kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

麻生太郎の「ナチス発言」に見られる「建前」と「本音」

麻生太郎の「ナチス発言」を分析した 麻生太郎のナチス発言を国語の受験問題的に分析してみる: ナベテル(非)業務日誌(2013年8月2日)とそれを敷衍した 麻生発言はナチ肯定なのか? - 紙屋研究所(2013年8月3日)を眺めながら、これらのみごとな記事に下手につけ加えるものはあまりなさそうだなと思いつつ、それでも少し書いてみようと思う。

まず些事から。『ナベテル業務日誌』から孫引きすると、麻生は

そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。

と言っている。しかし、「喧々諤々」の「喧」は、「やかま(喧)しい」という意味である。

そもそも「喧々諤々」は「侃々諤々(かんかんがくがく)」と「喧々囂々(けんけんごうごう)」を混同した誤用である(いかにも麻生太郎がやりそうな誤りだ)。


【侃々諤々】かんかんがくがくの[意味と使い方辞典]|四字熟語データバンク【一覧】

侃々諤々(かんかんがくがく)

  • 意 味: 遠慮することなく、言いたいことを言い盛んに議論するさま。侃侃諤諤。
  • 解 説: 「侃侃」は強く正しいこと、「諤諤」は正しいことを直言すること。肯定的に使われる。「侃々諤々の議論」の形で用いられることが多い。「侃諤」とも言う。
  • 出 典: 「侃侃」は『論語』 「諤諤」は『史記
  • 英 訳: to go at each other tooth and nail
  • 用 例: 世にあまたいる専門家が侃々諤々の議論を繰り広げている。
  • 類義語: 議論百出(ぎろんひゃくしゅつ) / 百家争鳴(ひゃっかそうめい) / 直言極諫(ちょくげんきょっかん) / 廷諍面折(ていそうめんせつ) / 面折廷諍(めんせつていそう) / 諤諤之臣(がくがくのしん)


【喧喧囂囂】けんけんごうごうの[意味と使い方辞典]|四字熟語データバンク【一覧】

喧喧囂囂(けんけんごうごう)

  • 意 味: 多くの人々が口々にやかましく騒ぐさま。また、多くの人が騒ぎ立てて収拾がつかないこと。
  • 解 説: 否定的な意味合いで使う。「喧喧」は、やかましいさま、「囂囂」は音や声が騒がしいさま。喧々囂々。
  • 英 訳: 
  • 用 例: 不用意な一言が仇となり、喧喧囂囂の非難を浴びた。


つまり、麻生太郎が混同した2つの四字熟語のうち、「侃々諤々」は遠慮ないながら理性的な議論、「喧々囂々」は単にうるさいだけの状態という、真逆の価値判断のベクトルの向きを指す言葉である。『ナベテル業務日誌』の表記法を借りれば、

そのときに喧々諤々(けんけんがくがく)、やりあった。30人いようと、40人いようと、極めて静かに対応してきた。自民党の部会で怒鳴りあいもなく。

と表記されうると思われる。

象徴的だと思うのが、ポジティブな意味とネガティブな意味をそれぞれ持つ合成語が持つ分裂的な性格を、麻生の「ナチス発言」全体が持っていることだ。


麻生発言の全体の第一印象は、『紙屋研究所』が書いている下記の感想とほぼ同じだった。

 ぼくは麻生発言の全文を読んだ時、前半部分(渡辺輝人の分け方でいうと1・2)でナチ批判っぽいことを言っているように思えるが、後半(渡辺の分け方では11)明らかに「あの手口、学んだらどうか」とナチのやり方を奨励するかのように思えて、両者が分裂しているように感じられた。

 この前半部分があるために、「麻生の発言は『反面教師としてのナチ』なのだ」とか、「前半と後半が分裂している」「支離滅裂」という印象を与える。


この分裂を説明するために直ちに思い浮かんだのは、四半世紀以上前の大昔に読んだフロイトの『精神分析入門』に出てくる言い間違いの話だった。


精神分析入門(上) (新潮文庫)

精神分析入門(上) (新潮文庫)


http://www21.ocn.ne.jp/~sfreud/sem/syokyu/newpage1.htm より。

(前略)

以下のものは、フロイトの著作『精神分析入門』に書かれているものです。

(中略)

言い間違いの例1
 ある教授が、就任演説で「もっとも尊敬する先任者の業績を高く評価することに、私は気がすすんでいる(ドイツ語geneigt)ものではありません。」と言った。(本当は「私はふさわしい(ドイツ語geeignet)ものではありません。」と言おうとした。)
 ――この教授は、前の教授のことを内心あまりよく思っていなかったためにこのような言い間違いをしてしまった。

