kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

クルーグマンの『さっさと不況を終わらせろ』を読み終えた

ポール・クルーグマンが2012年に書いた本『さっさと不況を終わらせろ』を読み終えた。



この本は、とても平易に書かれた一般書だから、特にリベラルや「リベラル」の諸氏にはおすすめだ。経済成長の意義を理解されていないとおぼしき想田和弘氏には特におすすめだ。なぜって、下記アマゾンのカスタマーレビューにある通り、この本は、想田氏の論敵・池田信夫(ノビー)にとっての「不都合な真実」を暴いた本だからだ。

http://www.amazon.co.jp/review/R2WY709CVUZZ6Z/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4150504237&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books

★★★★★ 不都合な真実(主に池田信夫にとって), 2012/7/22
投稿者 ジャズ吹き

本書の内容を簡単にまとめると
・不況から脱出するためには、財政出動と金融政策の両方が必要だ。
 だから、金融政策か財政政策かの二者択一は間違い。両方やるべし。
 間違った二者択一議論に時間を無駄にするな。

・金融政策の中でも、単純な金融緩和はダメ。 
 インフレ率を4%ぐらいに毎年維持するとコミットすることと、それを裏付ける金融政策の実施が必要。
 なぜなら、現在の金融緩和は一時的で今の世界しか相手にしていないので効果が小さい。
 しかし、インフレ目標は来年、さ来年など未来のインフレ率を操作することで、実質金利をマイナスにするから。

・長引く不況はなぜ悪いか
  不況は単に失業率という目に見えるものだけではなく、経済が回復したときに本来発揮するはずの生産力をどんどん削ってしまうから、生産力の低下というツケを後代に残してしまう。
 それは、国債発行残高なんかよりずっと深刻な負の遺産
 だから、不況を脱出するために国債をどんどん発行して政府が需要を作りだそう。

・じゃあ、なぜ政府はそう言う対策を採ってこなかったんだろう
 誰が邪魔をしていたのか?
 どうして邪魔をするのか?
 どうやって邪魔しているのだろうか?

と言うことを一般国民に向けて判りやすく解いた本。

 クルーグマンは、バーナンキ議長でさえFRBの官僚に同化させられてしまったのを見て、官僚とか、専門家とか、政治家など政府の中枢は政策の方向転換をできないので、国民が世論で圧力をかけないとダメだと考えるようになったようだ。

 特に2012年の大統領選挙と議会選挙で、緊縮財政派の共和党が勝利すると、ヨーロッパ並に酷い経済状態に陥ると考えている。

 池田信夫が本書の発売前から「気持ちの悪い日本語」とかけなしているが、なぜそのようにけなして本書を世間の目から隠そうとしたかは後書きを読むと判る。
 後書きでは、名前こそ具体的に示されていないが、池田信夫クルーグマンについてこれまで発言してきたこと(クルーグマンが日本に謝罪したとか、インフレ目標が効果がない、クルーグマンを支持する学者はいないetc)が木っ端みじんに論破されている。

 インフレ目標反対派がどのように、強引な牽強付会やあからさまな事実の歪曲を行っているかを的確に述べており、クルーグマンの主張を支持する経済学者などいないという点についても、彼を支持する学者や論文をきちんと示している。
 読後の読者をサポートするサイトが訳者のHPに設けられているので、そこで挙げられている他の論文も参照できる。

 これらは池田信夫にとっては「不都合な真実」なので、発売前からけなしていたというわけ。

 しかも、訳者の山形氏が以前使っているくだけた口語調の訳文は前書きのみで、本文は学者っぽい堅い訳文に訳し分けている。
 「気持ちの悪い日本語」なんて言っている池田信夫は、前書きしか読んでないことを自ら暴露している。恥の上塗りとはまさにこのことだろう。


このカスタマーレビューを読めば、アンチ池田信夫(ノビー)派なら誰でもこの本を読みたくなるのではないか。

ところで、この本を「リベラル」諸氏が敬遠したくなる理由として、何やら変な名前で呼ばれることの多い安倍政権の経済政策を後押しする本と思われがちなことが挙げられる。

確かに、訳者の山形浩生氏(トマ・ピケティの『21世紀の資本』の訳者でもある)が書いた「訳者解説」、特にその文末の、文庫版で追記された箇所は相当に安倍晋三に好意的だ。以下引用する。

