kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

イギリス国民投票でEU離脱決定の日、船戸与一の描いた南京大虐殺を読んだ(『灰塵の暦 満州国演義五』)

先週、仕事漬けの日々から解放された直後からずっと船戸与一の『満州国演義』(全9巻)の第4巻と第5巻を読んでいたが、今日読み終えた。月初めに読了した第3巻とあわせて、今月は全体の3分の1にあたる3冊を読んだ。


群狼の舞 満州国演義三 (新潮文庫)

群狼の舞 満州国演義三 (新潮文庫)


炎の回廊 満州国演義四 (新潮文庫)

炎の回廊 満州国演義四 (新潮文庫)


灰塵の暦 満州国演義五 (新潮文庫)

灰塵の暦 満州国演義五 (新潮文庫)


このシリーズは1冊で時が約2年進む趣向になっている。第3巻は1932年から、第4巻は1934年から、第5巻は1936年から始まる。第4巻の最後の方で二・二六事件が起き、第5巻の第5章で盧溝橋事件が起きて日中戦争が始まり、同じ巻の最後の第6章で南京大虐殺が描かれる。その第6章を、イギリスの国民投票EU離脱が決まったニュースを知ったあとの今夕読んだ。

南京大虐殺を扱った小説としては、辺見庸が再発見したことがきっかけで昨年末に岩波現代文庫から再刊された堀田善衛の『時間』を、今年3月に読んだばかりだった。

その堀田善衛『時間』に触れながら船戸与一『灰塵の暦 満州国演義五』を取り上げたブログ記事を、東京・江戸川葛飾区で法律事務所を開いておられる鈴木篤弁護士がブログで取り上げておられるのをネット検索で見つけたので、以下に引用する。

南京事件:堀田善衛「時間」と船戸与一「灰塵の暦」 | 弁護士鈴木篤のつれづれ語り(2016年2月9日)

南京事件堀田善衛「時間」と船戸与一「灰塵の暦」

狂気が進行している今、狂気が支配していた時代に何があったのか、なぜ狂気を押しとどめることが出来なかったのか、人々はなぜ狂気に押し流され、むしろ一緒になって狂気を煽っていくようになったのかを知る必要がある。
以前私は、堀田善衛氏の著作「時間」を、このブログで紹介した。それは、あの時代の狂気の集中的な表現となった南京事件を南京に暮らす1人の中国人(陳英諦)の視点から描いた小説である。そこでも紹介したが、「時間」の解説で辺見庸氏は、作家の堀田氏が陳英諦に仮託するかたちで、南京事件を書いたことを「目玉のいれかえ」と述べ、目玉のいれかえによって、「ほしいままに蛮性をむきだして殺し、犯し、略奪する『皇軍』兵士らが、蹂躙される者たちの目にはいったいどのように映じ、どのように感じられ、けっか、被害者たちにどのような思念と行動を励起したのか。おそらく近代のニッポンジンの多くにはこうした『他者』への観点と想像力がいちじるしく欠けていた。すなわち、侵攻され制服される人びとの身になって切実にかんがえてみる知性と想像力がまったく足りていなかった。作家じしん本書で吐露している『到底筆にも口にもできない』ような蛮行が可能になったのは、それゆえでもあろう。」と書いている。
船戸与一氏が亡くなる直前に書き上げた大著「満州国演義」第五巻「灰塵の暦」の第六章は、「時間」と同じ南京事件を取り上げている。しかも、そこで取り上げている下関(シヤーガン)での虐殺や、金陵女子大学での強姦、虐殺、ドイツやアメリカの篤志家たちによって南京市民の保護のために設けられた国際安全区までも蹂躙して日本軍によって行われた暴虐・略奪・虐殺は、「時間」の中で、主人公の陳英諦が、直接体験したものとして描かれているものでもある。従って、「時間」と「灰塵の暦」の両方を読むことによって私たちは、南京事件を被害者である中国人の視点と加害者である日本人の視点の両方から見ることが出来ることになる。ところで、「加害者である日本人の視点」と書いたが、船戸氏の著作では、ことはそう単純ではない。船戸氏は、「満州国演義」を書くにあたって1人の主人公ではなく、敷島太郎、次郎、三郎、四郎という個性も地位も思想も異なる4人の兄弟を主人公として用意し、そうすることで、あの時代とそこに生きた日本人を重層的に描くことに成功している。リベラルな外務官僚として登場する太郎は、関東軍の謀略に批判的な立場を取り、帝国日本の国家意思に奉じて張作霖爆殺などの謀略行動に積極的に加わっていく憲兵の三郎と鋭い対立をするが、やがて、満州国が建国されていく中で、「国家の建設は男のロマン」と満州国建設に積極的に加わっていく。しかし、その太郎も、その後の軍部の独走と戦火の果てしない拡大という事態の中で、次第に無力感にとらわれていく。三郎は、帝国日本の神聖を信じる立場から、関東軍の数々の謀略に積極的に加わっていき、「満州に敷島三郎憲兵中尉(後に大尉に昇進)あり」と言われるほどの英雄になっていくが、憲兵として民間人への暴行・強姦・略奪などの軍の違法行為に対しては、皇国と皇軍の名誉を汚すものとして厳しい態度を取り続ける。そうした三郎であるだけに、南京で繰り広げられた出来事を目の前にしながら、それを全く制止することが出来なかったことで茫然自失する。四郎は、無政府主義の演劇団体「燭光座」の一員として登場するが、その後、自らが犯した殺人事件を種に特務機関に頤使されるようになり、特務が買収した中国紙「庸報」の記者にされ、特務の命を受けて占領直後の南京に取材に入る。そこで、四郎が目撃するのが、前記の下関での虐殺、金陵女子大学での虐殺、国際安全区での暴虐、略奪、虐殺である。その四郎には、同じ燭光座の団員であった戸樫栄一を配し、一時は「主義者」であった四郎と栄一が時代の中でどのように変質し、あるいは振り回されていくのか、両者のその後を対比しながら描いている。四郎と栄一が南京の国際安全区で遭遇する場面がある。そこに、理性を完全に捨て、自らの獣性を剥き出しにするようになった栄一と、特務に利用されながらも、まだ理性を捨てきれない四郎の対比がくっきりと描かれている。

