kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

魚住昭、遅ればせながら孫崎享を痛烈に批判

魚住昭といえば元共同通信の記者で、ナベツネ渡邉恒雄)の評伝を書いたり、安倍晋三と故中川(酒)がやらかした「NHK番組改変事件」で、安倍晋三が実際にNHKに圧力をかけていたことを証明するなど、ひところもっとも注目していたジャーナリストだった。

だが魚住昭はその後、佐藤優とつるんだあたりからおかしくなり、村上正邦の評伝を書いたり、小沢一郎を擁護したりするなど、評価できない仕事が増えていた。それで最近ではほとんど関心を持たなくなっていたのだが、久々にクリーンヒットを放ってくれた。

あの孫崎享トンデモ本『戦後史の正体』を痛烈に批判したのである。


第八十一回 陰謀論という妖怪(魚住 昭) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)(2014年5月25日)

読まなくちゃ、と思いながらつい読む機会を逃してしまう。そんな本ってありませんか。


私の場合、元外務省国際情報局長の孫崎享さんが書いた『戦後史の正体』(創元社刊)がそうだった。2年前のベストセラーである。
先日、少し暇ができたので遅まきながら読んでみた。なるほど着眼点が面白くてわかりやすい。
だけど危うい。事実誤認による陰謀論が闊歩している。間違いが一人歩きせぬよう、はばかりながら苦言を呈させていただく。


まず本の中身を紹介しよう。孫崎さんは戦後史を「米国からの圧力」を軸に読み解いていく。その圧力に対し、日本の国益を主張する「自主」路線と、言いなりになる「対米追随」路線のせめぎ合いが戦後の日本外交だったと語る。


そのふたつの路線のシンボルとして敗戦時の外相・重光葵と、後に首相になる吉田茂が登場する。


孫崎さんによると当初、米国は日本を直接軍事支配しようとした。それをマッカーサーに断念させたのは重光だった。だが、彼は外相を辞任させられた。米国にとって彼のような「自主派」は不要だったからだ。
代わって外相になった吉田は、米国にすりよる「対米追随派」の代表だった。「日本の最大の悲劇」は、彼が首相として独立後も居座り「占領期と同じ姿勢で米国に接したこと」だと孫崎さんは言う。


吉田はGHQの参謀第2部(G2=諜報などを担当)部長ウィロビーを頼った。彼は反共主義者で、GHQ民政局(GS=政治改革担当)と対立した。G2は共産主義との対決を最優先し、GSは日本の民主化を最優先したからである。


昭和23年3月、芦田均内閣が発足する。孫崎さんは芦田を「重光と並んで自主路線をとった代表的政治家」だと高く評価する。
しかし、芦田内閣は発足後まもなく起きた昭和電工事件に巻き込まれ、同年10月に総辞職、後に芦田自身も東京地検に逮捕される。


ここまでの記述に、特に異論はない。政治家の好き嫌いは人それぞれだ。問題はこれからである。


昭電事件は、農業復興のための政府融資に絡み、大手化学肥料会社の昭和電工が巨額の賄賂をばらまいた戦後最大級の疑獄だった。


孫崎さんはこう解説する。


(1)事件はウィロビーのG2が検察を使ってしかけたもので「G2−吉田」と「GS−芦田」の戦いだったが、賄賂がGSに渡っていたことがわかり、G2勝利で終わる。

(2)芦田は事件に関与していなかったのに「進駐軍関連経費の支払いを遅らせる件」で収賄したとして逮捕される。おかしな話だ。誰がGHQへの支払いを遅らせる件に関し贈賄するのか。容疑を無理に作ったとしか思えない。芦田を追い出した後、ウィロビーと親しい吉田が当然のように首相になった。


そして孫崎さんは「米国の情報部門が日本の検察を使ってしかける。これを利用して新聞が特定政治家を叩き、首相を失脚させるというパターンが存在することは、昭電事件からもあきらか」と言う。