(前略)二〇一二年九月、安倍晋三自民党総裁となり、その経済政策の重要な柱としてインフレ目標政策財政出動が明確に打ち出された。これは多くの人にとって、青天の霹靂だった。特に、クルーグマンの本書における議論をずっと支持してきた、この訳者をふくむいわゆるリフレ派にとっては。インフレ目標政策を支持する政治家や政党は、それまでも確かにいた。が、失礼ながら決して本流といえる存在ではない場合がほとんどだった。それがいきなり、保守本流のどまんなかに出現するとは!

(中略)

 そしてその結果は? 各種の経済指標は軒並み改善を見せたし、インフレ率もじわじわと上昇を見せた。おおむね、本書の主張通り。

 むろんその後、その成功に気をよくして、二〇一三年に安倍政権は消費税率を五パーセントから八パーセントに引き上げを認めるという大きな失敗を犯す。これはある意味で、インフレ目標政策が成功しすぎた結果ともいえる。リフレ派の多くは(クルーグマンも)この動きを危ぶみはしたものの、絶対ダメと強く主張できるだけの根拠はなかったし、またそれまでのリフレ政策の成功に水を差す主張と受け取られかねないのを恐れた面もあるのかもしれない。だが二〇一四年に実際の税率引き上げが実施されたとたん、せっかく改善した経済状況はすっかり冷え込み、経済もまたデフレに戻りかねない状態になった。でもこれに対し、日本銀行はさらなる緩和を実施し、インフレ目標達成への強いコミットを見せた。そして消費税率の一〇パーセントへの引き上げも、クルーグマンが来日して直接安倍首相に進言したおかげもあって、先送りとなった。これにより、日本経済はなんとか命拾いして再び回復途上へと向かいーー


 そして今(二〇一五年正月)に到る。

 この本の邦訳が出た時点では、こんなことが起こるとはまったく予想していなかった。まさか本書で主張されている政策をもっとも忠実に実施するのが、この日本になろうとは。そして日本がインフレ目標策を実施するにあたり、本書で批判されている安心感の妖精論者や緊縮論者も大量に出てきた。でもその主張はすべて、実際の経済の推移により否定されている。まさに本書に書かれた通り。ただし、財政出動に関しては、公共工事にこだわりすぎたために必ずしもうまくいっていない面もある。二〇一四年末には、GDPの七‐九月期の数字が速報値から大幅に下方修正された。これは公共工事が進捗していないせいが大きいという。本書にある通り、不況の間は財政出動を積極的に進めるべきだというのは本書の言う通り。これは日本が今後もっと頑張って取り組むべき分野となる。

ポール・クルーグマン山形浩生訳)『さっさと不況を終わらせろ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫,2015)363-366頁)


途中までは読んでいてイライラさせられるが、赤字ボールドにしたくだりを読んで、山形氏も安倍政権の経済政策の問題点を指摘していることにやっと少し安心した。しかし、山形氏が安倍政権の経済政策における財政支出額の不足及びその分野の偏りの問題を、同経済政策の今後の課題ないし留保条件ととられておられるように見受けられるのに対し、私はそれこそが大問題だとして重くとらえている。そこは見解が大いに異なる。

実際、本書の文庫版が出た頃、安倍政権は緊縮財政政策に走る方向性を打ち出した。

安倍晋三は1月下旬に「財政再建に関する特命委員会」を立ち上げ、稲田朋美を委員長に指名したのである。

この件に触れた、きまぐれな日々 安倍・稲田・土居の「財政再建」は反「ピケティ」の極致だ(2015年3月2日)を参照しながら、この件を報じたマスメディア(日経新聞及び写真週刊誌『FRIDAY』)の記事を引用する。後者は上記ブログ記事に書いた私の要約である。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS28H6A_Y5A120C1PP8000/

自民、財政再建へ新組織 政府会議の民間識者参加
2015/1/29 2:00|日本経済新聞 電子版

 自民党は2月から歳出抑制の議論に着手する。稲田朋美政調会長をトップに特命委員会を設け、高齢化で膨らむ社会保障費などに切り込む。財政問題に詳しい土居丈朗慶大教授ら学識有識者を助言役に加える。機械的な歳出削減だけでは党内の反発も予想される。行政改革などの専門家も交え、規制緩和による経済成長を通じた税収増や公共サービスの効率化なども含めることをアピールしたい考えだ。

