kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

「残業代ゼロ」法案の真の狙いは「裁量労働制の改悪」かも

最近は足腰はいたって元気なのだが歳のせいか胃腸と神経に難があり、鬱な気分に傾きやすく、情報の感度も鈍くなっている。たとえば3月24日に自民党の鬼木誠なるトンデモ極右政治家(私はこの人の名前も知らなかった)がトンデモ質問をして、それに早速飛びついたネトウヨが「神質疑」などともてはやしていた*1のを『Buzzap!』の「深海」氏が4月16日になって取り上げて
自民党の鬼木誠議員「NHKに国の見解に反するような放送をする自由はない」と国営放送扱いして「絶賛」される | BUZZAP!(バザップ!)
と題した記事を書いたが、それにも気づかず、

少し時間が経ってしまった事件ではあるけど、今頃になって知った。また、世間知らずなので、鬼木誠なるアラフォーのウヨ政治家の存在自体、これまで知らなかったのだ。

と書かれた5月7日付のsumita-m氏の記事
お気に入りにはならない鬼木 - Living, Loving, Thinking, Again
を5月9日に読んでやっと知るというていたらくだった。なんと鬼木がトンデモ質疑をして以来、「人の噂も七十五日」のうち6割以上にあたる46日が過ぎていた。城内実稲田朋美ばかりが目立っていた頃と違って、最近は犬も歩けば極右政治家にあたるご時世で、本当に嫌になる。

上記右翼方面のほか、労働問題方面のアンテナも鈍っていて、kodebuya氏の4月4日付記事
本丸は裁量労働制の改悪だ - kodebuyaの日記
も今日(5月10日)知った。以下引用する。勝手ながら、引用に際して誤変換と思われる箇所の訂正と改行の一部削除などを行った。また赤字ボールド部分は引用者による。

所謂「残業代ゼロ法案」が4月3日閣議決定された。
法案成立まで紆余曲折はあるのだろうが、第一次安倍内閣で頓挫した「ホワイトカラーエグゼンプション」の焼き直し法案で、安倍首相自身も思い入れがあろうし、なによりこの制度の導入は財界の熱望するところでもあったので、今の国会内の勢力図を考えても成立するはほぼ間違いないと思わざるを得ない。残念だが。
朝日新聞は次のように報じている。
「残業代ゼロ」法案を閣議決定 裁量労働制も拡大:朝日新聞デジタル

 政府は3日、労働基準法など労働関連法の改正案を閣議決定した。長時間働いても残業代や深夜手当が支払われなくなる制度の新設が柱だ。政府の成長戦略の目玉の一つだが、労働組合などからは「残業代ゼロ」と批判されている。2016年4月の施行をめざす。
 新しい制度の対象は、金融商品の開発や市場分析、研究開発などの業務をする年収1075万円以上の働き手。アイデアがわいた時に集中して働いたり、夜中に海外と電話したりするような働き手を想定しており、「時間でなく成果で評価する」という。
 対象者には、(1)年104日の休日 (2)終業と始業の間に一定の休息 (3)在社時間などに上限――のいずれかの措置をとる。しかし働きすぎを防いできた労働時間の規制が外れるため、労組などは「働きすぎを助長し過労死につながりかねない」などと警戒している。
 改正案には、あらかじめ決めた時間より長く働いても追加の残業代が出ない「企画業務型裁量労働制」を広げることも盛り込んだ。これまでは企業の経営計画をつくる働き手らに限っていたが、「課題解決型の営業」や「工場の品質管理」業務も対象にする。
 厚生労働省によると、企画業務型の裁量労働制で働く人は推計で約11万人いる。労働時間は1日8時間までが原則だが、制度をとりいれている事業場の45・2%で実労働時間が1日12時間を超える働き手がいる。対象の拡大で、働きすぎの人が増えるおそれがある。


この制度の本質が残業代ゼロというより「定額働かせ放題」にあるということは、佐々木弁護士のこちらの記事
「定額働かせ放題」制度・全文チェック!〜繰り返される「成果に応じて賃金を支払う新たな制度」という誤報(佐々木亮) - 個人 - Yahoo!ニュース
を含める一連の主張の通りだと思うが、むしろこの制度の本丸は「裁量労働制」の拡大にあると私は思う。

そもそも裁量労働制とはどういう制度なのか?

労働基準法はこのように定義する。

使用者が、労使協定により所定の事項を定めた場合において、労働者を対象業務に就かせたときは、当該労働者は、その協定で定める時間労働したものとみなされる(第38条の3第1項)。

労使委員会が設置された事業場において、委員会がその委員の5分の4以上の多数による議決により所定の事項に関する決議をし、かつ使用者が当該決議を所轄労働基準監督署長に届け出た場合(届出なければ無効)、対象業務を適切に遂行できる労働者を当該対象業務に就かせたときは、当該労働者は、当該決議で定める時間労働したものとみなされる(第38条の4第1項)。


この制度は使用者にとって、相当の負担もあり、また、38条の3の規定する「専門業務型裁量労働制」については対象とされる業務が限定されているなど使い勝手がいい制度とは言えなかった。
「使い勝手がいい制度」ではないのは当然のことで、元来労働は労働者が自身の時間を提供し労働することでその対価を得るというものであり、佐々木弁護士のいう「結果に報酬を支払う」というものではないからだ。ましてや「結果」なるものが定量化されているならばともかく、事業主の希望する結果が出なければ時間に見合った報酬を出さなくて良いということになりかねない以上、この制度に手枷足枷をはめることは労働者保護を建前とする労働基準法の立場ではやむを得ないといえるからだ。
しかし朝日新聞の記事によればこの改正案では「裁量労働制」の対象労働者の範囲を

