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国連職員・田島麻衣子氏の記事「オックスフォードが教えてくれた日本のブラック企業問題が世界から理解されない理由」に感じた疑問

下記『DIAMOND ONLINE』の労働問題に関する日本と欧米の違いについて論じた国連職員・田島麻衣子氏の記事は、問題意識は悪くないが、疑問を感じる点がいくつかある。

オックスフォードが教えてくれた日本のブラック企業問題が世界から理解されない理由 | 日本の条理は世界の不条理!? 田島麻衣子 | ダイヤモンド・オンライン

オックスフォードが教えてくれた
日本のブラック企業問題が世界から理解されない理由
田島麻衣子 [国連職員]
【第1回】 2014年8月29日

たじま・まいこ
国連職員。新日本監査法人国際部(KPMG)を経て、国連世界食糧計画(WFP)勤務。これまでアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、ラオスアルメニアに日本を加えた7ヵ国で生活、60ヵ国籍以上の同僚達と共に仕事をしてきた。途上国/先進国、アジア/ヨーロッパ/アメリカ/アフリカを横断する自由な視点をもつ。東京都出身。オックスフォード大学院修士課程修了。青山学院大学国際政治経済学部卒。


「365日24時間死ぬまで働け」

「鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる。そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えない」

 改めて読み返してみても、すごいロジックである。

 カリスマ創業者の存在感も手伝い、今や映画や書籍、はたまた2ちゃんねるまで、「ブラック企業」は現在の世論を席巻してしまった感がある。

 そうしたなかで先月末、また一つの企業が社会の注目を集めた。深夜営業の「ワンオペ」が話題の牛丼チェーン店すき屋だ。この経営母体である株式会社ゼンショーホールディングスに対して、第三者委員会による調査報告書 が提出された。自主的にこうした調査を行った同社には、敬意を表したい。

 そしてこの調査報告書には様々な感想が寄せられた。中には、あの大正・昭和初期の労働者達の厳しい労働環境を描いた小林多喜二の小説『蟹工船』にも匹敵する過酷な仕事現場、という声まで挙がった。だから筆者もこれを機会に、同小説に目を通した。当時の労働者達を取り巻いた非人間的な労働環境は、現代のインターネットとテクノロジーが人類の未来を拓く平成の新しい時代とは相当逆行する哀歌に一瞬、見える。


■ 外国人に「ブラック企業」を英語で説明するにはどうすればいいか

 さて、こうして日本社会の注目を浴び続ける日本のブラック企業であるが、このブラックな存在を海外の人々に説明するためにはどうしたらいいのだろう。ダイヤモンド・オンラインに目を通すような堅実な読者の方は、「ブラック企業」だからといって、英語で説明する際に”Black Company!”などとは口走らないでいただきたい。英語圏の人々にとって「Black Enterprise」と言えば、普通はアフリカ系アメリカ人が経営する企業のことを指す。また「Black Company」と言えば、アメリカで長年続くフィクション小説シリーズのタイトルだ。同じ黒でもとんだ黒違いであるので、ご注意を。

 海外で似たようなコンセプトはないのかと探せば、「Sweatshop」というものが挙がるかもしれない。スウェットの上下と聞いて読者の方が想像するように、これは主に衣服を縫製加工する工場の劣悪な労働環境のことで、19世紀20世紀初頭のロンドンやニューヨークで社会問題化した。

 これに対して、ロンドンの人々は団結して工場と交渉し、世界でも先駆けとなる最低賃金の設定に関する労働者保護立法や、労働組合の設立のきっかけを作った。だから同時期に、大陸を隔てたオホーツク海上の日本漁船で、生命の危険を犯しながら蟹工船に乗り組み蟹を水揚げしていた人々の苦労が、その後どのような形で日本社会に制度としての恩恵をもたらしたのかについても、筆者は是非知ってみたいと思う。両者の意味するところは似ているので、Sweatshop-type office work system in Japanと言えば、大体の外国人がそれに近いイメージを脳裏に浮かべることができるのではないかと思う。


■ 日本のブラック企業問題が海外の人々に理解されない本当の理由

 さてこの海外のSweatshop問題であるが、21世紀の今日においては、富める国の人々の関心の大多数は自国の働き手の苦悩ではなく、途上国の人々の過酷な労働環境に移ってしまったようだ。

