kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

柳澤桂子著『いのちと放射能』を読む

震災後、社会の大混乱にもかかわらず、特に3月中は非常に忙しかったために読書から遠ざかっていた。本を読む気になどなかなかなれなかったせいもある。

震災後最初に読んだ本が下記。


いのちと放射能 (ちくま文庫)

いのちと放射能 (ちくま文庫)


著者は著名な生命科学者で、私がその名前を初めて知ってから、もう四半世紀以上になる。放射性物質を用いて先天性異常を研究していた著者は、チェルノブイリ原発事故が起きた2年後の1988年、『放射能はなぜこわい―生命科学の視点から』と題した本を地湧社から出版した。本書はこれを改題して2007年にちくま文庫から刊行されたものだ。

今回の福島第一原発事故を受けて、本書は増刷された。「2011年4月5日 第2刷発行」とある。以下、「はじめに」から引用する。

 盛り上がる国民の反原発運動に対して、国や電力会社は感情論であるという見解を振りかざしています。たしかに、自分の目で確認できないことに関して、私たちは何を信じてよいかわからなくなることがあります。

 ただひとつ、私は生命科学を研究してきたものとして、はっきりと言えることがあります。それは『放射能は生き物にとって非常におそろしいものである』ということです。そのことをひとりでも多くの方に理解していただくように努めることが「私のいま、なすべきことである」と思います。


柳澤桂子『いのちと放射能』(ちくま文庫、2007年) 14頁


「盛り上がる国民の反原発運動」とは、もちろん現在のことではなく、チェルノブイリ原発事故後のことだ。政権は、チェルノブイリ原発事故が起きた当時の中曽根康弘から、本書の原著が出版された時には竹下登へと、自民党内で引き継がれていた。


以下、本書の章のタイトルを紹介する。タイトルだけで、内容はご想像いただけると思う。

  • 私たちは星のかけらでできています
  • DNAはいのちの総司令部
  • DNAは親から子へと受けつがれます
  • 放射能を浴びるとどうなるのでしょう
  • 弱い放射能がガンを引き起こします
  • 放射能はおとなより子どもにとっておそろしい
  • お腹の中の赤ちゃんと放射能
  • 少量の放射能でも危険です
  • チェルノブイリの事故がもたらしたもの
  • 人間は原子力に手を出してはいけません
  • これ以上エネルギーが必要ですか
  • それはこころの問題です
  • ひとりひとりの自覚から


少量の放射能でも、それがDNAを書き換えて細胞のガン化を起こす可能性がある、だから少量の放射能でも危険なのだという著者の主張は、あまりにも当たり前の話なのだが、それにもかかわらず、現在テレビに出ている電波芸者というか御用評論家たちの中の極端な例になると「少量の放射線は体にいい」とか、「チェルノブイリ原発事故では放射性ヨウ素が引き起こす甲状腺ガンは増えたけれども、他のガンは増えていない」などという見え透いた嘘を撒き散らしていることに私は呆れ返っている。


以下、再び本書から、今度は「文庫本への長いあとがき」の冒頭を引用する。

 チェルノブイリ原発事故に驚いて、この小冊誌を書いてから、19年の歳月が流れた。

 はじめは目に見えたガン患者は増えないのではないかと予想したが、それは、ソ連(当時)が、拡散した放射能の値を偽っていたからであった。

 2000年4月の事故14年目の追悼式で、ロシア副首相は、事故当時の現場処理に携わった86万人の作業員のうち、5万5千人以上が亡くなった事実をあきらかにした。

 2005年には、ロシアの社会保険発展相が、この事故で健康を害した人は、ロシアで145万人であると述べている。

 2006年の4月現在、ロシア、ウクライナベラルーシ健康被害者は700万人とされる。なかでも、これらの国の子供たちの白血病甲状腺障害は悲惨なものである。

 また、事故後に生まれた18歳以下の子供たちのなかで、体内被ばくによって健康を害している人は22万6千人いるという。

 被害は年を経るにつれて大きくなるであろうし、そのうちに肝臓ガンなどの晩発性のガン患者があらわれるであろう。


柳澤桂子『いのちと放射能』(ちくま文庫、2007年) 122-123頁=漢数字を算用数字に書き換えました(引用者)


この本の文庫版が発刊される直前の2007年7月16日に、震度6の新潟県中越沖地震が起きて、柏崎刈羽原発で火災が起き、微量の放射能が大気と海に漏れるとともに、この発電所活断層の上に位置することがわかったことが、本書のあとがきに付記されている。


本書の解説を書いているのは、「三陸の海を放射能から守る岩手の会」代表の永田文夫氏だ。永田氏は解説で、大規模予算に群がる官僚、政治家、電気事業者、大企業の緊密な利権関係や、プルトニウムを将来軍事利用しようともくろむ勢力の存在、さらには原子力安全委員会の委員を、原発建設を推進する身内で固め、原子力を監視規制する原子力安全保安院を、推進機関の経済産業省内に位置づけていることを指摘するが、これらの事実は今回の原発事故後、広く国民に知れ渡り、われわれ日本に住む人間の共通認識になったといえるだろう。


震災直前まで日本国民が信じ込まされていた「原発安全神話」とは、ほかならぬこうした「原発利権」の受益者たちによってでっち上げられたしろものだったのである。


今回の福島第一原発事故による放射能の放出量は、チェルノブイリより一桁少ないという。チェルノブイリの事故さえも、それ以前に全世界で行われた核実験によって放出された放射線量と比べれば少ないと、得々と喧伝する『週刊新潮』のようなゴロツキ週刊誌もある。それでは、チェルノブイリ原発事故で放出された放射能の量は、いったいどれくらいだったのか。最後に、本書の「チェルノブイリの事故がもたらしたもの」から引用して、当書評の結びとしたい。

 これまでに地上でおこなわれた、核爆弾の実験で地球上に降った放射能チェルノブイリの事故による放射能の10〜20倍であると、カリフォルニア大学のゴールドマン氏は計算しておられます。

 これには異論もだされていますが、氏の計算によると、核実験は人間の居住地域から離れたところでおこなわれているので、チェルノブイリの事故による放射能汚染は、これまでの全核実験による汚染の60パーセントくらいであろうということです。


柳澤桂子『いのちと放射能』(ちくま文庫、2007年) 89-90頁=漢数字を算用数字に書き換えました(引用者)