言い間違いの例2
 ある衆議院議長は会議を開くにあたって「諸君、私は議員諸氏のご出席を確認いたしましたので、ここに閉会を宣言します。」と言ってしまった。(もちろん、本当は「開会を宣言します」と言うはずだった。)
 ――議会の状況が思わしくないと思っていた議長は、議会が早く終わってしまえばよいと望んでいたために、上記のような言い間違いをしてしまった。

(中略)

 興味のある人は、『精神分析入門』(新潮文庫など)の第1章から第4章を読んでみたらいいでしょう。他にもたくさんの例がのっています。これらはみな80年も前に出版された本に書かれているものですが、実に身近で新鮮なものに思えませんか。みなさんも、日常的に同じ様な失敗を経験することがあるでしょう。また、テレビなどでも有名な俳優やアイドルが番組の収録で失敗した場面を「NG特集」などと称しておもしろおかしく放送しています。
 ともかく、フロイトはこういったしくじり行為は単におかしいというだけではなく、その裏に重要な意図が隠されている、と考えました。その意図とは、例えば最初の例では「前任の教授の業績を評価したくない」ということであり、2番目の例では「議会を早く閉会したい」という思いです。(その他の例ではどういうことになるのか、考えてみてください。)このような隠された意図は、おおっぴらには言えないような性質のもので、だからこのような言い間違いをした人々に「本当はそう思っているのだろう」とつめよっても、おそらくは否定するでしょう。「とんでもない、それは単なる言い間違いで、本当はこう言おうとしたのさ。」と答えるに違いありません。
 これらの隠された意図というのは、公言しにくいような内容のものだからこそ、当人は決して言うまい、あるいはするまいと思っているのです。多くの場合、それは当人の意識からも閉め出され、抑圧されているのです。しかし、これらの押さえつけられ表現を禁止された意図は、しくじり行為という抜け道を使って自己表現をしようとするのです。
 ですから、私たちが毎日どのようなしくじり行為をするのか、よく観察しそれについて注意深く考えれば、無意識の中にある隠れた意図や考えを知ることができるかもしれません。(もっとも、自分のことは棚にあげて他人の言い間違いや失敗ばかりを分析していたのでは嫌われてしまうでしょうけどね。)
 フロイトが、しくじり行為を無意識について知るための重要な手段のひとつと考えたのはこういった理由によるのです。


麻生太郎の「ナチス発言」はこのフロイト理論の典型例だろうと思った次第。だから、『紙屋研究所』が書く、

 問題は、「ナチスは悪い中身の政治をしたけども、その方法論は見事だった。180度かわるような大転換をやってのけてしまったのだから」という認識を麻生が持っていることなのだ。中身はダメだが、それと切り離した純粋な手口や方法は学んでもよい、という認識が麻生にはある。

 第三に、その切り離しをしてもなお、手口の称揚だけであってもヤバいかもしれない、という認識が麻生の頭の隅にあったかもしれない。

 ひいき目でそう見てみる。橋下徹が麻生を擁護して「ジョークだ」といったのと同じ目線で。身内っぽい価値観の集まりで、気が緩んだのかもしれない。

 だけど、それはまさに気が緩んだということなのだ。そしてその気の緩みは後で取り消してもダメな性格の気の緩みなのである。なぜなら、麻生という政治家の本心が透けてしまったから。

 その本心とは何か。

 「ナチズムのすべてを礼賛している政治家」という麻生像にはリアルさがないけども、「ヒトラーが権力掌握した過程は、本心ではなかなか見事だったと思っている政治家」という麻生像はあまりにリアルで生々しい。「手口も含めてナチはダメだと思います」という釈明をしたとしても、それはタテマエをしゃべっている感じがする。要はそういう政治家としての本心を見透かされ、ノーと言われているのである。

といった感想、特に後者の引用文中赤字ボールドにした部分は、本当にその通りだと思うのである。

フロイトの業績には賛否両論あるし、少なくともフロイトの理論を「科学」と見なしうるとは私は思わないが、言い間違いに本心が表れるというのは本当だろう。私自身にも心当たりはずいぶんある。麻生太郎が最初はナチスを否定するような口ぶりで始めた話が、いつの間にか「手口を学んだらどうか」と言ってしまったのは、フロイトの仮説がずばり当てはまった例といえるのではないか。よく言われているように「手口」は否定的な意味合い、「学ぶ」は肯定的な意味合いを持ち、「手口を学んだらどうか」という10文字だけでも自己分裂しているが、「手口」という言葉には麻生の「建前」が、「学んだらどうか」という言葉には麻生の「本音」が表れていると解釈すべきだろう。


結論。麻生太郎の「ナチス発言」は絶対に許されないものであり、麻生は安倍内閣の閣僚はもちろん、衆議院議員を辞職すべきである。