時事通信が衆院選東京29区、東京17区、東京15区における公明票、創価学会票の流れを探った記事を一昨日(2/13)出していた。
上記リンクの記事から東京15区に関する部分のみ引用する。
組織票の目減り少なく―15区
東京15区(江東区)は、公明の支援する候補が、自民から立民出身の中道に変わった選挙区。前回は、自民・大空幸星氏と立民・酒井菜摘氏に、共産と無所属2人が加わり、5人で議席を争った。結果は、酒井氏が6万6791票(得票率27.5%)で当選し、大空氏は6万2771票(同25.9%)で比例復活した。
今回は、自民、中道、国民、維新、参政、減税日本・ゆうこく連合の6党による激戦となり、大空氏が得票数(10万9489票)、得票率(42.5%)とも大幅に伸ばしたが、次点の酒井氏も票を増やし(7万0911票)、得票率(27.5%)は維持。これに、国民の深見紗采氏(2万8674票、同11.1%)らが続いた。
一方、都議選での各党の得票を見ると、公明2万7128、立民1万8084、国民3万0790、共産2万0519など。中道の基礎票を、公明と立民を合わせた約4万5000と仮定。酒井氏の得票から、同氏にほとんどが投票したとみられる共産票を差し引いても、中道の基礎票より多い。
ちなみに、中道が江東区で得た比例票は4万0734票。選挙結果からは、学会員の多数は酒井氏に投票し、大空氏に流れたのはわずかだった可能性が高そうだ。
東京に限らず、全国の小選挙区で創価学会がどの程度、中道候補の票をひねり出せたかは地域事情により当然異なる。さらに、超短期決戦により、公明出身者が名簿の上位を占めた比例を重視し、小選挙区まで手が回らなかった面もあるだろう。
同時に、次の衆院選も中道で戦うならば、それまでに学会員と立民出身の候補者との親交が深まり、支援への抵抗感が弱まるのは間違い*1。再生への第一歩は、足元を固めることと言えそうだ。(2026年2月13日掲載)
(時事通信より)
東京15区の特徴として、もともと立民が非常に弱いけれども、それなりの票を無党派層から得て善戦する傾向があった。たとえば2021年衆院選で選挙直前に東京4区から転区してきた井戸まさえ候補は、急造候補だったにもかかわらず、2017年に東京4区で戦った時よりも得票率を上げた。
今回は上記記事に「(創価)学会員の多数が酒井氏に投票し、大空氏に流れたのはわずかだった可能性が高そうだ」と書かれている。しかも前回候補者を立てた共産が今回は擁立を見送ったので、記事にもある通り、共産票の大部分も酒井氏に投票したとみられる。
しかしそれにもかかわらず酒井氏の得票率が27.5%で前回と変わらなかったことは、公明と共産の固定票を得た代わりに、前回はそれなりに得ていた浮動票が、大空幸星というより高市に流れてしまったためだろう。
東京都の30の小選挙区はすべて自民が制し、比例復活した立民系の候補は長妻昭と落合貴之の2人だけだったから、酒井氏の負けは不可避だったとしか言いようがない。
高市の虚像によるバブル人気が弾けた時にまた衆院選をやり、首尾良く三つ巴以上の構図に持ち込めば酒井氏に勝機が出てくる。
しかしまた自民か、あるいは極右革命系野党からバブル人気の候補が出てきたら、今回と同じような結果になるかもしれない。
酒井氏の今後については、衆院選だけにこだわらず、いくつかの選択肢があっても良いと思う。区議への復帰はさすがに考えられないが、区長選(2027年12月)に再挑戦する選択肢もあって良いのではないか。
なお、上記記事の引用しなかった部分には、前回の衆院選で公明党公認候補が立った東京29区では、学会票の歩留まりが悪くてかなりが自民党候補に流れたとも書かれていた。一方平沢勝栄がめっぽう強い17区では公明の平沢に対する遺恨があり、前回でも学会票の一部が民民候補に流れていたが、今回は中改連の候補に歩留まり良く集中したとのこと。
今回の中改連の不振は、公明票の自民候補への流出は「オールドメディア」によって流布しているよりよほど少なく、弊ブログが選挙前から予想していた通り歩留まりはかなり高かったとみられる。
それにも関わらず中改連が惨敗した最大の理由は「高市旋風」の超大型台風並みのすさまじさにあった(そのために無党派層が雪崩を打って自民候補に流れた)ことはほぼ間違いないが、それに加えて野田立民が無策を続けたために平時から支持を流出させていたことが大きかった。
ネットには、例の「アエニキ」の「衆参七掛け理論」なる謬論を信じる人が少なくなかったがようだが、弊ブログは三春充希氏のグラフで立民の政党支持率がずっと下がり続けてきたことを根拠に、「衆参七掛け理論」など成り立つはずがないと書き続けてきた。結局これが正しかった。当然のことだ。そんなことは三春氏のデータを見れば誰にでも予測できたはずである。だが信じ難いことに野田は何もやらなかった。野田の不作意の罪はあまりにも重い。
追い詰められた野ダメこと野田佳彦は、それでも公明党の下駄さえ履けば勝てるかもしれないと踏んで大博打に出たが、あまりにも見事な「ドボン」で沈没してしまった。
やはり、野田は政党の党首になど選んではならない政治家だった。特に2025年参院選の惨敗を真面目に総括しなかったことが致命傷になった。野田は今回の衆院選に大大大惨敗して初めて自らについて「万死に値する」と認めたが、自らの真価を悟ったのが遅きに失した。