 スタンフォード大学で哲学を専攻し、社会問題にも詳しい知人のアメリカ人に聞いたところ「は、何?途上国の話?」と返されたのも、決して偶然ではない。

 例えば、2013年のバングラディッシュで1200人以上の死者を出したアパレル工場の崩壊事故は、様々な国際世論を巻き起こした。いつか崩れるとわかっていながらも、その日工場に出勤した人々の理由は、社内の複雑な人間関係などではなく、また「やればできる」という上司の無茶振りでもなく、はたまた辞めたら世間からどう思われるかという世間体でもなく、ただどうにもならない貧しさであったという。

 7万円弱が国の平均年収のこの国で、月の家賃1000円と食費2000円を払うために、彼らはいつか崩れるとわかっている工場に今日も向かう。世界の人々が、日本のブラック企業問題の根本を、理解しきることができない理由はここにある。

 何故こんなに富める国の日本人が、この21世紀に劣悪な労働環境に悩まなければならいのか。ブラック企業で疲弊する日本人のほとんどは、工場労働者などではなく、正社員雇用の恵まれた環境に置かれた人ではなかったのか、と。


田島麻衣子氏は19世紀イギリスの「工場法」に言及している。カール・マルクスがイギリスに亡命していた時代の話だ。当時、イギリスではアメリカの南北戦争の話題がたけなわだった。田島氏の記事を読んで思い出したのは、アメリカの黒人奴隷制を批判したイギリスのサザーランド公爵夫人をマルクスが批判した話だ。以下Wikipediaから引用する。

マルクスが寄稿した記事はアメリカへの愛がこもっており、アメリカ人からの評判も良かったという。アメリカの黒人奴隷制を批判したサザーランド公爵夫人英語版に対して「サザーランド公爵家英語版スコットランドの領地で住民から土地を奪い取って窮乏状態に追いやっている癖に何を抜かしているか」と批判を加えたこともある。


田島氏の知人のアメリカ人は、まさかサザーランド公爵夫人みたいな悪行はなしていないだろうが、彼または彼女が発した「は、何?途上国の話?」なるふざけた言葉を目にしては、「お前が言うな」と言い返したくなってしまうのである。アメリカでは特に黒人やヒスパニック系の人たちが劣悪な労働環境に晒されていることはよく知られている。

何より、果たしてアメリカに "Sweatshop" はないのだろうか。疑問を持った私は、「アメリブラック企業」を検索語にしてGoogle検索をかけてみた。その結果、田島麻衣子氏の主張に対する反証が山ほどみつかった。一例として、検索の筆頭に引っかかった記事を紹介する。


アメリカこそ「ブラック企業大国」? 有休制度なし、週65時間労働…

アメリカこそ「ブラック企業大国」? 有休制度なし、週65時間労働…

 「ブラック労働」は日本だけの問題ではなさそうだ。23日に言論誌「NEW REPUBLIC」のウェブ版で公開された記事が、ブラック労働の実態を明かしたものとしてアメリカで話題になっている。

 フェイスブックツイッターで3000以上もシェアされているのは、「休暇がキャリアを救う〜仕事中毒がアメリカ経済を蝕む」(英語)という記事。実はアメリカにはOECD諸国で唯一、有給休暇制度がないという。祝日を休みとする法律もなく、会社が付与される祝日数は平均10日で、日本の15日より少ない。


管理職は「週72時間」メールチェック

 2011年の年間労働時間は、日本が1728時間なのに対し、アメリカは1787時間と約60時間も多い。法定労働時間は週40時間で日本と同じだが、プロフェッショナルワーカー(専門職)の94%は50時間以上労働し、半数以上は65時間以上働いているという。

 スマートフォンを持つ管理者や経営者は、週末を含む週72時間を電子メールのチェックに費やすが、専門職や管理職など「ホワイトカラー・エグゼンプション」に該当する人には、残業代も休日勤務手当もない。

 有休もないが、唯一、子どもが生まれるときだけ、産前産後の「無給」休暇が12週間保証されているのだという。

 こうした実態は、米国版ハフィントン・ポストにも掲載されている。しかしアメリ労働省は、休暇や祝日など「労働していない時間」の扱いは「雇用者と被雇用者間の取り決め事項だ」とし、国は関知しないとコメントしている。

 しかし弱い立場にいる労働者は、失業の不安から有休を申請できないケースが多いのは、どの国でも同じ。2013年のエクスペディアの調査では「有給消化日数0日」の労働者の割合は、1位日本の17%に次いでアメリカが13%と高い割合を占め、5%の3位カナダに大きく水を開けている。


日本人読者「アメリカが日本に追いついた」

 こうした「仕事中毒」といえる状況は、生産性を落とす結果にもなっているとNEW REPUBLICの記事は指摘する。アメリカ人の4割は睡眠時間6時間以下で、集中して仕事をこなすのが困難な状況だという。