「30人は下らねえよ、上海から南京までおれが姦(や)った女は。まだ月のもののねえ餓鬼から40過ぎの年増までな。南京が落ち着くまで、あと20人は姦れらあね。」
四郎は嘔吐感を催してきた。
栄一の声が一段と得意そうになった。
「この先にな、金陵女子大学てえのがある。そこには小難しいことを並べたがる若い女が逃げ込んでる。そういう女を無理やりに押さえつけて股ぐらにぶち込みたかったんだが、避難民があふれかえってた。けど、おれはまだ諦めたわけじゃねえ。折りを見て、必ず姦ってやる」
「戸樫さん」
「何だ?」
「僕は恥ずかしい。あんたと同じ日本人だということが恥ずかしい」

(↑新潮文庫版623頁より=引用者註)

だが、そうした四郎の内心の葛藤と関係なく、四郎の眼前には、麻縄で縛られた中国人に対する軍刀での斬首、銃剣による刺突、そして城壁の前に集められた300人ほどに対する一斉機銃掃射等々、容赦なく非情な事実が次々と展開されていく。因みに、堀田氏の小説「時間」の陳英諦は、この機銃掃射を浴びながらも、死体の下に倒れたことで辛うじて命拾いした人物として造形されているのだ。

大本営が、この南京攻略を発表した翌日、東京では、50万人の祝勝提灯行列が始まり、やがてその数は、100万に達したと各紙が報じている。(←新潮文庫版657頁より=引用者註)

暴走する安倍政権、国会での居丈高で高圧的な答弁。それにも関わらず支持率が落ちないという現実。その背後に、100万の戦勝提灯行列にはせ参じた国民と同質の気分が国民の中に醸成されているのでなければ良いが。

本当にその通りだ。

世界史の転換点として後世の歴史家に位置づけられるかもしれないニュースに接した日に、大河小説で世界史に残る日本軍の蛮行を描いたくだりを読んだのも変なめぐり合わせだった。

ところで辺見庸の『1☆9☆3☆7』は金曜日版は著者と週刊金曜日編集部がもめていたので買うのを見送り、河出書房新社から出た増補版を先月ようやく買ったがまだ読んでいない。『満州国演義』の新潮文庫版はまだ第8巻と第9巻が発売されていないので(7月と8月に発売予定)、第6巻と第7巻を買い込んではあるが、『満州国演義』で南京大虐殺の場面を読んだことでもあり、いったん中断してそろそろ『1☆9☆3☆7』を読もうかと思う今日この頃だったりする。