 特命委にアドバイザーとして加わる有…

 安倍晋三は1月下旬に「財政再建に関する特命委員会」を立ち上げ、稲田朋美を委員長に指名した。つまり、財政再建稲田朋美に丸投げした。安倍のお気に入りながら経済には明るくない稲田は、4人の有識者を特命委員会の会議に招聘したが、稲田の「指導係」と黙されているのが慶応大経済学部教授の土居丈朗。稲田じきじきの依頼で土居が招聘された。今年初め、土居を中心として作成された〈社会保障改革しか道はない〉と題されたレポートが、「稲田委員会」の討議の叩き台になる。稲田は、このレポートを読み込み、「財政再建はこの道しかない」と認識している。

 中身は「大幅な歳出削減」。最初に標的にされるのは医療費(2.7兆円削減、ジェネリック医薬品利用促進でさらに0.5兆円削減)、次いで介護費(1.1兆円削減)。さらに年金受給者向けの優遇税制の圧縮(0.4兆円削減)。それでも数兆円不足するが、消費税率を12%に上げて賄う。国民に大きな痛みを強いる改革案だが、安倍はこの路線に賛成している。レポート発行元のNIRAの会長は、安倍の「後見人」と言われ、安倍の兄の岳父でもあるウシオ電機会長・牛尾治朗

 稲田を「自民党ジャンヌ・ダルク」と高く評価する安倍は、財政再建改革案を無事にまとめれば、稲田を重役ポストに登用するという観測も。「身内」しか信用しない安倍に、国民に痛みを強いる重要な改革ができるか甚だ疑問。

(週刊『FRIDAY』 2015年3月13日号18-19頁 「安倍が稲田に託した財政再建素案の核は『痛みに耐えよ』」より要約。敬称略=週刊誌の記事には人名に役職名が付されていた)


まさに緊縮財政政策まっしぐら。ネット検索をかけると、土居丈朗の毒々しい主張に接することができる。気分が悪い。


しかしイタいことに、この期に及んで安倍晋三は二枚舌を使っている。下記は6月の朝日の報道。

http://www.asahi.com/articles/ASH6D5K7CH6DUTFK01B.html

甘利氏「論理矛盾」×稲田氏「雨乞い」 財政再建で対立
相原亮、鯨岡仁
2015年6月13日06時48分

 政府の財政再建をめぐり、甘利明経済再生相と自民党稲田朋美政調会長の対立が12日、表面化した。経済成長による税収増を期待する甘利氏が、歳出額の数値目標を掲げない方向で議論を進めているなか、稲田氏が「2018年度に歳出額の目標設定を行う」との党方針を決定。甘利氏が「論理矛盾」と反発すれば、稲田氏は成長重視路線を「雨乞い」と批判し返した。

 稲田氏が委員長を務める党財政再建に関する特命委員会はこの日、財政健全化策の最終報告案を決定。党は昨年12月の衆院選で「国・地方の基礎的財政収支(PB)を2020年度に黒字化」と公約しており、中間段階の18年度に歳出額の目標を設定することを明記した。社会保障費の伸びを「年5千億円程度」に抑える目標も掲げた。

 政府が示す今後の経済成長率(名目3%、実質2%)については「楽観的」と指摘して、「経済成長だけではPB黒字化のめどが立たない」とした。

 一方、甘利氏が担当相を務める政府の経済財政諮問会議が10日に示した2015年度「骨太の方針」の骨子案では、「18年度のPBの赤字を国内総生産(GDP)比で1%に抑える」としただけで、歳出の上限額は盛り込まれていない。安倍晋三首相が「経済再生なくして財政健全化はなし」という方針を示しており、歳出抑制よりも経済成長による税収増で財政健全化を目指しているためだ。

 このため、甘利氏は12日の記者会見で党の方針について「(首相の考え方を)共有していながら、経済成長と無関係に歳出を縛るのは論理矛盾だ」と述べ、いら立ちを隠さなかった。

