kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

今野晴貴『ブラック企業ビジネス』(朝日新書)を読む

今朝(12/21)、朝日新聞の1面の目次に「大佛論壇賞 今野晴貴氏『ブラック企業』」と出ていたので誘導されて18面を見ると、大きな記事が出ていた。「朝日新聞デジタル」とやらでは記事の書き出しだけ確認できる。
http://www.asahi.com/articles/DA2S10891410.html

第13回大佛次郎論壇賞 『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』 今野晴貴


 第13回大佛次郎論壇賞朝日新聞社主催)は、今野晴貴NPO法人POSSE(ポッセ)代表(30)の『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)に決まった。若い正社員を大量に採用して過酷な労働環境でうつ病や退職、過労死に追い込む一群の企業を指摘し、日本的雇用の新たな問題を明らかにした。来年1…

朝日新聞デジタル 2013年12月21日05時00分)

ブラック企業』は昨年(2012年)に出た本ではあるが、最近の新書本には珍しく増刷を重ねている。私も今年の夏頃に読んだ。順序としては今野氏の『生活保護 - 知られざる恐怖の現場』(ちくま新書)、『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書)を読んだあと、3冊目にもっとも有名な『ブラック企業』を読んだのだった。

たまたま、今野氏が先月出した下記の本を読み終えたばかりだった。


ブラック企業ビジネス (朝日新書)

ブラック企業ビジネス (朝日新書)


この本について、濱口桂一郎氏は本書についてこう書いている。

ベストセラー『ブラック企業』でちらりと書かれていたブラック士業の話を、一冊に拡大した本ですが、それとともに、ユニクロワタミの顧問弁護士からの「脅し」を暴露して見せた、「倍返しだ!」本でもあります。

本書のメッセージで一番重要なのは、こういうブラック弁護士やブラック社労士は、経営者の味方ではない!ということでしょう。ブラック士業のいうがままにとことん労働者と争ったあげく、初めに和解していれば安く済んでいたものを、えらく高くついてしまい、下手をすれば会社がつぶれるに至るのだよ、彼らは自分が儲けるために喧嘩をけしかけているだけだ、と今野さんは言いたいのです。

ただ、一方で現実に生じる紛争を変にこじれさせることなく解決させる上で、良心的な社労士たちににもう少し活躍して貰いたいという思いもあるので、なかなか難しいところではあります。


また、アマゾンのカスタマーレビューを見ると、「野村」さんという方がこう書いている。

リアルで不気味なブラック企業ビジネス 2013/11/15
By 野村


前作『ブラック企業』の続編とも言えるもので、ブラック企業の周辺で不当にカネを掠め取る弁護士や社会保険労務士の悪行について指弾しています。長時間労働パワハラメンタルヘルス障害となり、労働組合等に駆け込んだ従業員のいる会社に対して「お困りでっか」と顔を出し、不当に高額の報酬を得ている士業に人たちの実態についてつまびらかにしています。前著で指摘されたユニクロワタミ代理人から「通知書」が届いたあたりなど、非常にリアルで緊迫した内容になっています。


この著者が警鐘を鳴らしたおかげで、国も自民党*1日本共産党もみんな反ブラック企業的になりました。違法行為は許されるものではありませんから、著者の主張を全面的に支持する者ですが、あえてブラック企業側の論理について言及します。
そもそも新興産業や急成長した企業は法務、労務、税務などの会社の骨格となる部分に脆さを抱えているものです。骨(上記3務)を作るカルシウムより、筋肉=たんぱく質(ビジネスモデル)や熱量=炭水化物(売上げ)をまず摂取しようとします。
経営者は企業の倒産のときはもちろんですが、創業のときも全財産をはたいて、それこそ命がけで会社を運営します。ユニクロの柳井さんにしても、ワタミの渡邉さんにしても、無報酬の時期もあっただろうし、トライアンドエラーを繰り返しながら、それこそ寝ずに今の会社を築いた。その結晶がユニクロの膨大なマニュアルだったりするのだと思います。要するにそのマニュアル通りに仕事をすれば、誰だって、自分のように成功できる、できるのになぜ努力しない? 一緒に困難を乗り越えて成長しようじゃないか、というのが彼らのメンタリティだと思われます。
一方、従業員の方は、仕事の成果に対してでなく、労働時間に対して賃金を求め、努力に報いてほしい、安定が欲しいと思って働いています。
経営者と労働者では「働く」ことの意味がまるで違うのです。
そこで労働三法などの法令や、労基署などの行政機関が必要なのでしょうが、この溝を埋めない限りはこの種の問題は形を変えて、必ずどの時代にも噴出してくるものだと思われます。


