は7日、参院選公約を決定し、発表した。10月の消費税率10%への引き上げを明記したほか、憲法改正の実現を重点項目に掲げるなど、おおむね2017年衆院選公約を踏襲した内容となった。外交分野では党の主張をにじませた。

 

 参院選公約は「日本の明日を切り拓(ひら)く。」をキャッチフレーズに、①外交・防衛②経済③社会保障④地方⑤防災⑥憲法改正――の6項目を重点項目に挙げた。

 17年衆院選公約では、重点項目に入った教育無償化の財源として消費税率10%についても記したが、今回の重点項目からは消費税の文言が消えた。具体的な政策を網羅した「政策BANK」のなかで、「本年10月に消費税率を10%に引き上げます」と記した。

 党内では、消費増税に否定的な声があり、増税延期を掲げて衆院を解散する衆参同日選論もくすぶる。公約について議論した7日の総務会でも「景気・経済動向についていろんな議論がある。G20での米中の議論や、これから出てくる(経済指標の)数値を見ていく必要があるのではないか」との声が上がったという。

 岸田文雄政調会長は公約発表会見で、「いま現在、消費税は予定通り引き上げるべきだと考えている。政府はリーマン・ショック級の出来事がない限り引き上げると強調しているが、少なくとも現在、遭遇していない」と説明。衆参同日選になった場合の公約修正について問われると、「仮定に基づいて答えることは控えないといけない」とだけ述べた。

「力強い外交」、党内の不満に配慮か

 公約のトップに掲げたのは外交だ。安倍晋三首相とトランプ米大統領のゴルフ時の写真や、ロシアのプーチン大統領との写真をちりばめ、「力強い外交・防衛で、国益を守る」とうたう。

 特徴は、外務省が4月に公表した19年版外交青書と違いがあることだ。

 19年版外交青書は、18年版にあった「北方四島は日本に帰属する」との表現を削除。対北朝鮮でも「重大かつ差し迫った脅威」「圧力を最大限まで高めていく」との記述がなくなった。ロシアとの領土交渉進展への期待や、北朝鮮から前向きな対応を引き出すための対応とみられている。

 ところが、党公約では北方四島について「わが国固有の領土である」と明記。対北朝鮮についても「国際社会と結束して圧力を最大限に高める」と表記した。

 背景にあるのが、自民党内にくすぶる不満だ。先月の党の会合では、外交青書に対し、「(ロシアとの)交渉が何も進展していないのにメッセージだけ弱めている」「ロシアから文句を言われ、自発的に日本の基本原則を捨てた」などと批判が相次いだ。岸田氏も青書には異論があったとされ、7日の公約発表では「従来の政権与党の訴えていた中身、表現とまったく違いはない」と述べた。

改憲の期限は設けず

 憲法については17年公約と同様、9条への自衛隊明記を含む党の「改憲4項目」を列挙した。そのうえで、17年にあった「党内外の十分な議論を踏まえ」という部分を、「党内外での議論をさらに活発に行う」と変更。「衆参の憲法審査会において、国民のための憲法論議を丁寧に深める」との文言を加えた。

 安倍首相は20年の改正憲法施行を公言しているが、公約では期限は明示せず、「早期の憲法改正を目指す」との表現にとどめた。

 1月からの通常国会自民党改憲4項目の国会への提示をめざしたが、その前段階の国民投票法改正案をめぐって野党側との調整が不調に終わった。党幹部は「参院選を前に憲法論議は進まない」として参院選後にある次期国会で仕切り直す方針に転じている。

 参院選では、首相が改憲発議に必要な3分の2議席を確保できるかも一つの焦点となる。

自民党参院選公約のポイント

【外交・安全保障】

北朝鮮に対する制裁措置の厳格な実施とさらなる制裁の検討

○わが国固有の領土である北方領土問題の解決に向けた日ロ平和条約締結交渉を加速

普天間飛行場辺野古移設を着実に推進

憲法

○初めての憲法改正への取り組み強化

○党内外での議論をさらに活発に。衆参の憲法審査会で、憲法論議を丁寧に深めつつ、早期の憲法改正を目指す

消費税

○10月に消費税率を10%に引き上げ

○ポイント還元の実施、プレミアム付商品券の発行などにより対策

社会保障・子育て】

○人生100年時代へ「3つの100」を実現(人生100年型の年金▽100人100色の働き方改革▽保育受け入れ100%)

