kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず

ブログを始めて来月で2年になるが、その前の2005年夏から「政治の季節」が始まった。当時はブログが話題になり始めた頃で、その中で政治を語るブログを愛読するようになった。05年の郵政解散・総選挙から年末の耐震強度偽装問題、そして翌年初めのライブドア事件。しかし、耐震強度偽装やライブドア事件に対する野党の追及は、「偽メール事件」で腰砕けとなった。ことここに至って、自分で声をあげなければならないとブログに参入したのだった。

当時活発だったブログの大部分は、今では活性を失っている。たかがブログ、されどブログで、日々の記事はたいしたことがなくとも、それを2年続けているだけで、いつの間にかもう古参だ。たかが2年で古参になれる世界も珍しく、ブログがそれくらい新しいメディアであったと同時に、それだけ底の浅い世界だともいえる。

日記を書き続けるのは大変なことで、私など何回挑戦しても1週間と続いたことがなかったのだが、そんな私が2年近くも2つのブログを管理するなど、ブログを始めるまでは想像もつかなかった。人さまにブログを読んでもらうためのアクセス数アップに精を出すことも、ブログを始めてからしばらくは、というか「AbEnd」キャンペーンにかかわるようになってからも信じられない行為だったほどだ。

美爾依さんに勧められてFC2のブログランキングに参加して、ようやく自分のブログを人さまに読んでもらうためにアクセス数を上げようと思うようになった。今でも、リアルの政治に影響を与えるにはほど遠いアクセス数しかないが、とはいえ、リベラル系ではそれ以上のアクセス数を稼いでいるブログはそんなに多くない。依然としてブログは参入しやすく、新規の参加者も、そのうち生き残るブログの比率も、私が参入した2年前とさほど変わらないように見える。そして気づいてみると、周りのブログの顔ぶれは総入れ替えに近い。月日の経過の早さには唖然とするばかりである。

だが、よくよく見てみると、止むを得ない事情のために休止を余儀なくされたブログがあるかと思えば、不活性にならざるを得ない事態を招いて活性を失ったブログもある。これは、掲示板投稿者だった頃に見ていた風景と同じだ。憎たらしい論客だと思っていた掲示板投稿者が、ダブハンがバレるミスを演じ、申し開きができなくなって消えて行ったり、荒らしに転じたりした例を私は見てきた。私自身、激しい論戦を演じたあげく、論敵が二度と掲示板に投稿できなくなるダメージを与えた経験は一度や二度ではないが、その一方で、互いに相手の人格を否定するような罵り合いを演じながら、そののち和解した例もあった。ブログでもそれは同じだ。人間の本性はそうそう変わるものではない。

年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。春になると、この言葉をよく思い出す。