kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

内橋克人『新版 匠の時代』第6巻(岩波現代文庫)

今年最初に読み終えた本。元旦から2日にかけて読んだ。


新版 匠の時代 6 (岩波現代文庫)

新版 匠の時代 6 (岩波現代文庫)


このシリーズは70〜80年代に内橋克人が『夕刊フジ』に連載した技術開発物語の復刻版。昨年8月から1か月に1冊のペースで読み、年をまたいで新年に読み終えた。

なぜこのシリーズを読もうと思ったかというと、昨年6月19日付の当ダイアリー記事 There is no immediate danger (by US government). - kojitakenの日記 に書いた通り、内橋克人の著書『日本の原発、どこで間違えたのか』(朝日新聞出版, 2011年;但し著者の80年代の著作の再編集)の前半部を読んで意外感を持ったからだ。同記事の一部を以下に再掲する。

内橋氏及び『週刊現代』編集部は、一貫した「反原発」のスタンスで記事を書いていたわけではない。たとえば第2章「東京電力原発」では、GEの設計で作った福島第一原発1号機などの原子炉の配管にひび割れが生じたトラブルのメカニズムを日立や石川島播磨のエンジニアたちが突き止め、問題を解決して技術をGEなどに逆輸出したくだりが紹介されている。これなど、NHKがかつて放送していたテレビ番組『プロジェクトX』を思い出させた。

内橋克人は書く。

取材を開始してから筆者は、幾度ともなく同じ質問に責められてきた。
「あの記事、原発賛成の立場ですか? それとも反対?」
賛成でもなく、反対でもない。われわれはただ原発をめぐってごく自然に湧いてくる素朴な疑問への回答を求めて、根気よく取材と分析を積み重ねているだけだ、と説明する。それは事実である。

内橋克人『日本の原発、どこで間違えたのか』(朝日新聞出版、2011年) 153頁)


取材を進めるうちに内橋氏は徐々に「反原発」へと傾斜していったのだが、取材開始当初は原発に対してニュートラルだった。そんな内橋氏の原点をたどってみたいと思ったのがきっかけだ。

果たして、『新版 匠の時代』のシリーズは、かつてNHKテレビで放送されて大人気を博した『プロジェクトX』の先駆けのような作品群だった。この連載が『夕刊フジ』に連載され、初めサンケイ出版から刊行されたことからもわかるように、内橋克人は出発点から左派の経済評論家であったわけではない。80年代から日本企業のあり方に疑問を持つようになり、1991年には『尊敬おく能わざる企業』(カッパホームス)と題した本を書いた。この本は、朝日新聞1面のコラム「天声人語」が絶賛していたことを覚えているが、残念ながら読んだことはない。しかし、目次(下記)から内容が想像できる。

企業環境が急変している/ひっくり返る「価値基準」/「水道哲学」三つの錯誤/「いいモノを安くドンドン」の時代は終わった/日本企業の理念が問われる/「生存条件」が「生産条件」を規定する/もはや「消費者は王様」ではない/「消費社会」と「市民社会」が同心円化する/消費者が企業活動を変える/地域社会への視点をもて/「不為の哲学」をもて/「企業行動倫理基準」を内外に宣言せよ/日本企業の「強さ」が「弱さ」になる/「前近代的」なるがゆえの強さを克服せよ/日本のビジネス慣行を総点検せよ/企業は市民社会の制御下におかれる/分配の公正を図れ/市場偏重主義を改めよ/「設備投資」を「時短投資」に向けよ/企業はまず社員に「やさしく」あれ/「個」の立場に立って発想転換せよ/生活の主導権は社員に与えよ/日本の資本主義が問い直される/経営の原点にもどれ/『経済白書』に騙されるな/行政・政治の呪縛を解き放て/生産の足場を「生存条件」に移し替えよ/「納得性の論理」を築け/「相互干渉の原則」の容認へと世界は進む


1991年の時点で「『いいモノを安くドンドン』の時代は終わった」、「企業は市民社会の制御下におかれる」、「分配の公正を図れ」、「市場偏重主義を改めよ」、「企業はまず社員に『やさしく』あれ」と書いた内橋だが、多くの企業は内橋の主張とは正反対の方向へと進んだ。すなわち、資本の論理に従って暴走し、株主への配当や役員の報酬を増やす一方、社員の給与を下げた。また、派遣労働者を増やして多くの「ワーキング・プア」を生み出した。

その転換期が1980年代だった。内橋克人が左傾したのではなく、日本の企業社会がグローバル化の流れにのみ込まれる中、企業も政府の政策も舵取りを誤ってしまったのだ。『新版 匠の時代』第6巻は3章からなり、ミノルタ三洋電機竹中工務店が取り上げられているが、三洋と竹中工務店の章は両社の海外進出物語である。特に竹中工務店の章では、西ドイツ(当時)などヨーロッパを「階級社会」として描写しているが、今では日本も立派な「階級社会」になってしまった。ミノルタの章は、実質的に世界初のオートフォーカス機能を搭載したシステム一眼レフカメラ「α-7000」の開発物語だが、この機種は1985年(昭和60年)2月20日に発売された。それを描いているこの章は、おそらく『匠の時代』の中でももっともあとになって書かれた章の1つだろう。この頃、竹下登らが「創政会」を旗揚げしたが、α-7000発売1週間後の2月27日、田中角栄が倒れて名実ともに自民党政治の主役が交代した。1985年という年は、3月11日にゴルバチョフソ連共産党書記長に就任し、6月11日に労働者派遣法が成立し、8月12日に日航機事故が起き、9月11日に三浦和義が逮捕されて夏目雅子急性骨髄性白血病で亡くなってプロ野球阪神タイガース21年ぶりのリーグ優勝へのマジックナンバーが点灯し(10月16日リーグ優勝、11月2日日本シリーズ優勝)、9月22日にプラザ合意が成立した。この最後のプラザ合意が日本のバブル経済生成の引き金を引いた。

全6巻のうち特に印象に残ったのは、第5巻第I章の「倉敷物語」だった。明治・大正時代に悪質な人材斡旋業者に悩まされた倉敷紡績の大原孫三郎が創設した倉敷病院の物語だが*1内橋克人岩波現代文庫版の緒言に、派遣労働者の急増や「派遣切り」が横行する現在を評してこう書いている。

 かつて倉敷紡績を率いた大原孫三郎を悩ませた明治・大正期の手配師、差し入れ屋が、現代に甦ったに等しい。これで「失われた三〇年」を乗り切ることは可能か。


もちろん可能なはずがない。しかし、人々が橋下徹を熱狂的に支持するていたらくでは、製造業の復活や労働者の生活の改善など望むべくもないと悲観せざるを得ない。

*1:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20111030/1319954170に簡単な書評を書いた。