kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

途上国の消費促進と地球温暖化

日経BP伊藤洋一氏の文章がわかりやすくて良かった。
伊藤洋一の『BRICsの衝撃』〜 ブレトンウッズII ? 途上国に何を期待するのか

著者の伊藤氏は、テレビ朝日の「やじうまプラス」でコイズミびいきのコメントを発していたのであまり良くない印象を持っていたが、リンク先のコラムは冷静な正論だと思う。

最近ジャーナリズムを騒がせている「新ブレトン・ウッズ体制」だが、具体的なイメージが伝わってこないなと思っていた。

伊藤氏は、

 では具体的に、どういう構想になるだろうか。それはまだ想像の域を出ない。本当にグローバル化する世界経済、世界の市場に対応する制度なら歓迎すべきだ。恐らくそこでは、各国中央銀行の権限を新しい機関に一部委譲するといった大胆な発想が必要だ。そういう議論のなかで、変質する世界経済と市場への対応策が練られるなら、それはよいことだ。

と書いている。どうやら専門家にとっても「想像の域を出ない」話のようだ。

伊藤氏は、「当面の世界経済の不振を抜け出すために」という魂胆が見え隠れするサミットになりはしないかと懸念する。

逆に言えば、日本は間違いなく「内需振興」を求められるだろう。日本は家計も企業も、米国ほどには信用状態が悪化していない。

というのは冷静な批評で、ちょうど1週間前の読売テレビで放送された辛坊治郎の御用番組で、この期に及んで外需頼みの経済成長を叫んでいた頭の悪い新自由主義者横浜市長中田宏とは大違いである。

伊藤氏のコラムの末尾の部分は特に納得・共感できるものだったので、以下に引用する。

 それよりもサミットが望むのは、中国やインド、ブラジルでの需要振興だろう。なにせ人口が多い。全2者(ママ)はビリオン(10億)の単位だ。1人が少し消費を増やしても、凄まじい効果がある。さらに、中国のGDPに占める消費の割合は4割しかない。「相当な引き上げが可能だ」と考える人は多い。需要の太宗を失った世界経済にとって、中国やインド、それにブラジルや南アフリカが潤沢な需要を世界経済に提供してくれたら「世界は救われる」と考える人は多いだろう。恐らく世界は、サミットが開かれればその方向に進む。露骨にそれを言うかどうかは別にして、巨大途上国の消費大国への脱皮を先進国としても支持したいという雰囲気になるだろう。

 しかし、途上国が抱えるエコの問題をここでずっと取り上げてきた人間としては、「先進国が経済危機だからと言ってBRICsをはじめとする新興国や途上国に望むのは“成長 ”だけでよいのか」と、真剣に懸念する。途上国が成長するのはよい。それは途上国も先進国も望むところだ。しかし、あまりにも成長が前に出すぎてしまって、せっかく途上国で芽生えたエコの意識が忘れ去られたら、世界はまた、「環境悪化」「地球温暖化」への道に戻ることにならないだろうか。

 危機は、人々を「そこからの脱出」に走らせる。しかし、世界は同時に、「温暖化からの脱出」という難しい問題に直面している。11月に、恐らく米国で、その後も世界各地で開かれるブレトンウッズIIの話し合いが、「世界経済の成長加速」だけに偏らないことを祈る。

 ニューヨークの街を歩きながら、そんなことを考えたのだった。

「全2者」は「前二者」のtypoと思われる。
中国の環境悪化は、すでに日本の気候に悪影響を与えているから、これは決して他人事ではない。

それと、ビジネスチャンスはいまや環境・エネルギーにあるのは疑う余地がない。2005年に財務省太陽光発電への補助金を打ち切ったが、これは「コイズミカイカク」の一環であって、この政策が響いて日本の太陽光発電ビジネスはあっという間にドイツに追い抜かされた。こんなバカげた「コイズミカイカク」を日本人は支持し続けてきたのだ。民族の自殺行為である。安倍内閣もこれを看過し、福田内閣になって「福田ビジョン」でようやく巻き返しを図ったが、「福田ビジョン」も原子力関係者の余計な干渉などが加わって中途半端なものになった。原子力発電は「持続可能」ではあり得ない。

もともと技術力では日本にメリットがある分野なのだから、あとは適切な政策の実行と、それを可能ならしめる政治家を国民が正しく選ぶことだと思う。