 これを聞いた稲田氏は反発。「当てにならない(経済)成長を当てにして、雨乞いをしてPB黒字を達成させるとか、そういう話ではない」と語った。稲田氏は16日に首相あてに最終報告を提出するが、党方針が「骨太の方針」に反映されるかは不透明だ。(相原亮、鯨岡仁)

朝日新聞デジタルより)


要するに安倍晋三は、自らのお気に入りでゆくゆくは政権を禅譲しようと考えているとの噂の絶えない、加藤紘一の実家が放火されたことを笑いものにしたばかりか映画『靖国 YASUKUNI』を検閲しようとした極右政治家の稲田朋美を「財政再建に関する特命委員会」の委員長に指名しておきながら、自らは「経済再生なくして財政健全化はなし」などと、その部分だけを切り取れば正しいと私も認める言葉を発しているのである。甘利明が怒るのも当たり前だろう。原発推進の主導者である甘利明は私の大嫌いな政治家だが、この稲田朋美との「対立」に関しては明らかに甘利に分がある。

そして、上記の朝日新聞記事を参照して初めて、前記の土居丈朗が東洋経済に書いた毒々しい記事の中にある下記のくだりの背景が理解できる。以下、土居の記事から引用する。

(前略)
なぜ特命委側と諮問会議を対立と捉えるのは不毛なのか

ここで、両者の違いが報道等でも注目された。

両者とも、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標を達成しようとしている点では一致している。

ではどこが違うか。諮問会議民間議員側は、歳出額の目標設定に否定的な意見であるのに対して、自民党側は歳出額の目標設定をすることを求めた点である。

その議論の過程は、歳出改革主導の財政健全化か経済成長主導の財政健全化か、という対立の構図で捉えられがちである。

しかし、東洋経済オンラインの本連載の前回拙稿「財務省と内閣府・諮問会議が、不毛の対立に 経済成長主導による財政健全化策のワナ」でも記したように、対立の構図で捉えても議論の行方は見えてこない。

その背景を深掘りすべく、まず諮問会議民間議員側のスタンスを確認しておこう。

これまでの議論の経緯を見ると、諮問会議民間議員のスタンスは、次の3つにまとめられるだろう。

(1) 厳しい歳出削減は避けたい。特に、歳出削減を大きくすると経済成長率が落ちることを懸念している。

(2) 成長による税収増で収支改善を稼ぎたいが、露骨すぎて黒字化が絵に描いた餅と批判されては困る。

(3) 歳出改革で、もし摩擦が少ない形で手柄を上げられるなら、「骨太の方針」に入れてもいい。

これら3つをどう成り立たせるかに腐心していると思われる。
(後略)

(土居丈朗「歳出改革と経済成長は必ず両立できる 6月末の財政健全化計画はどうまとまるのか」=東洋経済オンライン 2015年6月22日=より)


つまり、自民党側の方が過激な緊縮策を志向しているのである。これには、安倍晋三が本心では緊縮財政志向であると認識している私でさえ、「えっ、逆なんじゃないの?」と目を疑ったが、なんのことはない。稲田朋美が、前記朝日新聞記事にある通り、「2018年度に歳出額の目標設定を行う」との党方針を決定していたのである。

そして、安倍晋三が自らの総理総裁後継候補として思い描いているのは、甘利明ではなく稲田朋美であるという事実を直視する必要がある。

要するに、安倍晋三は信念を持って首相就任当時に「経済政策の重要な柱としてインフレ目標政策財政出動を明確に打ち出した」わけではなく、単なる人気とりに過ぎなかったのである。