「課題解決型の営業」や「工場の品質管理」業務も対象にする。

としており、マスコミの報道する「残業代ゼロ」対象労働者のような年収制限は盛り込まれていない。
思うに、「工場の品質管理」に「裁量」が入り込む余地があるとはとても考えられないし、「営業」も大なり小なり顧客の「課題を解決」する性格があり、この制度が成立すると日本の労使間の関係を考えると果てしなく長時間労働を強いられる労働者が急増することが予想されると言わざるを得ない。事業主にしても特殊な業務に従事する労働者より、圧倒的多数を占めるであろうそれ以外の余人をもって替え難くない業務に従事する労働者に残業代を払わずして長時間労働させることができるこちらの制度の方が魅力的であろうことも容易に想像が付く。

この法案は閣議決定されたが成立に向け野党の同意を得るために「残業代ゼロ」の部分を撤回する可能性はあると思うが、本当に撤回すべきは裁量労働制の部分だ。
ゆめゆめ「残業代ゼロ」の撤回という「架空の利益」に騙されてはならないと思う今日この頃だ。

(『kodebuyaの日記』2015年4月4日付記事「本丸は裁量労働制の改悪だ」)


以前にも書いたかもしれないが、私は1993年の一時期、「裁量労働制」で働いていたことがある。1993年の一時期、というのは、この年の途中から残業代がつかない身分になったからであり、当時私の勤務していた企業では、早くも係長級から残業代がもらえなくなったのだった。

裁量労働制」の対象業務は、かつての「派遣労働」と同じようにホワイトリスト方式で定められている。Wikipediaからの引用という手抜きで申し訳ないが、対象業務は下記の通りである。

法律及び告示に基づく規定

裁量労働制を採用するには、労働基準法第38条の3及び第38条の4の要件を満たす必要がある。

専門的職種・企画管理業務など、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある職種であることが条件である。当初は極めて専門的な職種にしか適用できなかったが、現在では適用範囲が広がっている。 厚生労働大臣指定職種も含めた主な職種は以下の通りである。

  1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。(7)において同じ。)の分析又は設計の業務
  3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第4号に規定する放送番組若しくは有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号)第2条に規定する有線ラジオ放送若しくは有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号)第2条第1項に規定する有線テレビジョン放送の放送番組(以下「放送番組」と総称する。)の制作のための取材若しくは編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
  12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
  13. 公認会計士の業務
  14. 弁護士の業務
  15. 建築士一級建築士二級建築士及び木造建築士)の業務
  16. 不動産鑑定士の業務
  17. 弁理士の業務
  18. 税理士の業務
  19. 中小企業診断士の業務

1から5までは、労働基準法施行規則第24条の2の2第2項により、 6から19までは、労働基準法施行規則第24条の2の2第2項より厚生労働大臣が指定する業務を定める1997年(平成9年)2月14日労働省告示第7号による規定である。


つまり私は、1から5までのいずれかに属する職種の仕事をしていた。1997年に裁量労働の適用範囲を拡張したとの記述から思い出されるのは、1996年の労働者派遣法改正によって派遣労働が認められる職種が拡大されたことである。これによって、私が務めていた職場にも、派遣の労働者が入ってくるようになった。労働者派遣法は、その後1999年にホワイトリスト方式からネガティブリスト方式(またはブラックリスト方式)に切り替わった。つまり、従来は「高度な専門知識を持つ」(建前に過ぎないが)とされた職種についてのみ認められていたのが、密輸の危険性のある港湾業務や信頼性を重視する警備業など一部の業務を除くあらゆる職種に認められるようになった。さらに2003年の同法改正により、当初ネガティブリスト(ブラックリスト)に載っていて派遣労働が認められていなかったものの経団連などの産業界からの要請がきわめて強かった製造業における派遣労働が認められた。1999年と2003年の二度の派遣法大改悪によってワーキングプア派遣労働者が大量に生み出され、その頃には転職していた私の新しい勤務先でも、(ここには具体的な内容は書けないが)かつて雨宮処凛が著書に書いたのとそっくりの事件が起きた。それは既にブログを書くようになって1年以上経った2007年に起きた。それ以降の私は、外交や安全保障などの憲法9条系のテーマよりも憲法25条系のテーマに主たる関心が向かうようになったのだった。

この記事で何が言いたいかというと、派遣労働ではまず対象業種の拡大、次いでホワイトリスト方式からネガティブリスト方式への転換が行われたが、同じことを正社員の裁量労働にも適用しようと経団連などは狙っているのではないかと思ったということだ。

裁量労働制においては「みなし残業代」なる、何時間残業しようが一定の残業代が出る仕組みがあるから「残業代ゼロ」ではない。そう考えれば、確かに「残業代ゼロ」は撤回される可能性がある。しかし裁量労働制においては成果が強く要求されるから事実上残業時間は無制限になる。だから1993年に私が経験した例では、裁量労働制を採用した大部分の従業員は賃金が減った。中には裁量労働制を採用しない従業員もいた。だが、同調圧力やら査定への影響の懸念などからか、自ら裁量労働制を選択する従業員が多かった。22年前ですらそうだったのだから、ブラック企業が跳梁跋扈している現在では、使用者の働かせ放題の無制限残業制度というほかないだろう。kodebuyaさんの言われる通り、対象業種を拡大するだけでももってのほかだと私も思うし、ましてや私が邪推するように、ネガティブリスト方式なんかに転換された日には目も当てられない。

今のところ、「裁量労働 ネガティブリスト」でググっても何も出てこない。せめて上記の懸念が杞憂であることを願う。