さらにロッキードリクルート陸山会などの事件に触れ、検察は米国と結んで「正統な自主路線の指導者」を排斥してきたのではないかという議論を展開する。


昭電事件はその出発点だから『戦後史の正体』の核心と言っていいだろうが、孫崎さんの解説には誤りが多い。国会図書館GHQ文書が語る真相をご説明しよう。


まずは占領統治の基礎知識から。GHQで検察の指揮権を握ったのは参謀第2部(G2)でなく民政局(GS)だ。だから孫崎説のようにG2が検察を使ってしかけることはあり得ない。
次に、事件の捜査は初め警視庁が主導した。G2は警視庁と関係が深かったので、G2の差し金で警視庁が動いた可能性は大だ。ウィロビーはGSやESS(経済科学局=財閥解体や経済安定化計画などを担当)の幹部を「アカの手先」と忌み嫌い、事件を利用して彼らを排斥しようとしたらしい。


しかし警視庁はやりすぎた。GS次長ケーディスの女性関係まで洗い、米人記者らに捜査情報を漏らした。彼らはそれをもとに「GHQ高官が事件のもみ消しに暗躍している」などと書き立てた。
放置すれば本国からの風当たりが強くなる。GSはそう判断したらしい。東京地検に警視庁を外した単独捜査を指示した。当時の捜査二課長・秦野章は自著『逆境に克つ』に書いている。


「私が担当したのは、赤坂の昭和電工本社の捜索と贈収賄両者合せた十数人の逮捕だけである。余勢をかってメスを入れようとした矢先、警視庁の捜査二課は、事件の摘発役から突然おろされた」


それが昭和23年9月のことだ。東京地検は警視庁抜きの片肺飛行を強いられた。だが辣腕検事の河井信太郎が昭電社長を追及し、元農林次官や前蔵相、大蔵省主計局長らへの贈賄を自供させた。


昭電のGHQ贈賄工作はESSに集中していた。ESSは東京地検の捜査を妨害したが、地検はGSの支援を受けて捜査を続け、ESS幹部ら7人が数十万円〜100万円を受け取っていたとの極秘報告をGHQ上層部に上げた(むろん公表されず、闇に葬られた)。


こうした経緯を総合すると、事件が「G2−吉田ライン」対「GS−芦田ライン」の戦いだったという孫崎さんの図式はまったく成り立たない。G2は本丸の捜査に関与しておらず、GSも芦田をかばっていない。芦田逮捕に向けゴーサインを出したのはGSである。
ちなみに芦田は「昭電事件には関与していません」という孫崎さんの記述も不正確だ。芦田自身、進駐軍兵舎の建設資材の納入業者(昭電事件の捜査の過程で贈賄企業として浮上)から100万円もらったことを認めている。


また芦田は「進駐軍関連経費の支払いを遅らせる件」に関して賄賂を受け取った容疑で逮捕されたというのも孫崎さんの誤解である。
正しくは、進駐軍兵舎の資材納入に対する政府支払金を早く受け取れるよう業者に便宜を図ったのが主な容疑だった。ただ芦田は職務権限がなかったとして無罪判決を受けており、地検の法解釈に粗さがあったことだけは間違いない。


こうして孫崎さんの見解を検証してみて分かったことがある。それは、陰謀論は不正確な事実の断片を推理でつなぎ合わせて作られるということだ。ロッキード事件は「自主派」の田中角栄元首相を潰すため米国が仕組んだというのも同じように作られた話である。


さらに詳しく知りたいと思われる方には『角栄失脚 歪められた真実』(徳本栄一郎著・光文社刊)をお薦めしたい。綿密な取材で真相に肉迫した労作だ。本の終盤での著者の述懐に私は深く共感したので、それを最後に紹介したい。


客観的物証のない陰謀説は日本人の深層心理に恐怖を植えつけ、いびつな国民性を産み出す危険もある。卑屈なまでの米国追従と、歴史を無視した偏狭なナショナリズムである


週刊現代』2014年5月31日号より

具体的な事実に基づいて、孫崎の妄論の誤りを暴いていく手法はさすがである。魚住昭が久々に本領を発揮したとの印象だ。

惜しむらくは、批判のタイミングがあまりに遅過ぎた。孫崎のトンデモ本を信じ込んだ「小沢信者」らは、孫崎ご推奨の岸信介佐藤栄作を信奉するようになったためかどうか、岸の孫・安倍晋三の暴政をまともに批判することすらできなくなっている。しかし、この期に及んでなお「小沢信者」たちは孫崎を批判できないていたらくなのである。