kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

辛淑玉の辛辣な自民党評

それにしても醜悪な自民党政権の最期だった。あまりの醜さに、同情する気にもならない。むしろ、こんな政党に119議席もやったことが腹立たしいほどだ。民主党議席の取り過ぎも気になるけど、完全比例制にしても自民党は128議席しか獲得できないらしいから、これを機に選挙制度比例代表制中心に作り変えるべきだと思う。

ところで、http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20090907/1252315598http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-991.html で取り上げた野中広務辛淑玉の対談本だが、この中で辛が実に辛辣な自民党評をしている。

 野中氏が足を踏み入れることになった自民党は、学識を必要としない社会だった。

 いわんや世界観や、理想や、見識や、文化的視座や政策科学的合理性などまったく必要ない。「自民党」とはつまり、選挙での敵など、手っ取り早く攻撃可能な相手を見つけては、とにかくこれを叩くことでのし上がってきた人たちの集団である。その典型的な手法は、まず相手の私的な弱みをつかんで謀略宣伝の材料を手に入れ、そして相手に「悪」のレッテルを貼って攻撃する。マスコミもこれに同調して、謀略と知りつつ攻撃に加担する。だからそこでは、相手の内部情報を掴むことが何よりも肝要となる。

野中広務辛淑玉著 『差別と日本人』(角川oneテーマ21, 2009年)45頁)

いくらなんでも身も蓋もない書き方のように思うが、内閣支持率が2割を切った途端に起きた小沢一郎の公設第一秘書逮捕に始まり、民主党へのネガティブキャンペーンに終わったこの半年の自民党の末期(まつご)を思い返すと、辛の辛辣な評価も決して酷評に過ぎるとは思えない。

東大を出た人や官僚上がりが多数いるとは思えない自民党の知性の劣化ぶりには呆れるばかりであって、自民党とは結局中身の何もない空洞だったのではないかと思えるのである。

かつて、栗本慎一郎は1999年に、自民党小泉純一郎に手を出す(総理総裁に祭り上げる)可能性を指摘したが、同時に自民党はある一つの総選挙を前に(新保守と旧保守の)二つに分裂すると予言した。しかし、自民党には分裂する力さえ残っていなかった。鮫脳の森喜朗キングメーカーが務まるような頭の悪い政党には、分裂するだけの力も機転も勇気も良識も残っていなかったのである。

自民党はこのまま衰退を続けて、消滅してしまうべきだと私は思う。