実は、田中好子の死の直前にキャンディーズを思い出していた。というのは、例のサントリーのコマーシャルに使われている坂本九の「見上げてごらん夜の星を」が、曲の真ん中で突飛な転調をしていることに気づいて、これはキャンディーズの「哀愁のシンフォニー」の逆のパターンの転調だなと思い当たったのだ。
キャンディーズの成功した歌は、「年下の男の子」、「春一番」、「やさしい悪魔」と、ヨナ抜きないし二六抜きの音階を使っている。いずれも春に発売されたシングルだ。最後の「微笑がえし」は、ヨナ抜きではないが第四音を使っていないのでそれに準じる。これまた春に発売された。この4曲の中では、私は「やさしい悪魔」がいちばん好きで、二六抜きの短音階で始まるメロディーが、同じ音で構成されるヨナ抜き長音階*1と行ったり来たり転調しながら、最後にはヨナ抜き長音階で終わるという、吉田拓郎が凝りに凝って作った歌だ。音程の跳躍が多いため歌うのも難しく、キャンディーズの3人も音合わせに苦労したと聞く。キャンディーズからどれか1曲あげろと言われたら私はこの歌をあげる*2が、この歌は転調自体は特に凝ったものではない。
ところが、「やさしい悪魔」の直前にリリースされた「哀愁のシンフォニー」は、1976年当時の日本の歌謡曲では非常に珍しかった強引な転調を使っている。同じ主音の短調から長調でもなければ、「やさしい悪魔」のように同じ音階の主音を変えた平行調の転調でもなく、CmからA♭という、フラットの数が1個増える長調への転調を強引にしたあと、やはり強引にもとのCmに戻っているのだ。「見上げてごらん夜の星を」は、この逆のパターンの転調を使っている。「哀愁のシンフォニー」よりずっと前の時代にも、こんな転調を使った歌があったんだと、震災後のコマーシャルで気づいた次第だ*3。もっとも、90年代以降のJ-POPでは一見脈略のなさそうな転調が多用されるし、70年代の歌に限っても、ゴダイゴの「ガンダーラ」の転調の方が「哀愁のシンフォニー」より個人的にはずっと面白い。私が70年代の女性歌手の中で一番好きだった太田裕美のアルバムには、もっとすてきな転調をちりばめた歌もある。だから、「哀愁のシンフォニー」は面白いとは思うけれども、キャンディーズの代表曲には数え入れられない。何より、西洋音楽では昔から当たり前に使われてきたパターンの転調がウリの曲よりも、「やさしい悪魔」の方がオリジナリティーではずっと上だ。
では、なぜこの歌をブログで取り上げるかというと、この歌には「霧のわかれ」という、キャンディーズの現役時代には未発表だった試作バージョンがあり、それがYouTubeにアップされていたのを見つけたからだ。このバージョンの存在は昨日知った。「知られざるキャンディーズ」を知り、ブログに上げずにはいられなくなった次第だ。ただ、試作バージョンと比較すると、「哀愁のシンフォニー」の方が仕上がりはずっと良い。