 監査法人のアーンスト・アンド・ヤングの調査では、従業員の十分な休暇によって業績評価の向上や離職率の低下が見られた。この記事を読んだアメリカ人読者からは、こんな反応が見られている。

「これはヨーロッパに引っ越すしかないな」
「仕事中毒は我々を殺そうとしている」
「経営者がもっと給料を払ってくれれば、休暇を取れるんだが…」

 中には労働時間を比較して、「AHAHAHA、じゃあ日本はどうなんだい? 週80時間以上?」と日本の状況を皮肉る読者もいた。

 確かに2013年に発表された「より良い暮らし指標(BLI)」の「ワークライフバランス」項目では、先進国G8の中でアメリカが7位、日本が最下位の8位だった。やはりこの2国は、仕事中毒で競っているようだ。

 ただ、アメリカ人は日本の「サービス残業」という慣習を知らないに違いない。この記事を見た日本人読者は、掲示スラッシュドットに、

アメリカが日本に追いついた」
「すでにkaroshiはそこそこ知られているらしいから、すんなり馴染むに違いありません」
「鬱憤溜まったら、自殺の代わりに銃乱射しそう」

などと好き勝手なことを書いている。

あわせてよみたい:IT化でアメリカの雇用の半分が消滅!!

キャリコネ・企業インサイダー 2014年06月26日)


また、ヨーロッパに関しては、アメリカのようなことはないかもしれないが、ジョン・K・ガルブレイスは、ヨーロッパでは自国民が快適な生活を送るために、外国人労働者に「社会的評価の低い肉体労働」をさせていると指摘している*1。田島氏も「国連職員」であるならば、そこまでの目配りをしてもらいたいものである。


再び田島麻衣子氏の記事の終わりの方を引用する。なお、途中を少し割愛した。

■ 良き人生を自ら選択するヨーロッパ人 苦しくても耐え忍ぶ日本人

 産業革命を自ら牽引し、それに派生して生まれた新しい労働問題に随時対処してきたヨーロッパの人々の働くことに関する意識は、日本人のそれとは真逆を行くかもしれない。

 各国の大使を歴任した父について様々な国を巡り、5ヵ国語を流暢に操る頭脳明晰なオランダ人の同僚メアリは言う。

「オランダでは、2時間残業したら次の日は2時間遅く出社する権利を誰もが会社に主張するわ」

 美しい彼女は、主夫として家を守るフランス人の夫と2人の娘の母親として、現在も一家の大黒柱を務めている。4ヵ月間の産休を経た後は、職員の権利として与えられる午後3時帰宅を1年間実行した。彼女に日本のブラック企業に喘ぐ人々の状況を説明したところ、彼女は心底気の毒そうな顔を私に向けたのだった。

 国家の経済が破綻しつつあるのに1ヵ月の夏期休暇は確保する南欧諸国のリーダー達はさておき、ヨーロッパの人々の頭の中には、良き人生を自分で選択する行動指針が組み込まれているように思う。事業で成功するにしても、家庭を大切にするにしても、良き人生の定義は自分で決める。周りの空気や世間体に惑わされることなく彼らは主体的に選びとり、それに対する責任を自分で負っている。

 合理性よりも共同体内の人間関係を重視し、苦しくてもひたすら耐え忍ぶ精神の美徳を説き、場の空気や体面により重きを置く日本社会の傾向を指摘したのは、第二次大戦時の旧日本軍の敗因を分析した名著『失敗の本質』(野中他5名、1984)であった。70年前の日本の組織の特性を言い当てたこの指摘は、現代のブラック企業が直面する課題の本質も、ある意味言い当てているとは言えないだろうか。

 常識で考えれば誰もが持続不可能と思うような勤務形態を、「やればできる。俺たちもやってきたんだ」と精神論で看破しようとするのは、とても合理的に勝つことを念頭において思考する人間の言葉ではない。黒い企業の存在で明らかになった21世紀日本社会の闇は、いまだ根が深いのかもしれない、と思うこの頃である。


果たして「メアリ」とはオランダ人の名前なのかという細かい点にも引っかかるが、ブラック企業批判の問題意識そのものは評価できよう。ただ、ヨーロッパ(やアメリカ)の社会の表面だけしか見ない議論を「国連職員」がしていて良いのかという疑問は、どうしても拭えない。

*1:ジョン・K・ガルブレイス『満足の文化』(ちくま学芸文庫,2014)45-47頁