kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』

読み終えた本。


沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 下 (集英社文庫)

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史 下 (集英社文庫)


この本の上巻に少しだけ触れたエントリ*1にいただいた、id:che-hiroshiさんのコメント*2を紹介する。

che-hiroshi 2011/09/20 21:42
[佐野眞一][沖縄]この本は本当に面白いです。大手マスメディアにも、地元の琉球新報や沖縄タイムズにも掲載されていない情報が満載であり、かつ、どの章も泥臭い。


佐野眞一という人はずいぶんやくざなライターで、若い頃には新宿のヤクザがオーナーの旬刊タウン紙『新宿れぽーと』やリクルートが1976年に創刊した『住宅情報』の記者をやっていた。そんな佐野が後年『あぶく銭師たちよ! - 昭和虚人伝』(ちくま文庫, 1999年=初出時書名『昭和虚人伝』, 1989年)でリクルート江副浩正を叩く記事を書いたのだが、それはともかく、その経歴もあってか佐野はヤクザものを得意としている。

本書には沖縄の本土復帰を挟んで5次に及んだ沖縄のヤクザ抗争などのアングラ情報や、沖縄の旧立法院議員が1976年に福岡県で変死した事件を追う。沖縄ヤクザが、米軍から物資を略奪して英雄視された「戦果アギヤー」をルーツとする「コザ派」と、那覇の空手道場をルーツとする「那覇派」に分かれて、70年代半ばには両派の頭目がともに射殺される事件が起きたが、その一方の頭目を射殺した男へのインタビューも収録されている。ところが驚いたことに、本書の単行本が刊行された翌2009年、堅気に戻っていたこの男は水納島で漁船が座礁する遭難事故で水死したのだった。最終章は日島稔という名のこの男への挽歌である。日島というのは「比島」からとられた姓で、日島の父はフィリピン人なのだった。

本には、沖縄による奄美差別の話も出てくる。奄美大島出身の人間が犯罪を犯すと、『沖縄タイムス』や『琉球新報』の見出しには決まって、「大島出身の」という枕詞がついたという。日本における在日韓国・朝鮮人アメリカにおける黒人も同様といえるから、沖縄特有の話というわけではないし、ネット検索をかけると、沖縄(琉球)による奄美差別よりも鹿児島(薩摩)による奄美差別の方がもっとひどかったという。しかし、この手の話が出るたびに思うことだが、どんなに薩摩による奄美差別がひどかったとしても、沖縄による奄美差別は「なかったこと」にはならない。過去の自民党政権の悪政によって民主党政権の失政が免罪されないのと同じ話だ。むろんそんな話はどこにでもある。どこにでもあるからこそ罪深い。

不覚だったと思ったのは、米軍基地に供用されている沖縄の軍用地を購入して資産運用している「軍用地主」の話を全く知らなかったことだ。ネット検索をかけると、『軍用地主のひとりごと』(!)と題したブログがあって、米軍に土地を強制接収された「旧地主」と、資産運用のために軍用地を購入した「新地主」がいるとはっきり書かれている*3

さて、この本に行き当たったいきさつだが、それは2006年に堀江貴文ホリエモン)がライブドア事件で逮捕される直前に沖縄で起きた「カプセルホテル怪死事件」、つまりエイチ・エス証券副社長(当時)の野口英昭が沖縄のカプセルホテルで怪死した事件についてネット検索をかけたことがきっかけだった。その直前の耐震強度偽装事件と並んで、「ネットde真実」のブームに火をつけたこの事件だが、結局両方の事件とも、ネットは何ら成果を上げることはできなかった。耐震強度偽装事件ではNHKの『おはよう日本』(高橋美鈴アナウンサーがメインキャスターだった頃)が総合経営研究所内河健氏や四ヶ所猛氏の名を実名で報じたり、テレビ朝日の『サンデープロジェクト』の司会を務めていた田原総一朗が内河・四ヶ所両氏をインタビューするなど、一時はリアルの報道がネットを後追いするかの様相を呈したが、結局総研への追及は筋違いだったと思われる。同様に、野口英昭怪死事件を報じた『週刊文春』の記事を「秀逸なジャーナリズム」と称揚し、野口氏の怪死を「他殺」として大々的なキャンペーンを張ったブログや、野口氏の姉とのメールのやりとりを公開して大きな反響を呼んだブログがあったが、事件後4か月を経った頃以降は何も書かなくなった。もちろん騒いだのはネットばかりではなく、連日テレビのワイドショーで大々的に取り上げられたが、テレビの方はネットよりもっと早い時期に事件から撤退した。視聴者が飽きてしまえばおしまいというわけである。

その「カプセルホテル怪死事件」が本書で取り上げられているのだった。とはいっても、著者の佐野眞一はこの件の取材にはあまり乗り気でなかったらしく、『週刊文春』の記事を、「秀逸なジャーナリズム」どころか「伝聞に伝聞を重ねた曖昧な情報に元にした他殺説」*4、「真偽のきわめて怪しい記事」*5とバカにしながらも、「沖縄のアングラ世界について書いてきたジャーナリストの端くれとしては、やはりこの問題を取材しないわけにはいかなかった」*6と、沖縄ヤクザや怪死事件のあったカプセルホテル、那覇署などを取材して、「間違いなく自殺である」と断定した。但し、「彼を追い込んだ背景に沖縄のアンダーグラウンド世界との関係がちらつく」、「百歩譲っても純然たる他殺ではなく、自殺教唆である」*7と書いて、含みを持たせている。

