kojitakenの日記

古寺多見(kojitaken)の日記・はてなブログ版

メルケルのEUもEUだが、キャメロンのイギリスはEUよりもっとひどい

私は何も緊縮財政政策大好きの新自由主義者(経済極右)にして「ドイツ帝国」の女皇帝とでもいうべきアンゲラ・メルケルに牛耳られるEUの肩を持つつもりなど毛頭ないけれど、EU憎しのあまり「敵の敵は味方」思考でキャメロンのイギリスの肩を持つかのような一部の論調は滑稽以外の何物でもないと思う。かのマーガレット・サッチャーの流れを汲むイギリス保守党新自由主義を甘く見るなよ、と文句の一つも言いたくなる。

きまぐれな日々 イギリス国民投票のEU離脱決定が参院選に与える影響(2016年6月27日)のコメント欄より。

http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-1444.html#comment19678

>ピース氏
(略)
朝日新聞に載っていたデータとは違うね。
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160627000163.html

確かに労働党支持層の中に少なからず離脱支持がいたのは事実だし、「移民が安価な労働力として扱われ、それによって“先住”の労働者の所得も低下する圧力となっている現実」も直視しなければならないことではあるんだけど、一方で保守党のキャメロン政権がEU同様に緊縮政策をやって福祉の切り捨てをやってしまった面もある訳で、そうした「政権を懲らしめよう」という感情が離脱への投票に結びついたとも言える訳で。

英国在住の日本人主婦(ちなみに夫はオーストラリア人)が「Brexitというパンドラの箱https://blog.ladolcevita.jp/2016/06/25/pandoras_box_called_brexit/ というエントリを上げているんだけど、離脱派が喧伝した“EU加盟による弊害”ってのは(離脱派が言っていたような移民が原因というハナシではなくて)往々にしてイギリス自体の問題だったりするし、実際に離脱票が多かった地域は移民労働者が少ない地域が目立っていたのが事実。老人が離脱・若者が残留という“世代間対立”の問題ってのも単純なハナシではなくて、寧ろ移民すら来ない地域の低学歴層が「反知性主義」よろしくで離脱を支持してしまったのが事実だったりする。

最初に2つばかりコメントしたのとも重なるけど、やはり「反知性主義」で動いた人間が体制側にも体制批判側にも目立ってしまい、それに翻弄された結果って気がするんだよね。アメリカのトランプやサンダース現象・EU諸国の“Brexit”同様の騒動も似た様なもんだし、日本でも“おおさか維新”現象ばかりかそれと対立している筈の“草の根保守”にも、更には昨今流行のSealdsなどの運動として顕わになっている感があるんだよ。『反知性主義http://amzn.to/28SBcZj の著者・森本あんりが日本記者クラブで「反知性主義」について言っていた http://www.jnpc.or.jp/files/2016/03/0d1575b959d7d0764b20bcb85e349560.pdf けど、森本の指摘を読むと「反知性主義」が我々の想像以上に根の深い問題であることが解るかと。

2016.06.28 19:02 杉山真大


上記の杉山真大(id:mtcedar)さんの論考が正鵠を射ていると思う。

今回、キャメロンのイギリスの肩を持っている人たちのよりどころの一つとして、エマニュエル・トッドの「ドイツ帝国」の論考があることは明らかだろうが、そのエマニュエル・トッドの『シャルリとは誰か?』(文春新書)を今読んでいる。残るはあと30ページほどだから今日中に読み終えるだろう。昨夜、その終わりの方に下記の文章を見出し、これは日記に転記しなければ行けないなと思った。


シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 ((文春新書))

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 ((文春新書))