著者の仕事は自身が運営するNPOに持ち込まれた個々の労働問題案件を処理すること、著作によって社会に問題提起することだとは思いますが、この根本解決に向けての取り組みをすることを期待したいと思います。


これらのコメントにつけ加えるとすると、ブラック企業に派生して増えている「ブラック士業」もまた、規制改革を指向してきた自民党政治によって生み出されたものであり、「貧困」と密接に関わっているということだろうか。本書150頁以降の部分である。

大雑把に要約すると、「ブラック士業」の問題は、法律業の「ビジネス化」、つまり金儲け至上主義の問題であるが、それは2000年代の司法制度改革に端を発しており、著者は早くからこれを主張した人間として、中坊公平の名前を挙げている。以下本書から一節を引用する。

 改革の根拠の一つには、弁護士が増加すればその中で自由競争が行われ、需要と供給の関係で、弁護士報酬が低下し、かつ質の向上が図られるという議論もあった。日本の弁護士には無償・低額で働くことが不足、欠如しているというのだ。市場原理が働いていないことが弁護サービスの低下を招いているという論法だ*2。中坊氏に至っては、雑誌に次のようなタイトルの論文を出している。「『私の司法改革 金権弁護士を法で縛れ』特権の上にあぐらをかき、口先だけで人権擁護を叫ぶ独善集団。まず弁護士改革なくして司法改革はありえない」(『文藝春秋』1999年12月号。なお、彼自身は2002年に詐欺容疑で告発され起訴猶予となる。そのため大阪弁護士会に弁護士取消届を受理されていた)。

今野晴貴ブラック企業ビジネス』(朝日新書, 2013年)151-152頁)


こうして自民党政権が「規制緩和」のドグマに基づいて弁護士ばかり増員したものの、もともと「需要拡大が望める分野」など全然なかった。著者は日本の司法制度の問題点はそんなところにはなく、司法裁判所の予算が少なく、裁判官や検事の人員が不足しているために裁判に時間がかかることだったという。まさに日本の「小さな政府」の弱点といえようか。それなのにさらなる規制緩和を追求した結果、一方でブラック企業と従業員の訴訟を食い物にして儲ける「ブラック士業」がのさばる一方、貧困に陥る弁護士が急増した。再び本書から引用する。

70万円弁護士の衝撃

2009年、国税庁の統計が衝撃の事実を明らかにした。東京を拠点とする弁護士1万5894人のうち、実に3割に当たる4610人もの弁護士が、年収70万円以下となっていることがわかったのである。
こうした弁護士の貧困化は、都市部で特に顕著になっているが、今や全国に波及している。同じく国税庁の統計によれば、全国で個人事業主として活動する弁護士のうち、年収100万以下の弁護士が2008年には2879人(約12%)であったが、2011年には6009人(約22%)となった。実に2割もの弁護士が、わずか100万円以下の収入しか得ることができていないのだ。

(本書171-172頁)


民主党政権も、自民党政権規制緩和政策を止めるどころか、自民党と同じような思想に基づく政治を行い、流れを加速させた。本書の「あとがき」より引用する。

(前略)昨今、「市場に任せさえすれば、何事もうまくいく」という考えや、「ビジネスこそが社会問題を解決できる」という考え方が広がっている。民主党政権時代の「新しい公共」という政策コンセプトも、この動きを加速させた。「社会的起業」や「ソーシャルビジネス」という言葉は、今では当たり前に使われている。国家に解決できない社会の諸問題を、民間企業や団体が解決すべきというのである。
(中略)
だが、私はそうした「民間のチャレンジ」と「ビジネス」との間には似て非なる物があると思う。本書で繰り返し見てきたように、民間団体の場合には行政のような硬直性は免れやすいものの、事業の目的が「報酬」になってしまうと、ともすれば目的を見失い、事業そのものの社会的意義を掘り崩してしまう。その最悪の形態がブラック企業に加担する「ブラック企業ビジネス」であった。

(本書225-226頁)


本書はその対処法を具体的に示しているわけではない。著者が

改善の策を練るためにも、まずは「弊害」の実態をよくよく把握する必要がある。(本書227頁)

と書く通りである。本書は「問題提起の書」と言えようか。

ただ、今なお派遣労働の規制緩和などに熱心な現在の安倍政権が、問題の解決とは正反対の方向を向いた政治をしていることは間違いない。

*1:引用者註:蛇足ながらこのくだりには異論がある。今年の参院選安倍晋三ワタミ社長の渡邉美樹を参院選比例代表候補に担いでこれを当選させたからである。

*2:引用者註:引用文中の太字は本では傍点。