上記の2つの有名ブログとの絡みでいうと、「自殺じゃない、殺人事件だ」と書いたブログの記事は否定されたが、野口氏の親族とのメールのやりとりで「形としては自殺ですが、自分の意思で自殺したのではありません」と書いて、それまでの他殺説から「自殺教唆」説に転換したさらに有名なブログの記事までは否定されなかった。「百歩譲っても純然たる他殺ではなく、自殺教唆である」という文章からは、佐野眞一までもが当該有名ブログを念頭に置いていたのかと思ったほどだ*8。沖縄での野口英昭の死が伝えられた直後の深夜に、あるライブドア社員(当時)が同社のバックの「ホニャララ団」のところ数千万円を届けた、などと真偽不明の噂話を書き飛ばしていた同ブログは、野口英昭の親族と交わしたメールを公開することによって、突如としてシリアス路線に転換したのだった。やはり当時独自の情報ルートを持っていたと思われる後者のブログの方が前者のブログより一枚上手だったとはいえる。実際問題、佐野眞一も書くように大資産家だった野口英昭がカプセルホテルで怪死に至るのは不自然であり、全く何らの背景もなかったとは私も思わない。だが、結局ネットは何も明らかにできなかった。

それはともかく、耐震強度偽装事件とライブドア事件に絡んだ野口英昭氏怪死事件で、結局ネットは何らの「真実」を暴き出すことはなかったという総括が、事件後5年が経過した現在必要なのではないかと思う。以下佐野眞一の著書から引用する。

 何よりもまず解かなければならない謎は、そもそも彼(野口英昭)がなぜ沖縄に飛んだかである。

 それを解明せず、野口の死をたちまち沖縄ヤクザと結びつけるテレビや週刊誌の単純な発想は、猟奇心を煽るだけ煽ってあまりにも興味本位である。

 沖縄だったら何でもありと言わんばかりの報道姿勢には、明らかに沖縄を差別したまなざしと、読者への卑しい阿(おもね)りが感じられる。

 とりわけ沖縄県警には犯罪捜査能力がまったくないと言っているのに等しい「週刊文春」の記事は、大衆迎合の見本であり、沖縄県警を完全になめきっている。

 最近の沖縄は経済特区やIT特区に焦点を当てて報じられることが多いが、今回のカプセルホテル怪死事件報道は、まるで書き得とばかり、沖縄を "犯罪特区" のように扱っている。沖縄は命知らずの無法者たちに牛耳られた暗黒街ではない。

佐野眞一『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(集英社文庫, 2011年)下巻104-105頁)


最後に、この本には何も沖縄のアングラ世界ばかりが描かれているわけではなく、2006年に仲井眞弘多が当選した沖縄県知事選や、沖縄返還をめぐる日米密約を暴いた元毎日新聞西山太吉が起こした密約文書の情報開示請求まで扱っている。後者については、昨年西山太吉が『機密を開示せよ』というタイトルの本を岩波書店から出版しており、当ブログでも書評を書いた*9佐野眞一も西山の情報開示請求の呼びかけ人に名を連ねたという。ただ、単行本刊行当時には西山太吉へのインタビューが巻末に掲載されていたとのことだが、文庫版では独立したインタビューの項は設けられていない。おそらく第IV章最後の「美(ちゅ)ら島の陰に」の末尾に収録されている部分が、そのインタビューを縮約したものと思われる。

その代わりに、文庫版で新たに加筆された第VI章が設けられている。ここに収録されている「琉球王朝・尚家の盛衰史」は興味深いが、ネットで検索したところ、本に掲載されている「尚家・泰王以後の略系図」にはずいぶん誤記があるらしい。それを指摘した『琉文21』というブログには、誤記の指摘とともに佐野眞一がかつて記事を書いていた新宿のヤクザ資本のタウン紙『新宿れぽーと』の画像が掲載されているエントリ*10があり、これまた興味深い。

ここに紹介されている、琉球王朝最後の王・尚泰の四男にして美食家として知られた尚順男爵は沖縄戦さなかの1945年に72歳で没しているが、死因がなんと栄養失調だったと書かれたくだり*11を読んで息をのんだ。沖縄戦の悲惨さを思わせる。


本書は、あくの強いライター・佐野眞一による、主観や思い入れが濃厚で、いかがわしさや胡散臭さ、それに強烈な「オヤジ視線」に満ち満ちた「何でもあり」の怪書であり、間違っても万人におすすめできる本ではないが、私自身同様の物好きの方にはおすすめだ。私個人としては、先月以来佐野眞一の文庫本を7冊(5タイトル)、震災前の今年初めに読んだ『甘粕正彦 乱心の曠野』*12も合わせると今年だけで8冊(6タイトル)も読んだのでもうお腹いっぱいだが、良きにつけ悪しきにつけ佐野眞一のような個性の強いフリーのライターも必要だとは思う。ジャーナリストとはヤクザなものなのだ。今の朝日新聞などに大勢いるであろう、「特権階級」意識をむき出しにしながら、ネット検索をもとに記事を書くような新聞記者など必要ない。


他に読んだ本。


原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜 (ちくま新書)

原発と権力: 戦後から辿る支配者の系譜 (ちくま新書)

*1:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110919/1316394550

*2:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110919/1316394550#c1316522553

*3:http://ktk.ti-da.net/e2445735.html

*4:本書下巻92頁

*5:同93頁

*6:同93頁

*7:同104頁

*8:「カプセルホテル怪死事件」と題されたこの章の初出は月刊『PLAYBOY』2006年5月号で、当時は立花隆が当該有名ブログをネットで連載していたコラムで取り上げるなどしていた。立花隆はそれどころか "nikaidou" を持ち上げたことすらあった。

*9:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110103

*10:http://ryubun21.net/index.php?itemid=2522

*11:本書下巻339頁

*12:http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110205/1296868669