クルーグマンの本の「訳者解説」に、山形浩生氏は安倍晋三が「保守本流」であると書いたが、政治に関心のある人間なら誰でも知っているように、それは誤りである。安倍晋三はまぎれもなく「保守傍流」だ。しかし、そこにこそ安倍の強みがあった。というのは、財政にせよ金融にせよ、「保守本流」は緊縮策が大好きなのである。あるいは保守傍流であっても、大蔵省出身の福田赳夫も緊縮財政政策が大好きだった。調べてみればすぐにわかることだが、戦後最初に「財政再建」の旗を振ったのは1970年の福田赳夫(当時佐藤栄作内閣の閣僚)であり、総理大臣として本格的にそれに取り組もうとしたのが、同じく大蔵省出身で「保守本流」の大平正芳(1978〜80年首相)だった。大平が80年に急死した時死の床で読んでいたのが、当時朝日新聞の論説主幹だった松山幸雄の著書であったことに象徴されるように、朝日新聞も「保守本流」と財政再建が大好きである。そして、生真面目なだけが取り柄の民主党政権の首相・野田佳彦は、その朝日新聞星浩らの熱心なすすめを受け入れて、自公との三党合意を行い、消費税増税を決めた。こうして「保守本流」も「民主党」も「朝日新聞」も緊縮策に流れていった結果、安倍晋三には「大胆な金融政策」を実行しやすい、おいしい立場が残っていたのであった*1。そういった結果オーライであったとはいえ、2013年に日本経済が上向いたことは、安倍晋三を死ぬほど嫌っている私も認めるし、何より政治は結果がすべてだ。しかし、その「結果」もほかならぬ安倍自身が消費税増税を決断したことによって2014年には暗転したし、何より私が安倍晋三に善意を見ることは絶対にない。安倍晋三が本当にやりたいのは、今やっている安保法案の成立であり、さらには憲法改正である。安倍政権の経済政策は、それによって内閣支持率を上げるためのエサに過ぎず、改憲まで安倍の手でできるかどうかはわからないが、安保法案を成立させたあとは、安倍にとって経済政策などどうでも良いのだと私はみなしている。だからこそ、エスタブリッシュメント層に迎合して、後継候補ナンバーワンの(安倍にとっては)かわいい稲田朋美*2に「財政再建の道筋を立てる『手柄』」を立てさせようと考えているのだろう。

私は、一昨日に書いた記事で、「リベラル」の想田和弘を「お人好し」と批判したが、どうやら同じ批判を「リフレ派」に対しても行わなければならないようである。「リフレ派」は、「安倍談話」に安倍晋三の善意を見た「リベラル」(想田和弘のことではない)と同様、安倍政権の経済政策に安倍晋三の善意を見ているようだが、それは幻想に過ぎないのである。

文章がバカ長くなったが、以上書いたように、いくら「リフレ派」が安倍政権の経済政策を宣伝したところで突っ込みどころはいくらでもあるのだから、それを十分心得た上で、安倍政権の経済政策にも認めるべき所は認め、そうではないところ(安倍政権の緊縮財政政策や労働政策)に批判を集中させるのが、リベラル・左派の進むべき道ではないかと考える今日この頃である。

以下は付録。クルーグマン本についたアマゾンのカスタマーレビューから、もう少し引用する。

http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RDG2NLOE4F9N6/ref=cm_cr_pr_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4150504237

★★★★★ リベラルな人で経済学を知らない人に読んで欲しい, 2015/6/28
投稿者 BT_BOMBER

3年近く前の本ですが久しぶりに読み直して見ました。
サブプライム金融危機以降の経済情勢についてクルーグマンが解説し、どのように対処すべきか処方箋を提示する本です。
以前の本に比べればやや堅めではありますが、山形氏の翻訳も軽妙で読みやすいです。
訳者による解説も参考になるはず。
読み返していて気付いたのですが、格差論で話題のピケティの業績について、さらっとですが触れられていて驚きました。
この時点で既に有名だったんですねえ。

この本の対象は基本的にアメリカ、ついでにヨーロッパと言ったところですが、日本に当てはまらないわけではありません。
アベノミクス以降失業率が改善しているのは大きな成果ですが、
回復は弱弱しく一般層にはまだあまり恩恵が出ていないと思います。
また消費増税含め財政の緊縮志向は明らかにこの本で批判されている方向性です。
ほぼ3年経った今でも全く価値を失っていない本だと言えましょう。

リベラル志向の人には頭からアベノミクスを否定する人が少ないですが、そういった人にこそ読んで欲しい本です。
クルーグマンもリベラル側の人なので価値観は共有できるはずですし、
経済学に詳しくない人でも数式等は使わずに平易に書かれているので理解しやすいです。
現在の日本の経済政策についてもどこを変えるべきで、どこを維持すべきかが判ると思います。

