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安倍晋三、裁量労働の答弁を撤回し国会で陳謝

安倍晋三が国会で、裁量労働制で働く労働者の労働時間が一般の労働者より短いかのような虚偽の答弁をして批判されていたが、昨日(14日)の国会で答弁を撤回、謝罪した。

東京新聞:首相、裁量労働の答弁撤回 国会で陳謝:政治(TOKYO Web)

首相、裁量労働の答弁撤回 国会で陳謝

 安倍晋三首相は十四日午前の衆院予算委員会で、裁量労働制で働く人の労働時間が一般の労働者よりも短いことを示すデータがあるとした自らの国会答弁について、根拠としたデータに問題があったことを認め、答弁を撤回した上で「おわび申し上げたい」と陳謝した。

 自民党江渡聡徳氏の質問に答えた。首相が撤回したのは、一月二十九日の衆院予算委での答弁。厚生労働省の二〇一三年度労働時間等総合実態調査結果を基に「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」と強調した。

 この調査を巡り、野党はこれまでの審議で「一日に二十三時間以上働く人が九人もいる。一時間も寝ていないことになる」(希望の党山井和則氏)と数値の不自然さを指摘。加藤勝信厚労相は問題を認め、精査する考えを示していた。十三日の衆院予算委でも立憲民主党長妻昭代表代行が首相答弁の撤回を要求したが、首相は応じなかった。

 十四日の衆院予算委で、加藤氏は「一万を超えるデータを利用している。個々のデータの精査に時間を要している」と説明。データの撤回を表明し「国民に迷惑を掛けた」と陳謝した。

 立憲民主党枝野幸男代表は、答弁やデータの撤回を受け「間違った事実に基づき政府は説明してきた。議論の時間を空費させた責任を取るべきだ」と要求。河村建夫委員長(自民)は「データに瑕疵(かし)があり、このような結果になったことは遺憾に思う」と話した。枝野氏は厚労省に全データの公開を求め、加藤氏は応じる構えを示した。

 労使であらかじめ定めた労働時間分だけ賃金を支払う裁量労働制は、政府が今国会に提出する「働き方」関連法案に、対象業務の拡大が盛り込まれる予定。 (新開浩)

裁量労働制> 実際に働いた時間ではなく、あらかじめ決められた時間を働いたとみなし、賃金を支給する制度。仕事の進め方が労働者の裁量に大きく委ねられる職種が対象となる。弁護士や編集記者などの「専門業務型」と、企業の中枢で企画などを担う事務系の「企画業務型」の2類型。労働者が主体性を持って仕事を進められるとされるが、深夜や休日に働いた場合以外は割増賃金が支払われない。導入には、労使協定の締結や労使委員会の決議が必要。

東京新聞 2018年2月14日 夕刊)

私は四半世紀前に半年間ほど裁量労働制で働いたが、その間、労働時間はその前後で変わらなかったものの収入が激減した。それは裁量労働制のみなし残業時間が実際の残業時間よりはるかに少なかったからだ。おそらく今後、裁量労働制の対象となる職種が増えて実際にこの制度の下で働く労働者が増えるなら、四半世紀前の私と同じような労働者が増えるだろう。労働のあり方として問題が多いばかりではなく、労働者の賃金が減ることは、安倍晋三ご自慢の「経済政策」にも悪影響が出ることは必定だ。

何より、これまでの安倍や加藤勝信の答弁は明らかな虚偽だった。もちろんこれをお膳立てしたのは厚労官僚だろうが、昨夜のTBS『News23』によると、同じデータに基づく虚偽答弁は、国会ではもう3年も前から行われていたらしい。今になって安倍が答弁を撤回、謝罪したのは、申し開きできないくらい杜撰な捏造データだったからだろう。

思い出すのは第1次安倍内閣発足直後の2006年12月、安倍がホワイトカラー・エグゼンプションの導入を言い出すや「残業代ゼロ法案」との非難を浴びて内閣支持率が急落したことだ。あの時私は、支持率が岩盤のごとく高止まりしていた小泉内閣と違って、安倍内閣は存外脆いなと思った。しかしそれから11年あまり、第2次〜第4次安倍内閣はもう5年以上も続き、第1次も合わせると在任期間は既に小泉を超えた。小泉時代には日本国民が骨の髄まで新自由主義に染まったが、安倍時代に入って日本国民は今度は安倍の極右趣味と排外主義に染まった。11年前なら内閣支持率が急落したであろう答弁を安倍が繰り返しても、日本国民はジャマイカ代表に拒絶された「下町ボブスレー」(大田区のどこが下町なんだよ!)なる右翼が社長を務める技術力の低い企業に同情し、韓国で行われている平昌冬季五輪をdisりまくり、安倍と一緒になって韓国と北朝鮮の接近に警戒感だの不快感だのをあらわにするばかりで、安倍内閣支持率は高止まりを続けている。

これぞ、「異議を唱える者が絶えはてた『崩壊の時代』」(by 坂野潤治)を迎えた「新興衰退国」の国民のありようだろう。情けないの一語に尽きる。