在職老齢年金の廃止・縮小

厚生年金の適用拡大

○勤労者皆社会保険の実現(社会保険の適用拡大)

【経済】

○中小企業・小規模事業者の第三者承継を含めた支援策の検討

原発・エネルギー】

原発依存度の可能な限りの低減。2050年に向けたエネルギー転換・脱炭素化

○立地自治体の理解と協力を得て原発を再稼働

 

朝日新聞デジタルより)

 

 普通に考えれば、これで安倍政権は今年10月の消費税増税を予定通り実施するとともに、衆参同日選挙をやる可能性が低くなったといえる。

 ただ、過去二度行われた衆参同日選挙の2回目は、中曽根康弘による「死んだふり解散」だった事実が頭に引っかかってはいる。あれは渡邉恒雄ナベツネ)の入れ知恵によるもので、土壇場まで「衆議院解散はない」と見せかけた中曽根が、突然衆議院を解散した。

 上記朝日新聞デジタルの長文記事も、よく読むと岸田文雄

衆参同日選になった場合の公約修正について問われると、「仮定に基づいて答えることは控えないといけない」とだけ述べた。

と言ったと書いている。また、この記事を書きながらBGMのように流している『サンデーモーニング』でも解散と衆参同日選挙の話をやっている(3番目の話題として取り上げられている)。

 しかし、私は消費税増税の撤回と解散・衆参同日選挙の可能性は低いと思う。それには理由がいくつかある。

 まず、消費税増税に関しては、既に消費税増税ありきで進んでいる事項が結構ある。また、安倍晋三は四選を視野に入れて財務省を敵に回したくないと思っているのではないか。さらに、仮に消費税増税を予定通り行うことを明らかにして参院選を戦っても十分自民党が勝てるくらい現在の野党に勢いがない。また、5月20日に発表された2019年1~3月期の実質国内総生産GDPでも予想に反してプラス材料になった。

 それから衆院解散については、これは誰も指摘していないが、安倍晋三には2017年に小池百合子(と前原誠司小沢一郎)を潰した「成功体験」が忘れられないのではないか。

 思えば、2016年の参院選前にも、安倍晋三衆院選との同日選挙にするのではないかとの声がかまびすしかった。しかし安倍は衆議院を解散しなかった。すると、衆院選の1か月後に行われた東京都知事選に当選した小池百合子のバブル人気が発生し、括弧付きの「リベラル」たちを「ワクワク」させた(笑)。その勢いは翌年夏の東京都議選で「都民ファ□ストの会」が自民党をKOするところまで続き、街宣に出た安倍晋三は罵声を浴びた。図に乗った小池百合子は、前原誠司小沢一郎と共謀して国政進出を図ったが、この局面で前年に安倍晋三衆議院を解散せず、衆参同日選挙を行わなかったことが効いた。安倍は小池一派が衆院選の準備が整わないうちに衆議院解散を打ち、小池一派を潰すとともに、前原誠司民進党を分裂させることにも成功した。こうして「安倍一強」体制がさらに確固たるものになったのだった。

 この成功体験があるから、今は解散権を温存しておきたいという気持ちが安倍晋三に働いても不思議はない。

 もちろん33年前の中曽根康弘にあやかりたいという気持ちの方が安倍晋三に強いことも十分あり得るし、その際に参院選の公約をちゃぶ台返しできるくらいの独裁権力を現在の安倍晋三は持ってしまっているから、そちらの可能性もあるが。

 現在のように権力を批判する言説が絶え果てた「崩壊の時代」においては、独裁権力者は何でもできてしまうという身も蓋もない結論に、今回もまた行き着いてしまった。