この本の中で紹介されている子守協同組合の話は相当なお気に入りらしく、クルーグマンの本ではいろんなところで出てきます。
訳者の山形氏がこれについて翻訳公開されていますが、経済学初心者の人にはものすごくためになる内容です。
興味があれば調べてみると良いでしょう。


http://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R2JH495GGTXO1G/ref=cm_cr_pr_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4150504237

★★★★★ 「左翼の人」に読んでもらいたい――現代のイデオロギー, 2014/5/24
投稿者 sawa

 この本で中心的なテーマになっているのは、クルーグマンがよく取り上げるテーマ、(1)緊縮財政(財政赤字を削減することを至上命題のように受け取ること)、(2)インフレ恐怖症(インフレを蛇蝎のごとく嫌うこと)、(3)安心の妖精(国債金利を低く抑えることを史上命題のように受け取ること)であると言っていいでしょう。

 クルーグマンは、上記3つの考え方や態度を多くの人々、とくに政策決定者がとるのは、「イデオロギー」のためだと言います。つまり、それはお金を貸す側(債権者側、金融資本)と大企業中心の産業界にとって都合がいい考え方なのです。しかし、それはある特定の人々の利益を体現するものとしてではなく、社会全体のより多くの人々のためになるものであるかのような「装い」――ある種の物語――として表れてくるものです(だから「イデオロギー」なのです)。そのために多くの人々(とりわけ政策決定者)が意識的・無意識的に受け入れてしまうものになっているのです。

 それが「イデオロギー」であるならば、左翼の人の得意分野であるはずです。また、本書は2008年以降の大量失業を問題とするところから始めていて、そういう点では「左翼的な」本とも言えるでしょう。

 ところが、左翼の人こそが上記のイデオロギーに引っかかりやすいのです。なぜか? クルーグマンは緊縮財政が受け入れられやすいのは、それが「道徳劇」になっている――誰かを「罰する」ものになっている――からだと言います。
 左翼の人は、国家を罰することに「快感を覚える」ことが多いようです。だから、国家の放漫財政のために財政赤字になっている。そのような国家は緊縮財政で罰するべきだ、という考えにころっとやられてしまうのです。その結果は、多くの人々を苦しめることになるだけなんですがね・・・

 日本でも、左翼的な言動をしているのに、財政赤字を減らさないといけないと言われるとすんなり納得してしまう人がいます。さらに、財政赤字を減らすために消費税の増税は仕方ない、ということを簡単に受け入れてしまう人もいます(なぜ財源が「消費税」でなければいけないのか?)。


後者のレビューは、「左翼の人」を「リベラル・左派」(ここでいう「リベラル」とは、私の言う「括弧付きの『リベラル』」とそうではない普通のリベラルの両方を含む)に言い換えれば、そっくり私の言いたいことになる。赤字ボールドにした部分は、特に強調したいことである。この日記にも、以前とある「リベラル」からリフレ礼賛論のコメントをもらって激怒したことがあるが、そのコメントをよく読んでみると、コメント主は結構な高給取りのようだった。実は、その程度の高給取りにとっても、デフレの脅威はある時に突然失職、あるいは経営者の人なら経営破綻という破滅的な事態を招きかねない恐ろしいものなのだが、そういう事態に直面しない限りは、物価が下がってものを多く買えるようになってホクホクするという錯覚に陥りやすい。私はそういうデフレ礼賛論に接する度に、五右衛門風呂に入って「いい湯だな」といい気になっているうちに湯が熱湯になって死んでしまう「ゆでガエル」を連想する*3。直観的にはインフレがいやでデフレが好ましいという錯覚を招きやすいところに、インフレ誘導論がなかなか人々の理解を得られにくい厄介さがある*4。もちろん、クルーグマンやレビュー主の言う「道徳劇」の側面も見逃せない。『報道ステーション』のキャスター・古舘伊知郎の言い草などを聞いていると、特にそう思う。

*1:保守本流」と「民主党」と「朝日新聞」とは、安倍晋三にとっては「三大天敵」ともいうべき存在である。

*2:もちろん私にとっては「おぞましい稲田朋美」である。誤解なきよう。

*3:辺見庸によると、実際にはカエルはそのような死に方はしないらしいが。

*4:私自身も小泉政権時代の2000年代初頭に最初にインフレターゲット論に接した時には、抵抗が強くてなかなか説得されなかった。