以下、上記の本から引用する。

 スコットランド原理主義

 一月一一日のデモ行進*1では、イギリス首相デーヴィッド・キャメロンも気取って先頭を歩いていた。経済メディアは普段からわれわれに彼の政策の「成功」を伝えている。ところが実は彼の政策はユーロ圏のそれと同じくらいに緊縮策で、これまたユーロ圏同様に、国民の所得の中間値が下がっていくのをいっこうに止められないでいる。とりわけ、若者たちの所得の低下がひどく、ときに彼らは、大学等を卒業した後、また親の家に舞い戻ることを余儀なくされている。若者の自立を要求するアングロサクソンのコードとは絶対的に矛盾する事態だ。しばしばプチ・ブルジョワではあるが、国立行政学院(ENA)で養成されるフランスの指導層も劣化している。だが、イギリスの指導グループはそれにも輪をかけて滑稽だ。彼らは中等教育の段階からエリートとして選抜され、例のイートン校をはじめ、莫大な額の授業料を取るひと握りの私立校の卒業生ばかりで、皆が「お仲間」なのである。

 グラスゴーエディンバラにはパキスタン出身の移民は少ないし、ジハードへのスコットランドの貢献はおそらくごくささやかなものに過ぎないだろう。しかし、デーヴィッド・キャメロンは彼自身の時代の価値(とりわけ株価)を盲信して、スコットランドの若者たちを統一王国(ユナイテッド・キングダム)からの分離へと導いたのだ。二〇一四年九月の国民投票で、一六歳から三四歳のスコットランド人のうちの五七パーセントが、こうして統一王国からの離脱を選んだ。その離脱を阻んだのは、六五歳以上の人口層の七三%だった。統一王国の歴史を知っている者にとって、この内部的崩壊の脅威――若年層の疎外によるものだが――、これは暴力性は低いとはいえ、われわれの国の都市郊外で起こっているジハード主義に劣らずショッキングだ。一七〇七年の連合法が二つのネイションの議会を一体化し、スコットランドの素晴らしい繁栄の時期を拓いたのだった。その後、この北方の小さなネイションがイギリスの知的、科学的な歴史に貢献した度合いは巨大なものであった。デーヴィッド・ヒューム、アダム・ファーガソン[哲学者、一七二三〜一八一六年]アダム・スミス、ジェームズ・ワット、ジェームズ・クラーク・マックスウェル理論物理学者、一八三一〜七九年]、ケルヴィン卿[名はウィリアム・トムソン、物理学者、一八二四〜一九〇七年]……ネイションとネイションの接合がこれほど成功した例は珍しかった。統一王国のおかげでスコットランドは近代の先頭ランナーのうちに名を連らねて*2いたのだ。したがって、スコットランドの若者たちの疎外現象は、今日、リズムと形はさまざまであるにしても、いたるところで西洋社会の固有の堅固さが危うくなってきていることを示すものだ。今後はありとあらゆる離脱が考えられる。

エマニュエル・トッド堀茂樹訳)『シャルリとは誰か? - 人種差別と没落する西欧』(文春新書,2016)252-254頁)

トッドでさえもこんなことを書いている。くだらない敵味方思考にかまけている者は、いい加減目を覚ますべきだ。

興味深いのは、イギリスのEU離脱国民投票では、若年層に離脱反対票が多かったが、それを阻んだのは高齢者たちの離脱賛成票だったことだ。トッドが指摘するスコットランド独立の国民投票の結果とはまさに正反対だ。それを考えると、イギリス国内、とりわけイングランドよりもスコットランドで顕著に見られると思われる「若年層の疎外」は、EUと同じくらいか、あるいはEU以上に深刻なのではないか。

今回のイギリス国民投票の結果が出た直後に日本で多く見られた、EU離脱国民投票の「再投票」との観測は実現しない一方、スコットランド独立への動きはますます加速するのではないかと私は予想している。

*1:2015年1月11日、週刊新聞社シャルリ・エブド襲撃事件を受けて、パリをはじめとするフランス各地で行われた「私はシャルリ」を合言葉とする反テロのデモ=引用者註

*2:原文ママ=引用者註