kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

八紘一宇−田中智学−北一輝−岸信介−安倍晋三の「ギミック」の連鎖を切れ

最近本屋で目立つのは右翼本だが、神戸、大阪、東京(池袋)などに店舗を持つジュンク堂書店では他の書店ほど目立たないのではないか。

だが、そのジュンク堂でも目立つのは内田樹の本だ。この人が現在のような売れっ子になったのはいつ頃からかよくわからないのだが、私がブログを始めた2006年には既に「リベラル」たちの間で内田樹は大人気だった。内田樹のブログの更新頻度は今よりずっと多かった。最近はブログの更新頻度はそう多くないが、対談本などの数は異常に多い。その大半は「やっつけ仕事」だろうと私は思っている。

昨日、池袋のジュンク堂に行ったら、内田樹と「リベラルにも人気のある右翼」鈴木邦男との対談本が置いてあったが、私は立ち読みする価値も認めなかった。ジュンク堂の難波店では、内田樹鈴木邦男の新刊本を宣伝する「トークイベント」とやらが一週間ほど前に行われていたらしい。
http://misetoku.kakaku.com/misetoku/info/detail.aspx?mt_companycd=1162M&mt_prid=P000000276

しかし、昨日鈴木が同じ右翼の高木尋士と北一輝について語り合った記事を目にしていた私は、鈴木邦男内田樹も買わない。内田樹はあくまでも保守、鈴木邦男はあくまでも右翼の人であって、こんな人たちばかりを「リベラル」がもてはやす風潮を私は全く好まない。内田や鈴木によって「リベラル」が骨抜きにされている観すらある。

さて、鈴木邦男と高木尋士との対談に、下記のくだりが出てくる。
鈴木邦男をぶっとばせ! 対談『北一輝とは何者なのか』(2011年5月16日)より

高木 今日、ぼくは鈴木さんにそういう点を聞きたかったんです。活動をやってる中でどこを評価したのかな、と。右翼的な考えで言うと、北一輝が目指した世界連邦などは田中智学の八紘一宇と同じですよね。

鈴木 そうなんだけど、活動で動き回っている右翼の人たちは、そういう事はあまり考えてないよ。

高木 そうなんですか? でも、活動をする上での大きな思想として、とても理想的だと思うんです。基本的な構造としては法華経を基にした八紘一宇、世界連邦、という、ユートピア的大状況というのは、それを日本という一国においても当てはまる思想だと思います。

鈴木 大きすぎるんだよ。大きすぎて見えない。大きすぎて考えられない。


しかし、この対談で高木尋士が言及している、北一輝研究で有名な松本健一は、北一輝が目指した世界連邦は、田中智学の「八紘一宇」とは全然違うと主張しているのである。昨日、立ち読みでその指摘を見つけたので、思わず本を買ってしまった。


北一輝論 (講談社学術文庫)

北一輝論 (講談社学術文庫)


以下引用する。

 北はけっして国家至上主義者ではなかったし、日本主義者でもなかった。自身が日本人として生まれてきたことを宿命とし、そう刻印されて生まれてきた立場に立脚しなければ、思想が非現実的空夢と化してしまうと思ったのである。彼の帝国主義国家間の競争を通じての世界連邦構想とは、いわばナショナリズムを踏まえてのインターナショナリズムであったといえようか。というのも、この論理が、田中智学らの「道義立国」にもとづく「八紘一宇」や、帝国主義的侵略による世界制覇と極めて似通っていたとしても、実は根本において異なる類のものだったのである。たとえば、前者が現人神のもとに統一された国家を前提とし、後者が明治国家そのままの大日本帝国をふまえての膨張・世界統一だったのに対し、北の世界連邦は「吾人の帝国」=国民国家の完成に立脚したものであったからだ。しかも自国の自立とともに、中国・印度などもこの世界連邦に馳せてゆく国家であると北は考えていた。各民族国家の自立にもとづく世界連邦であった。

松本健一北一輝論』(講談社学芸文庫,1996)88頁)


私は北一輝の思想も批判すべきだとの立場に立つが、それとは別に、北一輝研究の対価である松本健一が、「北一輝の『世界連邦』は、田中智学のような『八紘一宇』の思想に基づく、日本(の侵略)による世界統一構想とは根本的に異なったものである」と主張していることをまずおさえておきたい。

なお、私の狙いは、記事のタイトルにあるように、「八紘一宇(田中智学)−北一輝岸信介安倍晋三の『ギミック』の連鎖」を切ることにある。この記事では、田中智学(八紘一宇)と北一輝の鎖を切ろうとした。なお、上記の中には、「北一輝岸信介」のように切れない鎖もあるが、だからこそ、岸信介を批判するためにも北一輝批判が必要だと考えている。松本健一北一輝に対してアンビバレントな心情を持ちながらも基本的には北一輝のシンパであるとみられるが、私は北一輝を好まない。